#1『そんなんで正義の味方が務まるのか』
―1―
気分も重くなるような曇り空の下を一人の少年が歩いています。
学校帰りの星空勇太は、
希望市中央にある怪獣守戦記念博物館に向かっていました。
目的地に近づく度に心臓の鼓動が大きくなっていきます。
巨大な怪獣と対峙した時以上に緊張していました。
(う〜〜嫌だなぁ〜)
いつもなら、展示されている怪獣を見るのが楽しくて興奮で心臓の鼓動が大きくなるものです。
けれど、今は出来る事なら行きたくありませんでした。
(でも、メールの内容から嫌な事は起きないと思うけど……)
今日の午後、照愛沙耶刀から博物館に来るようにと連絡があったのです。
ある人物がユウタに会いたいらしいのだか、その人物と会うのが少し憂鬱でした。
(僕がヒーローだって事認めてない雰囲気だったもんなぁ)
けれども、この前の宇宙に現れた怪獣――カブヘルム――を倒し、彼の姉を救うことに成功はしています。
(その時の戦いのダメ出しされたりして。送ってもらった武器消滅させちゃったし)
そんな事を考えながらも、両足は動き確実に目的地との距離を詰めていました。
―2―
「今日は。ユウタ君」
「こんにちは」
博物館で待っていたサヤトと合流し、関係者以外立ち入り禁止の扉を通って、CEF本部ユグドラシルに入りました。
二人でエレベーターに乗り地下に降りていきます。
狭い箱の中で、前に立つサヤトが何か言いたそうに何度か振り向こうとします。
けれどもユウタはユウタで何を言われるかと気が気でなくその仕草に気付きませんでした。
―2―
呼び出した人物の部屋の前に到着します。
サヤトがドアをノックしました。
「来てくれましたよ」
『ありがとうございます。入ってくれ』
室内から聞こえてきたのは若い男性の声です。
「どうぞ、ユウタ君」
「い、いってきます」
「いってらっしゃい」
サヤトの言葉を力に、緊張しながら一歩踏み出すと、ドアが一人でに開きました。
「失礼します」
「やあ、ホシゾラ君」
スーツを着た部屋の主は、机のタブレットから目を離してユウタの方を向きました。
「どうも……」
上手いこと言葉が見つからず、無意識に頰を掻いてしまいます。
自強勉夢は立ち上がるとベッドを指差しました。
「どうぞ座って。散らかっててすまないね」
「ありがとうございます」
ベッドに座り、失礼にならない範囲で部屋を見渡します。
本人は散らかっていると言っていましたが、チリ一つ見当たらず、ベットのシーツもシワなく新品同様で座るのが申し訳ないくらいです。
棚には今では珍しい紙の本が隙間なく詰められていました。
英字タイトルのハードカバーや図鑑等、分厚い本に紛れてずいぶん薄い背表紙に気づきます。
タイトルを確かめようとしたところで、ツトムに声をかけられました。
「本が好きなのかい」
「あっその、本棚が珍しいなって」
紙の書籍は受注生産で、同じ内容でも電子書籍の十倍の値段もします。
その分丁寧に作られていて、雑に扱わなければ十年以上綺麗な状態を維持できます。
本棚には百冊以上の背表紙が見えます。かなりのお金を使っていることは明白でした。
「僕は子供の頃から本が好きでね。ページをめくる音やインクや紙の匂いが好きで、今もこうして集めているんだ」
ツトムの口調からは以前の刺々しさは感じられません。
何だか近所の親切なお兄さんみたいです。
「そうなんですか」
話題がなくなり、部屋が沈黙に包まれてしまいます。
何か話そうと糸口を探していると、ツトムが先に口を開きました。
「ところでユ、ホシゾラ君。今日呼んだのはね――」
立ったまま話し始めますが、途中で見下ろすのが申し訳ないと思ったのか、先ほどまで座っていた椅子に腰掛けます。
目線をほぼ同じにしてから再び話し始めました。
「今日は君にお礼と謝罪をしたくて来てもらったんだ」
ツトムは言葉を選ぶように一度区切り、眼鏡のズレを直します。
「まずは、姉を助けてくれて感謝している」
つむじが見えるほど頭を深く下げました。
怒られるのかもしれないと思っていたユウタは慌てて両手を振ります。
「そんな、当たり前の事をしただけですよ。お姉さんが無事で良かったです」
