#6 これより仮想空間に入ります
―1―
『三匹目の飛行怪獣が倒されてから一週間が経ちました。
専門家の見解では、マイマイガと酷似しているところから、巨大化した突然変異ではないかと……』
「いっただきま〜す。あむっ……ん〜〜!』
テレビで流れるニュースを右から左へ聞き流しながら、ユウタは朝ご飯のトーストを頬張る。
三匹目の怪獣がCEFによって撃墜されて七日が経過した。
その間、大きな事件もなくユウタは変身せずに平和な高校生活を送っていた。
『今日の天気です。午前中は曇りですが、夜にかけて雲も晴れ、素晴らしい満月を見ることができるでしょう』
テレビでは女性気象予報士が希望市の天気を説明している。
「今日はいつにも増して嬉しそうね」
アンヌが湯気が立ったマグカップを持ってユウタの対面に座る。
香ばしい香りが鼻に届く。どうやらコーヒーのようだ。
「えっ、そんな事ないよ。いつも通りだよ」
ユウタは朝ご飯を食べながら返事するが、その顔は緩みっぱなしのままオレンジジュースを飲んでいく。
アンヌは一口飲んでから、話しかけてくる。
「今日はデートだもんね。嬉しいのは当たり前か」
「ングゥ!」
思わず吹き出しそうになって耐えることに成功したが、勢いよく飲み込んだせいで噎せてしまう。
「あらあら大丈夫?」
立ち上がったアンヌに背中を撫でてもらって、何とか落ち着くことができた。
「ケホケホ、ヒー、フー。大丈夫大丈夫。もう変な事言わないでよね」
「ごめんなさい。でも今日デートなんでしょ。フワリちゃんと」
アンヌは質問してきたが、その口調にクエスチョンマークは入っていなかった。
「違うよ。一緒に遊ぶだけだよ。デートじゃないよ……多分」
最後の言葉は消え入りそうで、アンヌには届かなかったようだ。
アンヌは頬杖をつきながら、そんな恥ずかしそうな息子に柔らかな笑顔を向けていた。
―2―
「ごちそうさまでしたー」
「はい。お粗末さま」
エプロンを掛けたアンヌに食器を片付けてもらう間、ユウタはお腹を撫でていた。
「ほら、そろそろフワリちゃん来るんじゃない? ボーとしてていいのかしら」
「んん?」
満腹の幸福感を噛み締めながら、時計を見ようと頭を上げると……。
軽やかなチャイムが来訪者を告げた。
「ワッ!」
ユウタは立ち上がろうとするも、食べ過ぎて反応が遅れる。
「ほら油断してるから……もう、出るわよ。準備してなさい」
アンヌは『仕方ないなぁ』といった様子で、エプロンで手を拭いてからインターホンに出た。
「はーい。おはようフワリちゃん……ユウタ? 今そっちに行くからね」
フワリと会話しながら、アンヌは手で『早く行きなさい』と指示を出す。
時間稼ぎしてもらっている間に、ユウタは赤チェックのネルシャツを着てボタンをキッチリ閉じる。
「いってきまーす」
愛用のリュックを背負って玄関へ。
「フワリちゃん。今ユウタそっち行くから待ってて」
ユウタが玄関で靴を履いていると、アンヌがホシニャンに話しかけているのが聞こえた。
「ホシニャン。今日はユウタ、フワリちゃんとデートで一日いないんだって。だから私達は私達でいっぱい美味しいもの食べましょうね。
……チーズケーキでも買って食べようかしら」
美味しいものと聞いたホシニャンが嬉しそうに鳴くのを聞きながら、ユウタは扉を開ける。
「フワリ姉。お待たせ……」
玄関の隙間から見えた今日のフワリの髪型に目を奪われてしまう。
「おはよう。ユーくん」
柔らかな朝の挨拶をしてきたフワリは、白のベレー帽を斜めにかぶり、ショートボブの桃色の髪はツインテールのお団子ヘア。
「おはよう」
扉を開いて廊下に出ると、彼女の今日の格好が見えてきた。
白のシャツの上にデニムの長袖ジャケット、黒のふんわりとしたスカートは膝丈で、白のソックスにピンクのスニーカーを履いている。
「エヘヘ。今日のために新調したの。似合うかな?」
視線に気づいたのか、フワリが首を傾けながら聞いてきた。
