#10 一緒にお風呂入ってもいいって思ってるよ
アンヌが夕飯の支度をしている間、ユウタはコンビニに行くと言って外にいた。
顔の火照りを冷ます為だ。
フワリの入浴を盗み聞きしてしまった事に、罪悪感と共に身体が熱くなってしまったのだ。
コンビニを出ると、太陽が今日の役目を終え夜とバトンタッチしたからか、空気が涼しく感じられ時々吹く風も心地よい。
(もうちょっと涼んで行こう)
今日の事を忘れる為にわざと遠回りして家を目指す。
マンションの各部屋には明かりが灯り、歩道を歩くのはユウタ一人。
皆家に帰ってしまったのだろうか。
夜空の星々に見守られながら誰もいない道路を歩く。
だいぶ身体の火照りも鎮まったので、まっすぐ家に向かう。
マンションの最短ルートを歩いていると、人が集まっているのを発見した。
(何だろ?)
見てみるとテレビの取材のようだ。
肩にカメラを乗せた男性の前に、茶髪のボブカットの女性がマイクを持って立っていた。
「はい。皆さんこんばんは! リポーターのソクホウカイです。今日は好評企画『こんな所に名店が!!』第十弾! 今日は希望市にある……」
どうやら生放送のようだ。人もいっぱいいるので、ユウタは遠回りになるが違う道を選ぶ。
段々と家に近づいて行くたびにある考えが頭をもたげる。
(やっぱり謝らなきゃ駄目だよね)
ポケットからオーパスを取り出して、真っ暗な液晶を見つめる。
指紋でロックを解除し、フワリの番号を呼び出す。
メールよりも電話で直接謝ろうと考えていた。
あと一回タップするとフワリに電話がかかる。
そこで親指が動きを止める。
(謝るって言ってもなんて言えばいいの? お風呂入っている所聞いちゃってごめんとか。いやいや絶対許してくれないよぉ)
「あっ」
考えながら歩いていたせいで、何もない所でつまずく。
「ととと、危なかったー……ああっ!」
つまづいた弾みで液晶をタップしたようで、主人の意思と関係なく、オーパスが電話を掛けている。
途中で切るわけにもいかず、パニックに陥っていると……、
『もしもし』
フワリの声がオーパスから聞こえてきた。
『ユーくん。もしもーし』
「こ、こ、こんばんはフワリ姉」
取り敢えず挨拶を返すが、その後何を話せばいいのか思いつかない。
『こんばんは。ふふっ。どうしたの? そんなに焦っちゃって』
「ううん。何でもないよ。おっと」
そばを通ってきた自電車を避けた。
『おっと?』
「あ、今外にいるんだ」
『そうなんだ。アンヌおばさまに頼まれてお買い物とか?』
「そんなところだよ」
『ふう〜〜ん』
耳元で聞こえるフワリの声が、どこか熱を帯びているように感じられた。
「フワリ姉。もしかしてお風呂に入ってた」
行って後悔。そんな事を言えば、盗み聞きしてしまったのをバラすようなものだった。
『よく分かったね。うんついさっきまで入ってたんだよ。ほら、フワリ長風呂だから』
「……ごめんなさい」
自然と謝罪の言葉が零れ落ちた。
『えっ? 何でユーくん謝るの? 何か悪い事したの』
「ああっ! いやえっと、その、女の人にお風呂入ってたこと聞くなんて、ヘンタイだよね……」
(ああ。これで嫌われちゃったな)
『ふふっ。謝らなくていいよ』
「えっ⁈」
『ユーくんとだったら、一緒にお風呂入ってもいいって思ってるよ』
ユウタは立ち止まって何も言えなくなってしまう。
『なんてね。でもフワリ怒ってないから。じゃあまた明日ね』
「うん。また明日」
フワリとの通話を終え、違う意味で顔が熱くなっていく。
(一緒にお風呂入ってもいいって言ってもらっちゃった)
フワリに頭を洗われて泡だらけになっている場面を想像すると、不意に鼻から何か熱い液体が垂れてくるような感覚を覚えて慌てて妄想を振り払った。
早く帰ろう。オーパスをしまって家に向かおうとすると……またオーパスが振動した。
一度ではなく二度目の振動、どうやらメールではなく誰かが電話をかけてきたようだ。
慌ててポケットから取り出し、相手を確認するとサヤトからであった。
電話してきたということは何か事件が起きたのかもしれない。
(もしかしたらサヤトさんにバレた?)
