#9 配属1461日目
―1―
天気は晴れ。
柔らかな日差しが降り注ぐのと対照的に、日本にあるCEF本部ユグドラシルは緊迫した雰囲気に包まれていた。
連絡を受け、スーツ姿のツトムを始めとした全員が、司令室中央にある黄色い球体を囲むように立っていた。
ゲンブが黄色い球体に話しかける。
「依然として発見できていないようだな」
黄色い球体が点滅し、この施設の管理統括AIフリッカが返事する。
『はい。宇宙軍の方で捜索を続けていますが、未だに発見できていません』
ツトムは事の始まりを思い出す。
昨日訓練を終えた時、核廃棄計画で飛び立ったロケットが消息不明になった。
正確には太陽に向かっていた筈の核廃棄物を満載したカプセルだ。
まるで存在が消滅したように、レーダーにも映らない為、防衛宇宙軍は監視衛星のカメラを総動員で捜索している。
だが、依然発見されないまま夜が開けてしまった。
因みに報道はされていない。防衛軍も政府も今のところ直接の脅威になるとは思っていないようだ。
「ここよりも姉さんの方が忙しそうだろうな」
衛星軌道上のRDステーションで働くアヤの事を思い、誰にも聞こえない小さな呟きを漏らす。
彼女もカプセル捜索に忙殺されている事だろう。
一人考えていると、サヤトがゲンブに視線を向け小さく挙手して質問する。
「隊長。私達も捜索を手伝うのですか?」
CEFの専用航空機であるブルーストーク、レッドイーグル両機共に宇宙空間でも任務を遂行できる。
ツトムはそうなった場合、真っ先に志願しようと考える。
姉の助けになるなら、たとえ太陽に行くことになっても構わない。
サヤトの質問にゲンブが首を振ってから答えた。
「フリッカがデータ解析などをしているが、我々は直接捜索に参加しない。防衛軍は、事故の可能性が高い為、脅威度は低いと判断したようだ。
但し、協力要請が来た場合は動く。各員何が起きてもいいように備えておいてくれ」
隊長の言葉にツトム達は頷いた。
「では解散――」
ゲンブが今日のブリーフィングを終わらせようとすると、フリッカが機械的な女性の声を発して遮る。
『待ってください』
ツトム達は司令室中央に注目する。
『たった今新しい情報が入りました』
ゲンブが腕を組んだまま促す。
「話してくれ」
『はい。防衛軍は今から三〇秒前、消息不明のカプセルを発見しました』
―2―
司令室のモニターにカプセルの位置が表示される。
それを確認しながら、ツトム達はフリッカの説明に耳を傾ける。
『目標は地球から十二万キロ離れた地点で停止しています』
宇宙にある監視衛星の一つが最大限にズームしてカプセルが発見された場所を映し出す。
みんなの気持ちを代弁する様にハンゾウが口を開く。
「件のカプセルはどれッシュ?」
カメラは性能がそこまで高くないのか、ボヤけていていて正直よくわからない。
フリッカが分かりやすくする為に補正をかける。
『今、画像補正をかけます』
ボヤけが消え、行方不明になっていたカプセルの姿が映し出された。
アツシが疑問を投げかける。
「何故こんなところで停止しているんでしょう。例の《アリジゴク》はここよりも遠いはずなのに」
その言葉にゲンブが頷く。
ツトムは学校の授業で習った宇宙船の墓場の事を思い出す。
地球人にとって忌まわしい場所の事を。
―3―
今から七〇年前。地球が異常な高温現象に包まれた時、人類が逃れる術は二つあった。
地下に避難するか、それとも宇宙に行き新たな地球を作り出すかの二つ。
優先されたのは今の地球を捨て、新たな地球を見つける事。
惑星環境改造計画と名付けられた。
地球と同じ環境を作るナノマシンが開発されたと発表された時、政府は重い腰を上げることにしたのだ。
しかし、順調なのはそこまでだった。
弾道ミサイルを改造した急造ロケットは次々と事故を起こし、ひとつも宇宙に行けない。
何度も失敗を重ねながら、やっと安定して無人ロケットを宇宙へ飛ばせるようになった。
各国で造られたロケットは、数名の宇宙飛行士とナノマシンを乗せて宇宙へ旅立つ。
西暦二〇一〇年。月に人類が到達して四一年後。人類は初めて月を超えた。
だが、人類の希望となる宇宙船は全て、同じ距離で消息を絶ってしまう。
