#10『剛腕鉄砕ファウストガーディマン』
―1―
ロシアと南太平洋で激闘が繰り広げられている頃、
ガーディマンは一人歩道にいました。
(取り敢えず、これだけ覚えておけば大丈夫かな)
ハカセが半ば趣味で作ったパワーアップ用追加武装のマニュアルを読んでいたのです。
歩道でマニュアルを読み耽っていたのですが、その間は誰も通りませんでした。
何故なら街の人はとっくに避難しているからです。
神奈川、埼玉、山梨。この三箇所から襲来してくる怪獣軍団によって希望市は確実に戦場になります。
ガーディマンは、埼玉から襲来する怪獣を迎え撃つ為、街の北側で待機していました。
CEFのメンバーも東と南で守りを固めているところでしょう。
いつもは活気溢れる街も人っ子一人おらず、正しくゴーストタウンでした。
そんな時、後ろから女性の声が聞こえてきます。
「こちら速報快です。いました! ガーディマンです。彼が街の北側を守っているようです。話を聞いてみましょう」
振り向くと、そこにはカメラなどを持った数人の男性と、マイクを握った一人の女性の姿がありました。
どうやらテレビ局の人達のようです。
みんな避難したと思っていたので、ガーディマンは唖然としてしまいます。
その間に女性が近づいてきました。
「ガーディマン。貴方は一人でここを守るのですか」
「え、えっとはい……じゃなくて。ここは危ないですよ。早く避難してください」
(なんか前にもこんなやりとりしたような?)
「私達は避難所にいる人々に情報を伝えようとしています」
「情報、ですか」
カイは勢いよく頷いてから、自分にマイクを向けます。
「はい。避難所にいる方達は不安な気持ちでいっぱいだと思います。
だからヒーローの貴方の一言が欲しいんです」
そこで何を求められているか気づきました。
「みんなを、勇気づけてあげればいいんですね」
「はい。避難所の皆さんも観ています。是非一言お願いします」
ガーディマンはマイクを向けられることよりも、大きなカメラのレンズに見つめられる方が緊張しました。
けれどもシェルターにいる沢山の人達、アンヌやホシニャンやフワリの事を思うと、全身の強張りが取れていきます。
そして考えなくても自然と言葉が出てきました。
「僕がみんなを護ります。だから安全になるまでシェルターで避難していてください。よろしくお願いします」
ガーディマンは気をつけの姿勢になると、カメラに向かってお辞儀をしました。
頭を上げると、遠くから微かな音をヘッドフォンのような耳が捉えました。
カイのお礼も耳に入らず、音がする真後ろを振り向きます。
「あの、どうかしましたか」
首を傾げるカイや、スタッフ達は誰一人として気づいていないようです。
「怪獣がこっちに来ています。早く避難してください」
「えっ? 全然見えませんけど」
普通の人の眼には怪獣の姿は、まだ見えないようです。
「いえ。確実に近づいてます。怪獣の歩幅は大きいからすぐにやって来ます。今の内にシェルターへ行ってください!」
ガーディマンの言葉に説得力を感じたのでしょう。
カイとスタッフ達はお互い見遣って頷き合いました。
「分かりました。貴方の言葉を信じて私達は避難します」
カイ達が地下鉄のシェルターに避難したのを確認して、音が近づいてくる方に歩を進め飛び上がりました。
近くにある三十五階建てのビルの屋上に着地しました。
今まではビル群が邪魔して見えませんでしたが、立ち登る黒煙と巨大な二足歩行の怪獣の姿が見えます。
後十分もすればガーディマンのいるところにやって来るでしょう。
緊張が高まって来たその時、突然呼び出し音が鼓膜を襲いました。
びっくりしながら確認すると、着信です。しかも登録していない知らない番号でした。
(こんな時に知らない人から電話なんて……無視しよう)
そう思っても呼び出し音は鳴り続け、とても怪獣を待ち構えていられません。
(もしかしたら緊急の要件?)