そんな事はあり得ない事くらい分かっているのに、背中に冷や汗をかきながら電話に出る。
『もしもしユウタく――」
「サヤトさんごめんなさい……じゃなくてもしもし」
『どうかしたの?』
「な、何でもないです。何かありましたか」
『……ええ。希望市上空で正体不明のエネルギーの異常反応を感知したの。
どうやら一昨日怪獣が現れた時と同じパターンみたい』
ユウタは自分のオーパスの液晶を見る。
そこにはサヤトが言っていたエネルギー反応の位置が表示されていた。
「えっこれ、真上!」
『貴方の家の近くの空に強い反応が出てるわ。アンヌさんにはすぐ避難できるように伝えなさい』
ユウタは上を見たまま返事をしない。
「空にヒビが……」
まるで薄氷を踏みつけたように、星の瞬く夜空に亀裂が入っていく。
『ユウタ君聞いてる? 私達もすぐに出動するわ。一緒に――』
「僕の真上で空が割れてます。先に変身して何とかしてみます」
『一人じゃ危険よ。私達が――』
ユウタはサヤトとの通話を途中で切り、コンビニで買ったお菓子が歩道に落ちるのも構わずに、異変の起きている空の真下に向かって駆け出す。
同時にオーパスでアンヌを呼び出した。
『もしもし。どうしたの?』
三コール目でアンヌが出た。
「家の真上の空に異変が! 怪獣が出て来るかもしれないから、
ホシニャンと避難……後フワリ姉にも教えあげて!」
『分かったわ。ユウタは……行くのね」
「うん」
『美味しい夕飯出来てるから早く帰ってくるのよ』
「うん! じゃあまた後で! フワリ姉の事よろしく」
電話を切って走りながら人がいない事を確認し、オーパスを口元へ持っていく。
「『立ち止まるな。一歩踏み出せ』」
駆けるユウタの全身が緑の結晶体と化し、身長も伸びて筋肉が目立つようになる。
一歩踏み出した足にナノメタルスキンが皮膚となり鎧となっていく。
全身がナノメタルスキンに包まれ、背中にはアンチグラビティブースター。
頭部もすっぽりと包まれ、顔にはエメラルドグリーンの十字のゴーグル。
胸部中央には、リームクリスタルとなったオーパスが装着される。
クリスタルから伸びるリームエネルギーが、まるで血管のように全身に広がっていく。
ガーディマンに変身完了したユウタは空に向かう前にある事を思いついた。
「いた!」
お店の前にいるカメラを持った集団に話しかける。
「あの、すいません! ちょっと頼みたい事が――」
「ガ、ガーディマン⁈ ガーディマンです。視聴者の皆さん見えますか。本物です。我々の仕込みじゃないですよ」
カイは、ガーディマンに背を向け、カメラに向かって必死に弁明する。
「あの、話を聞いてください」
「ごめんなさい。それで我々に何の用ですか?」
マイクと共にカメラが向けられる。
カメラの大きなレンズがまるで怪物のようで、少し腰を引きながらも、頼みたい事を伝える。
「アレを見てください」
ガーディマンが空を指差すと、カイ含めスタッフ全員が揃って見上げ、揃って声を上げた。
「空が割れてる……?」
「そうです。一昨日みたいに怪獣が出てくるかもしれません。だからお願いです。これ生放送ですよね?
観ている人に避難を促して欲しいんです」
「分かりました。任せてください」
断られるかと思ったが、カイは一も二もなく頷いた。
反対するスタッフを説き伏せて、カイは空の亀裂をリポートしていく。
「視聴者の皆さん見えているでしょうか? 夜空に亀裂が入っています。
一昨日のように怪獣が出現する可能性があるとの事です。
お近くに住んでいる方はすぐに避難してください!」
「ありがとうございます。えっと……」
「カイ。ソクホウカイです」
「ありがとうございますカイさん。ここは危険です。皆さんも避難してください」
ガーディマンは背中から、まるで妖精の粉を振りまくように緑の粒子を放出して空へ飛んでいく。
「ガーディマンが空へ飛び上がりました。異変の起きた空に向かっていくようです。
私達は出来る限りあのヒーローの活躍を撮影していこうと思います」
カイは警告を聞かず、空を飛んでいくヒーローの活躍を実況する事を選んだようだ。
ガーディマンは自分の背中を撮られていることに気づかずに、夜空を上っていく。
ヒビはある一点を中心に放射状に広がり、大きな円形を作り出していた。
その直径は百メートルはありそうだ。
ガーディマンが到着する前にヒビが入った空が崩壊。現れたのは腐食した虹色の空間だ。
一昨日見たものと同じ。ということは……。
(怪獣が来る)
CEFの超兵器は到着していない。どうやら間に合わなそうだ。
(僕一人でも何とかしてみせる)
そんな事を考えていると、異次元の空間から黒い塊の先端が見えてきた。
空間という銃口から黒い弾頭が覗き、止まる気配なくこちらの世界にやってくる。
全てが出てきたらどれくらいの大きさになるか想像もつかない。
ガーディマンは、灰色の塊の先端に両手を添えて力一杯押し戻そうとするも、百七十センチのヒーローには、どだい無理な話であった。
頑張りも虚しく、異空間から出てくる塊を止められない。
両腕の上腕二頭筋が限界まで張り詰め、段々と痺れてきた。
このままでは黒の塊と一緒に落ち地面にスタンプされてしまうだろう。
「大きすぎる……そうだ! 大きくなれば!」
ガーディマンが全身を輝かせて巨大化。
全長七〇メートルになると同時に、格段に強化された腕力を使い、異空間に押し返そうと力を込める。
しかし、今までの努力を嘲笑うかのような事が起きた。
押さえつけるガーディマンの高度が一気に下がる。
まるで首輪が外れたように黒い塊の落下の勢いが強まったのだ。
両腕にのしかかる重みに耐えきれず、ガーディマンの両足の裏が車道に亀裂を走らせる。
何とかそこで持ちこたえるも、尋常じゃない重さで、膝が笑い出す。
『ガーディマン。大丈夫』
視界に映るのはキツネのマスク。リィサだ。
『そのままじゃ危険よ。早く離れて』
「今落としたら。周りの人々に被害が」
『大丈夫よ。テレビの生放送のおかげで、警報が出る前に避難が始まったの。だからその辺りに人はいないわ』
「分かりました。じゃ、じゃあ!」
ユウタは両腕に残っていた全ての力を使って、抑えていた黒の塊を投げ飛ばす。
投げられた黒い塊は、八車線の道路を隙間なく潰し、土埃の中で動かなくなった。




