#7『……頑張らないと』
―1―
CEFが出動しようとした直前、東京を包囲するように三つの県の上空が裂けていきます。
東京の北に位置する埼玉県の空が裂け、二つの腐食した虹色の大穴が開きました。
降りてきたのは、メカキョウボラスとメカメカキョウボラスの二体です。
メカキョウボラスは四本指の太い足で車を踏み潰しながら道路を歩き、長大な尻尾で建物を薙ぎ払っていきます。
一歩後ろにいるメカメカキョウボラスはメカキョウボラスを更に改造して強化した怪獣です。
全身が太陽光を反射する銀色の装甲に覆われていて、改造された両手のビームキャノンを斜め上に向けて先端から光を放ちました。
それは放物線を描きながら街に降り注ぎ、宴会や結婚などで明るい笑顔に包まれるホテルを完膚なきまでに爆砕しでしまいました。
メカキョウボラスとメカメカキョウボラスのコンビは炎と破壊を振りまきながら東京に侵入してきました。
―2―
神奈川県に落ちてきた巨大な暗い銀色のピーナッツが美術館に直撃します。
今にも飛び立ちそうな屋根を貫き、訪れる人々の目を楽しませていた水彩画や洋画が破片や瓦礫と共に舞い上がりました。
巨大なピーナッツの正体、それは以前希望市を襲った怪獣グザ・エレトロンです。
めり込んだ頭を抜こうとしているのか、小刻みに全身を震わせていました。
すると、それを見かねたかのように再び空に穴が開き、新たな怪獣レイ・ウラトロンが降りてきました。
赤い肌には、眼球のような光線発射器官が無数にあり、本来なら頭がある所には十メートル程のミラーボールが取り付けられています。
レイ・ウラトロンは綿毛のように道路に着地すると、もがき続けるピーナッツを引き抜きました。
自由になったグザ・エレトロンは格納していた手足を伸ばして地面に着地します。
その姿は、まるで被り物をした成人男性がハイハイしているような姿です。
レイ・ウラトロンの頭部に装着されていたミラーボールが外れ上空で静止しました。
グザ・エレトロンが膝を擦るように走り出し、眼前のビル群を轢き潰していきます。
レイ・ウラトロンはその後方から、胴体や手足、果ては指先から一斉に光線を撃ち、周囲を破壊し尽くします。
上空に浮かんだミラーボールは怪獣達の蛮行を記録するかのように追従していきます。
レイ・ウラトロンは不格好な騎士のように、グザ・エレトロンの背中に跨ると、そのまま東京の方角へ向かっていくのでした。
―3―
山梨県にあるスポーツ公園の真上の空間が避けました。
今までの怪獣と違うのは、重力に引かれて落ちるのではなく、自ら持っている力で空に飛び立つ四体の怪獣です。
中央の美しき蝶に媚びへつらうように三体の峨が寄り添っていました。
蛾の怪獣はソンブリブル。そして中央にいるのが青いサファイアの翅を持つ怪獣マトゥファーラです。
「フフフ」
マトゥファーラの口から笑い声のような声が漏れると同時に翅を羽ばたかせます。
すると金の鱗粉が吹き出し、真下にあったアイスリンクに落ちていきます。
鱗粉が触れた瞬間に粉塵爆発が起こり、アイスリンク共々スポーツ公園は破壊されてしまいました。
木々やアスレチックがミニチュアのように吹き飛んでいきます。
水柱が立つように爆風で土が吹き飛び、近くの花壇に咲いていた花達が文字通り根こそぎ引き抜かれて熱で焼かれてしまいました。
ソンブリブル三体を侍らせたマトゥファーラは、自分が通った跡を作るように鱗粉を落としながら空を渡ります。
蝶の怪獣が通り過ぎた場所はどこも醜く焼けただれた焼け野原となっていました。
―4―
「怪獣が一度に沢山……」
テーブルに置いたオーパスの小さな液晶に怪獣達の進軍が映っていました。
確実に東京、いやユウタの住む希望市に向かっているのは明白です。
まるで四方を見えない壁に囲まれ、更にこちらを押しつぶそうと迫っているような気がして、オーパスから目を離してしまいました。
ショックを受けるユウタの鼓膜を震わせたのはゲンブの落ち着いた声音でした。
『作戦を変更する』
八体の怪獣が同時に現れてもなお、ゲンブはいつもの通り腕を組んだまま落ち着き払っていました。
その姿はオーパスの小さな画面でも、見る者を冷静にさせるには充分な力を持っています。
『我々は怪獣を希望市で迎撃する。
フリッカ、今から私が言う作戦をメールに保存してモリサキ長官に送信してくれ』
『分かりました。保存開始します』
ゲンブは小さく頷き、怪獣が出現してから考えた作戦を説明していきます。
『防衛軍の戦力を可能な限り希望市に集結させ、共同戦線を取る。
同時に街の防衛兵器を全て起動させる。ハカセ』
『はいよ。防衛兵器は全力稼働できるぜ。弾薬も山ほどあるしな』
『それと、ガーディマンの為の追加武装。完成しているのは全て使うぞ。出し惜しみなしだ』
『りょうかーい……何でまたバレたんだ?』
ハカセは『最終調整があるから』と言い残してスピーカーを切りました。