呼び出し音のしつこさに折れたガーディマンは電話に出てみることにしました。
「……も、もしもし」
恐る恐る出てみると、
『出るのが遅い!』
いきなり怒鳴られてしまいました。
名乗りませんでしたが、聞き覚えのある少年の声です。
「ご、ごめん。もしかしてレギィ?」
『そうだよ。一分もコールしたのに全然出ないから、何かあったのかと思ったぞ。あと四分しかないじゃないか』
「知らない番号だったから出なかったんだよ」
『んん? そうか、それは悪ぃ。シェルターの電話を使ってるんだ。自分のは電波届かないからな』
「そういう事。それで何かあったの」
電話越しのレギィの声は少し恥ずかしそうです。
『な、何かあったじゃねえよ。もう少ししたら怪獣と戦うことになるんだろ。こっちも大変だけど、お前のところは七体も来てるんだろ』
「うん。もう後何分もしないでやってくるよ」
レギィと会話している間も、建物が倒壊する音や足音が徐々に大きくなってきています。
『お前なら勝てるよな? ママを救ってくれたように今回も勝つよな?』
レギィが心配してくれるのが充分に伝わってきます。
『大丈夫。負けないよ。ヒーローが悪に負けるなんて聞いたことないでしょ?』
『馬鹿! 現実と物語を混同するな! 死ぬなよ。もし死んだら、お前の死体を蹴り飛ばしてやるからな!』
なんとも酷い仕打ちです。
「分かってる。絶対勝つから応援してくれると嬉しいな。それだけでも力が湧いてくるからさ」
『おう。応援してやる。それでお前が無事ならいくらでも応援してやる! だから勝てよ。ユ――』
不意に電話が切れてしまいます。
先程『あと四分』と言っていましたので、もしかしたら時間制限があったのかもしれません。
少し待ってみても電話は来ませんでした。
代わりに聞こえてくるのは怪獣の足音です。
掛け直す時間もないようです。
遂に怪獣軍団との決戦の火蓋が落ちようとしていました。
―2―
ガーディマンは屋上から降りて北にある十字路の真ん中にやって来ました。
高所から見なくても、姿がはっきりと見える距離まで怪獣が迫っています。
ガーディマンは十字路の真ん中で全身に力を漲らせていきます。
すると胸部のリームクリスタルが輝き、血液が巡るようにエネルギーを送り込んでいきます。
グングンと、健やかに成長するように全身が等しく大きくなっていき、百七〇センチの身長が七〇メートルまで伸びました。
巨人となったヒーローの姿を認めて、歩いていた二体の怪獣が足を止めます。
ガーディマンの四方にあるMK-ビルディングが一斉に展開し武装していきます。
二つは二連装のレールキャノン、もう二つはマイクロミサイルポッドです。
展開が完了すると同時に、二体の怪獣もその場で止まりました。
ガーディマンから見て、左側が機械化した頭部を持つメカキョウボラス。
右側は、ほぼ全身サイボーグのメカメカキョウボラスです。
本当はハカセの作った追加武装を装着する予定でしたが、こんな時に不具合が起きたと連絡が入り、今は調整中で間に合いません。
二体の怪獣がタイミングを揃えて、威嚇するように咆哮します。
その大音量は近くの建物や車のガラスを粉々に砕いてしまいました。
吠え終えたメカキョウボラスが大股で近づいて来ます。
「これ以上街に近付かせはしない!」
ガーディマンは真正面からぶつかっていくように走り出します。
十字路に聳え立つMK-ビルディングのレールキャノンが、メカメカキョウボラスの方に狙いを定める為に動き始めます。
砲撃と同時に小型ミサイルが天に向かって発射されました。
ガーディマンに遠距離攻撃をしようと両手を上げたメカメカキョウボラスに次々と着弾します。
針のような砲弾が胴体に当たり、空から誘導弾が降り注ぎました。
体に火薬が仕込まれていたかのように爆発が連鎖していきます。
頑丈な装甲に守られたメカメカキョウボラスも、激しい攻撃に怯んだのか、攻撃を中断してビルの陰に隠れました。
―3―
ガーディマンが走り幅跳びするように跳躍して、左拳でメカキョウボラスを殴りつけます。
しかし、右手で塞がれるばかりか、がっしりと拳を掴まれてしまいました。
