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【ジェムストーンズ1人目 ガーディマン】〜みんなを護るため弱虫少年はヒーローになる〜  作者: 七乃ハフト
第6話《跳躍 宇宙まで僅か一秒》〜斧甲蟹獣カブヘルム登場〜
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#5 ロシア2日目

 ―1―


 カーテンの隙間から差し込む朝日を受けて、アンヌは目を覚ます。


 隣を見ると、愛する息子の穏やかな寝顔があった。


 ユウタはまだ熟睡しているようで、アンヌが動いても全く反応していない。


「スゥー。スゥー」


 健やかな寝息を立てているところから、悪夢なども見ていないと思われた。


 アンヌは起こさないように気をつけながら、息子の癖っ毛を撫でる。


「んん、母さん」


 一瞬起こしてしまったかと思って手を止めるが……。


「……もうブリヌイ百枚目だよ。食べられないよー。もぐもぐ」


「まあ。よっぽど気に入ったのね」


 ユウタは昨日食べたクレープのようなブリヌイを大層気に入ったようだ。


 夢を見ているはずなのに、口がモグモグと動いている。


 アンヌはもう一度癖っ毛を撫でると、起こさないように注意して、ベッドから出る。


 着ているのは、家でも使っているゆったりとした灰色のスウェットだ。


 ベッドから出たアンヌは、ユウタに日差しが当たらないように、カーテンを少しだけ開けて外を見る。


 灰色の雲はなく、快晴であった。


 自分のオーパスを確認する。時刻は午前六時、日本時間は午前十一時だろう。


 時刻を確認しているとメールが届いた。


 差出人を見て表情を曇らせ、開封して全文を読む。


「……大事(おおごと)にならなければいいけど」


 アンヌは青空で唯一輝く恒星に願う。


  せめて、この旅行が終わるまでは息子に平穏な日々を送らせて欲しいと。


 ―2―


 寝間着から私服に着替えたアンヌは廊下に出ると、リビングの方から水が流れる音が聞こえてきた。


 誰がいるか見当はついている。


 アンヌはリビングのドアを開けて、キッチンで作業しているお婆さんに朝の挨拶をする。


「おはようございます」


 アンヌに背を向けていたポリーナが、声を掛けられて振り向く。


「あらあら。おはようアンヌさん。ごめんなさい、うるさかったかしら? 」


「いいえ。いつもこの時間には起きてますので習慣です。お手伝いしますよ」


 言いながらアンヌはキッチンへ。


「そんな、貴女達はお客様なんだから寝ててもいいのに」


 ポリーナはそう言いながらも、手伝ってくれるのは有難いようだ。


 アンヌが作業できるように隣を空けてくれたので、そこに立ちエプロンを着用する。


「あらエプロンまで用意してたの」


 自前のエプロンを見たポリーナは少し驚いたようだ。


「はい。息子がホテルの食事に飽きてしまったら作ってあげようと思って持ってきてたんです」


  流しで手を洗う。冷水は日本よりも冷たく感じられた。


「実は一つ頼みがあるんです」


 手を洗い終えたアンヌはポリーナに問いかける。


「何だい。この老婆に出来る事なら何でも聞くよ」


「ロシア料理の作り方教えて欲しくて。息子が貴女の作ったブリヌイをいたく気に入ったみたいで」


 ユウタが夢にまで見ていることを話す。


「あら、そうなの。気に入ってもらえて嬉しいわ。最近孫にも言われなくなっちゃって」