ユウタは間髪入れずに何度も頷く。
「うん。うん。すごく似合ってるよ!」
(まるで暖かな陽気に誘われて地上に降りてきた春の天使みたい)
流石に心の中で思ったことは、恥ずかしくて言えなかった。
「えへへ。ありがとう」
でもフワリには、ちゃんと気持ちが伝わったようだ。
そんな彼女がユウタに向けて真剣な視線を上下に送ってくる。
「な、何?」
「うん。ユーくんの格好も似合ってるよ。可愛い!」
何故かフワリに抱きしめられてしまった。
「うわ、わ、わ」
驚くユウタと違って、フワリはとても楽しそう。
「ふふふ。可愛いユーくん。ぎゅう〜〜」
女性の持つ一番柔らかな部位の感触を顔いっぱいに感じて、苦しくも幸せなユウタであった。
―3―
「あっ、ユーくん。もう着くよ」
「じゃあ、ボタン押すね」
バスで移動した二人は目的の停留所が近づき、降りる事を知らせるボタンを押す。
バスの人工知能が、殆ど揺れる事なく車体を停止させた。
二人が降りるとゆっくりとバスは遠ざかっていった。
そんな事に全く気づかず、ユウタもフワリも目的地の建物を見上げていた。
「「ふわぁ〜〜」」
二人で感嘆の声を漏らす。
「フワリ始めて来たけど、おっきいねぇ」
「僕もあるのは知ってたけど、実際来てみるとすごい大きいね」
やって来たのは希望市内で、大きな規模を誇るショッピングモール『ボナモール』だ。
地上十階で真下には地下鉄もあるため、駐車場が小さくても利便性は高い。
モール内中央は吹き抜けになっていて、天井はガラス張りになっている。
適切に調節された太陽光を店内に取り込むことで、昼間は最低限の照明のみで、晴れた夜に見上げたならば、満点の星空や月を望むことができる。
それだけでなく、モール内にはショップはもちろん、ファストフードやレストラン。
映画館やアミューズメント施設もあり、とても一日では回りきれないほどで、訪れる人々を幸せに導いていた。
「先にチケット取ってくる」
ユウタは今日の為に調べておいた行きたいところのチケットを取りに駆け出す。
「分かった。フワリここで待ってるね」
チケットカウンターで料金を払い、購入したチケットをインストールしようと、オーパスを取り出す。
一瞬、サヤトの事が頭をよぎったが、今日を楽しむ為に直ぐに頭から追い出した。
―4―
「あっ戻ってきた。チケット取れた」
「……うん」
ユウタは少し浮かない顔で、自分のオーパスをフワリの方へ。
「なんか暗い顔してるけど、何かあった?」
チケットをフワリのオーパスに移動させている間、そんな事を聞かれた。
「あのね。取れたには取れたんだけど、遊べるの今から一時間後になるみたいなんだよね」
開店と同時に行けば大丈夫だろうと油断していたら、すでに人は並んでいたのだ。
これなら事前に予約しておけばよかったと後悔するユウタ。
「そんな暗い顔しない。たった一時間でしょ。それだったら他の所で時間潰せばいいじゃん」
フワリは自分のオーパスで、ボナモールのホログラムマップを表示して見せてくる。
「でね。待ってる間、どんなお店があるのか探してたら、こんなところ見つけちゃった。行ってみない?」
ユウタは了承し、そのカフェへ向かう事にした。
―5―
「かっ、可愛いーー」
フワリは両頬に手を添えて、自分の膝の上で見上げてくる存在と視線を交差させていた。
「ユーくんユーくん。見て見て。猫ちゃん乗ってきたよ」
ここはボナモール内にある猫カフェである。
まだ開店直後だからか、お客さんの姿は無く、まるで貸切状態。
そのせいか、入った直後からフワリのテンションがみるみる高まっていくのが分かった。
そしてテーブルについて飲み物を頼んだ途端に、お店の猫が歓迎の挨拶をしてきたのだ。
「どうしよう。目が合ってるよ。えっとこんにちは白猫ちゃん」
白猫は、フワリの挨拶に反応するように鳴くと、そのまま膝の上で丸くなる。
「わっ、フワリの膝の上でまん丸になっちゃったよ。撫でていいのかな?」
