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【ジェムストーンズ1人目 ガーディマン】〜みんなを護るため弱虫少年はヒーローになる〜  作者: 七乃ハフト
第7話『狂騒 怪獣達の宴』〜再生怪獣軍団 怨念融合獣DE・O・TE登場〜
143/148

#8『ゾンネ・レイ発射』

 ―1―


 ドイツから離陸した輸送機が直射日光を浴びながら、灰色の雲の上を滑るように飛んでいます。


 旅客機と雲泥の差のある乗り心地のロシア行きの軍用機には、似つかわしくない二人が乗っていました。


 ベン・バルツァーは何かを堪えるようにきつく目を閉じ、口元に拳を持っていきます。


 平静を装ってはいるのですが、軍用機の揺れによって酷い乗り物酔いを起こしていたのです。


 事前に飲んだ酔い止めも効果がなかったようでした。


 青魚のように青ざめた顔で隣に座る女性の方を見ます。


 名前はゾフィア・ブランデンブルクといい、世間からは変わり者のロボット工学者で有名でした。


 スポーツが趣味で日焼けした肌を持つ彼女は、瞬きもせずにタブレットを見つめて操作しています。


 不規則に揺れる輸送機内での作業なのに、全く具合が悪くなる素振りも見せません。


 見ているベンの方が気分が悪くなってきました。


 下から登ってくる吐き気を咳払いでごまかします。


 ゾフィアお気に入りの、炎のように赤いルージュを引いた唇が動ました。


「ベン君。吐くのは構わないけど私にはかけないでくれよ。この後の一世一代の発明をお披露目するのに、胃液臭いのなんでごめんだよ」


 と言いながらも、タブレットから目を離そうとしません。


「大丈夫です。少しづつ良くなってます」


 青ざめた顔のベンは再び咳払いしました。


「それより博士は気持ち悪くないんですか?」


「今日はやる事が沢山あるんだ。具合悪くなってる暇なんてないよ」


 ゾフィアの決意溢れる言葉に、ベンも耐え抜こうと決意しましたが、


 寄せては返す波のような大きな揺れに、やはり無理かもと決意が揺らぐのでした。


 ―2―


 ゾフィアとベンが乗っていた輸送機が無事に目的の空港に到着しました。


 降りてきた二人の姿は対照的です。


「うーーーん。長時間触ると身体がカチカチになるなー」


 ゾフィアはコリをほぐす為に伸びをしていました。


「ベン君、おーいベン君。早く降りてきなさい。時間を無駄にしない!」


 ベンは千鳥足のような足取りで、タラップを降りてきます。


 よほど酷い目にあったのか、その顔は先ほどよりも真っ青で、頬もこけていました。


「早く行くよ」


「……分かってます」


 ベンは喋るのも辛そうで、酔い止めを何錠も口に放り込みます。


「ほら車来たから、早くどきなって」


 ベン達が乗ってきた輸送機の前に一台のトレーラーが後ろ向きでやってきました。


 同時に、大きな口を開けるように、輸送機の前部ハッチが開きます。


 内部には荷台がひとつありました。


 上からは防水布が掛けられていて中に何があるかは分かりません。


 やってきたトレーラーがバックのまま、ハッチの中に入り荷台とドッキングしました。


 輸送機から出てきたトレーラーがクラクションを鳴らします。


 その音は脳を揺さぶられるようで、今のベンにとっては追い討ち以外の何物でもありませんでした。


「あっと、倒れるなよ。まだ私達の仕事は初まってもないのに。ほら乗るよ」


 ベンは半ば引っ張られるようにゾフィアと共に座席に乗り込みました。


 二人を乗せたトレーラーを先頭に、十台の車列が目的地に向かって出発します。


 ―3―


 気がつくと、ベンの乗っているトレーラーは既に停車していました。


 座席にベン以外の姿はありません。


 外が騒がしいので、ドアを開けてトレーラーを降ります。


 尊敬する博士の後ろ姿はすぐに見つかりました。


 ゾフィアは足を肩幅まで広げて立ち、タブレットを小脇に抱えて上を見ていました。


「博士、すみません。寝てしまったようで」


 謝ると、その声に反応してゾフィアが振り向きます。


 その顔は大好きなおもちゃを見つけた子供の顔をしていました。


 今年四〇になる彼女ですが、違和感はなくとても魅力的に見えてしまいます。