ゲンブは次に、命令を待つ隊員達の方に視線を向けます。
『ショウアイ隊員とカゲガクレ隊員はレッドイーグルα、βで空軍と連携しエリアWの敵を迎撃』
サヤトとハンゾウは、西の空からやってくるマトゥファーラとソンブリブルを迎え撃つ事になりました。
『了解』
『了解ッシュ』
『ジキョウ隊員はヘビィトータス。コンゴウ隊員は私と共にブルーストークに搭乗し、エリアSの怪獣を迎撃する。
フリッカ、ユグドラシルの事は任せるぞ』
ゲンブは自ら出撃し、南から北上してくるレイ・ウラトロンとグザ・エレトロンを迎え撃つようです。
アツシに少し遅れてツトムが返事しました。
『了解』
『了解しました』
オーパスの中で、みんなの役割分担が決まっていく中、遂にゲンブが液晶越しにユウタを見ました。
『ホシゾラ君。君にはエリアN、北から来る怪獣を倒してもらいたい』
ユウタが対峙するのは、メカキョウボラスとメカメカキョウボラスの二体のようです。
「はい。任せてください」
『頼む。君が我々の中で一番の戦力だ。エリアNが安全になった場合、他のエリアに応援に行ってもらうことになると思う』
「全然大丈夫です」
『では、出撃!』
そう言うと、ゲンブは着用しているスカウトスーツを本来の姿に戻し、頭部を玄武を模したマスクで覆います。
他の隊員達もゲンブに倣って、戦う為の姿に変身しました。
ここからはコードネームで呼び合います。
アツシはゴリラのマスク、ドーラ。
サヤトはキツネのマスク、リィサ。
ツトムはフクロウのマスク、イブゥ。
最後にハンゾウがニンジャのマスク、モトシゲに変身を遂げました。
ゲンブ達が司令室を後にしていく中、画面が動いて黒いキツネのマスクが現れます。
『ユウタ君。無茶はしないでね。助けが必要になったらすぐに飛んでいくわ』
「ありがとうございます。でもサヤ……リィサさんが危なくなったら瞬間移動して向かいますから!」
それを聞いたリィサは表情は見えないが首を傾けて笑っているようだった。
『まぁ生意気……でも頼りにしてるわ』
リィサは手を挙げてビデオ通話を終わらせた。
数秒の間、真っ暗な液晶を見つめたままユウタは気持ちを整える。
「……頑張らないと」
―5―
立ち上がると同時に、避難を促すけたたましいサイレン音が窓を抜けて聞こえてきました。
廊下の方からも激しく動き回る複数の足音が聞こえます。マンションの住人が一斉に避難を始めたのでしょう。
部屋のドアがノックされました。
開けると、ホシニャンを抱き抱えたアンヌが立っていました。
アンヌは笑顔でユウタを見つめてきます。
「母さん」
「また戦いに行くのね」
ユウタはうなずいてから否定します。
「違うよ。みんなを護りに行くんだよ」
「そうね。そうだったわね」
『あにぃ。ママさんのことはボクに任せて』
ホシニャンはアンヌの頰を舐めます。
「私達は避難するわ」
「うん。二人とも早くシェルターへ。大丈夫僕もCEFの皆さんも絶対負けないから……」
アンヌを心配させないように元気よく言いましたが、どうしても戦いへの不安は拭いきれませんでした。
「ほら、来なさい」
アンヌに不安な気持ちを見透かされていたようです。
ユウタは恥ずかしながらも、アンヌの胸にゆっくりと飛び込みました。
アンヌがユウタの天然パーマの黒髪を優しく撫でます。
しばらく頭を撫でられる心地よさに浸っていると、
『あにぃ潰れちゃうから、そろそろ離れて〜』
「あっごめん。母さんフワリ姉には避難したから心配しないでってメール送っておいてくれる」
「ええ。無事に帰ってくるのよ」
「わかってる。いってきます」
アンヌ達が部屋のドアを閉め、少しして足音が遠ざかり玄関のドアが開いて閉まる音が続きました。
シェルターへ向かったことを耳で確認したユウタは、オーパスを口元に持っていき、変身する為のキーワードを声に出します。
「『立ち止まるな。一歩踏み出せ』」
ユウタの全身がエメラルドグリーンに輝き、身長が二〇センチ伸びます。
左手を一人でに離れたオーパスから鎧と皮膚の役目を果たすナノメタルスキンが、無数の粒となってユウタに降り注いでいきます。
背中にはCDのように円形のアンチグラビティブースターが表れました。
次に頭部が覆われ、顔のところには十字のゴーグル。最後にオーパスが心臓の位置に装着され、全身に血管のようにエメラルドのラインが伸びました。
血が通うようにエメラルドのラインが淡く輝き、ガーディマンに変身完了です。
ガーディマンは家の窓を開けて近くに誰もいないことを確認すると、遠くにシェルターへ向かう人の集団が見えるくらいでした。
アンヌとホシニャンの姿も小さく見えます。
確認してから窓を閉めて、ベランダを飛び越えて空に飛び立ちました。
目指すは埼玉県が隣接するエリアNへ。
ガーディマンがそこへ向かい、怪獣を待ち構えている間、ヨーロッパと南太平洋でも戦いの火蓋が切って落とされようとしていました。