近くにいた店員に確認をとってから、フワリは白猫の背中を撫でる。
「毛並み柔らかくてあったかい……はぁ〜。ずっと撫でてたいなぁ」
撫でられている猫も気持ち良さそうに尻尾を振り、ヒゲが脱力するように垂れている。
溜息をつくフワリの顔は今にも蕩けそうだ。
すると信じられない事が起きた。
「あ、また猫ちゃん達来てくれた。しかも、すごいいっぱい」
三毛や虎模様など様々な猫達がフワリの元へ集まってくる。
集まった猫達をみて、腿の上で丸くなっていた白猫が起き上がり耳を後ろに向けて、威嚇の声を上げた。
それを聞いた他の猫達も一斉に低い声を出す。
店内のBGMが低い唸り声でかき消されてしまうほどだった。
その光景に呆気にとられていると、フワリが唸り声にも負けない声量で口を開いた。
「喧嘩は駄目!」
その声に集まっていた猫達が一斉にフワリの方を見上げ、目をパチクリさせる。
フワリはそんな猫達に言い聞かせるように言葉を紡いでいく。
「みんな仲良く。フワリは、白猫ちゃんも三毛ちゃんも虎ちゃんも、みんな大好きなの。ほらおいで」
フワリが両手を広げると、喧嘩していた猫達の険悪な雰囲気もどこかは消え去り、一斉に彼女に飛び込んでいくではないか。
「きゃー。もう、くすぐったいよー」
抱きついた猫達は、愛情表現のつもりだろうか、フワリのほっぺに代わる代わるスリスリを繰り返していた。
フワリもそんな猫達にお返しするように頭や背中を撫でてあげている。
ユウタはそんな幸せそうなフワリを一瞬も逃すまいと、無意識のうちにオーパスのカメラを向けてシャッターを切るのだった。
―6―
ちょっとした時間潰しのつもりが、猫と戯れる内に一時間はあっという間に過ぎてしまった。
名残惜しかったのか、猫達はフワリの姿が見えなくなるまでお見送りしてくれた。
猫カフェを出た二人は当初の目的地へ足を運ぶ。
そこは国内有数の体験型アトラクション施設だ。
つい先日完成したばかりで、ニュースでも取り上げられるほど、連日大盛況らしい。
フワリにボナモールに誘われた時、色々調べてここを見つけ、是非行って見たいと思ったのだ。
チケットを見せて中に入ったユウタとフワリが案内された部屋にはマッサージチェアのような黒く重厚な椅子が二つある。
それ以外には特に見当たらない。
事前に調べてきたユウタと違い、不思議そうなフワリに座るように促す。
「ほらフワリ姉。この椅子に座って」
問題ない事を示す為に率先して座ると、 フワリも椅子に座り込む。
すると……、
「ひゃっ」
フワリの口からそんな声が飛び出た。
「ユーくん。なんか椅子が動いてない?」
「うん。座った人の体格に合わせて動いてるんだ。これで長時間座っていても疲れにくくなるらしいよ」
「へえ。ん……でもこれ、ちょっとくすぐったいね。ふぁっ」
「そ、そうだね」
椅子が動く度にフワリから少し色っぽい声が聞こえてきて、ユウタの心臓の鼓動が早まり、耳が赤くなってくる。
椅子が身体にフィットすると次はヘッドレストから、ヘルメットのようなものがゆっくりと現れ、頭に装着される。
視界が真っ暗になった二人の耳に、機械の音声が聞こえてきた。
『これより仮想空間に入ります』
その言葉が言い終わった直後、二人は真っ暗な空間に立っていた。
「あれ? あれー?」
フワリが素っ頓狂な声を上げながら自分の身体を見下ろす。
「フワリ達、椅子に座ってなかったっけ?」
「ここはバーチャル世界だよ。今の僕達の身体は椅子に座っている僕達をモデルにしたアバター、つまり分身みたいなものかな」
「へぇ〜じゃあここはゲームの世界なんだね。それにしても……」
フワリはユウタに抱きついてきた。
「わっ、フワリ姉。いきなりどうしたの⁈」
「すごい。ゲームの世界なのに、ユーくんの温かさとか柔らかさを感じるよ」
「そりゃ、VRゲームだから当たり前だってば」
フワリがユウタを感じるように、ユウタも又フワリの体温や感触を感じてしまっていた。