実験用無人ロケットは超えられたのに、宇宙飛行士を乗せたロケットは一機も超えられない。
残ったのは日本が開発した最初で最後のロケット一機のみとなってしまった。
結局原因は分からぬまま発射され、宇宙飛行士一人が脱出に成功するも、宇宙船とナノマシンは全て失われてしまった。
こうして人類は地球脱出を諦め、宇宙船や避難用シェルターを利用した地下都市に逃げ込むことになるなったのだ。
後に事故で失われたロケットの破片が漂う地点は、決して逃れられない事から《アリジゴク》と呼ばれている。
―4―
解像度が上がった映像に映されたカプセルの外見に傷らしいものはない。
今はエンジンも切れているようで、漆黒の空間でペン回しのペンのように回り続けていた。
フリッカが説明していく。
『見ての通り、カメラの映像から異常は見当たりません』
ツトムは眼鏡のフレームを触りながら尋ねる。
「内部の異常という事なんでしょうか?」
帰ってきたのは否定だった。
『いえ。たった今オーディンからスキャン完了のデータが送られてきましたが、異常は見当たらないようです』
オーディンとは、RDステーションの管理統括AIの事だ。
ゲンブが顎髭を撫でながら呟く。
「異常は見当たらない……」
その鋭い眼光から、安心しているようには見えなかった。
『はい。しかし異変は起きているようです。先程から再起動プログラムを送り続けていますが、カプセルのAIはまるで反応していません』
サヤトが無傷で漂うカプセルを指差す。
「フリッカ。今後の対応はどうするの?」
『防衛軍本部は、内部で何らかの故障が発生したと同時に、異常検知装置も故障したのではないかと推測しているようです。
このまま再起動プログラムの送信と衛星による監視を続けています』
一人モニターを見ていたハンゾウが、何かに気付いたように顔を寄せる。
「んん? 回転が止まりましたッシュ。再起動プログラムが届いたのではないかッシュ?」
その言葉に全員の目が一斉にモニターを見つめた。
回転を止めたカプセルは、まるでカメラに狙いをつけるように先端を向けて静止している。
ツトムは投槍のように飛んで貫かれるような錯覚に襲われた。
フリッカの抑揚のない言葉が司令室に響く。
『カプセル再起動しました。しかし再起動プログラムは依然として受け付けていません』
カメラに映るカプセルの後端が爆発するように輝くと、目にも留まらぬ速さでカメラの視界から消えた。
ゲンブがフリッカに質問。
「つまり暴走していると。ルートは?」
カメラに向かって飛んだのを見ると、最悪の予想がツトム達の頭を駆け巡る。
フリッカの言葉は予想を裏切る事はなかった。
『正規のルートを逸れ、地球へ向かっています』
―5―
数分後、再起動したカプセルの軌道予測が完了したようで、フリッカがツトム達に知らせる。
『オーディンと私で計算した結果導き出された答えは同じものでした』
モニターに暴走カプセルの目的地点が表示された。
それは月を避けてRDステーションを掠め、ツトム達がいる地球に一目散に向かっている。
フリッカは淡々と報告していく。
『カプセルは、太陽へ向かっていたコースを逆進。地球へ衝突するコースを取っています』
サヤトが己の身体を抱きしめながらフリッカに問いかける。
「落下地点はどこです。まさかロシアにある核廃棄施設ですか?」
ロシアと言った時、声が僅かに震えていた事に気づく。
恐らく、そこに旅行に行っているユウタ達を心配しているのだろう。
サヤトの質問は否定された。
『いいえ。ロシアには落ちません。落下地点はここです』
ツトムは喉が渇いてるわけでもないのに唾を飲み込んだ。
モニターに表示されていた場所は希望市を示しているからだ。
「何故、ここに……」
ツトムの呟きに真っ先に答えたのは、フリッカではなくゲンブだった。
「侵略者の攻撃だ」
アツシがゲンブの方を見る。
「しかし、カプセルは大気圏突入の高熱で燃え尽きるのでは?」
『いいえ。可能性は低いと思います』
「核廃棄物が入ったカプセルは燃え尽きない?」
サヤトが頤に指を添えながらそう言った。
『はい。カプセルは太陽に出来る限り近づけるよう高性能の断熱素材で作られています』
