第4話 #11 もしかしたら僕も使えるのかもしれない
ハカセはロリポップをくわえ、自作したパソコンとにらめっこしながら、両手を忙しなく動かしてキーボードをリズミカルに叩いていた。
遊んでいるわけでなく、一昨日の赤い怪獣の事を調べているのだ。
攻撃方法やパターンなどの解析は終わっていて、今は一番重要な部分の解析をしている。
ディスプレイに映るのは空に空いた穴。
「怪獣を送り込んでいるゲートだよなぁ。これがどこに繋がっているか分かれば……」
巨大な虫眼鏡みたいな飴を咥えたままディスプレイを鋭く睨みつけるも、何かしら効果が出るわけでもなく、
「駄目だー。これだけじゃあ情報足らねぇ」
取り敢えず分かった事をフリッカとゲンブにメールで報告し、ロリポップを完食。
「アシター。糖分摂取したいから菓子ちょうだい」
「はーい。何がいいですかー?」
「うーんと――んん?」
一息ついて、新たなお菓子に手を伸ばそうとすると、ディスプレイが突然警告を発する。
「この反応……来るな」
ハカセはお菓子に伸ばしかけた手を止め、ゲンブに連絡を取る。
サヤトは本部の白い廊下を早足で進む。
自室にいたところ、緊急事態を知らせる通信が入ったのだ。
司令室へ入ると既に全員揃っていた。
「遅れました」
謝罪するとアツシが反応。
「気にしない。みんな偶然近くにいただけだし。俺もパトロールの報告でここにいただけだから」
ハンゾウも同意するように頷くが、ツトムは無反応だった。
腕を組むゲンブが口を開き、隊員たちは姿勢を正して隊長の方に視線を送る。
「揃ったな。ハカセから希望市上空にエネルギー反応があったと報告があった」
司令室のメインスクリーンに、上空に広がる謎のエネルギーの範囲が視覚情報として表示される。
どうやら徐々にエネルギーの数値が高くなっているようだ。
「ハカセとフリッカの確認で、一昨日と同じ反応という結論が出た。怪獣出現の可能性が高いと判断。出撃準備」
隊員四人は一斉に返事する。
「「了解」」
サヤトが手を挙げる。
「隊長。ユウタ君に連絡してもいいですか?」
「うむ」
許可をもらったサヤトは腕時計でユウタを呼び出す。
「もしもしユウタ君――」
『サヤトさんごめんなさい!……』
いきなり謝られて思考が停止したが、本題を思い出してユウタに警告を告げる。
話の途中で警報が鳴った。エネルギーの数値が高まり、計測不能の数値を示していた。
既にユウタは、怪獣の出現場所へ一人で向かってしまっている。
サヤトの心臓の鼓動が早まる。
「怪獣出現を確認。全員出撃」
ゲンブの号令を受けて、サヤトはスカウトスーツを本来の姿に戻し、狐によく似たマスクを装着した。
この姿になることで、サヤトはリィサとなった。
全速力で格納庫に到着し、レッドイーグルαに乗り込み、垂直の姿勢のままカタパルトにセットされる。
赤いシグナルが三つ点灯。
リィサは垂直のコクピットで上を向いたまま、自分に言い聞かせるように呟く。
「いつでも、どんな時でも冷静に」
心臓の鼓動がゆったりとしたリズムを刻み始めた。
シグナルが青になった直後、レッドイーグルは夜空に打ち上げられた。
『こちらブルーストーク。全機状況報告』
バサルトの声が耳に入ってくる。
真っ先に答えたのはマサシゲだ。
『こちらレッドイーグルβ、問題なしっシュ』
「こちらレッドイーグルα。同じく機体に問題なし」
リィサに続き、イブゥの報告が続く。
『こちらヘビィトータス。今地上の路線と接続しました。射撃可能ポイントに急行します』
バサルトの声が続く。
『現在、街の上空から巨大な鉄塊が落ちてきている。ガーディマンが一人で抑えているが、長くは保たない筈だ。到着次第、我々も攻撃を開始する』
「了解」
肉眼で怪獣を捉えた時、ガーディマンは巨大化し、地に足をついていた。