「だから教えてくれると嬉しいです。その代わりお家の手伝いしますから」


「ありがとうね。でも無理しないで。貴女達二人はお客様なんだから」


「ええ」


「でも嬉しいわ。最近お料理も一人で作ってばっかりで寂しかったの。最近はスーパーもなんて言ったかしら、エルフレジ?」


 ポリーナの口からファンタジーなレジが誕生した。


「それセルフレジじゃないですか。無人で清算する」


「そうそれよ。あれが増えて便利になったのはいいけど知り合いの店員さん辞めちゃったみたいで……話し相手いなくなっちゃったのよね」


「まあ、それは寂しいですね」


 段々と打ち解けていくアンヌとポリーナだった。


 ―3―


「二百枚、お、お腹破裂するー……あれ?」


 瞼を通過する光で覚醒したユウタ。


 一瞬見慣れない部屋だと思ったが、昨日親切なお婆さんに泊めてもらったことを思い出した。


 隣を見ると、寝ていたはずのアンヌの姿はない。


「いない。トイレかな」


 軽い喉の渇きを覚えながらも、眠い目をコシコシしながら、二度寝しようとする。


「おんなじ夢見れるといいなぁ」


 そう考えると、お腹が空腹を訴えた。


(流石に人の家に泊めてもらって『お腹減りました』なんて言えないよ)


 なんとか空腹をごまかそうとするが、大食いした夢を見たせいかお腹は苦しくなるほど鳴り続ける。


「だあー! 寝れないよ」


 抗議の声を上げて起き上がるも、耳が痛くなるほどの空腹を訴えてくる。


 アンヌが戻ってきたら水を持ってきてもらおうかと思ったが、依然として帰ってこない。


 仕方なくベッドから起き上がり、寝間着のまま部屋のドアを少しだけ開けてみる。


 誰もいないが、リビングの方から水音や何か固いものがぶつかる音。そして女性二人の話し声。


「母さん。あそこにいるのかな。スンスン」


 閉じられたドアの隙間から美味しそうな匂いが漂ってきて、思わず鼻を動かしてしまう。


 またお腹が鳴った。


 もう我慢できなくなって、ユウタはお腹をさすりながらリビングのドアを開けた。


「母さんいる?」


 見ると、キッチンでポリーナとアンヌが談笑しながら作業をしている。


「もう、嫌になっちゃうわよね」


「ええ。本当に……あらユウタおはよう。今起こしに行こうと思ってたところよ」


「あっそうなの」


「おはようユウタ君」


 ポリーナも気づいて、手を拭きながらユウタの方を向いた。


「お、おはようございます」


 頰を掻くユウタはまだ少し恥ずかしさが抜けない。


 ポリーナは孫を見るような眼差しでユウタに話しかける。


「朝ごはんすぐ用意するからね。座って待っててちょうだい」


「はい」


 テーブルに付くと、アンヌが水を持ってきてくれた。


「喉乾いてるでしょ」


「ありがと」


 置かれたコップを口につける。


 よく冷えた水が喉を下りていき、眠気が覚めていくようだった。


 水を飲んでいる間に、アンヌとポリーナが朝ごはんを用意してくれる。


「さあ用意できましたよ」


 用意を終えたポリーナが声をかけて座り、アンヌもユウタの隣に着席した。


「今日はカーチャと黒パン。お口に合うといいんだけど」


(カーチャ?)


 食卓に並んでいる黒パンは分かる。


 しかし、カーチャがよく分からない。


 見た目は小豆色のお米みたいで、所々白っぽいのは牛乳か何かだろうか。


(どこかの映画でミルク粥ってあったけど、こんな色してたっけ?)