メカキョウボラスが顔を狙って噛み付いて来たので、それを避けます。
噛みついてきた顎に、右のアッパーをお見舞いします。
顎が上を向きそうなほど大きく反れ、同時に拳を掴んでいた右手も離れました。
自由になったのも束の間、体勢を立て直した怪獣の前蹴りがお腹に当たってしまいます。
ガーディマンは吹き飛び、背中で後ろにあったマンションを押し潰してしまいました。
瓦礫を全身に浴びながら起き上がろうとすると、大きな脚で押さえつけられてしまいます。
メカキョウボラスの右脚に胸部を潰されて、痛みと息苦しさが同時に襲って来ました。
両手を使って退けようとしても、根を張った大木のように動きません。
さらに強い力で押さえつけられ、足の裏と瓦礫が積もった地面にサンドイッチにされてしまいました。
見下ろすメカキョウボラスが大きく息を吸い込み始めました。
喉の奥からオレンジ色の光が点滅しながら上ってきます。
押さえつけたガーディマンに炎を浴びせようとしているようです。
それに気づいて脱出しようとしますが、脚を退ける事ができません。
メカキョウボラスが口を開き下を向きました。
喉奥から赤熱の塊が今にも飛び出そうとしています。
飛び出す直線、メカキョウボラスの頭の左側が爆発しました。
怪獣はその衝撃で口を閉じてしまったらしく、吐き出そうとした炎が口の中で爆発。
口から炎と黒煙が上がり、吹き飛んだ数本の牙が道路や歩道橋に突き刺さりました。
絶体絶命のガーディマンを救ったのは一発の砲弾でした。
最後まで残っていたMK-ビルディングのレールキャノンが助けてくれたのです。
しかし、ガーディマンを助けた代償は大きく、メカメカキョウボラスの攻撃が直撃してしまいます。
爆発で弾薬が誘爆し、レールキャノンごとビルは吹き飛んでしまいました。
メカキョウボラスの右脚から逃れたガーディマンにハカセから連絡が入ります。
『ガーディマン待たせた。表示したポイントに向かってくれ』
「待ってたよ」
ガーディマンが向かったのは何の変哲もない八車線の道路です。
怪獣二体も行く手にある建築物を破壊しながら追いかけてきます。
果たして、上手くパワーアップできるのでしょうか。
―4―
追いかけられるガーディマンは道路の真ん中で立ち止まり怪獣の方に振り返ります。
左右は道路に面したビルに囲まれていて、とても逃げる場所はありません。
メカキョウボラスは突き進んできて、メカメカキョウボラスは遠距離攻撃をするつもりか、脚を止めて両手を上に上げていきます。
ガーディマンは防御も逃走もしようとせず、その場で片膝をついてしゃがみました。
拳を握ったままの両腕を道路に向けてまっすぐ伸ばします。
すると地下から、ガーディマンに向けて、レールが擦れるような音が聞こえてきました。
目の前の道路が、トランクの蓋のように開き、中から二つの円筒形の物体が飛び出します。
道路が元に戻り、立ち上がったガーディマンの両腕にはひとまわり大きな拳が装着されていました。
鉄をも砕けそうな頑丈そうな拳に、剛力を発揮できそうな太い腕。
これが新しい武装を手に入れたガーディマンの姿です。
その名は……。
「『剛腕鉄砕ファウストガーディマン』」
ガーディマンが強力になった両の拳を勢いよく打ち付けると、まるで火打ち石のように火花が散りました。
メカメカキョウボラスが両手のビームキャノンを発射します。
ガーディマンは後ろではなく前に走り出します。
放物線を描くエネルギーの塊が、背後の道路で爆発し、爆風が周囲の建物のガラスを吹き飛ばしました。
その勢いを利用するようにトップスピードで駆け抜けてメカキョウボラスに拳を振りかぶります。
メカキョウボラスが火球を放ちました。
防御せずに、火球目掛けて拳を真っ直ぐ突き出しましす。
爆発が起き、黒煙がお互いの視界を埋め尽くしてしまいました。
煙が晴れるより早く、ガーディマンの黒く大きな拳がメカキョウボラスの胸部を殴ります。
まるで突き飛ばされたように、怪獣の巨体が建築物を破壊しながら吹き飛びました。
メカメカキョウボラスの撃った二発のビームが迫ってきました。
今度はその光球を殴りつけます。
一つを下に殴り付け、もう一つは相手にお返ししました。
