#3 『母の日に送るプレゼント』
―1―
「『買い物終わったので、今から向かうよ』っと」
学校帰り、ユウタはあるイベントの為に買い物を済ませていました。
送った相手は隣に住む幼馴染、照愛浮羽凛です。
メールの返事には、彼女の方が先に学校が終わっていて、ユウタが来るのを待っているとの事です。
買い物袋を持ってスーパーを出ると、店専用の駐車場から、イタリア製の赤いスポーツエレカーが出てきました。
その鮮やかでカッコいい外観に目を奪われていると、助手席に同じ学校の制服を着崩す見知った人物を発見します。
「あれソウガくん?」
同級生の悪友、漆児爪牙の剣山のような銀髪頭が助手席の窓から見えたのです。
スポーツエレカーは車が途切れるのを待って一時停止していました。
その間に声をかけようか迷って立ち止まっていると、ソウガのオレンジの瞳と視線が交わりました。
窓越しからでも、日に焼けた肌と対照的に白い八重歯が輝いているのが見えました。
ソウガが運転手に何か話しかけているようです。
すると、車がユウタの方に曲がって停止し、助手席のウィンドウが開きました。
「ようユウタ。何してるんだよ」
「僕はスーパーで買い物。ソウガ君こそ何処か行くの?」
「ああ。彼女の家に泊まるから今日の夕飯の食材買ったところだ」
ソウガが右の親指で運転手を指差しました。
髪を後ろに束ねた歳上のの女性が挨拶してきたので思わず頬をかきながら会釈を返しました。
「で、買い物って何買ったんだ。お菓子とかには見えないが……食材? ユウタ料理できたっけ?」
買い物袋の中身を見てソウガが質問してきました。
「今度の母の日に送るプレゼント作ろうと思って――」
運転手の女性は「あら、偉いわね」と褒めてくれたが、ユウタはその言葉が耳に入りませんでした。
ソウガの顔が険しくなり、何故か怒っているように見えたからです。
「ご、ごめん。何か変なこと言っちゃったかな」
「おい。もう出していいぞ」
運転手の女性は何か言いたそうに、二人に交互に視線を送ってきます。
ユウタはすすんで車から離れます。
「引き止めてごめんなさい。じゃあソウガ君、また明日」
ソウガは何も言わずに助手席の窓を閉めてしまいました。
恋人といるはずなのに、その顔はどこか寂しそうでした。
車はユウタを置いて音もなく滑らかに発進し、交差点で曲がって見えなくなりました。
(何でソウガ君怒ったんだろう?)
考えても原因が分からないまま、ユウタはフワリのマンションに向かうのでした。
―2―
マンションに到着して廊下を歩き、自分の家を通り過ぎて隣の家のインターホンを鳴らします。
相手はすぐに出ました。
『はーい。あっユーくん。今開けるから入って入って』
フワリの声が聞こえた直後、ドアのロックが解除されました。
「お邪魔しまーす」
ドアを開けただけなのに、そこが異空間に感じてしまうのは、幼馴染とはいえ異性の家だからでしょうか。
「ユーくん待ってたよ。遅かったけど、何かあった?」
ピンクのショートボブを揺らしながら部屋着姿のフワリがやって来ました。
「ちょっと材料買うのに手間取っちゃって」
「そっかそっか。滅多に作らないから迷っちゃうよね。このスリッパ使って」
フワリの用意してくれたネコのスリッパに履き替えます。
「お邪魔します」
「どうぞ〜。キッチンはこっちだよ」
(もっとピンク色の壁とか、ぬいぐるみとかあるとか思ってたけど、僕の家とそんな変わらないんだ)
そんな感想を心の中で言いながらキッチンに向かいます。
「エプロン持ってきた?」
「あっ! 家に置いてきちゃった」
中学の時に家庭科で作ったエプロンは家に置いてきてしまいました。
むしろ人に見られたら確実に笑われる出来なので、忘れてきてよかったとも思ってしまいます。
「だと思ったから用意しておいたよ。はいどうぞ」
フワリがです渡してくれたのはライオン柄のエプロンでした。
「ありがとう」
フワリはウサギ柄のエプロンを使うようです。
(部屋着の上からエプロン。なんだか恋人みたいでドキドキしてくる)
内心の興奮を悟られないように、キッチンに買ってきた買い物袋を置きました。
買ってきた材料は小麦粉、生クリーム、チーズ等のチーズケーキに必要な材料でした。
「じゃあ練習始めよっか。フワリの家だったら盛大に汚しちゃっても大丈夫だからね」
「ありがとうフワリ姉」
ユウタが何故フワリの家にくる事になったのかというと……。
―3―
ゴールデンウィークの旅行から帰ってきてすぐの事、ユウタは母の日の存在に気づきます。
今までは『そんな日があるなぁ』くらいの認識だったのですが、
ガーディマンとして活動するようになってから母星空安塗に助けられるばかりです。
そう思うと、母の日は感謝の気持ちを贈るいい機会だと考えたのでした。
(何かプレゼント贈りたいけど、何がいいかな?)
