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【ジェムストーンズ1人目 ガーディマン】〜みんなを護るため弱虫少年はヒーローになる〜  作者: 七乃ハフト
第6話《跳躍 宇宙まで僅か一秒》〜斧甲蟹獣カブヘルム登場〜
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#8 ロシア2日目その4

 ―1―


 お風呂に入ったあとに夕食を食べ終えたユウタは自室に戻っていた。


 夕食の時にはレギーナは現れず、暗い顔をしたポリーナに何度も謝られてしまった。


 アンヌと二人で何とか宥め、ポリーナは落ち着いてくれたようだが、それでもご飯は喉を通りにくいままだった。


 オーパスを確認するも、まだフワリからメールは来ていない。


 するとアンヌが不意に立ち上がった。


「どうしたの?」


「お母さん。ポリーナさんの手伝いしてくるわ」


「分かった」


「まだ寝ちゃ駄目だからね」


 アンヌの意味深な言葉で、一瞬返事に詰まる。


「? まだ七時だし。眠くなんてないよ」


 とはいえ、日本は既に深夜零時である。


「念のためよ」


 アンヌはそれだけ残して部屋を出て行った。


「なんかあるのかな?」


 ユウタは寝転がり、フワリのメールを待つ間、気分転換にネットを検索する。


 特に面白い記事もないので、配信されているアニメを見ようとすると、ドアが控えめにノックされた。


「誰だろう?」


 また小さなノック音。だんだん音量が小さくなっているように感じる。


「はい。誰ですか?」


 返事はないが誰か扉の前に立っているのか、微かな気配がする。


 ユウタはベッドから降りて扉を開けた。


「誰ですか……あっ」


 立っていたのは、頭を下げたままのレギーナ。


 ユウタも何を言っていいか分からず、レギーナも喋らないのでドアを開けたまま無言の時間が過ぎる。


 ユウタはドアを大きく開いて入室を促す。


「入りなよ」


 レギーナは喋らないまま部屋に入った。


 入っても顔を見せないまま何も言わない。


 ユウタはベッドの端に座る。


「座ったら」


 よく見ないと分からないほど小さく頷いたレギーナは、ユウタの反対側に座り背中を向けた。


 ユウタは相手が話し出すまで待つことにする。


 けれども一分、二分経っても話しかけてくれない。


 ユウタが沈黙に耐えられなくなってきて、細かく動いてると、レギーナに気づかれる。


「トイレか?」


「違うよ! レギーナが話してくれないから……あっ」


 驚いたレギーナが後ろに引く。


「ああ。ごめん。どういう風に話したらいいか考えてたら全然まとまらなくて」


「まとまるまで待つよ」


 ユウタの言葉にレギーナは頭を振る。


「だんだんまとまってきた。俺の話聞いてくれるか?」


「もちろん」


 レギーナは頷いてから、大きく深呼吸してから話し始めた。


「俺の両親はどっちも軍人なんだ。二人は同じ部隊になって出会ったらしい。ママは今も働いてるが――」


 レギーナは一度言葉を区切る。


「離婚した親父は足を怪我して退役した。そこから俺にとって地獄の始まり」


 ユウタは黙って聞く。


「軍を辞めた親父は、働かずに酒を飲んでばっかり」


「再就職しなかったの?」


「ああ。親父はプライド高い奴で、ママがエリートとして昇進していくのが許せなかったらしい。その不満が表に出てくるようになった」


 レギーナが上を向いて、嫌な記憶を思い出していくように話す。


「いつからか、家の壁や家具を破壊するようになった。それだけならまだしも……」


 レギーナは拳を握りしめる。


「俺に暴力を振るうようになったんだ」


「そんな……誰も助けてくれなかったの?」


「ママは忙しくて殆ど帰ってこない。そこを見計らってストレスを発散してた。最初は小突かれる程度だったけど、思いっきり平手打ちされたこともあった。そしてあの日……」


 綺麗な金髪に隠れた額を抑えるレギーナ。


