#13 「自分の姿を確かめてみなさい」
「ユウタ。自分の姿を確かめてみなさい」
瞼を開けると、まず見えたのは緑の結晶と変化した腕だった。
「うわっ! これって僕の腕?」
「ええ。それが、ユウタのもう一つの姿」
アンヌが頷く中、ユウタは自分の身体を改めて観察する。
手足が伸び、全身に逞しい筋肉がついている。
身長も二〇センチくらい伸びているようだった。
「すごい……僕、本当に変身しちゃった。でも……これってどうやって元の姿に戻るの?」
「簡単よ。『変身を解除したい』って思いなさい」
えっと、変身解除。
すぐに変身が解除され、手に包帯を巻いて病衣を着た姿に戻った。
「本当だ。戻れた」
「ユウタ。変身できたけど、そのままでは戦えないわ」
「どうして?」
「あの結晶の身体はリームエネルギーの塊。つまり人間でいえば筋肉がむき出しの状態なの」
「ええっ。筋肉むき出し⁈」
ユウタは動く人体模型の事を思い出す。
母さんの前でなんて格好したんだよ。僕は。
「どうすればいいの?」
アンヌは答えてくれないかもしれない。そう思ったが、答えてくれた。
相変わらず目は合わせてくれないが。
「行動する為にはナノメタルを纏わないと」
「ナノメタル……GN星の人達が着けている鎧だっけ?」
「少し違うわ。鎧であり皮膚でもあるの。もう一度変身してみて」
「うん」
ユウタは再びキーワードを入力し変身する。
途中でアンヌの声が聞こえてきた。
「変身しながらイメージするの。自分がどんな鎧を纏いたいのか。その通りにナノメタルは応えてくれるわ」
僕はどんな鎧を纏いたい? 僕は……。
その時頭に浮かんだのは、破壊された街。母や幼馴染の傷ついた姿。
自分に拳を振り下ろそうとするシルバーバック見える。
そして、自分の大好きなヒーローであるガーディマンや父スティール・オブ・ジャスティスの姿だった。
ユウタの周囲を、変身時の隙をカバーする為にエメラルドグリーンのフィールドが覆い尽くす。
そのフィールドから勢いよく小さな灰色のパチンコ玉の塊が飛び出す。
驚く暇もなく、ユウタの全身を覆い尽くしていった。
変身完了した時、ユウタのイメージに則ってナノメタルが全身を保護する鎧となっていた。
全身を覆う筋肉は分厚く隆起して、どんな攻撃も防げそうだが、その色は火山灰のように黒に近い灰色のアーマー。
頭を触ると、古代の兜のような形で、頭頂部には半月の下を切り取ったような角が付いている。
色を除けば、父であるダンが変身した姿とそっくりであった。
まるで不安が色となって現れたような姿は、ユウタのヒーローとしての理想形とはだいぶかけ離れてしまった。
「これが、ヒーローとしての僕の姿……」
もっと正義の味方にふさわしい赤や青などの色を想像していたが、今は贅沢を言っている時ではない。
テレビから、リポーターの緊張と恐怖が混ざった声が聞こえてきた。
『落下物に動きがあるようです!』
道路にクレーターを開けて沈黙していた卵が、まるで孵化するように無数のヒビが入っていくところが映し出される。
無数のヒビは生き物のように蠢き、殻全体に奇怪な模様を描き出していた。
殻の内部から、爆発するように白い蒸気が吹き出す。
同時に、殻が細かい破片となって辺り一面に飛び散り、画面がものすごい勢いで揺れた。
「飛んできた破片がヘリに当たったみたいで――きゃあああああっ!」
耳を引き裂くようなリポーターの悲鳴と共に、画面が高速回転しながら落ちて、画面が暗くなる。
同時にリポーターの悲鳴も消えて耳が痛くなるような沈黙が襲ってきた。
「そろそろ行かないと……いけないよね」
意を決して、テレビと反対側にある病室の窓から出ようと歩き出す。
ベットを通り過ぎようとしたところで、後ろから右手を掴まれた。
「本当に行くのね」
背中にかけられる声は、ユウタの決意を揺るがせる力があった。
本音を言えば怖いし、アンヌの側を離れたくはない。
けどユウタは何も言えない。口を開けば本音が止まらなくなってしまうからだ。
そんな時、沈黙していたテレビ画面が復活した。
映し出されたのは、もうもうと白煙に包まれた希望市だった。
『……こえますか? 聞こえますか? リポーターのソクホウです。私達のヘリは奇跡的にビルの屋上に不時着した為みんな無事です。リポートを再開します』
カメラはどこかのビルの屋上から落下物があったであろう場所を映す。
だが立ち込める白煙で中の様子は分からない。
『煙がすごくて様子が……あっ今何か動きました! 大きい……尻尾、二足歩行のトカゲ?』
リポーターの目には何か見えているようだが、テレビを見ている限りは何も見えない。
段々と白煙が晴れた時、中にいる何かの正体が明らかになる。
それは最初うずくまっていた。
太陽の光を反射するその外皮は、金属で出来た銀色。