「やっと起きたかベン君。見たまえ。もう完成してしまったよ」


 ゾフィアが大袈裟に振り回した手に釣られて、そちらを見上げます。


 そこには彼女が半生を掛けて開発したものが、見事に形となっていたのです。


「どうだい。私の創造した()()の姿を見て感想はないのかい」


 ベンは見たまま感想を探しますが、どう考えてもひとつしか思い浮かび上がりませんでした。


 それはアメンボかサソリのようでした。


 全高は約三〇メートル。白いボディで四本の脚があり、後脚の方が長くなっています。


 接地した金色の爪は前が五本、後ろには四本ありました。


「どう見ても人気は出なそうですね。それに子供が泣き出しそうな――グホッ」


 感想を言ったら、お腹に肘鉄が入りました。


 膝から力が抜け、両手でお腹を抑えて蹲ります。


「一言余計だよベン君。この形態が一番エネルギー効率のいい姿なんだよ」


「……せ、説明しなくても分かってます。感想を聞いてきたから素直に言ったのに……何にも言ってません!」


 また肘鉄が飛んできそうだったので慌てて口を噤みました。


 機械仕掛けのサソリは全身にチューブが繋がれていて、とても本調子には見えませんでした。


「後は主砲の最終調整だけだ。ほら膝ついてないで手伝う」


「は、はい」


 ベンは立ち上がると、膝の汚れもそのままにゾフィアの後を追いました。


 ―4―


 近くで停車している車両のコンテナでゾフィアはタブレットを操作していました。


「最終調整終了。ベン君、テストして」


 タブレットを見たまま命令してきます。


「分かりました。主砲を動かします」


 ベンがコントローラーを操作すると、サソリといえば誰もが思い浮かべる尻尾が動き出しました。


 お尻の方に垂れ下がっていた尾が一人でに起き上がり、頭の方にその先端を向けます。


 黒い尾の長さは、胴体よりも長い五〇メートル。


 先端は毒針ではなく、強力な砲撃を放射する為の砲口が空いています。


 砲口は黄色く、丸みを帯びた砲身と相まって、まるで瞳のようでした。


 ベンは思った通りに動く事を確認して、コントローラーから手を離します。


「博士。テスト終了。問題なしです。後はパイロット達を待つだけですね」


 サソリを操るパイロット二名は、防衛軍から派遣される手筈になっていました。


 けれども色々と忙しいのでしょうか、まだ姿を見せません。


「まだテストは終わってないよ」


 立ち上がったゾフィアは車から降りようとドアに手をかけます。


「どこ行くんですか?」


「操縦室。細かい作業はそこでやった方がいいだろう」


「そろそろ避難しないと僕達も戦闘に巻き込まれますって!」


「大丈夫だよ。まだ時間はあるさ……おや?」


 ゾフィアの言葉が終わらないうちに警報が鳴り響きました。


 二人が外に降りると、気分が悪くなるような大音量の警報に混じって、遠くからある音が聞こえてきます。


 空気を切り裂く音、硬い壁に鍵が激突する音、そして大気を震わせる複数の爆発音でした。


 音が大きくなる度に、微かな地響きが地面から足の裏に伝わってきます。


 音の出所をしている方に首を向けると文字通りの巨人がいました。


 ベンは口が半開きになり、顎が震えだします。


「べ、べ、ベルント。もうあんな近くに……早く逃げましょう。というか日本から来るはずのCEFはいつ来るんですか⁈」


「日本にも複数の怪獣が出現したから来れないって連絡きたじゃん……ああ、ベン君その時寝てたっけ」


 周りの作業員が避難する為に走りだし、付近にいた軍用兵器が怪獣の方へ向かっていきます。


 けれどゾフィアだけはベルントを睨みつけたまま動こうとしません。


 ベンは彼女の肩を掴みます。


「と、とにかく、早く逃げましょう!」


 ゾフィアは肩を動かすだけで、ベンの手を振り解くと、自ら開発したアメンボの方へ駆け出します。


「そっちじゃないですよ。博士!」


 追いかけるベンは半ベソでした。


 ひとつしかない命を失いたくないのですが、尊敬する博士を置いていけませんでした。


 ゾフィアはサソリの左前脚で止まると、蓋を開けて中にあるキーパッドを操作します。