頭を上げたツトムは憑物が取れたような顔に微笑みを浮かべます。
「君は当たり前のようにヒーローになれるんだな。それに比べて僕という奴は……」
「? どういう事ですか」
「いや、無事と分かった直後、連絡を取った姉に怒られてね」
ツトムは自分が狙撃に失敗したと思い、周りの目を気にせずパニックになっていた事を、包み隠さず話しました。
「それを聞いた姉に言われたよ
『そんなんで正義の味方が務まるのか』って。
僕はいつも完璧を求めていてね。
だから君のような未熟で弱気な子がヒーローなんて。って思ってたんだけど、
君の行動と姉の言葉で気づかされたよ」
「僕の行動……何か特別な事してましたか」
ユウタには特に思い当たる事がありません。
「特別な事は何もしてないよ。でも人を助ける事を、なんの躊躇いもなく行動しただろう。
しかも嫌な事ばかり言っていた僕の願いを聞いてくれた」
ツトムは罰が悪そうに七三に固めた頭を撫でます。
彼の言葉を否定しようとしましたが、確かに嫌な気持ちになったのは事実なので否定は出来ませんでした。
「で、気づいたんだ。昔も今も僕が知ってるヒーロー達はみんなそうだった事に」
アクアマリンの瞳が本棚に視線を送る。
ユウタも釣られると、その先には先ほど見た薄い背表紙の雑誌がありました。
「あっ、『オールヒーローズ』」
その雑誌は子供向けのヒーロー専門雑誌です。
ヒーロー達のカッコいいグラビア写真満載で子供のみならず大人にもファンが多い本です。
ユウタもその一人でした。
「オールヒーローズ知ってるんだ」
ツトムの目が輝いたように見えました。
「はい。僕も買ってもらってました」
小学生までは買ってもらっていましたが、中学に入った頃には恥ずかしくて買わなくなってしまったのです。
「見てみるかい。かなり古いのもあるから知ってるヒーローがいるといいけど……」
本棚から取り出して見せてくれたのは、生まれる前に活躍していたヒーロー達。
中には二〇世紀に活躍していたヒーローの姿もありました。
残念な事に内容は知らず、精々名前を聞いた事がある程度です。
「これだったら絶対知っているだろう」
手渡された雑誌の表紙を大きく飾るのは、見慣れた銀の金属生命体でした。
「父さんだ」
父の変身した姿、スティール・オブ・ジャスティス。その特集号でした。
変身前のシルバーフレームの眼鏡をかけた父のインタビューまで掲載されています。
「そう僕たちの世界を救ってくれた実在する伝説のヒーロー。
その本に記された数々の活躍を見て、僕も胸躍らせたものさ。
そして今も憧れの存在でもある」
ツトムがシルバーフレームの眼鏡のズレを直します。
それを見てユウタは気づきました。
「もしかしてそのメガネ、父さんと同じ?」
「あ、ああ。今も変わらず憧れの存在だからね。こう少しでも近づきたくてね……駄目かな?」
ユウタは笑顔で首を振りました。
「父さんも、ツトムさんのような熱心なファンがいてくれて喜んでいると思います」
「ありがとう。一度でいいから会ってみたかったな」
そう漏らしたツトムの姿は、ヒーローの背中を見上げる少年のように見えるのでした。
―3―
オールヒーローズのバックナンバーを読みながらヒーロー談義に花を咲かせていると、いつのまにか日が落ちる時間になっていました。
この後、ユウタは寄るところがあるため帰る事にしました。
「ユウタ君。今まで失礼な態度ばかりすまなかった」
見送るツトムが声をかけます。
「いえ。嫌な気持ちになることもありましたけど、もう今は気にしてないです」
ちょっとした溝によるすれ違いはありましたが、今はもうそんな溝は跡形もなく埋まってしまいました。
「これからは僕も君と一緒に戦う。今までは名誉とかそんな下らない考えで戦っていたが、今は純粋に誰かの為に戦う事ができると思う。
だからまた侵略者が現れた時は力を合わせてくれるかな?」
「はい!」
(良かった。これでCEFの皆さんとも気兼ねなく共闘できるよね。)
ツトムと別れたユウタは、あるイベントの為にスーパーで必要な食材を買ってから帰る事にしました。