ゲンブが質問する。
「フリッカ。街に核廃棄物が撒き散らされた場合、どれくらいの範囲の汚染になる」
『希望市は勿論東京全体が壊滅するでしょう。風に乗った場合は更に広範囲に及ぶと推測されます』
ゲンブはモニターから黄色い球体の方へ振り向く。
「フリッカ。どれくらいで到達する」
『今から約二四時間後には地表に激突します』
ツトム達もフリッカの方に首を動かす。
『防衛宇宙軍は再起動を諦め破壊する事を決定。RD-1に撃墜命令が下されました』
ツトムは見上げると、宇宙で働く姉にエールを送った。
―6―
唯一の有人宇宙ステーションであるRD-1ではアヤとサーシャが慌ただしくキーボードを操作しながらモニターやレーダーを睨みつける。
「だから、何で私達の時に限って忙しくなるの! アレクサンドラ少尉、最新のデータは?」
今は緊急事態なので、着崩していた戦闘宇宙服をキッチリと着ていた。
「ジキョウ大尉。文句言ってる場合じゃないです。目標の最新位置転送しました」
二人とも任務の為、愛称で呼び合っていた時の砕けた雰囲気は消え去り、階級をつけて呼び合う。
「目標は予測コースを外れる事なく、地球に接近中。残り九万キロ」
アレクサンドラの報告にアヤはレーダーを見ながら返事する。
「全く。何が原因か知らないけれど、余計な仕事増やさないでよ。オーディン。最適な攻撃手段を教えて」
アヤの言葉に答えたのは、落ち着き払った老人の声だ。
『この距離なら長距離迎撃ミサイルを使うのが確実だろう』
声の主はRD-1と無人のRD-2、3の管理統括AIオーディンである。
「了解。目標にロックオン。安全装置解除。発射」
スイッチを押すと同時に、二発のミサイルが発射された。
今しがた発射したミサイルがレーダー表示され、地球に迫るカプセルに向かっていく。
宇宙空間を海に例えたら、ミサイルはシャチ。カプセルはさぞ食いでのある獲物に見えているだろう。
カメラが追いつかない為、アヤとアレクサンドラは固唾を呑んでレーダー見守る。
目標が数万キロの距離にある為、長い間レーダーを見つめていなければならなかった。
次第に距離を詰めていく三つの光点が、ひとつに重なる。
RD-1から発射されたミサイルはカプセルに命中したのだ。
なのに……。
「ミサイルが通り抜けた?」
アヤは、あり得ないことが起きたことで、つい大声を出してしまう。
レーダー上ではミサイルを表す光点二つが、カプセルの光点と重なった直後後方に飛んで行ってしまった。
その後ミサイルの反応は消失。
原因をアレクサンドラが説明する。
「ミサイルは目標を見失い自爆しました」
「見失ったって、どういう事だオーディン」
『これだけではデータが不十分だが、どうやら回避されたのではないのだろうか』
「ソユーズがミサイルを避けた? そんな機動性を備えているなんて情報なかったはず。少尉確認を」
アヤは暴走しているカプセルの情報を再度確認させる。
「送られてきたスペックには、姿勢制御ノズルは備わっていますが、そんな機動性を発揮できるとは考えられません」
「誰かが操っているのか?」
アヤの疑問をオーディンが遮る。
『今は破壊を優先した方がいい。ミサイルが駄目ならレーザーを使用しよう』
オーディンは、地球外の宇宙船を撃沈出来る性能を持つ高出力レーザーの使用を提案してきた。
「問題は射程距離だ」
アヤが懸念にアレクサンドラが回答する。
「レーザーの最高出力を維持できる距離は五万キロまでです」
『目標の接近を許すことになるが最善の手はそれしかあるまい」
アヤもアレクサンドラも反論しない。
ミサイルとレーザー以外に長距離から迎撃できる武装はないからだ。
小型のミサイルは射程二万キロ。迎撃機のC-スワローは航続距離が五千キロ。
どちらも今の状況では頼りにできなかった。
「オーディン。RD-2、RD-3から援護はできないのですか?」
アレクサンドラは衛星軌道上に浮かぶ無人の防衛ステーションに助けを求めようとする。
『無理だな。レーザーの射角は届かないし、長距離ミサイルは先ほどのように命中は期待できないだろう』
「少尉。レーザー準備」
アヤは自分達でなんとかする為に強い口調で命令する。