 すると前脚の間にある、お腹の一部が動きだしエレベーターのように下降してきました。


 ゾフィアがエレベーターに乗り込むのと少し遅れて、息を切らしたベンも乗り込みます。


「避難しないのかい。ベン君」


 全力疾走したせいで息が上がるなか、途切れ途切れで返事します。


「いや、いや、博士の方こそ今調整している場合じゃ、ないですよ」


「調整なんかしないよ」


 エレベーターがサソリの体内に到着して停止します。


「私が女神を操るんだ!」


 ゾフィアの言葉がきっかけになったかのように、両開きの扉が開きます。


 全長五〇メートルはあるサソリを動かす為の操縦室は中からは分かりませんが円形になっています。


 理由は()()()()()から搭乗者を保護する為です。


「私が主砲を撃つ。ベン君は避難しなさい」


「一人でって、失敗したら逃げられませんよ」


「今まで何万とシミュレーションしてたから外さないよ」


 ゾフィアは操縦室に入り砲手席に着きました。


 ベンはエレベーターの扉が閉まり切る前に飛び出して、前席の運転席に座りました。


「おい、ベン君」


「誰が避難するなんて言いました。僕は博士の助手ですよ。手伝うに決まってるじゃないですか。

 それに運転席からじゃないと主電源入れられないの忘れたんですか?」


 ゾフィアはおどけた様子で両手を広げました。


「おや忘れてたよ。さすが私の第一助手」


「唯一の助手の間違いです。起動します」


 主電源が入り、チューブに繋がれた機械仕掛けのサソリが産声を上げ、細かな振動が二人を包み込みます。


「起動完了。異常なしです」


 ゾフィアは右の人差し指をメインモニターに移る緑色の巨人を指し示します。


「よーし、『マシーナ・スヴァローグ』起動。ベルントを撃破するよ!」


 ―5―


 ベルントを倒すといっても、マシーナ・スヴァローグは動きません。


 大きな四本の脚で大地にしっかりと根を張っているからです。


 前脚と後ろ脚の間に差し込まれた四つのチューブは周囲の電源車と繋がっていました。


「エネルギーチャージを開始」


 ベンがコンソールを操作すると、動力炉に電源車のエネルギーが送り込まれていきます。


 サソリの尾のような主砲がお尻の付け根から光っていき、そのまま先端まで伸びていきました。


「充填五〇パーセント、六〇、順調に充填中」


「早く早く。ベルントはどんどん近づいているよ」


 ゾフィアが着けたゴーグル状の照準器には、双眼鏡で覗いているかのように、ベルントと黒いモヤが大写しになっています。


 時折黒いモヤが防衛軍の攻撃によって所々穴が開きますが、すぐに元どおりになっていました。


「あっ!」


 突然、ゾフィアが声を上げました。


 その声音はとても良いことが起きたとは思えません。


 ベンは外の様子が見えないのでゾフィアに尋ねます。


「どうしました博士?」


「まずいなこっちに来る』


「えっ、ベルントがですか」


「いいや。バガーブの方だよ」


 そういった直後、外から何かがぶつかってくる音が聞こえてきました。


 まるで前から雹が飛んでくるようです。


「バガーブが大群でぶつかってきてる」


 外の様子が分かるゾフィアが報告してくれます。


「防衛軍は何してるんですか?」


「迎え撃ってくれてるけど、数が足りないね」


 会話している間も雹がぶつかる音はどんどん酷くなっていきます。


「ベン君、エネルギーチャージはどれくらい完了した」


「今、八〇パーセントを超えました。あれ?」


 ベンの見ているモニターで異変が起きました。


 八割溜まったエネルギーが一瞬にして七割に落ちたのです。


 チャージは続いていますが、その速度も遅くなってしまいました。


 外の様子が分かるゾフィアが原因を教えてくれます。


「奴ら、チューブに攻撃してる。あっ一個切断されてる」


 更に警報が鳴ったのでベンは目の前のモニターを確認します。


「関節部にダメージ。このまま攻撃されたらこの姿勢を維持できなくなります!」


 マシーナ・スヴァローグの脚の関節は、柔軟性を重視した為、どうしても強度の面で劣ってしまうのです。


「博士どうしましょうか?」


 ベンは泣きそうな顔で博士の方を振り向きます。


「転んだ子供みたいな声出さない。エネルギーのチャージは?」