両手で落ちないように支えているのは、まるで落花生のような黒い金属の塊。
大きくなったガーディマンでも支えきれないのか、膝が震えているのが目に見えて分かった。
「ハカセ。人々の避難状況を教えて」
リィサの質問の答えはすぐに帰ってきた。
『避難状況はほぼ完了。どうやらガーディマンが生放送で呼びかけたみたいだ。今もテレビ中継されてる』
リィサのマスクに小さなモニターが表示された。それはテレビの生放送で、女性リポーターがカメラの前で実況していた。
「ガーディマン。大丈夫? 」
マスクに表示されたガーディマンは変わらないように見えるが、落ちてくる怪獣を支えているせいで全身が小動物のように震えていた。
「そのままじゃ危険よ。早く離れて」
『今落としたら。周りの人々に被害が』
「大丈夫よ。テレビの生放送のおかげで、警報が出る前に避難が始まったの。だからその辺りに人はいないわ」
『分かりました。じゃ、じゃあ!』
ガーディマンが鉄塊を投げ飛ばした。
その光景を上から見ていると、まるで神の視点のようで特撮映画を見ているみたいだった。
けれどこれは現実。見ていてばかりではいけない。
投げ飛ばされ、道路を押しつぶした落花生が蠢く。
まるで、卵から孵る雛が殻を内側から破るように左右に揺れている。
揺れが止まって数秒後、落花生が下から持ち上げられた。
「あれは足?」
持ち上げられたのではなく、落花生の中から黒い足が四本生えたのだ。
ガーディマンに近い方の足は、真っ直ぐ伸びていて、四本の細長い指が見える。
後ろの足は前足より一回り太く、長いからか、膝をついて足の裏を見せていた。
まるで、まるで人間が四つん這いでいるような姿を目の当たりにし、サヤトの背中に冷たい汗が一筋滑り落ちていく。
それを察知したスーツの吸汗速乾機能が働いた。
ガーディマンも奇怪な姿に目を奪われていたのか、落花生の動きに気づくのが遅れた。
怪獣は、鈍重そうな雰囲気からは想像もできない勢いで動き、隙だらけのガーディマンを吹き飛ばした。
背中からビルに突っ込む。引っかかってしまったのか中々抜け出そうとしない。
『レッドイーグルα、β。ガーディマンを援護』
「了解」
バサルトの指示で、リィサの操るレッドイーグルαとマサシゲのβが急降下。
動かないガーディマンに向かう怪獣の背中と思われる部分に狙いをつける。
動いてはいるが、長さ百メートルはありそうな大きな的だ。
外すわけがない。命中すればプラズマが外殻に穴を開け、内部を消滅させる。
リィサはそう思っていた。
射程に入った瞬間トリガーを引いた。
二機の機首から無数のプラズマ弾が発射される。
青い光弾は吸い込まれるように怪獣の背中に命中する。
だがリィサから漏れた声には驚きの感情が含まれていた。
「嘘」
星よりも明るいプラズマ弾が怪獣の背中に命中するも、全て弾かれ周囲の建物や道路や車にその破壊力を最大限に発揮する。
青い光弾によって、無数のビルが穴あきチーズのようになってしまった。
『α、β。こちらで攻撃を仕掛ける』
「了解」
レッドイーグルと場所を入れ替わり、ブルーストークが怪獣の進路を塞ぐような位置に着く。
落花生のような怪獣はブルーストークを機に止める様子はなく、道路に手形を残しながらガーディマンとの距離を詰めている。
『リームレーザー発射』
ドーラの声が聞こえた後、剣の切っ先のような機首から緑の光線が発射される。
リームレーザーは外殻に命中するも、まるで日光が鏡に反射されたかのように弾かれ、怪獣右手側のビルを横薙ぎにした。
一瞬遅れてビルが真っ二つになり、怪獣の背中に落ちた。
それでも止まらず、起き上がろうとしたヒーローを体当たりで吹き飛ばす。
『敵の動きが止まった。砲撃します』
体当たりで動きを止めた怪獣に向けて、ヘビィトータスが砲撃。
放たれた針のような弾体は黒い外殻に命中。
貫通するはずだったが、それも叶わず。