高価な物はお小遣いの関係から無理でした。
だからといってカーネーションを贈るだけでは何となく寂しく感じてしまいます。
けれど女性が嬉しいと思ってくれる物など、ユウタに思い浮かぶはずもなかったのです。
(ソウガ君に聞くか、それともフワリ姉に聞くか、でもアドバイス通りに行動するのも何かなー)
取り敢えず母が好きそうなものを考えます。
(待てよ。そういえばこの前フワリ姉と出掛けた時、直前でチーズケーキのこと話してなかったっけ)
裏付けを取る為に、家にいるもう一匹の家族に確認をとります。
『えっチーズケーキ? ああママさん買って食べてたよ。こんな大きいの』
テレパシーで会話できる三毛猫ホシニャンが教えてくれます。
腕を広げて、買ったケーキの大きさを表現してくれました。
どうやらアンヌはホールを一人で平らげたようです。
『ボクにご馳走買ってくれたからよく覚えてる。ママさんほっぺ抑えてすごく幸せそうに食べてたよ』
「それだ! ありがとうホシニャン」
ユウタは母にチーズケーキをプレゼントすることに決めたのです。
それも買うのではなく手作りする事にしました。
手作りに決めたのはその方が気持ちを伝えやすいと思ったのと、自分一人でケーキ屋に行くのが少し恥ずかしかったからです。
ネットで検索すると、沢山のレシピが出てきて、どれも簡単と書いてあます。
ユウタは初心者でも作れると書かれたレシピを選び、そこに書かれていた材料を買いました。
そして、母がいない隙に台所でチーズケーキ作りを始めたのです。
(簡単って書いてあるから、母さんが帰ってくるまでにできるよね)
鼻歌まじりで作り始めるも、当然の如く失敗しました。
アンヌに気づかれる前に、もはやケーキと呼べなくなったものを処理し、使った調理器具を洗い終え事なきをえました。
それから家で練習するのはリスクが高いことに気づき、フワリに相談してキッチンを貸してもらえることになったのです。
―4―
「ところでユーくん。ケーキ作り失敗の原因は分かってるの?」
「うん。僕が作るの下手なだけだと思うんだ。今まで作ったことなかったから慣れてないだけだと思う」
「ふーん。そっか……あれ?」
買ってきた買い物袋の中を覗いたフワリが、突然声を上げます。
「ユーくん。失敗したケーキってどんな状態になってた」
フワリに尋ねられて思い出していきます。
「えっと、すっごい弾力があってまるでグミみたいだった。変だよねレシピ通り作ったのに」
「あはは、作る練習よりまず、正解の材料を買ってこないとダメだね」
「え? 間違ってるの?」
フワリが広げている袋を覗き込みます。
クリームチーズにバターに小麦粉、生クリームにグラニュー糖に卵と、レシピ通りの材料でした。
「全部合ってるよ」
自分が間違ってないと信じているので、少し語尾が上がってしまいます。
「うーん。これが違うんだな」
フワリが手に取ったのは小麦粉でした。
家で作った時に使ったのと全く同じ小麦粉です。
「ユーくん。同じメーカーで二種類なかった? 強力粉と薄力粉って書いてあるの」
「書いてあった。だからこれ選んだんだ。なんか強そうな名前だし」
ユウタが指差した小麦粉の袋には強力粉と書かれていました。
「もしかして、薄力粉は弱いのしかできないとか思った?」
「うん。違うの」
フワリは小さなため息をつきました。
そこで初めてユウタは自分の選択が間違いだったと気づいたようです。
「いいユーくん。強力粉はうどんとかを作る時に使うの。ケーキならこの薄力粉ね」
自炊しているフワリにレクチャーを受けます。
「はーい。僕ずっと強力粉って勘違いしてた」
普段料理をしない為、知識が全くありませんでした。
「そんな強そうな小麦粉は逆に使いづらいよ。はいこれ使って」
フワリが常備していた薄力粉を出してもらいます。
「ありがとう」
「作るの、フワリも手伝おうか」