「ほらフワリ姉。くっついてたら遊べないよ」
「ごめんごめん」
やっとフワリが離れてくれた。
「それで、どうやってゲームするの。見たところ暗闇だけど」
「あれ見て」
ユウタが指差したところには無数のドアが浮かび上がっていた。
フワリが抱きついている間に出現していたのだ。
「このドアからゲームの世界に入れるんだね。どんなのがあるのかなー?」
フワリが近づいたのは、潜水艦にありそうな丸いハンドルのついたドアだ。
人の接近を感知して説明文が浮かび上がる。フワリは声に出して読んでいく。
「何々……有名な軍艦の魂を受け継ぎし戦士になって平和を守ろう『軍艦船隊シズマナイザー』だって。これってユーくんの好きそうなヒーローものだね。これにするの?」
ユウタはもちろん観た事あるし好きだが『ヒーロー』という言葉を聞いて、つい顔をしかめてしまう。
それをフワリに知られないように顔を伏せて返事する。
「今日は違うので遊ぶんだ。えっとコレだよ」
様々なドアがある中、木材で作られ要所要所を金属で補強された両開きの扉の前へ。
「ここに入るよフワリ姉」
両手で扉を押し開き、二人は中へ入った。
―7―
『ドラゴンアドベンチャー』
遥か昔、世界征服を狙う悪の竜がいた。
世界が闇に覆われそうになった時、一人の勇者が立ち上がる。
勇者は仲間達と共にダンジョンの最奥で竜と対峙し、勝利を収めた。
それから千年の時が流れ、勇者は伝説の存在となり、残されたダンジョンには今日もまた財宝求めて冒険者達が足を踏み入れる。
そんなファンタジーゲームだ。
フワリはドワーフ族の戦士に、ユウタはエルフの魔法使いとなってダンジョンを攻略していた。
「ユーくん。あれが大広間の扉?」
「うん。マップだとそうなってる。敵がいないか調べてみるよ。『サーチアイ』」
ユウタは索敵魔法を使って室内を透視。
「モンスターいる?」
「うん。二十匹はいそう。それと奥の玉座に座ってるやつもいる。そいつが……」
「このダンジョンのボスだね」
フワリの言葉に頷く。
「じゃあ、フワリが先頭で行くから、ユーくん援護よろしく!」
フワリは返事を待たずに走り出すと、大広間に通ずる廊下を抜けて破壊するように勢いよく扉を開けた。
中にいたモンスター達が、一斉に扉の方を振り向く。
肌は黒く、頭の横から突き出た耳にペリカンの嘴みたいな鼻。
小さな顔に不釣り合いなほど、大きな二つの眼球は飛び出しそうなほどだ。
ろくに手入れしていないのか、くすんだ王冠や宝石を身に纏いガニ股で立っている。
ヒューマンほどの大きさしかないモンスター、ゴブリンだ。
フワリは敵が反撃の準備を整える前に、持っている斧を振り上げ、一匹のゴブリンの頭に振り下ろす。
フワリの一撃がゴブリンの脳天にヒットし、ライフが一瞬にして溶けたモンスターの身体が、光に変わった。
ドワーフである彼女は重い鎧を軽々着こなすだけでなく、両手に持つ武器も人間離れしている。
先端から柄頭迄の長さは二メートル、片刃の斧とハンマーを合わせた大きさはフワリの頭よりも大きい。
そんな巨大な得物を振り回しながら近づいて、ゴブリン達を左右の壁に吹き飛ばしていく。
扉の前で見守っていたユウタが、何かしようと動く前に、玉座の間に居座っていたゴブリン達は全滅していた。
残っているのは、玉座に座っているモンスターのみ。
部下達が倒されるまで座っていたボスが、気怠そうに立ち上がった。
何処ぞの国の王様みたいな格好をしているが、皮膚は緑の鱗に覆われ、黄色い二つの眼球がフワリとユウタに向けられる。
ゲームのキャラクターとはいえ、その目つきは自分の縄張りを荒らされたことで怒りに染まっているように見えた。
ボス『ドラゴニックロード』が傍に置いてある武器を両手で持ち上げる。
右手には金の長剣、左手には銀色の盾。
どちらも宝石が散りばめられ、戦闘用というよりも、自らの威厳を示す為のようだ。