槍のような弾体は縦に回転しながら明後日の方へ飛んで行ってしまった。
『そんな、有り得ないだろ!』
滅多に大声を出さないイブゥが声を張り上げた。
『僕に任せてください』
瓦礫の中から立ち上がったガーディマンのゴーグルが輝いていく。
『これで決める『ガーディビーム』』
十字のゴーグルから放たれた、細いエメラルドの光線が直撃し、黒い怪獣の勢いを止めた。
筈だったが……。
『そんな、止まらないなんて』
ビームを撃ち終えて一歩後ずさる。
ヒーローの放つ必殺光線。これが防がれるなんて頻繁にあることではない。
ガーディビームを受けながらも怪獣の勢いは止まらず、光線を放ったヒーローを三度吹き飛ばす。
受け身も取れずにガーディマンはタワーマンションに突っ込み、そのまま動かなくなる。
リィサのみならず、隊員達の耳にガーディマンの涙声が届く。
『一昨日の怪獣より強すぎるよぉ』
戦いを諦めた気配が漂う声であった。
「一昨日の怪獣より強すぎるよぉ」
閃いたばかりの必勝技が効かず、三回も体当たりされ、つい弱音が出てしまった。
ぶつかったタワーマンションが、恨みを晴らすかのように、顔に向かって崩れ落ちてくる。
身体中が激痛で悲鳴をあげ、大の字になったまま動けない。
『立ちなさい』
「は、はい!」
サヤトの声で全身にスイッチが入った。
視界に迫るマンションの一室が眼に入る。
(あそこなら無傷で済むかも)
ガーディマンの頭があった場所を、崩れたマンションが躊躇いなく押しつぶした。
大量の瓦礫によって白銀の巨人の姿は完全に見えない。
わずかに原型をとどめた部屋の窓から、まるで墓場から死者が蘇るように左手が天に向かって伸びる。
その白銀の左腕は横倒しになった外壁を掴むと、力を込めて埋もれた自らの身体を引き上げる。
もちろん現れたのは映画のような動く死者ではない。
等身大のガーディマンだ。
落ちてくるマンションに潰される直前、小さくなって部屋の中に逃れたのだ。
身体からガラスや家具などの欠片に塗れながら振り向く。
大きな落花生のような黒い怪獣は依然として健在だ。
何処が顔か分からないが、何かを探すように体を左右に振っている。
(もしかして僕の事見失ってる?)
CEFの攻撃は続いているが、外殻に弾かれてばかりで、怪獣も全く気に留めていないようだ。
ガーディマンは左拳を握りしめ飛び上がる。
勢いをつけて上昇しながら身体を巨大化させつつ、硬く握りしめた拳でアッパー。
打ち上げられた黒い怪獣の前足が持ち上がる。
だがそこまで。バイクのウィリーのような格好になったのも束の間、すぐに態勢を立て直し、ガーディマンに向かって体当たりしてきた。
咄嗟に上から押さえつけようとするも、力の強さは歴然で、下から掬い上げられてしまう。
七〇メートルの巨体が宙を舞った。
(落ちたら駄目だ)
宙を舞った状態で、背中のアンチグラビティブースターを起動し、難を逃れる。
下を見ると、怪獣は手当たり次第に暴れ建築物を瓦礫の山に変えていく。
「あいつ。飛べないんだ」
逃れる方法を見つけたとはいえ、それでは勝つことは出来ない。
飛び降りるように勢いよく高度を下げ、怪獣の背中に跨がる。
黒い怪獣は上に乗ったガーディマンを振り落とそうと、まるでバネが付いているかのように、上下左右に動き回る。
「このっ、暴れるな」
まるでロデオのように暴れる怪獣を止めようと、何度も拳を振り下ろすも全く効果はない。
ついに耐えられなくなって、背中から落とされてしまった。
立ち上がろうとするガーディマンに向かって怪獣が突っ込んでくる。
左腕にリームエネルギーを集中させ迎え撃つ。
「『ガーディパンチ』」
緑の光を纏ったストレートが怪獣の外殻を捉え、分厚い鉄板を金槌で叩いたような音が辺りに響き渡る。
ダメージを受けたのはガーディマンの方であった。