「ううん。作り方はもう覚えてるから大丈夫。もし変なところあったら教えてよ」
「そう、じゃあ見てるね」
返事したフワリはどことなく不安そうで、いつでも手伝えるようにみがまえていました。
フワリに見つめられてちょっと恥ずかしさを覚えながら、ユウタはケーキ作りに取り掛かります。
室温に戻したクリームチーズを混ぜる為にハンドミキサーを使います。
フワリに見られながら作業する為、緊張してしまいミキサーを持つ手に力が入っていました。
だからハンドミキサーの回転を最強に設定してしまった事に気づかずに混ぜ始めてしまいます。
ボウルの中のクリーム達が、爆発したように飛び散りました。
「あわわっ!」
ユウタは、突然の事態にハンドミキサーを止めないで棒立ちになってしまいます。
その間にも生クリームがキッチンやユウタ自身を白く染めていきました。
「ユーくん。ストップ、ストップ!」
生クリームが飛び交う中、フワリがハンドミキサーを取り上げ電源を切りました。
ボウルの中の生クリーム達は落ち着いたが、半分以上がボウルの外に逃げてしまっていました。
キッチンもベタベタだが、二人とも身体中生クリームで真っ白になってしまいました。
「フワリ姉……ごめんなさい」
「しょんぼりしないの。制服は汚れてないみたいだね。でも顔が生クリームだらけだから洗ってこよ」
「うん。でもフワリ姉が先に洗ってきなよ」
ハンドミキサーを止める為に近付いたからでしょうか、フワリの顔や髪に生クリームがくっついていました。
白いクリームが桃色の髪や柔らかな頬を伝い落ちていきます。
いけないのは分かっているのに、目が離せません。心臓の鼓動も次第に加速していきます。
「フワリはここ片付けておくからユーくん先に洗ってきて。それとエプロンにもクリームついてるから洗濯カゴに入れておいてね」
キッチンから押し出されたユウタは、言われた通りに洗面所へ歩いていきます。
「はあ〜やっちゃった。フワリ姉にまで迷惑かけちゃって何やってるんだよ」
教えてもらった通りに汚れたエプロンを洗濯カゴに入れようとすると、カゴの中に先客がいることに気づきました。
「こ、これって……」
脱いだエプロンを持ったまま、視線をカゴの中に注ぎます。
入っていたのは、レースが縁取られたピンク色の一組の布地です。
決して女性が人前で晒す事はないが、必ずと言っていいほど身につけているものです。
ユウタはエプロンを落とすと、ゾンビのように両手を伸ばして近づき、ソレを手に取ろうとします。
「ユーくん。洗面所の場所分かったー」
遠くから聞こえるフワリの声で正気に戻ることができました。
「わっ! う、うん見つけた。今置くところだよ」
ユウタはエプロンを取り上げて、中を見ないようにしながら置きました。
「はあ〜。ほんっと僕のバカ、バカ!」
顔を洗いながら、自分を戒める為に両頬を叩く。
「いったっ!」
力加減を間違えて数秒間頬を抑えて悶絶してしまいました。
「今日はここまでにしとこう。エプロンは洗っておくからね」
「うん。キッチン汚しちゃって、ごめんなさい」
眉を下げて、再びしょんぼりとするユウタ。
「気にしないで。おばさまに美味しいケーキ焼いてあげるんでしょ。フワリも手伝うから一緒にがんばろう」
フワリの言葉に下がっていた眉が元に戻ります。
「……うん。ありがとうフワリ姉。また明日」
「バイバイ。ユーくん」
―5―
それから数日間、ユウタは気持ちを切り替えてフワリの家に通っています。
一から自分で作る為に、フワリには『声を掛けるまで何も言わないで』とお願いして練習を続けました。
「ユーくん。オーブン余熱し忘れたでしょ。ちょっと焼きが甘いよ」
「ユーくん。バターとチーズ室温に戻すの忘れてる」
「あっユーくん。卵の殻入っちゃってるよ!」
最初は失敗の連続で、作り終えるたびにフワリ先生の厳しい言葉がキッチンに響きます。
それでも回を重ねるごとに慣れてきて、失敗が減るようになってきました。