親父(アイツ)は飲み干した酒瓶を持って……振り下ろしたんだ」


 ユウタの脳内でイメージが再生される。


 酒臭い息を吐く父親が息子の寝室に押し入り、持っていた酒瓶を容赦なく振り下ろす。


 瓶は割れる事なくレギーナの額を無残に割いた。


「俺が最初に感じたのは、固いものがぶつかる音と熱さ、痛みは後からやってきた。親父はいつのまにか消えていた」


 悲鳴をあげのたうち回る息子を見て、父親は瓶を持ったまま外に出て行った。


「親父はその後、通報を受けた警官隊に囲まれて抵抗して逮捕されたんだ。今も刑務所にいるよ。もう二度と顔を見ることはないだろうな」


 例え出所しても、許可なく近づいた場合はそれだけで罪になると、レギーナは教えてくれた。


 ユウタはひとつ疑問に思う。


「殴った理由は何だったの?」


「さあ。親父は『酒飲んで殴った理由は覚えてない』の一点張り。

 推測だけど俺の顔がママに見えたのかもな。小さい頃からママに似てるってよく言われてたから」


「そんな理由で」


「で、ニュースには報道されなかったんだが、どこかで広まったみたいで……外での出来事につながるって事。で、俺はそれが嫌で学校を休み続けてる」


 これでおしまいと言う代わりにレギーナは沈黙した。


「何で僕に話してくれたの?」


「ん、部屋の前でドア越しにバァバに言われた『誰かに話したら楽になるかもよ』って。で考えたら何でかお前の顔が浮かんだ」


「少しは楽になった?」


「……ほんの少しだけ楽になった気がする」


 その言葉を聞いて、ユウタは口元を綻ばす。


「そっか。なら良かった」


 弾むような声の調子はレギーナにも伝わったようだ。


「何で嬉しそうなんだよ?」


「何でだろう? 僕も分かんない」


「ぷっ、変な奴だなお前は」


「ほんと僕って変な奴だね……ふふっ」


 二人はしばらく笑い合う。その時レギーナが目元を拭った事にユウタは気がつかないふりをした。


 来た時と違いレギーナは勢いよく立ち上がる。


「じゃあ俺戻る」


 ドアに向かって歩いていたレギーナが立ち止まり、背中を見せたまま恥ずかしそうに言う。


「あのさ」


「何」


「お前呼ばわりしてごめん。これからは名前で呼ぶ。だから俺の事も()()()って呼んでいいぞ」


 愛称で呼んでいい。それが意味する事はひとつ。


「分かったレギィ。今日から僕達……友達だね」


 改めて『友達』という単語を口に出すと、何とも気恥ずかしかった。


 聞いたレギィが振り向く。その目元は赤くなってはいるが、花が咲いたような満面の笑みだった。


「ああ()()()


 ――2――


 レギーナが部屋を出てしばらくすると、アンヌが戻ってきた。


 ユウタは母がいなかった間のことを聞かせる。


「母さん。今レギィが来てね」


「何かお話ししたの?」


「うん。色々辛い事があったみたい。そのせいでイライラしてたみたいなんだけど、少し気持ちが晴れたみたいでね。いい事もあったんだよ!」


 友達になってくれたことを報告しようとすると……。


「お友達になれたんでしょ?」


「うん。何で分かったの」


 アンヌに指を指される。


「さっきレギーナ君のこと、愛称で呼んだでしょ。『レギィ』って」


「あっそういえば」


 あまりにも自然に出てきたので、言われるまで気づかなかった。


「お友達増えて良かったわね」


 ユウタは本心を言葉にする。


「うん。旅行来て一番嬉しい事だよ」


 からかい混じりのアンヌにほっぺをつねられる。


「ちょっとユウタ。お母さんと二人の時は楽しくなかったっていうのかしら?」


「しょ、しょんなことにゃいよー」


 痛くはないが、二つのほっぺをパンを作るかのようにこねられてしまう。


 アンヌは満足したのか指を離した。


「これで明日の予定は決まったわね」


「予定?」


「明日はレギーナ君と一緒に遊びに行けるじゃない」


「ああ。そっか」


 全然そんな考えは思いつかなかった。


(友達になれたのが嬉しすぎて、明日の事なんて考えてなかったよ)


