#21 猫の鳴き声に似ていて……
ユウタは息を切らして歩いていた。
足を引きずり、左手で右の二の腕あたりを抑えながら。
疲れているからではない。
全身から絶え間なく伝えられる痛みによって呼吸もままならないのだ。
「待て……待ってください」
その原因を作ったのは、目の前にいる人間ハンプクシュウゴだ。
いや、もう人間と言っていいのだろうか。
胸部にホームベースに似た銅色のプロテクターに、両手足には同じ色のパイプのようなサポーター。
ここまではまだしも、プロテクターやサポーターから伸びるオレンジ色のミミズのような細いケーブルがシュウゴの全身を寄生虫のように侵食していた。
トカゲのようなヘルメットを被ったシュウゴは、独り言を言いながら、何故かアンヌやフワリもいる病院の方へ。
まるでそこが目的地と言わんばかりに歩く。
「私の夢はヴェルトオヴァールを奪う事」
うわ言のように呟いている。
「ぼくの夢はヴェルトオヴァールを奪う事」
時々、まるで十代の子供のような口調で呟く様は、聞いてる人の背筋を冷たい手で撫でるような気色悪さがあった。
「……そっちに行かないでください」
ユウタは気づいていないが、全身を保護する灰色のナノメタルに、細かな無数の亀裂が入っている。
もちろん自然にできたものではない。
シュウゴに追いつくと、彼の肩に手を掛ける。
すると腹部に強烈な衝撃を受けて、両足で踏ん張っても耐えきれずに吹き飛んでしまう。
シュウゴの右肘によって吹き飛ばされたのだ。
「ぼくの邪魔をするな」
シュウゴはそう言い捨てて歩き出す。
すでにそのやり取りは何度も繰り返されている。
その度にユウタは道路に叩きつけられ、全身にヒビが入っていく。
「駄目だ。そっちに行っちゃ駄目だぁぁぁ」
ユウタは起き上がり、またシュウゴを追いかける。
シュウゴが立ち止まってユウタの方を振り向く。
両掌からエネルギーウィップを出すと、右手のウィップをユウタの左足に絡ませる。
バランスを崩してユウタは転倒し、後頭部を強打。
そのまま持ち上げられて天地がひっくり返る。
視界が上下逆さまのまま、何度も道路に叩きつけられて投げ飛ばされる。
背中で道路を削りながら、何十メートルも滑って停止。
「ガッ、ガハッ」
背中を、おろし金に擦り付けられたような痛みと、頭に血がのぼる不快感に襲われる。
大根おろしってこんな気持ちなのかな。
耐えながら起き上がろうとすると影に覆われる。
真上から降ってきたトラックを避けることもできずに押しつぶされてしまった。
ユウタは自分の下半身を潰すトラックを退かそうと両手で押すも、力がうまく入らない。
手をこまねいている間も刻一刻とシュウゴは病院に近づいているだろう。
早く、早くどかさないと。みんなが危険な目に!
ユウタはシュウゴを止めるためにトラックを押しのけようとするが、重さは約十トン。
人間に持ち上げられるものではなく、変身したユウタでもトラックは退けられなかった。
重い。トラックって何でこんなに重いんだよ!
微かにトラックが動き、砕けたフロントウィンドウのかけらが降り注ぐが、そこまで。
トラックはまた元の位置に戻り、ユウタの下半身を道路に釘付けにした。
力を入れるのに限界が来て、諦めたように一瞬身体の力が抜ける。
心は諦めたわけではない。が、身体は全てを投げ出すように力が抜けてしまった。
遠くから鳴き声が聞こえる。まるで相手に敵意を向けるような声は、猫の鳴き声に似ていて……。
「ホシニャン⁈」
ホシニャンはシュウゴが向かうより早く病院に向かっていた。
先に着いている可能性が高いが、それでも何かしらの理由で追いつかれてしまったのかもしれない。
こんなところでグズグズしてられない!
再度両手に力を込めてトラックを押しのけようとするが、やはり少ししか動かない。
今度は脱出方法を変える。
少しだけ隙間が開くので、それを利用して這いずるように抜け出そうとした。
のろのろと亀の歩みのようにゆっくりではあるが、少しずつ身体がトラックの下から抜け出せるようになってきた。
だが、恐ろしく時間を食う。
トラックをずっと支えているのも辛く、休み休み持ち上げては這い出るを繰り返す。
その間もネコの鳴き声は聞こえていたが、不意に甲高い悲鳴のような声を最後に聞こえなくなる。
ああ、そんな……急がないと!
ユウタは下半身が千切れるほどの力で自身を引っ張るが、何かに引っかかってしまったのか、全く動けなくなってしまった。
駄目だ駄目だ……頼むから退いてくれ、退いてくれ!
ユウタは全身に力を込める。
もう誰かが傷つくところなんて見たくない。今、ホシニャンを助けられるのは僕だけなんだぁぁぁ!!
筋肉が膨張した所為か、両腕の灰色のナノメタルの亀裂が大きくなり、そして砕けた。
同時にトラックがビル十階の高さまで飛び上がっていた。
トラックが道路に叩きつけられた時、そこにユウタの姿はなかった。
潰れたトラックが落ちる寸前、白銀の金属生命体が、ビルの間を発射された弾丸のような勢いで飛んでいく。