フワリは走り出すと、ドラゴニックロードと肉薄。
「てぇぇい!」
可愛らしくも力のこもった声を上げながら、大きな斧を振り回す。
分厚い斧の刃がボスにヒットする前に、盾で防がれてしまった。
軟らかそうな見た目に反し、銀色の盾はしっかりと斧を受け止めている。
初撃を弾かれたフワリは、体制を立て直しすと、次にハンマーを振り下ろす。
だがドラゴニックロードに避けられてしまい、代わりに玉座が粉微塵に砕け散った。
ボスの反撃の刃が、兜を被った頭に当たる。
金属音と火花が散って、フワリはよろけながら斧を振るう。
それは避けられてしまったが、ドラゴニックロードの追撃を防ぐ事には成功した。
「フワリ姉、回復するよ」
ユウタは捻れた木の杖をフワリに向け回復魔法を唱える。
減ったフワリのライフが回復。
ドラゴニックロードの黄色い眼球がユウタを睨みつける。
「あっ、やばい」
魔法使いに狙いをつけたようだ。
ユウタが距離を置こうとしても、ドラゴニックロードは大股に歩いて距離を詰めてくる。
「そっちには行かせない」
フワリが後ろから斧を振り下ろすも、ボスは見もせずに銀色の盾で防ぎ、そのまま盾で殴ってフワリを吹き飛ばす。
吹き飛ばされたフワリが壁に背中から激突し、ライブバーが半分まで減ってしまった。
ユウタは背中を見せているドラゴニックロードに向けて、唯一の攻撃魔法を唱えた。
「『ニードル』」
魔力で作られた針が、ボスの背中に刺さり、ライフが僅かに減った。
ドラゴニックロードが振り向き、長剣を振りかぶって向かってくる。
ユウタの防御力はゼロに等しい。一撃くらっただけで、ゲームオーバーだろう。
だがそれでも、囮になる必要があった。
ドラゴニックロードの体に後ろから飛んできた鎖が巻きつく。
驚いたように自分の体を見るボス。
それをやったのは勿論フワリだ。
斧の柄に仕込まれていた鎖を射出したのだ。
両手を拘束されたドラゴニックロードは鎖を引きちぎろうともがく。
「たぁぁぁぁっ!」
フワリは鎖がちぎれる前にハンマー投げのように全身を回転させる。
鎖が巻きついたドラゴニックロードも一緒に回転し、まるで狂ったメリーゴーランドに乗っているようだ。
「ユーくんをいじめちゃ駄目!」
まるでいじめっ子に諭すような言葉を投げかけて、ドラゴニックロードを壁に叩きつけた。
現実でそんな事をしたら大問題だが、これはゲームなので問題なし。
銀色の盾が左手から離れ遠く宙を舞う。
ボスのライフが見る見る三分の一まで減少した。
そこでドラゴニックロードが鎖を引きちぎって自由の身になった。
ドワーフの戦士に狙いをつけたようだ。
フワリも逃げずに真っ向から立ち向かう。
投げられた時に盾を失ったボスは、両手で金の長剣を構える。
フワリとドラゴニックロードが斧と剣を交える。
鳴り響く甲高い金属音、刃と刃がぶつかるたびに飛び散る金属音。
時々攻撃のヒットエフェクトが出て、フワリとドラゴニックロードのライフが少なくなっていく。
何度も刃を交えるうちに、ドラゴニックロードのライフの方が少なくなってくる。
ユウタが各種補助魔法でフワリを支えているからだ。
攻撃力や防御力をアップさせ、危なくなったらすぐ回復魔法。
手が空いた時には攻撃魔法ニードルをチクチクボスに当てていく。
そんな攻防についに耐えきれなくなったのはボスの方であった。
力なく崩れ落ち、片膝をついた。
トドメとばかりに、フワリが両手でハンマーを振り下ろし、脳天に直撃させる。
ライフがゼロになったボスは大の字に倒れ、光の粒子となって消え果てた。
こうして二人の冒険者はダンジョンに巣食うボスを倒し、一生かかっても使いきれない財宝を手に入れて幸せに暮らしたのでした。
―7―
『緊急事態発生、緊急事態発生! イツモワルイ団の首領『ナニガワルイ』が護送中に逃走。仲間を引き連れハイウェイを使って逃走中。
直ちに追跡し障害を排除しながらナニガワルイを捕まえてください』
