#3 配属1460日目
―1―
ナヌーク核廃棄施設。
ロシアの広大な大地、その人里離れたところにそれはある。
山をくり抜いた中に作られた施設の周囲は立ち入り禁止となっていて、一般の人はおろか関係者も近づかない。
理由は万が一の為だ。
施設には世界各国から集められた核兵器や核物質が地下深くに封印されている。
もし放射能が漏れれば、施設周辺だけでなく、地球全土が死を迎えてしまう。
ならば、その施設を管理するのは誰か?
それは命持たない機械人形達だ。
施設を管理しているのは、福福産業が開発、製造、販売を一手に引き受けているヒューマノイドOF-60だ。
それと、ロシアで開発されたダチョウに似たロボットS-90もいる。
OF-60が施設内部で細かい作業。
二階建ての建物と同じくらいの大きさのS-90は外で力作業を担当していた。
S-90は安全な所から遠隔操作されているが、OF-60は定期的にプログラムを更新するだけで、半自律的に作業をこなす事が出来る。
最近、人のいないこの施設が騒がしい。
その音は鼓膜を破り、衝撃で吹き飛ばされてしまうほどだ。
勿論、ここで働く機械人形達に文句を言うものはいない。
今日もまた、その騒音が発生しようとしていた。
外に鉄骨に囲まれた巨大な煙突がある。
煙突の上部は、ワイングラスをひっくり返したようなものに塞がれ、下部には四つのニンジンが寄り添っていた。
全長二百メートルの煙突、ソユーズロケットはニンジンのような四機のエンジンを点火。
鉄骨の塊のような発射台が離れ、煙突は空に向かって上昇していく。
核廃棄物を満載したロケットは、晴れ渡る大空で四つの小型ロケットを分離。
四つのニンジンは綺麗な十字架となって落ちていく。
そんな幻想的な光景が繰り広げらていても、機械人形達は自分に与えられた仕事を全うしていた。
―2―
ナヌーク核廃棄施設から発射されたソユーズを見守るのは宇宙に浮かぶ人工衛星だ。
三基あるRD-ステーションの内、RD-1には特別な任務を帯びた軍人達がいた。
「大尉。ソユーズ、無事に地球周回軌道を離脱した事を確認しました」
ロケットをモニターしていた女性が傍らの上官に報告する。
「了解、アレクサンドラ少尉。本部に報告しておいて」
アレクサンドラと呼ばれた女性は本部にも同じ内容を報告する。
「報告終わりました。アヤ大尉」
自強空屋は身体をほぐすために伸びをすると砕けた言葉遣いになる。
「お疲れサーシャ」
隣の年上の部下にアクアマリンの瞳を向ける。
「仕事中ですよ」
愛称で呼ばれたアレクサンドラはウェーブがかかった金色の髪を肩まで伸ばし、透けるような白い肌に赤い口紅を塗った唇が印象的な女性だ。
「ん? 一応任務終わったし、今は勤務時間外でしょ」
アヤは男性に間違われそうなショートの黒髪を撫でる。
「もう、上官として失格だと思いますけど」
上品な物言いで注意するが、その微笑みは母性に溢れていて、どこか女神に似ていた。
「いいじゃん。他の子達は通常任務なのに、私達だけ追加の仕事入れたオーディンが悪いんだよ」
アヤは座っているイスに体重をかけ、このステーションの管理AIへの不満を漏らす。
「サーシャだって少しはお休み欲しいでしょ」
アヤとサーシャを含めた十人の女性達はある新兵器のパイロットとしてここにいる。
集まったはいいものの、新兵器は今年の秋に完成する予定で、彼女達はもっぱら訓練や宇宙から迫る驚異の監視であった。
アヤはツナギに似た戦闘宇宙服の前ジッパーを下ろす。
「ちょっとアヤ。はしたないですよ」
グレーの瞳の眦をあげて注意されてしまった。
「お母さんみたいなこと言わないでよ。この服キツイんだよね」
戦闘用宇宙服は銃弾やエネルギー弾を防護する性能を有し、その名の通り宇宙活動も可能だ。
しかし、身体にフィットしているせいか締め付けられ、特に胸元がキツく感じていた。
「……そうかしら」
そう言って自分の胸を見つめるサーシャ。
アヤも視線を隣の部下の胸元に向ける。
「そんな大きいのにキツくないって言うの?」
サーシャの二つの膨らみは宇宙服の上からでもハッキリと分かるほど大きく柔らかそうだ。
事実、ステーションで一位である。
「きつくありません。例えきつくても人前で肌は見せません」
「シャワー浴びる時は見せるじゃん」
「そ、それとこれとは別です」
少し顔を赤らめたサーシャはそっぽを向いてしまった。
「ごめんごめん。もうからかわないから許して。ね?」
アヤは両手を合わせて謝罪。
「分かりました。これ以上言ったらセクハラで本部に訴えますから」
そう言いながらも、口調は柔らかく笑みを浮かべていた。
「りょうかいしましたー」
なのでアヤも少し戯けた返事を返した。
「そう言えば」
再びサーシャに話しかける。
「何ですか?」
「サーシャって子供いるんでしょう。会えなくて寂しくないの?」
「寂しいですよ。あの子も私に似て寂しがり屋ですからね。今すぐ行って抱きしめてあげたいです」
サーシャはここにいない我が子を抱くように両腕で自らを抱きしめる。
「でも、あの子を守る為に私はここの配属を志願したんです。少しの寂しさくらい何ともありません」
「えっ⁈ ああ、そうなの」
アヤは他に気を取られて返事が遅れる。
両腕で潰れたサーシャの胸に気を取られていた。
見られていた本人は視線には気づいていないようだ。
「ところでアヤこそ、家族に会えなくて寂しくないんですか?」
「んー? 父も母もエリートだからね。むしろしっかり仕事して上に登らないと、雷が落ちてきちゃうよ」
「雷が落ちる?」
ロシア生まれのサーシャには伝わらなかったようだ。
「つまり怒られるって事」
「ああ。そういう意味ですか」
「両親が厳しいからさ。小さい頃から私達苦労したんだ。特に弟は勉強も運動も苦手な子でね」
アヤは天井を見つめながら最愛の弟の姿を思い起こす。
「でもアヤの弟さんはCEFの隊員なんですよね。すごい事じゃないですか」
「うん。すごいけど、努力でそこまで来た分、才能っていうものに嫉妬しちゃう悪い癖があるんだ。それさえ何とかなればねー」
「誰だって良いところもあれば欠点もありますよ……でも一つだけ例外がありました」
「欠点ない人なんているの。物語の登場人物は無しだよ」
「違いますよ」
サーシャは自分を指差して、笑顔でこう宣言した。
「私の可愛い坊やです」
「あっそう。親バカぶり披露してくれてありがとう」
アヤはイスに深く体重を預けたまま、瞼を閉じた。
「ちょっと聞いてくださいよ。本当に可愛いんですから! ほら写真もあります。見てください。父親の悪いところを一つも受け継いでいない……」
サーシャがオーパスを取り出して写真を見せてくるが、アヤは寝たふりでごまかす。
誤魔化しながら、地球で働く弟の事を考えていた。
「日本時間は……ツトムもう起きてるかな?」