「えっと、八九、今九〇突破しました」


 チューブを一部切断されたので、亀の歩みほど遅くなっていましたが、着実にエネルギーは溜まっていました。


「このまま攻撃態勢を維持。チャージ完了次第発射する」


 逃げるという選択肢は頭にないようで、ゾフィアはこう続けます。


「退却したって、この巨体じゃ逃げきれない。だったら倒すしかない。でしょ?」


 ここまできたらベンも覚悟を決めるしかありません。


「分かりました。エネルギー九五、九六……」


 外から聞こえてくる刃物で金属を削るような音を無視して、モニターの表示だけに意識を集中させます。


 ゾフィアは安全装置が掛かった発射ボタンに、右の拳を添えました。


 照準器の視界の中では、危険を感じたのか、ベルントが走って迫ってきていました。


「九八、九九、チャージ完了しました!」


「火の女神の力を思い知れ。太陽砲(ゾンネ・レイ)発射!」


 ゾフィアは安全装置を兼ねる透明な蓋ごとスイッチを叩きました。


 ガラスがひび割れスイッチが押し込まれます。


 サソリの尾の先端の砲口が内側から輝いていき、六千度もの超高温が太字のマジックで書いたような光の線を放ちました。


 太陽と同じ熱さは、纏わりついていたバガーブをも一瞬にして燃やし尽くします。


 走っていたベルントも光速で迫る光線を避けれるはずもなく、咄嗟に両手で体を庇うのが精一杯のようでした。


 ゾンネ・レイがベルントに命中し、緑の苔のような体毛に火がついた途端、全身が業火に包まれました。


 太陽の熱を浴びた緑の巨人は、白に近いオレンジ色に発光したまま、限界を留められずに崩れ落ちていきます。


 そのまま大地を溶かしながら消滅してしまうのでした。


 ―6―


「博士、バガーブは、ベルントはどうなりました。倒せたんですか? 博士!」


 ベンは何度も呼びかけますが、ゾフィアはボタンを叩いたまま動きません。


 外から雹がぶつかったり刃物で削るような音は聞こえなくなったのでバガーブの大群は倒されたようですが、


 ベルントを倒せたどうかは外の様子が見えないので分からないのです。


 何度か読んでいるとやっとゾフィアが反応してくれます。


「フフ、フフフ」


 でも返事は笑い声で、ちょっと怖いです。


「博士。何笑ってるんですか?」


 恐る恐る尋ねると……。


「やったよベン君!」


 照準器のゴーグルを投げ捨てた博士が抱きついてきます。


 女性しか持たない柔らかさと、鍛えている筋肉の硬さに顔が覆い尽くされてしまいました。


「私の発明したゾンネ・レイでバガーブもベルントも消滅した。これで私が福福(フクツ)産業より優れていると証明してやったんだ!」


 ゾフィアは鍛えた筋肉をフルに使ってベンを振り回します。


「わ、わ、わ。博士おめでとうございます。けれどそろそろ止めてくれると有り難いです。ちょっと色々出てきてしまいますから!」


「おーとごめん。つい興奮してしまってね。許してくれよ」


「いや……いや、大丈夫です」


 ベンはスーツの乱れを直しながらも、ゾフィアを責めることはしません。


 防衛軍から怪獣の全滅が確認されたと、通信が入りました。


「じゃあ私達も外へ出ようか」


「はい。他の場所の怪獣達も倒されているといいんですが……」


 戦闘が終わり、緊張感から解放された二人はエレベーターへ向かいます。


 するとまた通信が入りました。


 防衛軍からですが、先程と違い緊迫した様子です。


「博士、巨大な何かが地下を進んでこちらに接近中だそうです!」


 ベンの説明ではよくわからない為、ゾフィアは照準器を拾って外の様子を確認します。


 外では防衛軍の兵器が集まっていました。


 見ると遠くから地面が盛り上がり蛇のように蛇行しているのです。


 地下を進む蛇がベルントが消滅した地点で止まると、そこから鯨の潮吹きのように大量の土が吹き上がりました。


 同時に巨大な黒光りするバガーブが現れたのです。


 蟷螂のように長い首に顔にある一つ目は上下を嘴のようなものに守られていました。


 胴体の左右からはショベルカーのように伸びた二本の前脚があり、先端は物を掴めそうな三番の爪があります。


 一番異様なのは胴体です。