 心の中で考えていると、自然と首も傾いてしまう。


「ユウタ君は、カーチャって見たことないかい」


 首をかしげるユウタを見て、ポリーナがカーチャをお皿に盛りながら聞いてきた。


「見たことないです」


「そうかい。これはね。蕎麦の実を使った料理なんだよ」


「そばの実……そばってお蕎麦の蕎麦?」


 答えたのはアンヌだった。


「そう。いつも食べているお蕎麦と同じ実から作られているの。ロシアではこうしてお粥等で食べられていて、消費量は世界一だそうよ」


「へえー」


 感心している間に、全員分の食事が行き渡った。


 ポリーナの隣にも食器が用意してあるが、まだそこには誰もいない。


「さてと、食べましょうか」


「あの。お孫さんは待たなくていいんですか。よければ待ちますよ」


 アンヌも空いている席が気になったのだろう。


「いいのよ。彼はお寝坊さんだから。さあ二人とも召し上がれ」


「じゃあユウタいただきましょうか。いただきます」


「うん。いただきます」


 ポリーナが何か気になったようで、食べながらアンヌに尋ねてくる。


「その「いただきます」ってどういう意味なの?」


「これはですね。作ってくれた人や食べ物に感謝を……」


 アンヌとポリーナが話している間、ユウタは初めて見たカーチャを口に運ぶ。


 風邪引いた時に出してもらったお粥と違い、噛むとプチプチしていて、染み込んだであろう甘い汁が出てくる。


 この甘みは牛乳とハチミツだろうか、食べ慣れたお粥と違って、少し違和感を感じてしまった。


 口に合わないということはないのだが、ユウタはどうしてもこう思ってしまう。


(うーん。同じ蕎麦の実使うなら、僕は麺の方が好きだな)


 ―4―


 カーチャを食べ終えたユウタは、ライ麦パンと格闘していた。


「あむ。ムグムグ、ムグムグ」


 中々の噛みごたえで飲み込めない。


「ああ、ユウタ君。そのまま食べてもいいけど、サンドイッチにするともっと美味しいわよ」


 ポリーナは薄く切った黒パンに、ビックリするほどバターを塗る。


 黒い表面が真っ白になってしまった。


(家でやったら絶対母さんに怒られる量だ)


 たっぷりバターのお布団に、掛け布団チーズを掛けてハムと野菜が寝かされる。


「はいどうぞ」


 ポリーナが作ってくれたサンドイッチを受け取る。


 ユウタはお礼を言って一口。


「んんっ!」


 思わず目を見開く。


 硬くて飲み込めなかった黒パンが、バターでフカフカになり、そこに加わる野菜の瑞々しさにチーズとハムの旨味。


 黒パンの食感と相まって、ボリューム満点だった。


 ユウタは瞬く間に、もらったサンドイッチを食べてしまった。


「まぁまぁ。いい食べっぷりね。何だか見てるこっちが幸せになってくるわね」


「この子はいつも美味しそうに食べてくれるんですよ」


「へへっ」


 ポリーナとアンヌに褒められて、ユウタは恥ずかしさをごまかすために後頭部を撫でた。


 そこで、リビングのドアが不意に開く。


 三人が一斉に視線を送る。


「ふぁぁあ。バァバ。腹減った――」


 目尻に涙を溜め、大きな欠伸をしながら入ってきたのはユウタと同い年くらいの金色の髪の少年だった。


「あれ?」


 ユウタは、その少年を何処かで見たことがあった。


(ロシアに知り合いはいない。あれどこだっけ?)


 思い出す前に、額を隠すように前髪を伸ばした少年に新たな動きがあった。


 欠伸を終え、いつもならリビングにいない二人の姿を認めて、グレーの瞳を左右に動かす。


 少年が何か言う前にアンヌが会釈した。


「初めまして」


 アンヌの持つ優しい雰囲気に警戒が解かれたのか、少年は挨拶を返す。


「は、初めまして……じゃない! バァバ。この二人誰だよ?」


 少年の視線がポリーナに向けられた。どうやら『バァバ』とはポリーナの事のようだ。


 ランニングシャツにショートパンツ姿の少年は、二人を交互に指差す。


「こらレギィ。お客様を指差すなんて失礼よ」


「いやいや。そんな事より。この二人誰だって――」


「こら!」


 少年を叱責したアンヌが立ち上がって近づいていく。


「な、何だよ」


 アンヌは腰に手を当て胸を反らす。


「人を指差しちゃ駄目でしょ」


「あっ、その、ごめんなさい……」


 少年は自分の非を認めて指を下ろした。


「はい。じゃあ朝ごはん食べながらお互いの自己紹介をするっていうことでいいかしら?」


 肩に手を置かれた少年は顔を赤らめて何度も頷く。


 そして、今やっとユウタは思い出した。


「ああーーーー!」


 大声に驚いた少年がちょっと身を引く。


「な、何だよ」


「昨日、グム百貨店にいなかった?」


「はぁ? いたけど、何で初対面のお前が知ってるんだ?」


 少年の返事はユウタの記憶が間違っていないことを証明するのだった。

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