「分かりました。ステーション上部のレーザーを展開。エネルギーチャージを開始します」
「オーディン。ロックオンの補正を頼む。次は外せない」
『分かっておる。全力で補助しよう』
―7―
独楽のような形をしているRD-1の上部ハッチが開き、そこから大きな砲身が現れる。
地球に迫る隕石や侵略者の宇宙船を切り裂き貫くことが出来るレーザー砲だ。
既にステーションのコアからエネルギーが供給され、後は目標が射程に入るのを待つばかり。
アヤとアレクサンドラが穴が空くほどレーダーを見つめていると、遂にカプセルが射程距離に入った。
「目標。射程に入りました。エネルギー充填完了しています」
『ソユーズにロックオン。いつでも撃てるぞ」
アレクサンドラとオーディンの報告にアヤは頷き返す。
「分かった」
アヤの使うキーボードの傍から、戦闘機の操縦桿のようなスティックが出てくる。
右手で握り、人差し指を赤く塗られた一際目立つスイッチに添える。
「レーザー発射」
アヤが人差し指でスイッチを強く押し込む。
それに連動し、ステーション上部のレーザーの砲口が眩しいばかりに赤く輝き、細い針のような光線が放たれた。
光の速さで飛ぶレーザーだ。数万キロ離れていても瞬きするよりも早くロケットに着弾する。
一秒、二秒、四つの瞳がレーダーの光点が消えるのを期待して見つめる。
三秒経っても輝きを失われず、そればかりか距離を詰めてくる。
『回避されたな』
二人が認めたくない事実をオーディンは淡々と告げた。
「レーザーを避けた……」
「そんなのあり得ない」
アヤとアレクサンドラもカプセルの想像以上の行動に、手の動きが止まってしまう。
『大尉。少尉。これは現実だ。手を動かしなさい。このままだと地球に落ちてしまう』
オーディンの叱責が耳に届いたことで、二人は我に帰った。
「分かってる。オーディン、目標を破壊できる可能性の高い方法は?」
『ステーションで出来る最善の方法は、レーザーで迎撃する事しかない』
アヤは共に戦う部下の方に振り返る。
「少尉、レーザー砲にチャージ開始。あの動き回る目標に当たるまで撃ち続けるぞ」
ふさぎ込むように顔を下げていたアレクサンドラはアヤの目を見て深く頷いた。
「……了解。チャージを再開します。オーディン。作戦に支障のないエリアと生命維持装置を残して電力をカットできますか?」
『可能だ。そうすれば再発射時間が半分に短縮できるだろう』
「大尉。チャージは二〇分で完了します」
「流石サーシャ。さっさと終わらせるよ!」
アヤはわざとおどけた口調でサーシャの不安を拭うと、再びレーダーの光点を見据える。
すぐに発射出来るように、右手の人差し指はスイッチの手前で固定した。
二人がロケット迎撃に全神経を注いでいる間、オーディンはこの作戦のデータを、地上にいる同類に送信し続けていた。
―8―
その夜。ツトム達は侵略者の襲来に備えて、ユグドラシルで待機したまま、RD-1の迎撃を一部始終見守っていた。
『RD-1が発射した最後のミサイルが回避されました』
フリッカの声だけが聞こえ、他の五人はオーパスに転送されたデータを見続けていた。
砲身が焼きつくまで撃ち続けたレーザーは全て回避され、当たる見込みのない長距離ミサイルも全て撃ち尽くした。
暴走カプセルは、依然として地球との距離を詰めている。
ゲンブが腕を組みながら尋ねる。
「RD-1の今後の行動は?」
『C-スワロー全機と短距離ミサイルで迎撃する予定です』
遠距離からの攻撃方法は全て絶たれてしまい、後は懐に入れて近距離戦を仕掛けるしかなかった。
「成功率はどれくらいだ」
『十パーセントです』
ここでアツシが口を挟む。
「隊長。出動命令を出してください。ブルーストークとレッドイーグルなら破壊できます」
「拙者も賛成ッシュ」
ハンゾウも賛同するが、ゲンブはそれを許さない。
「これが侵略者の罠の可能性もある。手薄になった希望市を誰が護れる」
ガーディマンに変身できるユウタも今はロシアにいる。
希望市にある世界の源を奪われることは、地球とそこに住む全生命体の死を意味していた。
サヤトが意見を言う為に一歩進み出た。
「隊長。カプセルが地球に落下した時の被害を考えると、我々で迎撃した方が良いかと思います」