 まるで風船のように膨れていて、中にとても大事なものがあるのか、厚い外殻に守られています。


 腹からは無数のとんがった脚が生え、地面に刺さって今にも破裂しそうな動体を必死に支えていました。


 防衛軍が空と陸から攻撃を開始しますが、硬い甲殻に弾かれて、効果があるようには見えません。


「博士。何が起きているんですか。もしかして新しい怪獣ですか?」


「ああ。全長二〇〇メートルはありそうな蟲の化け物だよ」


 巨大バガーブは攻撃を弾いていますが、大きいからかその動きは鈍く、長い前脚による攻撃も空振りしていました。


 すると動体に新たな動きがありました。


 背中が目蓋を開けるように真ん中から開いたのです。


 粘液塗れのそこから、無数のバガーブがまるで出来立てのポップコーンのように飛び出してきました。


「あいつが生み出していたのか。今までの小さいのはソルジャーで、あいつはバガーブ・クイーンと言ったところかな」


 ゾフィアが名付けている間に、バガーブの大群が防衛軍の兵器に群がります。


 防衛軍の攻撃機はエンジンを破壊されて墜落、戦車はハッチをこじ開けられて今にも侵入されそうです。


 奮闘しているのは、対空機関砲を搭載したストラーウス90だけでした。


 ダチョウ型ロボットは弾幕を張ってバガーブを撃退しますが、弾が尽きてしまいます。


 その隙を疲れ細い脚の関節を破壊されてしまい、横倒しに倒れてしまいました。


「防衛軍が全滅した」


「ええ! 早く逃げ出しましょう!」


 ベンの言葉にゾフィアはかぶりを振ります。


「逃げても追いつかれて餌になるだけだ。それよりもゾンネ・レイで迎え撃つよ」


「そうか、それなら勝機はありますね」


 ベンはモニターを確認します。


「エネルギーチャージ開始します。けど間に合いますかね」


「防衛軍の人たちには悪いけれど、バガーブ達はそっちに夢中になってる。何とか時間が稼げれば……」


 ゾフィアが照準器を覗いていると、バガーブ・クイーンがこちらを見ていることに気づきました。


 発射を阻止しようと動きだしますが、胴体が肥え太っている為、動きはとてつもなく遅いです。


 しかし、兵隊バガーブ達はそうではありません。


 文字通り手足となって襲いかかってきました。


 再び、マシーナ・スヴァローグ全体に雹がぶつかる音が響きます。


「また攻撃されてる!」


「ベン君落ち着け。チャージの方は?」


「七割超えました」


 このペースなら何とかなる。と二人は思っていましたが、怪獣の知能を侮っていました。


「大変です。チャージのスピードが落ちてます」


「原因は? まさかチューブを切断された」


 ゾフィアが辺りを見回して、原因を突き止めます。


 外部からエネルギーを送ってもらう電源車が次々と破壊されていたのでした。


「弱点を突いてくるなんて、頭のいい虫達だな」


「怪獣褒めてどうするんですか!」


 電源車が全て破壊されてしまい、内部に蓄積されていたエネルギーしか残っていません。


「これじゃあ、発射は無理です……」


 ベンは頭を抱えてしまいます。


「まだ諦めるのは早いよ」


 ゾフィアは愛用のタブレットとマシーナ・スヴァローグを無線で繋ぎます。


 照準器のゴーグルを頭の上に上げました。


「さあ、女神よ。お前の本当の姿を見せておくれ」


 ゾフィアがプロテクトを解除していると、新たな振動が襲ってきます。


「ベン君。外の様子を見といて」


 そう言ってゴーグルを投げ渡しました。


 何度か落としそうになりながらも、照準器を頭に装着すると、


「うわっ!」


 全高一〇〇メートルの巨大な虫が迫ってくる迫力で、後頭部が後ろに反れてしまうのも無理ありませんでした。


 バガーブ・クイーンは、もどかしそうに動きながら前脚を振り下ろします。


 掴んでいた戦車がマシーナ・スヴァローグに激突し、操縦室が震えます。


「博士。戦車を投げつけてきます。今度は飛行機まで!」


 脱出して誰も乗っていない攻撃機が、背中にぶつかり爆発しました。


 大小様々な振動が襲ってくる中、ゾフィアはタブレットのキーボードをタップし続けていました。


 それはベンから見ても、出鱈目に叩いているようにしか見えません。


