#21 父の形見
地獄が現実にあったら、今の防衛軍兵器展示祭り会場は限りなく近いだろう。
空は灰色の雲に覆い尽くされた為に日光は遮られ、展示されていた兵器は一つ残らず原形をとどめていない。
そこかしこから煙が上がり、猫の着ぐるみは炎に抱かれ、逃げ切れなかった観客達は地面に倒れ込み、自ら流した赤い水たまりに顔を浸けている。
壊れたスピーカーからは、生きた死者の呻き声のように途切れ途切れのサイレンが漏れていた。
その会場で唯一生きている人間がいた。
新兵器お披露目会場で佇む白衣を着た男、この地獄を生み出した元凶ハンプクシュウゴだ。
彼は青い炎に焼かれた人骨のそばでも、顔色ひとつ変えることなく、ある操作をしていた。
足元に置いた携帯端末から複数のホログラムスクリーンが表示されている。
スクリーンにはシルバーバックのカメラの映像や、予めハッキングしておいた防犯カメラの映像などが映し出されている。
右手で画面を操作しながら左手の腕時計型操縦装置でシルバーバックに指示を出す。
道を塞いでいた戦車隊を蹴散らし、 世界の源を手に入れようと希望市に向かわせようとした矢先、新たな生体反応をキャッチした。
最初は無視して進ませようとしたのだが、その生体反応の内部から溢れる高エネルギー反応がシュウゴの興味を引く。
「何だこの数値は……」
出力は発電所と同じかそれ以上。
その場所付近にある防犯カメラの映像をスクリーンに表示させる。
映っていたのは大きな瓦礫を軽々と持ち上げる撫子色の金属生命体だった。
どうしても気になったシュウゴは、シルバーバックを引き返させた。
ユウタの眼前に、撫子色の金属を纏う美しき球体関節人形が立ち、自動車ほどの大きさの瓦礫を右手一本で軽々と持ち上げていた。
「だ、誰?」
撫子色の金属生命体は何も答えず、瓦礫を遠くに投げ捨て、ユウタに向かって左手を伸ばす。
突然人外の存在に手を伸ばされて、掴んだら酷いことされるのではないかと思い、左手が動かない。
躊躇していると、また地震が起き、上に積もっていた瓦礫がユウタめがけて勢いよく落ちてきた。
あっ死んだ。
スローモーションのように落ちてくる瓦礫を見つめていると、
撫子色の両手が伸びてきてユウタを赤子のように優しく抱きしめながら外に引っ張り出した。
抱きしめられたまま後ろを見ると、大量の瓦礫が先程までユウタがいた場所に積もっていた。
あとほんの僅か抜け出すのが遅ければユウタの身体は、ゴミ収集車にプレスされた生ゴミのようになっていただろう。
両手から解放されユウタは、改めて助けてくれた恩人を見上げる。
身長はユウタより十センチほど高く、身体は金属の光沢を湛える撫子色に纏められている。
ヒールのような尖ったつま先と細い踵に、腰から臀部にかけて柔らかなくびれ。
手足は丸みを帯びて細く、金属でありながら柔らかそうな胸の二つの膨らみ。
腰から伸びるのは、動きやすさを重視してか、前が大きく空き、三分割されたスカートのようなパーツが足を包み込んでいた。
見上げると、こちらを見る太陽のような優しい光溢れる大きな二つの瞳と目が合った。
不思議と、人間ではないとはいえ、目をそらすことは無かった。
でも、身体つきから相手が女性であるということしか分からず、誰なのか、何故自分を助けてくれたのか見当もつかない。
取り敢えずユウタはお礼を言うことにする。
「あの、助けてくれてありがとうございます」
撫子色の金属生命体は何も答えずに右手を伸ばすと、ユウタの頰に優しく触れる。
突然のひんやりとした感触に驚くが、不思議なことに嫌な気持ちを抱くことはなかった。
代わりに一つの疑問が湧き出る。
「貴女は誰なんですか?」
返事の代わりに撫子色の右手が動き、ユウタのふんわりとした黒髪を撫でる。