自分の攻撃によって、メカメカキョウボラスが爆炎に包まれながら後ろによろめきます。
立殴り飛ばされたメカキョウボラスが立ち上がり、尻尾を振り回してきました。
それを両腕でガードしながら近づきます。
拳の間合いに入ったところで、右拳で殴りつけます。
腕に装着されたブースターを点火させます。
音速のパンチがメカキョウボラスの腹部にめり込みました。
ブースターの点火剤が排出されて落ち、下にあった車を潰しました。
ガーディマンは何度も音速の剛腕を振るいます。
速くそして重い一撃が怪獣の胸部を打ち、顔に直撃し、またしても牙が吹き飛びました。
攻撃に夢中になって、メカメカキョウボラスの体当たりに気づかず、吹き飛ばされてしまいました。
倒れた拍子にビルが崩れ、涙を流すようにガラスが落ちていきます。
立ち上がると、今度はメカキョウボラスの尻尾が襲ってきます。
左腕で防ぎますが、右足に痛みが走りました。
メカメカキョウボラスのドリルのような尻尾が襲ってきたのです。
またしても右足に当たり、激しい火花が散りました。
踏ん張りが効かずに片膝をついてしまいます。
今がチャンスと見たのか、二体の怪獣が青と赤の火球を放ちました。
ガーディマンは両手を立てて防御します。
青と赤の業火がヒーローを包み込みました。
爆風で車は砂粒のように吹き飛び、高熱で窓ガラスが水飴のように溶けてしまいます。
そんな中でもガーディマンは健在です。
両腕で二発の炎を完全に防いだのです。
しかし、所々にへこみや溶けている箇所が見受けられました。
いつまで攻撃に耐えられるか、このまま守ってばかりではやられてしまうでしょう。
通信が入ります。
『こちらリィサ。ソンブリブル一体の撃破を確認。しかし敵の攻撃が激しい為、友軍機が落とされてます』
『こちらバサルト。こちらもまだ仕留め切れていない。戦車隊を後退させる』
西や南の戦場も苦戦しているようでした。
ガーディマンは一気に勝負をつけて、助けに行く事を決意しました。
二体の怪獣は接近戦が不利と見たのか、距離をとって火球攻撃を続けています。
避けようと近づきますが、絶え間なく飛んでくる火球を避け切れずに当たってしまいます。
そのまま仰向けに倒れていたガーディマンが突然小さくなりました。
百七〇センチまで小さくなると、背中のアンチグラビティブースターを使って体勢を立て直し、両足で道路に着地します。
怪獣二体は、急に縮小したヒーローが見つけられないのか、攻撃の手を止めて辺りを見回しています。
その間にガーディマンは両足にリームエネルギーを集中させます。
「『ガーディダッシュ!』」
緑の光を纏う足でアスファルトをえぐりながらロケットスタートしました。
一気にメカキョウボラスの足の間に到達すると同時に巨大化します。
大きくなった勢いを利用した渾身のアッパーカットが下顎にクリーンヒットしました。
メカキョウボラスが大きくよろくと、近づいてきたメカメカキョウボラスが助けるように背中に手を添えました。
二体が集まった時が絶好の好機です。
ガーディマンは全身のエネルギーの両腕の強化パーツに注ぎ込みます。
硬く握りしめていた拳を開くと、滑るように低空飛行して怪獣二体の首を同時に掴みました。
そのまま締めるのではなく、上空に放り投げます。
怪獣が重力に引っ張られる前に、両手を組み合わせると、強化パーツのブースターから緑の噴射炎が噴き出します。
更にアンチグラビティブースターを起動して、ロケットのように空に打ち上がりました。
思いついた必勝技の名前を叫びます。
「『スパイラル、Uターーーン!!』』
両腕と背中のブースターで重力の鎖を引きちぎり、硬く組み合わせた拳で、放り投げたメカキョウボラスの腹部を貫きます。
勢いを殺す事なく、逆Uの字を描くようにターンして、落ちていくメカメカキョウボラスの背中を貫きました。
拳を解き、膝をついて着地。
大穴が開いた二体の怪獣が地面に落ちる前に同時に大爆発しました。
役目を終えたファウストパーツは緑の粒子となって消滅しました。
ガーディマンは勝利の余韻に浸る事なく、未だ戦闘が続く東に向かって走り出すのでした。