今はフワリの作ってくれたクッキーを食べながら小休止しているところです。
「一緒に作らなくていいの?」
作り始めてから何回か、フワリはこう提案してくれました。
けれどもユウタは、それだけは譲りません。
「やっぱり自分一人で最初から最後まで作ったの渡したいんだ」
フワリと一緒に作ると失敗することなく、とても美味しい物が出来ます。
でもキッチンと時間を貸してくれているフワリに甘えているだけと思っていました。
だからユウタは自分一人で作ると強く決心していたのです。
―6―
大分ケーキ作りにも慣れ、失敗も減ってきました。
これなら本番も上手くいくとフワリにお墨付きを貰い、ユウタは家に帰ります。
「ただいまー」
玄関で靴を脱ぐと、大きく息を吐きました。
学校の授業に加え、慣れないケーキ作業に集中しているからか、どうしても疲労の蓄積が大きいようなのです。
「お帰りなさい」
アンヌがエプロンで手を拭きながら、柔らかな笑みを浮かべて出迎えてくれます。
「なんか疲れてる? 最近帰りも遅いし……まさかテストで赤点取って補修受けてるんじゃないでしょうね」
「そんな事ないよ。赤点取ってないし元気いっぱい!」
力こぶを見せるポーズをするも、制服を着た細腕からは全く分かりません。
そんなおかしなポーズを見てアンヌが口元を押さえて微笑みました。
「ふふ。何事もなければいいわ。夕飯の用意出来たら呼ぶからね」
「うん」
入れ違いにホシニャンがやって来て、テレパシーを送ってきました。
『お帰りあにぃ。ママさんへのプレゼントは順調?』
「勿論。母さんをに喜んでもらえる確率、百パーセントだよ!」
ホシニャンの前脚を持つと、柔らかな肉球に気づきつい触ってしまいます。
『ちょっとあにぃ。くすぐったいってばー』
「あっ、ごめんごめん」
肉球が持つ独特の反発と柔らかさを堪能すると、疲れも吹き飛んでいくようでした。
用意してくれた夕食を食べていると、アンヌが心配そうに尋ねてきます。
「最近帰り遅いけど、本当に何してるの?」
「だから、心配するような事してないよ。おかわり」
アンヌはご飯をよそいながらも、ユウタの帰りが遅い事が気になってしょうがないようです。
「まぁ、食欲はあるみたいだし。体調が悪いって訳でもなさそうね。はい」
「ありがと。本当何でもないから心配しないでよ。それに遅く帰るのも明日で最後だと思うからさ」
「明日、明日って何かあったかしら」
(しまった!)
あまり詮索されると、母の日が話題に上がるかもしれません。
言い訳を考えて、箸を動かす手が止まります。
「ふ〜ん。まあいいわ。お母さんはユウが悪い事してないって信じてますから」
アンヌはそう言って食事を再開しました。
ホッとしたのも束の間、アンヌから不意打ちが飛んできました。
「お菓子の買い食いばかりしてると、直ぐにお腹が風船みたいになっちゃいますからね」
「た、食べてないよ!」
「あら、最近甘い匂い漂わせてるからてっきりそうだと思った」
「ち、違うって」
ケーキの匂いが服に染み付いていたようです。
それ以上アンヌは詮索しませんでしたが、ユウタは次から気を付けようと心に決めるのでした。
―7―
翌朝。
『昨日、政府はかねてより各国共同で計画していた
衛星軌道上のコロニー建造を近々開始すると発表しました…ここでたった今入ったニュースをお伝えします。』
学校の支度を終えて朝ご飯を食べていると、朝のニュースが慌ただしく臨時ニュースを伝えます。
『ドイツと南太平洋の二ヶ所に怪獣が出現しました。
繰り返します。
つい先程、ほぼ同時刻にドイツと南太平洋に怪獣が出現しました。
現地の情報は錯綜していて、総数は分かっていませんが、複数の個体が確認されており、
恐らく二体以上出現したのではないかと推測されます』
男性ニュースキャスターが怪獣出現の報を告げると同時に、速報のテロップも怪獣の出現を報じていました。