ゲンブが何か言う前にサヤトは続ける。
「ブルーストークは残し、速度と機動性に優れるレッドイーグル二機で迎撃するのが得策です」
ゲンブは意見を聞いてから、天井を見上げた。
「ハカセ。聞いているか」
『聞いてるぞ』
相変わらず礼儀の知らない口調がスピーカーから聞こえてくる。
「レッドイーグル二機に大気圏突破用ブースターを装着するのにどれくらい時間がかかる?」
『通常なら二時間だが、言われるかもれないと思って備えてたから一時間で済む』
「なら、その方法でいこう」
「隊長。もっと確実な方法があります」
今まで黙っていたツトムは、考えついた最高のアイデアを口に出す。
「最近、ビキニ諸島地点に設置された《A・E・Sカノン》による超長距離狙撃を実行したいと思います」
ゲンブは何かを思い出すように一瞬目を閉じた。
「あのレールガンの性能なら可能か」
「はい。最大射程は十四万キロ。目標は充分射程内です」
その後に言うことがツトムにとって一番重要なので、握り拳に力を込める。
「更に確実性を増すために、自分が射手に志願します」
「ジキョウ隊員。失敗は許されないぞ」
ゲンブの眼光を捉えた途端、頭上に巨石が落ちてきたような感覚を覚えたが、それを跳ね除ける。
「それくらいの重圧問題ありません。この作戦の許可をお願いします」
ゲンブは腕を組みながらフリッカに視線を向ける。
「狙撃成功の可能性を教えてくれ」
『ツトム隊員の狙撃の腕と、A・E・Sカノンの性能を考えると、成功率は六割です。ですがステルス弾頭を使用すれば成功率は七割に増します』
「何故だ?」
『オーディンからのデータ解析の結果、レーザーは発射される寸前に避けられていました』
ハンゾウがこめかみに指を当てながら質問する。
「まさか。発射を予測されたッシュ?」
『いいえ。レーザー発射の直前、砲口は星のように赤く輝いていました。それを目視され攻撃を回避した可能性があります』
「まるで、目が付いているみたいね」
『確証はありません。しかし可能性はあります』
サヤトの言葉をフリッカは否定しなかった。
『その為に、ステルス弾頭の使用を提案します』
ステルス弾頭にはレーダーからの発見を防ぐだけでなく、光学迷彩コーティングも施され、カメラや肉眼では見えないようになっている。
「隊長。お願いします」
フリッカを味方につけたツトムは更に勢いよく許可を求めた。
ゲンブは即決する。
「ジキョウ隊員の作戦でいく。モリサキ長官には私から言っておこう」
「ありがとうございます」
『ゲンブ。A・E・Sカノンとのオンライン接続を許可して頂けるのならば、ここから遠隔操作が可能になります』
「許可する。ツトム隊員は狙撃の用意。他の隊員は万が一の為、ブルーストークとレッドイーグルで待機」
「「「「了解」」」」
「了解ッシュ」
全員がスカウトスーツのカモフラージュを解除し、それぞれ動物を模したマスクを装着した。
『オンライン接続完了。操作はトレーニングルームで可能です』
フリッカの言葉を聞いたツトムはゲンブに会釈してから司令室を後にした。
―9―
『こちらバサルト。長官から許可は取れた。A・E・Sカノンは稼働準備に入った。ステルス弾体は空路で輸送中だ』
「了解」
『A・E・Sカノンのマニュアルを送る。確認しておいてくれ』
直後、マスクのモニターにファイルが届いた事が知らされる。
「送信確認しました」
「では健闘を祈る」
バサルトからの通信が終わり、ステルス弾体が到着するまで、イブゥはマニュアルを熟読する事にした。
また通信が入る。開くとゴリラのマスクを被ったアツシからだった。
先に問いかける。
「何かありましたか?」
『いや。君が心配でね。少し気負い過ぎているように見えたから』
言われてみると、目の周りが熱を持っているようだが、体調が悪い感じはしない。
むしろ心臓は強く脈打ち、全身の血が沸騰しそうなほど高揚していた。
「問題ありません」
「そうか。それなら良かった……頼んだよ」
ドーラは何か言いたげだったが、それを飲み込み当たり障りのない言葉を選んだように感じられた。
「自分は失敗なんてしません」
ツトムは特に気にする事なく、通信を終わらせマニュアルを暗記していく。