 ゾフィアの右手からは先程スイッチを叩いた時に怪我したのか、血が流れていましたが、全く気にしていないようです。


「よし、これでプロテクト解除。立ち上がれ女神」


 エンターキーを押した直後、新たな振動が二人の身体を揺らし始めました。


 ―7―


 前進を続けていたバガーブ・クイーンが無数にある全ての脚を止めます。


 纏わりついていたバガーブ達も一斉にその場を離れて距離を取り始めました。


 怪獣も驚くような事が起きていたのです。


「ベン君。シートベルトを早く着けるんだ」


 骨が軋むほど強くシートベルトを締め付けます。


 座っているのに身体が上昇していく感覚に襲われました。


 それは比喩でも何でもなく事実でした。


 サソリの尾にそっくりなゾンネ・レイが、背中とドッキングします。


 後脚はそのままに上半身が持ち上がりました。


 上体が起きる間に、後脚はガニ股から人の足のように真っ直ぐ伸びます。


 斜め上を向いたままの前脚は、付け根が肩となり、放射状に開いていた五本の爪が閉じて拳になりました。


 最後に、ゾンネ・レイの先端がお腹側に九〇度折れて完成です。


 アメンボかサソリのような姿から一転して巨人に変形したのです。


 中の二人は、円形の操縦室が直立するのに合わせて回転したので、下を向いたまま頭に血が上るということもありません。


 人型になったマシーナ・スヴァローグは全長百メートル。


 身長だけならバガーブ・クイーンと同等です。


 果たして実力はどうなのでしょう。


 操縦室内部の二人は対照的でした。


「おおっ!本当に立ったよ。いやーこのプログラム消去しなくて良かったー!」


 ゾフィアは大きなおもちゃを手に入れたように舞い上がっています。


「行くぞ女神『前進』だ」


 人型になったマシーナ・スヴァローグの操縦は全て音声入力です。


 つながっているタブレットからゾフィアのゴーグルに命令の一覧が表示されています。


 だからその項目を読むだけで簡単に動かす事ができるのでした。


 ただし、もう一人の搭乗者にかかる負担が大きいのです。


「ベン君。もう少し早く歩けないか。これじゃいつまで経っても攻撃できない」


「分かってます。けれど今は話しかけないでください」


 ベンは二本のスティックを持って目前のモニターと格闘していました。


 彼の担当はパワーの制御です。


 モニターにはメイン動力炉から各部に流れるエネルギーの量と残量が表示されています。


 二本のスティックには、ボタンが三つあります。


 その内の二つを、両手の人差し指と中指で操作するのです。


 人差し指のボタンは腕、中指のボタンなら脚です。


 今は歩かせる為に両足に必要なパワーを送り込んでいました。


 モニターには必要な量が一目で分かるゲージが付いています。


 それを見ながらボタンを操作するのですが、中々苦戦しているようです。


 理由は適切な位置でゲージの上昇を止めないと、過負荷がかかり最悪システムダウンを起こして止まってしまう可能性があります。


 そうなったら怪獣に嬲り殺しにされるのがオチです。


 だからモニターから目を離さずに制御するのですが、一歩動く度に微妙にズレてしまうので、集中力と根気が必要な作業でした。


 まだ足しか動かしてないのにこれです。


「いいぞ。だいぶ近づいてきた『停止』そして攻撃だ『右ストレート』」


 ゾフィアの命令通りに火の女神が一度タメを作って右腕を真っ直ぐ伸ばします。


 必要とされるパワーが多すぎて、ベンの操作が間に合いません。


 パンチは不意を突いてバガーブ・クイーンに当たりましたが、力が足りなすぎて逆に弾かれてしまいました。


 そのせいでバランスを崩してしまいます。


 すんでのところで両足のパワーを制御して倒れるのだけは防ぎました。


「ベン君、力が入ってない。もっと腰の入った一撃じゃないと怪獣は倒せないよ」


「分かってます。けど難しいんですよ」


「敵が攻撃してきた! 衝撃に備えて」


 振動が上下に襲ってきます。


 バガーブ・クイーンがショベルのような前脚を振り下ろしてきたのです。


 マシーナ・スヴァローグの肩や胸部に鋭い爪が当たるたび、火花が飛び立っていきます。


 二人のいる操縦室にも火花が落ちてきます。