「その、あの……」
まるで子供をあやす母親のようなその行為に、ユウタの中に溜まっていた膿が涙となって落ちていく。
今日一日で、沢山の物が破壊され、見ず知らずとはいえ多数の人の死を目撃してしまった。
更に非道い怪我をしたフワリの姿。
頭を撫でられるたびに、泥のようにへばりついた嫌な記憶が、消えていくような不思議な心地よさだった。
だが、それも長くは続かない。先程から続く地響きによって中断されてしまう。
地響きは一定の間隔で続き、揺れが大きくなっていくようだ。
更に何か大きなものが道路に落ちていく音も聞こえてきた。
撫子色の金属生命体は頭を撫でるのをやめて、イベント会場とは反対側を指差した。
そして凛とした優しさ溢れる声を発する。
「早く逃げなさい」
撫子色の金属生命体が日本語を喋ったことにも驚いたが、ユウタがそれ以上に驚いたのは、その声、喋り方を知っていたからだ。
「え! 母さん? 母さんなの?」
返事はない。
ただ驚いたように撫子色の肩が勢いよく上下に動いた。
それはユウタの予想が間違っていないことの証明でもあった。
「本当に母さんなの? 何でそんな格好してるの⁉︎ 」
撫子色の金属生命体は何も言わずに、いつの間にか右手に持っていたメガネを差し出す。
「これを持っていなさい」
「えっこれって?」
渡されたのは細く四角いシルバーフレームのメガネ。
幼い時に亡くなり、合った記憶のない父親の形見にソックリだった。
「何でこれを……」
「それはズィルバアイ。肌身離さず持っていて。それが貴方の力になってくれるわ」
「どういう意味?」
撫子色の金属生命体はそれ以上何も言わず、ユウタに背中を向けて歩き出す。
すると、アンヌが見ていたビルが内側から破裂するように崩壊し、中から巨大なゴリラのシルエット。
シュウゴの命令を受けたシルバーバックは土埃を巻き上げ、ビルの瓦礫を落としながら、ユウタを守るように立つアンヌの前に現れた。
ユウタは逃げることも忘れ、アンヌの背中を目で追い続ける。
アンヌは、自分の数十倍もの身長差がある殺戮ロボットに向かって、緊張のかけらも見せず歩いて近づいていく。
シルバーバックは拳を振り上げ、間合いに入った撫子色の金属生命体に向けて容赦ない一撃を振り下ろした。
拳が届く前に、アンヌはスカートの形状をした反重力推進機関から緑の光を放ちながら跳んだ。
顔の前で両手でクロスさせ、内側から溢れ出す緑のリームエネルギーで全身を包み、そのままシルバーバックの腹部に体当たり。
シルバーバックの両足が浮かんで何十メートルも後退し、イベント会場の入り口を潰しながら足から落ちる。
軽やかに着地したアンヌは、再び全身を緑の光で包み込み、跳び上がった。
シルバーバックが左拳を横薙ぎに振るう。
アンヌは、その左手を軸に回転しながら回避し、ガラ空きの左脇腹に突っ込む。
次に迫る右腕を、飛び込むように避け、今度は右脇腹に弾丸のような勢いでぶつかった。
蚊を払うように両手を振り続けるシルバーバックを、アンヌは蝶のように舞いながら翻弄し、蜂のように鋭い体当たりを繰り返す。
ユウタから見ると、緑に輝く蛍が力任せに拳を振るゴリラをからかっているように見えていた。
アンヌが道路に降り立ち、両手にリームエネルギーを纏わせる。
再び跳び上がり、右拳を掻い潜って、左の手刀を閃かせ、シルバーバックの背中から伸びた右足のケーブルを一刀の元に斬り捨てた。
シルバーバックが右膝をつく。
アンヌは止まることなく左足のケーブルも切断し、暴れ続ける両腕のケーブルも断ち切った。
切断面から白い蒸気を噴き出しながら、シルバーバックは両手、両膝をつき、動きを止め、そのまま噴き出し続ける蒸気の中に飲み込まれていった。




