#6 両親の正体
周りの音が遮断されたような静かな病室で、アンヌは静かに語り出す。
「まずはお母さん達の正体を明かしておくわ。もう分かってるかもしれないけど、お母さんとお父さんは……地球人ではないの」
アンヌの『地球人ではない』と言う言葉に、ユウタの心に針が刺さったような痛みが走る。
「……父さんも? じゃあ二人とも宇宙から来た人って事?」
「ええ。そうよ。お母さん達は遠く七億七万七千光年離れた所からやってきたの。その名はGN銀河」
「GN銀河……」
学校ではそんな銀河系があるなんて聞かされていなかった。
けれど、アンヌの真剣な声音から、冗談を言っているようには聞こえない。
「お母さん達は惑星GN28から、滅亡の危機にある地球に降り立ったの。今から二〇年前の事ね」
「二〇年前……」
ユウタは二〇五〇年に起きた出来事を思い出していた。
それは小中高の歴史の授業で何度も、それこそ耳にタコができるほど聞かされた事だった。
「まさか、地球を救った異星人って母さんの事?」
アンヌはユウタの目を真っ直ぐ見て、大きく頷く。
嘘や冗談を言っている様子は全く感じられなかった。
「お母さんのもう一つの名前はANNU74。お父さんの名前は――」
アンヌが言う前にユウタは父の名を口に出す。
「ダン、DAN357……が僕の父さん?」
それは歴史の授業で習った。
今から五〇年前、二〇二〇年から起きた急激な気温上昇。
それにより、地球の環境は激変して生物の住めない星となり果てた。
人類は地下に逃げ延び、辛うじて命の糸を繋ぎとめていた。
あと少しで糸が切れるという時に、宇宙から光臨したのが二体の異星人。
DAN357とANNU74。
「待って母さん。じゃあ僕の父さんは……世界中の怪獣を駆逐した伝説のヒーロー……鋼の巨人なの?」
「ええ。お父さんは正真正銘、本物のヒーローなのよ」
ユウタは頭をトンカチで殴られたような衝撃を受けた。
僕の父さんがスティール・オブ・ジャスティス? あの結晶鋼人ガーディマンの元ネタのヒーローの正体が父さんだって?
「ユウタ。あなたが好きな『結晶鋼人ガーディマン』あれもお父さんの姿をモデルにしてるのよ。許可したのはお母さんなの。『どうしてもスティール・オブ・ジャスティスの偉業を世界に伝えたい』って監督さんに言われてね」
そんな制作秘話が飛び出した。
ユウタは質問したいことが沢山ありすぎて、何から聞いていいか迷ってしまう。
何を聞くか、取り敢えず頭の中で整理してから問い掛けた。
「昨日の戦ってた姿が、母さんの本当の姿なの?」
アンヌは少し考えるように間を開けてから答える。
「うーん、そうね。確かにGN28星人としてだったら昨日の姿が本当の姿だけど、地球人としてなら今の姿も本当の姿と言えるわね」
「昨日みたいな姿にはいつでも変身できるの?」
アンヌは悲しげに首を左右に振った。
「昨日の変身で最後。もう変身することは出来ないわ」
「それは、酷い怪我をしたから……」
自分を助けるために、アンヌに大怪我をさせてしまった。
そう思うと、ユウタの心が握りつぶされそうな感じがして言葉が詰まる。
「ユウタ。自分のせいだと思ってるでしょ」
「えっ、思ってないよ」
「目が泳いでいるわ。本当に嘘つくのが下手なんだから」
アンヌは左手の薬指の指輪を、ユウタに見せる。
「それ、父さんから貰った指輪だっけ」
「ええ。プロポーズの時に貰ったものよ。万が一の時の為に、このエメラルドの中に一度だけ変身できる力を残しておいたの」
そう聞いてから指輪のエメラルドを見ると、心なしか輝きが霞んでいるように見えた。
「お母さんの力の全ては、この地球を救う為に、世界の源に注いでしまったの」
「ヴェルトオヴァール? 何それ?」
つい最近、聞いたことがあったが、それがどこか思い出せない。
「ヴェルトオヴァールはこの世界、ううん地球の命を繋ぎとめているものよ。人間で言えばペースメーカーみたいなものかしらね」
「ペースメーカーって心臓に付けるあのペースメーカー?」
アンヌは頷いた。
「ペースメーカーが無くなってしまったら、その人はどうなってしまうと思う?」
「どうなるって、よく分からないけど死んじゃうんじゃ」
「ええ。だから、地球のペースメーカーであるヴェルトオヴァールを失った時、地球は死を迎えるわ」
「地球が死ぬ⁈」
「正しくは、二〇年前の状況に戻ってしまうといったほうが正しいかしら。どちらにしても人類を含めた全ての生命体は、生きていけなくなってしまうでしょう」
続くアンヌの言葉は更に衝撃的だった。
「ヴェルトオヴァールは、それ一つで星と同等のエネルギーを発するわ。強大な力を求めるもの達には喉から手が出るほど欲しい代物のはずよ」
「待って母さん……」
アンヌの言葉を聞いて、ユウタはある事を思い出した。
「確か昨日シルバーバックを操っていた犯人がヴェルトオヴァールの事を言ってたよ。奪うとか何とか……」
「多分その人は、利害の一致した侵略者と手を組んだのよ」
「地球が滅びることは知らなかったのかな」
「いいえ。おそらく知っていて、実行に移したのでしょう」
「じゃあ、また侵略しに来る……」
「来るわ。きっと彼等は二〇年間様子を見てたの。一番の邪魔者であったスティール・オブ・ジャスティスが本当に消えたかどうか……」
アンヌはそこまで言って言葉を詰まらせた。
「そうだよ母さん。父さんは? 父さんはどうしたの?」
「お父さんはね……」
アンヌは中々切り出そうとしない。
そんな煮え切らない態度を見て、ユウタの口調が強くなる。
「父さんは宇宙で死んだって聞いたよ。でも父さんはスティール・オブ・ジャスティス。つまりヒーローだったんだよね? じゃあ死んでないんじゃないの⁈」
アンヌは目を逸らして中々答えようとしない。
「父さんは、父さんはこんな時にどこ行っちゃったのさ!!」
たっぷりの沈黙の後、絞り出すようにアンヌが口を開く。
「……宇宙よ」