 クイーンの命令を受けてか、離れていたバガーブソルジャーが大挙して押し寄せてきました。


 全身に纏わりつくと、鋭い鎌で切りつけてきます。


 ダメージは大した事はありませんが、動きづらくてしょうがありません。


 バガーブ・クイーンが、自分の兵隊が潰れるのも構わずに勢いよく殴りかかってきます。


 その度に操縦室が上下左右に揺さぶられ、モニターを見ていることすら出来なくなってきました。


「このままじゃ装甲を破られてしまいます」


「クイーンを倒すのが先決だ『左フック』」


 鉤爪を引っ掛けるように左腕で殴りかかります。


 半ば当てずっぽうの調整でしたが、適切にパワーを送る事ができました。


 右手側を殴られたクイーンはやじろべえのように左右に大きく揺れています。


 攻撃も止んだので、大きなダメージを与えたようでした。


「このまま畳み掛けるよ――ワァッ!」


 追撃しようとすると、一際大きな振動と警告音が聞こえたきました。


 ベンは急いでモニターを見て状況を確認します。


「左肩に異常な圧力が掛かっています」


「クイーンの右前脚に肩を掴まれた」


 バガーブ・クイーンはダメージから回復すると、自分を殴った左腕に報復する事を決意したようです。


 前脚の三本爪をマシーナ・スヴァローグの肩に食い込ませると、いとも簡単に左腕を引きちぎってしまいました。


 片腕が無くなった事で火の女神のバランスが乱れ、左手側に倒れそうになります。


 ベンはすぐさま左足に全パワーを集中させてバランスを取りました。


 転倒は免れましたが立つ事に精一杯で、胴体がガラ空きになってしまいました。


 相変わらずバガーブ・ソルジャーは纏わり付いてきます。


 バガーブ・クイーンは、奪ったばかりの左腕を棍棒のように振り下ろしてきました。


 金槌が鉄を叩くような音と、大きな揺れが操縦室に襲いかかってきます。


 逃げようにも、左足だけにパワーを注いだ事が原因でシステムダウンしてしまったのです。


「再起動はまだ?」


「待ってください。もう少しです」


 操縦室は非常灯の血のような色に照らされ、外の様子は叩きつける音と引っ掻く音に大小の振動だけです。


 身動きが取れない中、まだ生きていた通信機から声が聞こえてきました。


 どうやら防衛軍からです。


「博士。軍が援護してくれるそうです……少し荒っぽくなるが構わないかと聞いてきてます」


「この状況を打破できるなら、たとえ撃たれたって構わないから早くしてって伝えて!」


 ベンは言われた通りに返事しました。


「三〇秒後にバガーブを攻撃してくれるそうです」


「それに合わせて再起動。出来るね」


「やってみます」


 通信が終了して三〇秒後。小石がぶつかるような音が聞こえてきました。


「何でしょう。この音」


「再起動急いで」


 ベンは止まっていた手を動かします。


「マシーナ・スヴァローグ再起動します」


 操縦室の照明が灯り、ゾフィアの照準器も外の世界を映し出します。


 そこでは防衛軍が宣言通りに荒っぽい援護をしてくれてました。


 ロシア支部のストラーウス90が対空機関砲でバガーブ・ソルジャーを撃ち落としてくれます。


「砲弾が当たってる。まあ傷つくほどヤワな装甲してないからいいけど」


助けてもらっているのに、ゾフィアはどこか不満げでした。


 ダチョウ型ロボット以外に、ヨーロッパ各国の歩兵達も応戦しています。


 その歩兵から通信が入りました。


「ロケットランチャーで一網打尽にしたいって言ってます」


「今回の作戦では焼夷弾使ってる筈。うん問題なし。派手にやっちゃってって伝えて」


 歩兵の持つ使い捨てのロケットランチャーから次々にロケット弾が発射され、纏わりついていたバガーブを焼き尽くしていきます。


 援護のおかげでマシーナ・スヴァローグも自由に動けるようになりました。


 ゾフィアはバガーブ・クイーンを攻撃する為に前進を命じます。


「ここから反撃開始だ」


 ―8―


「女神の『右アッパー』をくらえ」


 ベンは踏み込んだ左足にパワーを送り込みながら、右腕にも動力炉のエネルギーを注ぎ込みます。


 下から突き上げるように振り上げた右拳がクイーンの細い顎を撃ち抜きました。