それが一本角の生えた頭を持ち上げ、背筋をまっすぐ伸ばす。
同時に背中を守るように畳まれていた、ドリルのような形の長大な尻尾が伸びて、近くのビルを押し倒す。
『怪獣……怪獣です! 皆さん見えますか⁉︎ 卵のような落下物の中にいたのは怪獣だったようです!』
ユウタはその怪獣の姿形に見覚えがあった。
約二〇年前、スティール・オブ・ジャスティスと戦い撃破された怪獣に似ているのだ。
「……メカキョウボラス? でも以前見たのよりメカメカしいような……」
「あれはイレイド星人の怪獣兵器メカキョウボラスだわ」
振り向くと実際に現場にいたアンヌテレビに視線を向けながら疑問に答えた。
「以前お父さんが戦った個体より更なる改造が施されているみたい……動き出した」
怪獣は、筒のような物がついた両腕を前に伸ばし、ゆっくりと歩き出す。
一歩一歩動くたびに、地震が起きてカメラが大きく揺れる。
『怪獣は、都市中央のCEF本部の方へ向かっているようです』
そこでリポートが終わり、スタジオにいるアナウンサーが引き継ぐ。
『軍は怪獣に対し迎撃部隊を展開。同時に希望市、及び東京都全域に避難警報を発令しました。該当地域の市民の皆さんは直ちに最寄りのシェルターへ避難してください』
ニュースで言っていた迎撃部隊だろうか、街の方向へ向かう微かな飛行機のエンジン音が聞こえた。
病院のスピーカーからは、サイレンと共に、この緊急事態に困惑したような様子の男性職員の声が流れ出す。
『の、希望市に避難警報が発令されました。この病院も対象地域です。患者の皆さんは看護師の指示に従って速やかに避難してください! 落ち着いて慌てずに急いで、ひ、避難してください!』
サイレンの音が頭上から降ってくると同時に廊下が騒がしくなり、怒鳴り声や大きな足音が聞こえてくる。
そんな緊迫した状態でも、ユウタとアンヌがいる病室だけは、まるで時が止まってしまったようだ。
先に口を開いたのは、息子の右手を掴んだままのアンヌであった。
「……ユウタ」
名前を呼ばれてユウタの両肩が、大きく上下した。
「……離して母さん。行かないと」
そう自分に言い聞かせるも、目頭が熱くなり声が震えてくるのが止められない。
「ユウタ」
言葉を遮ったアンヌの口調はいつもより強い。
「こっち向きなさい」
今、母の方を見れば必ず決意が揺らぐ。
それが分かっているから振り向けない。
「……こっち向きなさい」
振り向くと、アンヌは大粒の涙を零しながら立ち上がると両手を大きく広げた。
「……母さん」
アンヌは、変身して灰色の金属を纏い、自分より大きくなった息子をしっかりと抱きしめた。
感じたのは柔らかな温もりと、優しい香り。
「お願い。行かないで」
「えっ?」
「お父さんみたいに、いなくなってしまうのは嫌なの」
アンヌは静かに本心を吐露する。
いつも明るい母からは想像もできない、悲しみに包まれた姿に、ユウタは引き離せなくなってしまった。
「母さん――」
ユウタは小さく弱々しいアンヌを支えようと、背中に手を伸ばそうとする。
恐らく手を伸ばしてしまったら、ヒーローの道は諦めるしかない。
分かっていても、こんなアンヌの姿を放ってはおけなかった。
そんな時、窓の外、遠くから連続して大きな破裂音が聞こえてくる。
ユウタは窓の外に視線を送った。
防衛軍の攻撃機四機が進撃する怪獣に攻撃を開始していた。
対地攻撃機F-ポーキュパイン。
後方に向けて指二本を伸ばしたような二つのエンジンポッド。
大きな三角形の主翼には巨大な扇風機のようなローターが付いている。
正方形のコンテナのような胴体からは早く飛べそうには見えないが、その分戦闘機とは比べ物にならない重装甲と重武装が施されている。
その四機が、街を我が物顔で破壊していく怪獣を扇状に囲んだ。
機首下部にある五〇ミリ機関砲が一斉に火を噴く。
全弾頭部に命中するも、全て弾かれて周りのビルや道路に大きな穴を開けるだけだ。
胴体の左右からロケット弾ポットが展開され、名前の通り、ハリネズミの針のようにロケットが連射される。
矢継ぎ早に胴体下部が開閉し、とどめとばかりに対地ミサイルが撃ち込まれた。
怪獣は爆炎に包まれ、周囲の建造物のガラスが衝撃波で粉砕される。
全てが命中したようだが、黒煙の中から現れた怪獣は何事もなかったかのように歩いている。
ヘリのようにホバリングしている攻撃機に向けて怪獣が反撃。
頭の一本角が発光し、四本の針のような赤い光線が同時に発射された。
怪獣に果敢に立ち向かったF-ポーキュパインだが、光の速度で迫る光線を避けれるはずもない。
全機煙を吹き出しながら街に落ち、ビルの陰に消えた直後、四つの爆発が起きた。
怪獣は歩き続ける。
ユウタは、火の玉となった攻撃機の末路を目を逸らす事なく見つめていた。
アンヌの背中に回そうとした手は止まっていた。