一字一句頭に叩き終えた時、フリッカから通信が入った。
『お待たせしました。A・E・Sカノンとの接続完了しました。マスクと同期します』
視界に映るのは巨大なクレーンのような機械。
全長三百メートルもあるそれこそが、アンチ・エネミー・シップカノン。人工浮島に配備された世界最大の電磁投射砲だ。
あれを使いこなし地球の危機を救う。
「僕が本当の英雄になるんだ」
ツトムはマスクの中で静かに力強く宣言した。
狙撃の為に使用する部屋はユグドラシル内のトレーニングルームを利用する。
そこにあるヘビィトータスのVR訓練用装置が、フリッカによってメガフロートにあるA・E・Sカノンと接続されていた。
ヘビィトータスの砲手席を模した装置の中央には椅子があり、右側には長方形の物体が天井から吊り下がっている。
椅子に座ると右側の物体が動き出し、イブゥの右肩に乗るかのように固定されグリップが現れる。
それはライフルのような形をした照準装置だ。
何もない空間で左手の五本指を忙しなく動かす。
マスクにはホログラムキーボードが映し出されていて、それを操作していたのだ。
フリッカのサポートで照準の微調整を終わらせると、届いたステルス弾体がA・E・Sカノンに装填された事が知らされた。
同時に弾を飛ばす為に膨大な電力の充電が始まった。
充電が終わる間、右手を細かく動かし照準のズレを修正していく。
フリッカが自動で行うこともできるが、ツトムは最初から最後まで集中する為に出来る事は自分で作業していた。
調整を終えて彫像のように右腕を固定するも、人差し指が細かく震える。
恐怖やプレッシャーのせいではない。一刻も早く引き金を引きたい。
地球を狙う敵を撃ち落とし、皆から称賛を浴びたい。
希望市に落ちてくるロケットは数万キロ離れたところにあるが、自分の腕とこのレールガンの性能ならば問題ない。
打ち損じる事はない。
暴走したソユーズは地球まで残り三万キロに到達したその時、待ち望んでいた電子音が鳴り響いた。
充電完了の合図だ。
「よし」
ツトムはグリップを握りなおし、最後の微調整を済ませた。
砲身内のレールから細長い弾体に電流が流れ出し、砲口から青白い光が闇夜に漏れ出す。
発射準備が整った。
決して手が届かない最愛の人の腰を抱くようにトリガーを引き絞った。
まるで磨かれた氷の上を滑るように、三百メートルの砲身内を弾体が滑らかに走り出す。
砲口から青い咆哮と共に槍のような弾体が射出された。
砲身を冷やす為の冷却液が蒸発し、白い水蒸気に包まれていく姿は、仕事を終えたA・E・Sカノンを労うかのようだった。
弾体は勢いを増しながら加速し、まるで流れ星のように発行しながら夜空を昇っていく。
重力の鎖から解き放たれた十メートルの弾体がステルス迷彩を起動し、肉眼からもレーダーからも消えた。
精根尽き果てたRD-1のそばを掠め、カプセルの正面からぶつかる。
正面に小さな穴が空いた直後、花咲くようにカプセルは破裂し、宇宙に瞬く星の一つになった。
「どうだホシゾラユウタ。君が出来ない事を僕は成し遂げたんだ」
見届けたツトムは椅子の背もたれに深く座り、満足げに深く息を吐いた。
守られた地球を祝福するように太陽が照らす。
が、覆い尽くすように陽の光を遮っていくのだった。
―10―
ロケットを破壊して数時間後。
「何か、何か手段はないんですか!!」
勝利を確信したあの晴れやかな面影はない。
みっともなく涙と鼻水を垂らし隊員達に詰め寄る。
「お願いです。助ける方法を考えてください。このままじゃ激突してしまう。死んでしまうんです!」
ツトムは崩れ落ちると、床に向かって嗚咽を漏らし続ける。
流した液体で床が汚れるのも構わずに肩を震わせ泣き続ける。
「どうしたら、どうしたら助けてあげられるんだ……あっ」
ツトムは唯一の救う方法を思い出し、膝をついたままサヤトにすり寄る。
「彼の連絡先を知っていますよね。電話を掛けてください。彼と話をさせてください。お願いします!」
見られているのも構わず、泣き顔のまま頭を下げる。
ツトムの頭を占めているのはひとつだけ。
今はロシアにいる大嫌いな少年に助けを求める事だけだった。