殴りつけた瞬間、指から肩にかけて電流のような痺れと痛みが走ったのだ。
怪獣の勢いも止められず、腹部にもろに体当たりをもらってしまう。
倒れこむガーディマンに怪獣が追撃する。
のし掛かり、人の腕に似た前足で何度も踏みつけてきた。
直ぐに両手で顔を守るも、カバーしきれない胸や腹に鈍い痛みが走る。
耐えながら、胸のリームクリスタルから頭に向けてエネルギーを集中させていく。
最大までチャージを終え、防御の構えを解くと怪獣の前足の間を狙って両眼から光線を放つ。
「くっ……『ガーディ、ビィィィムゥ』」
発射された光線は怪獣の巨体を持ち上げた。
黒い怪獣は背中から道路に落ち、その衝撃で地下鉄の駅の天井が崩落し、停車していた無人の電車が巻き込まれた。
怪獣は、道路に背中を埋めたまま、四本の足を駄々をこねる子供のようにバタつかせる。
攻撃のチャンス。だが追撃できない。
ガーディマンは立ち上がるだけで精一杯だ。、
しばらくして落花生の外殻が転がり四本足が地面についた。
怪獣がトドメを刺すべく動く。
前足の二本で虫を殺すようにトラックを潰し、膝を擦らせるように動く後ろ足が路面を削り取る。
黒い鉄塊が迫る中、ガーディマンは動けない。
身体の力が抜けてしまったのだ。
連続で光線を連射し、更に怪獣を払いのける為に今まで一番力を溜めたガーディビームを撃った。
そのせいで身体中が重く、目が眩んだように焦点が定まらない。
眼球の上の方が痛み、瞼を閉じても収まりそうにない。
(ハカセの忠告。また無視しちゃったな)
『敵が向かってくるわ。早く避けて』
リィサの声で鼓膜が振動する。意味も通じている。けれど動けない。
一歩動けば、その時点で倒れてしまう。
今出来ることは向かってくる怪獣を見ることしかできなかった。
腹に強い衝撃を受け、視界が何度も何度も回転し、再びの衝撃が背中を襲う。
刀が砕けるような悲鳴が聞こえた。
それが誰か分からぬまま、視界が真っ暗になる。
気づくとユウタは暗い水の中にいた。
息苦しくはないが光はなく、自分の身体しか見えない。
落ちる落ちる。身体が見えない底へと落ちていく。
「このままじゃ勝てない。けれど僕が出せる技は全部出した。それでも怪獣を止められない」
身体は動かず沈み続ける中、ユウタの頭の中は黒い怪獣をどうやって倒すかを一生懸命考えていた。
「どうすればいいんだろう? こんな時、ヒーロー達はどうしてたっけ?」
テレビや映画のヒーロー達は強大な悪を倒す時、強力無比な必殺技を必ずと言っていいほど用いていた。
それはキックであり剣であり光線であったりと様々な形であった。
ふと頭をよぎるのは父が変身した姿。スティール・オブ・ジャスティス。
「父さんの技、もしかしたら僕も使えるのかもしれない」
脳裏に浮かぶは、最大の光線を放つ父の姿。
「これを使えば、これを使えば倒せるかもしれない。ううん倒すんだ!」
ユウタが顔を上げると同時に意識がガーディマンの中に戻る。
瞼を開けると、黒い落花生のような怪獣は猛牛のように暴れていた。
上空や超遠距離からCEFの攻撃が続いているが、有効打にはなっていないようだ。
ガーディマンは崩れたビルの背もたれから離れて立ち上がる。
それに気づいた怪獣がトドメを刺すためか、今まで以上の勢いで向かってきた。
ガーディマンはその場から動かず体内に残る力を、全てある部位に集中させる。
胸にある長方形のリームクリスタルが強く輝き、そこから血管のようなラインを通って、利き腕である左腕が強く眩く輝いていく。
足を肩幅に開き、両の拳を胸の前で火花が出るほど強く打ち合わせる。
生み出されたのはシャボン玉のように浮かぶ、純度百パーセントのリームエネルギーの球体だ。
球体を両掌で押すと、前方にゆっくりと漂い、ちょうど腕を伸ばしきったくらいの長さで止まる。