 丁度会話が途切れたタイミングでオーパスが振動する。


 見るとメールが届いていた。送り主は待ちわびていた人。


「フワリ姉からだ」


 メールには今日一日遊んでついさっき帰ってきてきた事が書かれていた。


「今なら大丈夫かな」


 フワリと話したくなったユウタはテレビ電話で呼び出す。


 気づいたアンヌが釘を刺してくる。


「日本はもう深夜だからあんまり長話はダメよ」


「分かってる……あっ繋がった」


 オーパスの液晶画面に一つ上の幼馴染の姿が映る。


『もしもしユーくん。こんばんは』


 桃色のショートボブにピンクの瞳の、綿菓子のように柔らかな雰囲気を持つフワリは、ユウタを見て手を振ってくれる。


「こんばんはフワリ姉。今大丈夫?」


 ベッドで寝転がっているようだが、私服姿に見える。


「うん、うん大丈夫。ごめんね帰ってきてから寝ちゃって。返信遅れちゃった」


 フワリは遊んできたというのに、表情はどこか沈んでいるように見えた。


「もしかして眠い?」


「ううん。そんな事ないよ。むしろ電話してくれてありがとうって感じ」


 アンヌがユウタの後ろから覗き込んできた。


「今晩はフワリちゃん。夜遅くにごめんね」


 寝転がっていたフワリが跳ね起きる。


『あっ、おば様! こ、こんばんは』


 挨拶しながら服の乱れを直すフワリ。


「ふふふ。自分の部屋だから寛いでていいのよ」


 アンヌは「でも……」と続けた。


「服がシワになるのだけは気をつけてね」


『き、気をつけます』


「お母さん。水貰ってくるわね。ユウタはいる?」


「大丈夫」


「分かったわ」


 アンヌは部屋を出て行った。


 フワリはベッドに腰を下ろしてから話しかけてくる。


『ごめんねユーくん。みっともないところ見せちゃって』


「ううん。何かあったの?」


 フワリは考えるように瞳を閉じる。


『聞いてくれる?』


「もちろんいいよ」


『ありがとう』


 フワリは話すことに集中するためか、テーブルの上にオーパスを置いた。


 彼女の傍には抱きしめるのにちょうど良い大きさの猫のぬいぐるみが置いてあった。


『今日、もう昨日か。ソーくんに誘われて一緒に遊んだの』


 ソーくんとは、執児(シツジ)爪牙(ソウガ)。闘犬のような雰囲気で近寄りがたいが、学校で一番の秀才で運動神経抜群のモテ男である。


 ユウタもフワリも幼い頃からの親友であった。

 

「ソウガ君と二人で?」


『うん。二人で』


 それを聞いた途端にユウタの心に殴られたような衝撃が走った。


(それってデート?)


 とは聞けずに黙っているとフワリが続ける。


『でね。聞いて。二人で遊んでたらね。そのあとひどいんだよ!』


 フワリの語尾が強くなる。どうやら何かを思い出して怒り出したようだ。


『ソーくんったら。今付き合ってる彼女さんを呼んできて、私にこう言ったの。なんて言ったと思う?』


 ユウタには思いつかなかった。


「わ、分かんない」


『『三人で遊ぼうぜ』って言ったんだよ。彼女さんにも私にも失礼だと思わない? 今思い出してもイライラするぅ!』


 ユウタは、フワリの勢いに電話越しに負けそうになって、少しオーパスから離れる。


「そ、それでどうしたの」


『最低! って思ったら手が勝手に動いて、ソーくんのこと叩いちゃった』


 自分の右掌を見て溜息をつくフワリ。


『それで、そのまま帰って来ちゃった』


「ソウガ君から連絡来てないの?」


『引き止められたし、何度かメールも来てるけど、口聞きたくない。何か話してたら、また嫌な気持ちになってきちゃったな』


 フワリは傍に置いていた猫のぬいぐるみを抱きしめ、顔を押し付ける。


 ユウタはフワリが自分の行動に後悔している事を察する。


「ちゃんと話したほうがいいよ。フワリ姉」


 フワリがぬいぐるみから顔を上げた。


「メールでもいいから、話してスッキリした方がいいよ」


『そうした方がいいかな?』


「うん。心のモヤモヤを文字にした方が気持ちも晴れると思う」


『……何千字にもなりそう。でもちょっと書いて送ってみるね。ありがとうユーくん。話してたら少しだけ嫌な気持ちが晴れた気がする。ありがとね』


「フワリ姉が落ち込んだ顔、見たくないから」


『そうだよね。ここで落ち込んでてもしょうがない……あっ』


 突然フワリが、何かに気付いたのか、オーパスから視線を外す。


「どうしたの」


『今、一瞬だけど流れ星が見えたの。空を切り裂くみたいな勢いだったよ』


「もしかしたら、神様が後押ししてくれてるのかもしれないよ」


『そうかもね。これからメール送ってみる。じゃあねユーくん。バイバイ』


 フワリは手を振って通話を終了させた。


「……良かった。二人は付き合ってない」


 心の痛みが消えたユウタは何気なく窓を見る。


 雲ひとつない空には月と星空が、まるで大小の宝石のように散りばめられている中、フワリが見たという流れ星は見えなかった。


 しかし、その流れ星の正体を翌日に知らされる事になるとは、夢にも思わないユウタであった。

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