女性オペレーターの声が車内にこだまする。
「フワリ姉。行くよ」
「オッケー。ユーくん」
制服警官姿のユウタは車のエンジンを始動させてアクセルペダルを踏む。
二人の乗る最新捜査車両『サンシャインライダー』が警察署のガレージから発進。
一瞬画面がホワイトアウトして回復すると、そこは沢山の車が走るハイウェイだった。
一般車両を避けながら走っていると、前方に火の手が上がっている。
何台もの車両が横転したり、ひっくり返って炎上していた。
そこを抜けると、黒塗りの車の一団が道を塞ぐように走っている。
走る黒塗りの車上部にエネミーと表示された。
「フワリ姉。敵だよ」
「分かった」
フワリの両手から光が溢れ、ある形を作り出す。
それは軍隊で使われるようなアサルトライフル。
フワリは窓を開けて顔を出すと、エネミーと表示された車に向かって引き金を引いた。
閃光が炸裂し心地よいリズムの銃声と共に、金色の弾丸がセダンに吸い込まれていく。
車体に火花が散ったところに穴が空き爆発。
フワリはトリガーを引きっぱなしで次の車も破壊。
そこでカチンと乾いた音。
「あれ撃てなくなっちゃった。なんかリロード? って出てるけどこれ何?」
敵が銃撃してきた。サンシャインライダーのアーマーが少しずつ減っていく。
ユウタはハンドルを操って敵の銃弾を避けながら、フワリに助言する。
「リロード、リロードして!」
「えっリロードって?」
「弾切れ、その下にあるバナナみたいなマガジン交換して」
やっと理解したフワリは湾曲したマガジンを取り外す。
すると、古いマガジンが消え弾が満載の新しいマガジンに変わった。
「それを銃本体に差し込んで」
ハンドルを使って敵の攻撃を回避しながらユウタはアドバイスを送る。
言われた通りにした事でリロードが上手くいったようだ。
すぐさまフワリは銃撃を再開し、敵の車を次々と穴だらけにしていった。
後ろから複数の一つ目のような光が迫り、あっという間に追い抜いていく。
お揃いの黒いオフロードバイクだ。セダンと違って小回りが利いてすばしっこく、手に持った銃で攻撃してきた。
「ユーくん。バイクが周り囲んでる」
「撃って撃って」
フワリはアサルトライフルを連射するが、的が小さいせいか、中々成果が上がらない。
「武器をチェンジしよう。ショットガンっていうのがあるでしょ? それに触れて」
「これかな?」
フワリが持っていたアサルトライフルが光と変わり、新たに細長い二つの筒を上下にくっつけたような銃が現れた。
「ショットガン持ったよ」
「じゃあ僕が敵のバイクに近づけるから、合図したら撃って」
フワリがショットガンを構え身を乗り出す。
ユウタは近くのバイクに出来る限り近づき、合図を送る。
「今だ。撃って!」
フワリが右の人差し指でトリガーを引いた。
一度の射撃で、九つの弾丸が扇状に広がり、バイクに命中。
バイクは縦回転しながら爆発炎上。
赤い空薬莢が椅子に落ちて光になる。
「やった。この調子でどんどんいこう」
「うん!」
同じ方法で、ちょこまかと動くバイクを、全てショットガンで吹き飛ばしてやった。
バイク軍団が消え、次に現れたのは一台のバスだ。
片側五車線の道路の真ん中を堂々と走っている。
「ユーくん。敵かな」
「多分。油断しないでフワリ姉、それと銃をさっき使ってたアサルトライフルに変えたほうがいいかも」
ショットガンは近距離向きだが、近づく分こちらもダメージを受ける可能性が高い。
それなら近距離も中距離も使えるアサルトライフルの方が不意の攻撃も対処しやすいと判断したのだ。
銃を交換した直後、バスに動きがあった。
側面と後ろの窓が中から破られ、金属の蛇が現れた。
蛇行しながら窓を突き破ったソレの頭は、複数の銃身がまるでレンコンのように束ねられていた。
ガトリングガンだ。
レンコンがユウタ達の方に向けられ、一斉に回転していく。
「ヤバっ!」
ユウタは急ハンドルを切った。
「きゃっ」