 首を上に反らしたまま、バガーブの女王は後ろに退がっていきます。


 バガーブ・ソルジャーが壁となって道を塞いできます。


「兵隊共は無視。虫だけにね」


 ゾフィアが自分の閃きを称賛するように、指を鳴らしました。


「ダジャレ言ってる場合ですか!」


 両足のパワーを制御しながら、ベンはツッコミを入れるのを忘れませんでした。


 そんな事をしている間に、防衛軍が攻撃して虫の壁に穴を開けてくれました。


 マシーナ・スヴァローグは全速力で歩いて追いかけます。


 走った場合、一歩目で足が自重を支えられなくなるので無理なのです。


 でもバガーブ・クイーンはそれ以上に足が遅いようで、追いつくことができました。


「これでトドメだ。必殺の『右ストレート』」


 動力炉から力を得た右腕を槍のように突き出します。


 最初と違い適切な力が加わっている為、直撃したバガーブ・クイーンの首の甲殻が、薄いガラスのように砕け散りました。


 首を打たれた女王は大地に倒れ伏します。


 小刻みに痙攣を続けていて、もう立ち上がる力はないようです。


 しかし、マシーナ・スヴァローグも満身創痍でした。


 左腕は肩から先がなく、右の拳も甲殻を破壊した代償でひしゃげていました。


 関節各部から線香花火のような火が吹き、操縦室の中も警報が鳴り止みません。


「マシーナ・スヴァローグはこれ以上行動できません。でも怪獣は二体とも倒せましたし、充分な戦果ですよね……博士?」


 ゾフィアはゴーグルで外を見ています。


「ベン君。クイーンの腹に近づくんだ」


「えっ何で――」


「問答している暇はないの。早く!」


 ベンは訳が分からぬまま風船のように膨れた腹に近づきます。


 壊れた右腕で腹の割れ目を割り開くと、


「ウッ!」


 ゾフィアは思わず口に手を当てました。


 瀕死のクイーンの腹には孵化したばかりと思われるバガーブ・ソルジャーの幼体がいたのです。


 姿形は変わりませんが、色白で粘液塗れで簡単に潰れてしまいそうな印象を与えます。


 それが折り重なって蠢き、今にも外に出ようとしているのです。


「ゾンネ・レイを使おう。どれくらいの出力が出せる」


 有無を言わさぬ口調に、ベンは直ぐモニターを確認しました。


「動力炉に残り二〇パーセントです」


「全部を主砲に回して。急いで、奴らが外に出たら対処しきれない」


 ベンはゾフィアを信じて、動力炉の全エネルギーを頭部に回しました。


「チャージ完了、撃てます」


「『ゾンネ・レイ』発射」


 頭部になっていた主砲から細いマジックで書いたような光線が腹部の割れ目に注がれました。


 数千度の熱線で、バガーブの幼体は一瞬にして炎に包まれ、女王も火に呑まれていきます。


 蛇のように蠢く炎の舌によって、幼体も女王も一つに纏まって溶けていきました。


 ―9―


 外から何かを削るような音が微かに聞こえてきます。


 そんな中で、ベンはふと思いついた疑問を口に出しました。


「バガーブ・クイーンは何で地上に出てきたんでしょうか。地下にいれば我々はもっと苦戦したと思うんですが」


 答えは帰ってこないと思いましたが、ゾフィアから意外な推測が返ってきます。


「もしかしたらベルントを倒されて怒って出てきたのかもね。『私のベルントに何するの!』って」


 ゾフィアは怪獣と思われる口真似をしました。


「怪獣がそんな事考えるなんてあり得ないですよ」


「言い切るのはどうかな。何考えてるか分からないけど、だからといって何も考えてないとは言い切れないんじゃない?」


「そういうもんですかね」


「さてと、ここから出たら今日のデータ使って新しい女神を創造しないとね。もちろんベン君にも手伝ってもらうよ」


「えー、少し休ませてくださいよー」


 二人は操縦室に篭ったまま会話を続けます。


 何故なら外へのハッチが故障してしまい開かなくなってしまったのです。


 救助隊のチェーンソーによって出口が開放されるのはそれから二四時間後になります。


 雲の隙間から差す神々しい光が、蹲み込んだ姿勢で固まる機械仕掛けの火の女神を、祝福するように照らしているのでした。

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