ガーディマンは腰の横で両腕に力を溜め、球体を押し出すように勢いよく前に突き出した。
「『ミドラルゥゥゥゥゥビィィィィィィムゥ!!』」
先ほどのシャボン玉のような動きからは想像もできない勢いで極太の光線が発射される。
それは、放ったガーディマンの上半身を覆うほどの大きさであった。
背中のアンチグラビティブースターが起動し、反動を相殺した。
「うああああああああっ!!!」
今まで経験したことのないエネルギーの放出に底知れぬ恐怖を感じ、知らぬ間に口から悲鳴が溢れていた。
ガーディビームと比べ物にならない太く強い光を放つ必勝光線が、走ってくる黒い怪獣を捉えた。
どんな攻撃も意に介さなかった怪獣の動きが、縫い付けられたように瞬時に止まる。
そして落花生のような形の強固な外殻が、まるで紙で作られていたかのように剥がれ飛び、肉眼で見えない程の細かい粒子となって消えていく。
怪獣を中心にエメラルドグリーンのドームが形成された。
翡翠の爆炎に包み込まれたビル、歩道橋、信号、街路樹、車が次々と消滅していく。
一部始終を間近で見ていた福福産業製のOF-60が、戦闘を記録しながら緑の閃光に飲み込まれていった。
『怪獣は倒れたわ。もう光線を止めて。止めなさい!』
「うあああああああ」
リィサの声は届かない。身体中の血液が、まるで掃除機に吸われているような感覚に襲われていたからだ。
自らの意思で止めることが出来なくなっていた。
煌めく宝石のような輝きのエメラルドグリーンのドームは確実に範囲を広め、それは地下鉄の線路をも消滅させ、人々が避難するシェルターにも迫ろうとしていた。
なんとか止めようとして気づいた。手を入れている緑の球体が物凄い勢いで体内のエネルギーを吸い取っていることに。
「うぅぅぅぅ……わああああっ!!」
ガーディマンは残っている腕力を総動員して緑の球体から両手を引き抜く。
同時にフラッシュを焚いたように緑の球体は消滅。放たれていた光線も消え、辺りは闇に包まれた。
怪獣がいたところは、磨かれたように滑らかな翡翠の巨大なクレーターが形成されている。
表面から放たれる緑の光に照らされながら、ガーディマンは小さくなって仰向けに倒れた。
「ガーディマン、ユウタ君返事しなさい!」
レッドイーグルαのモニターからでも変身が解けたユウタが瓦礫の上に倒れているのが分かる。
「隊長。今から救助に向かいます」
高度を下げようとすると、バサルトがそれを制する。
『待て。救助はこちらでする』
「でも、私の方が速く――」
『リィサ。君は機体を破棄する気か?』
落ち着いたバサルトの声に我に帰る。
レッドイーグルには垂直離着陸機能がない。
もしユウタを助けにいくのなら、機体を不時着させることになってしまう。
それは侵略者に対抗できる貴重な戦力を失う事を意味していた。
「……すいません。救助お願いします」
「こちらに任せろ。脅威は沈黙した。全機帰投」
「了解」
『先に基地に戻るっシュ』
レッドイーグルβが基地に向かっていく中、リィサはまだ上空にいた。
せめてユウタが収容されるところを見ておきたいと思ったのだ。
街は停電し、高層ビル群は倒れ、炎と黒煙が立ち上っている。
そんな中、一際強い光を放つのはガーディマンの光線によって作られた巨大なクレーターだ。
出来てから数分経っても、まだ緑の光を放ち続けている。
そこに目を奪われていると、クレーターの中心で動くものがあった。
「隊長。まだ怪獣が生きています」
クレーターの中心で二本足で立ち上がる怪獣。
前足はまるで腕のように伸び、頭らしきものは見当たらない。
一昨日の赤い怪獣にシルエットがよく似ていた。
怪獣は全身を緑色の炎に包まれながらも直立している。
炎に巻かれた右足がゆっくりと一歩を踏み出した。
「攻撃します」
機首を怪獣に向け高度を下げる。
レッドイーグルよりも早く、一発の弾体が怪獣の胴体の正中線の中心を貫く。