フワリがバランスを崩し、ユウタの頭にぶつかってしまう。
「ユーくん! 大丈夫」
「うん。何ともないよ」
ユウタは二つのエアバッグのお陰で全くの無傷、むしろ嬉しいハプニングといえよう。
先程までサンシャインライダーがいた路面が、耕されるように抉られていく。
バスから現れたガトリングガンが一斉に火を吹いたせいだ。
中ボス『ガトリングバス』は乱射しながら、サンシャインライダーの行く手を阻む。
フワリはアサルトライフルで攻撃するが、中ボスの厚い装甲に阻まれてしまう。
「攻撃が効かない。さっきのバイク倒した銃は使えるかな」
「無理だよ。敵の銃撃が激しすぎて近づけない!」
ガトリングバスの銃撃がまるでチェーンソーのように周りの車を切り裂いていく。
「きゃあっ。ユーくんどうしよう?」
間近を弾丸が通り過ぎ、思わずといった様子でフワリが自分の頭を抱えた。
「えっと、えっと……そうだ武器をチェンジしよう」
ユウタは避けながら考えたアイデアを口に出す。
「でもショットガンじゃ駄目なんじゃなかったっけ」
「もう一個あったじゃん。ロケットランチャーが」
「ああっ。最初ユーくんが扱いが難しいって言ってた武器だね」
「ソレならあのボスを倒せるかもしれない」
「分かった。じゃあ武器チェンジするね」
フワリは新しい武器を召喚。
全長一メートル程の太く長い筒に、照準するためのスコープや両手で構えるためのグリップが付いている。
「フワリ姉。弾は一発だけだよ。外したらゲームオーバーだからね」
「任せて」
頷くフワリは緊張しているのか険しい表情のまま、上半身を車外に出す。
ガトリングバスの激しい射撃を回避するたびに二人の乗る車が激しく左右に動く。
その度に視界が左右に振られるせいで、うまく狙いをつけられないのか、フワリは中々撃たない。
ジッとスコープを覗いて、何かを観察していたようだった。
ボスが攻撃を止めたのも束の間、すぐに射撃を再開し、サンシャインライダー周辺を穴だらけにしていく。
「フワリ、分かったかも」
ユウタが死に物狂いで避けていると助手席からそんな声が、
「何が分かったの?」
「説明は後。ユーくん。この攻撃頑張って凌いで。お願い!」
「分かった」
ユウタはハンドルが取れるくらい激しく動かし、車体を蛇行させる。
だが全ては避けきれず、ボスの放つ弾丸がサンシャインライダーのボディを削っていく。
ガトリングバスの一斉射撃が終わった。
「ユーくん。ハンドルそのままにして!」
フワリはそう指示を出すと、間髪入れずに肩に担いだロケットランチャーのトリガーを引く。
放たれたロケット弾が白い尾を伸ばしながら、ガトリングバスの後部に着弾。
オレンジ色の爆炎が巻き起こり、ガトリングガンが千切れた手足のように散らばり、車体後部の三分の一が吹っ飛んだ。
バスは跳ね橋のように後輪を浮かせると、フロントバンパーを路面に強打しフロントウィンドウが粉々に砕け散る。
勢いそのまま道路を滑り、数十メートル進んだところで止まり、浮かんでいた後輪が路面に接地した。
「「やった!」」
遂にボスを仕留めたフワリとユウタはハイタッチして喜びを分かち合うのだった。
『昨夜脱走したイツモワルイ団の首領ナニガワルイが無事に確保されました。逮捕したのはユウタ特別捜査官とフワリ特別捜査官で二人には後日表彰状が送られる予定です』
ユウタとフワリが悪人を逮捕した功績を讃えられて表彰され、市民から拍手を送られたところで、スタッフロールが流れるのだった。
―8―
ユウタとフワリがゲームを楽しんでいる頃、親指大のソレは誰にも気付かれずに行動していた。
肉眼では見えない細い糸を突き刺し、一週間前からバレないように、時間をかけて建物の素材を解析していたのだ。
ボナモール全体の解析を終わらせたソレは、今まさに行動を起こそうとしている。
そのことに気づいたものは誰一人、CEFやユウタでさえ気づくことは出来なかったのだった。