体内に突き刺さった弾が炸裂。
怪獣は両手を挙げ、内部から破裂するように爆発し、木っ端微塵に砕け散った。
『こちらヘビィトータス。怪獣を撃破しました』
無線から聞こえてくるイブゥの声。その声に微かに喜びが混じっている事に気づくリィサであった。
「んん……ここは?」
仄かな甘い香りに鼻をくすぐられて目が醒める。
最初に見えたのは、清潔な白い天井と目に優しい照明だった。
「起きたのね」
左から、刀のような鋭さにほんの少しの優しさをふくんだ声が聞こえたので首を動かす。
こちらを見て座るサヤトであった。
「ここはユグドラシルにある医務室よ。気分はどう」
「よく寝た後みたいに、すごいスッキリしてます」
サヤトが微かに微笑む。
「そう。身体の調子はどう? 今点滴打っているけれど」
サヤトの視線を追うと、点滴の袋があった。そこから伸びるチューブがユウタの左肘のあたりに挿入されている。
「問題ありません……怪獣、怪獣はどうなったんですか⁈」
勢いよく起き上がると、リィサが右手で制する。
「点滴が外れてしまうわ。ユウタ君のおかげで怪獣は倒されたわ」
サヤトは怪獣にトドメを刺したのがツトムである事は告げなかった。
「そっか。僕の必勝技で怪獣を倒せたんですね」
屈託のない笑みをサヤトに向ける。
「必勝技? あの光線の事?」
「はい。僕の考えた名称です。必殺技だとなんか違うかなと思って、でもあの技はお父さんの技なんですけどね」
ユウタは自分の考えを褒めて欲しくて矢継ぎ早に詳細を話す。
話し終えると、恥ずかしくなって右手で頰をポリポリと掻く。
「そう。ところで今日はどうする? 今日一日ここで休んでもいいわ。それとも――」
「家に帰りたいです」
ユウタは即答する。
サヤトは少し言葉を詰まらせるように返事する。
「……分かったわ。じゃあ家まで送っていく」
「大丈夫です。バスで帰りますから」
「ユウタ君。今何時か知ってる? もうバスもないわ」
「ええっ! あっ本当だ」
自分のオーパスを見ると時刻は一日の始まりの時間を少し過ぎていた。
「じゃあサヤトさん。お願いします」
「車の用意しておくから。アンヌさんに連絡しておいたら?」
「はい!」
サヤトが戻って来る間にユウタはアンヌに自分の無事を告げるメールを送るのだった。
「ありがとうございます」
家の前まで送ってもらい、助手席から降りる。
ドアを閉める前にサヤトに声を掛けられる。
「ユウタ君。今日はすぐ休むのよ」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
リュックのストラップを掴み、マンションへ走っていくユウタ。
自分に向けられたサヤトの心配そうな眼差しに気づく事はなかった。
「ただいまー」
家に帰り、リビングの扉を開ける。
ユウタが部屋に入る前にアンヌが慌てた様子でテレビを消した。
「お帰り」
少し気になったがテーブルの上にある沢山の食べ物に意識を奪われる。
「これどうしたの?」
「あなたのよ。食べてないんでしょ?」
口で返事する前にお腹が鳴って返事する。
「食べていいの?」
夜は太るとか虫歯になると言われ続け、今まで許されなかった。
もちろんコッソリお菓子を食べた事はあるが、
「いいわよ。今日も頑張ったんだし。今日は許します」
ユウタの表情が太陽のように輝く。
「やったー! ありがとう母さん!」
椅子に座ると、アンヌが炊飯器からご飯をよそってくれた。
「はい」
渡させたのは富士山のように美しく盛られた山盛りの白米。
テーブルには手作りの生姜焼きが出迎えてくれる。
赤茶のタレにつけられた生姜焼きと艶めく白いご飯を見るだけで疲れが吹き飛び、一口食べた途端、
「ん〜〜美味しい!!」
一口目から溢れる幸せは完食するまで続くのだった。
第5話へ続く




