#7 なあ α-MENってアメコミ知ってるか
一人残ったユウタは、持っているオーパスのアプリでトレーニングルームのVRモードを起動。
三百六十度動く床の上に乗り、顔をすっぽり覆うヘルメットをかぶる。
ユウタはガーディマンとなっていた。
これによってVR空間の中では体力を消費する事なく、好きなだけガーディマンとして訓練ができるようになった。
(これを作ってくれたハカセには感謝しないとね)
宇宙のような真っ暗な空間に、恒星のような光り輝く物体が微動だにせずに浮遊している。
それは標的であった。
ユウタは左腕にエネルギーを集中させ、手をまっすぐ伸ばしてビームを放つ。
しかし、命中せず、標的の脇を通り過ぎてしまった。
「むぅ〜〜」
唸っても命中率は上がらない。
三回目にして命中するが、動かない標的でこうだ。
次に動く標的を狙うも全く当たらなかった。
昨日の赤い怪獣は、目の前の標的より大きかった。なのにガーディビームを外してしまった。
それが悔しくて練習しに来たのだが、やはりうまくいかない。
どうすれば当たるのかと、色々方法を変えて撃ってみる。
利き腕の左手が駄目だったので、右手で撃つが、余計に標的から離れてしまう。
突拍子もなく足を使って放つが、当たらないどころか、バランスを崩して見事に転倒し頭をぶつけてしまう。
ヘルメットが壊れてないかと、すぐに確かめるが異常は見当たらなかった。
「よかった〜」
胸をなでおろすと、耳にハカセの声が聞こえてくる。
『よおユウタ。面白そうな事してるじゃん。学校の授業でやる新作のダンスでも作ってるのか?』
「違うよ。新しい技の練習……ってハカセどこから見てたの⁉︎」
辺りを見回しても、仮想空間にハカセの姿はない。
『オレさまはそこにはいねえよ。自室から通信してるんだ。ちなみにお前がVRモードを起動した時からずっと見学してる』
『こんにちはー。ユウタさん』
ハカセのアシスタント、アシタも一緒にいるようだ。
「こ、こんにちは」
『新しい技っていうのは、昨日、ビルを木っ端微塵にした、アノ光線技の事か? 』
ケラケラ笑うハカセ。見えないが室内で転げ回っているのが想像できた。
「もう〜ハカセ。ユウタさん困ってますよー」
「おっと悪い悪い。天才のオレさまが悩みを聞いてやるよ。何でも言いな」
「……本当?」
また、からかいたいだけなのではないかと思うと中々言い出しづらい。
『ユウタさん。ハカセはイタズラ好きの困った子ですけど、きっと力になってくれますー』
アシタに促されて、ユウタは口を開いた。
「じゃ、じゃあ――」
『おいユウタ! アシタは信用できて、オレさまは信用できないってのか? アアン!』
威嚇するように吠えるハカセ。
『ハカセ』
窘められるハカセ。まるで親子のようで微笑ましい。
『……分かったよ。全く。よし、ほら早く質問しろ。天才の時間は一分一秒も無駄にはできないんだ』
「えっと、光線を出せるようになったんだけど、うまく当たらないんだよね」
『ちゃんと狙って撃て。シューティングの基本だろ。ハイ終わり』
ユウタの目に大粒の涙が滲んでくる。
『……おい泣くなよ。オレさまが悪かった。悪かったよ。えっと、うまく当たらないんだな? 詳しく教えろ』
ユウタは鼻を啜ってから答える。
「うん。狙ったところに向かって手を向けるんだけど、微妙にずれちゃうんだ」
「ズレるねぇ。まあ目線と腕の位置は違うからズレるのは当然だな。長く訓練すれば次第に当たるようになるけれど」
「そんな時間ないよ。いつ怪獣が現れるのか分からないんだよ!」
「まあそう焦るな。何かヒントになりそうなのは……」
ハカセの声が聞こえなくなり、何かを探しているような音が聞こえてくる。
『うーんと、アシタ。あの漫画どこしまったか分かるか? あの――ってやつ』
物が崩れた音で、タイトルは分からない。
暫くして『あった!』という声が聞こえてきた。
どうやら目的の物が見つかったようだ。
『悪い。待たせた」
紙をめくる音が微かに聞こえる。どうやら、今は珍しい紙の書籍のようだ。
『なあ、α-MENってアメコミ知ってるか』
「知ってるよ。α細胞で特殊な力を手に入れたヒーロー集団だよね」
『そうそう。その中の一人、アイザックってヒーローの必殺技がヒントだ』
「確か両目から強力なビームを放つ……ああ。そういう事か」
「気づいたみたいだな」
「うん。ちょっと試してみるよ!」
ユウタはエネルギーを集中していく。
腕ではなく今度は両目にだ。
「『ガーディビーム』」
十字のゴーグルからエメラルドグリーンの光線が放たれた。
細い光は真っ直ぐ飛び、狙い違わず標的に一発で命中。
「やった!」
『おお。やるじゃんか』
『ユウタさん。すごいですー』
二人に褒められて顔が熱くなってくる。
次に複数の標的を出し眩しい光線を放つ。全て外す事はなかった。
「じゃあ次は動く標的だ」
『おいおい、あんまり張り切り過ぎるなよ』
「大丈夫だよ。ハカセ」
新しく現れた標的が、まるで蚊のように予測不可能な動きを始めた。
それを目で追うユウタは、一際眩しい緑の光線を両目から発射。
「そこだ! 『ガーディビーム』」
ビームは動き回る標的を見事に消滅させた。
『お見事ですー』
アシタの褒める言葉と手を叩くような硬い音が聞こえてきた。
返事したかったが、ちょっと出来ない状態に陥る。
ユウタはヘルメットを外して、眉間を抑える。
すると部屋のスピーカーからハカセが尋ねてくる。
『どうした?』
「いや、ちょっと、目が眩んで」
『言わんこっちゃない。大丈夫かよ』
「うん。大丈夫……でもちょっと休憩しようかな」
一日中オーパスとにらめっこしていた時に感じる苦痛と似たような不快感がユウタを襲っていた。
瞼を閉じても、痛みが治まらない。まるで内側から眼球が飛び出してきそうだ。
段々と気持ちも悪くなってきた。
『ヤバそうだ。アシタ。ちょっと様子見に行ってくれ』
「はいー。只今」
数分後。ユウタは椅子に座って両眼をアイシングしていた。
「はあ〜〜」
熱を持った二つの眼球が冷えていく心地よさにため息が漏れてしまう。
「ご気分は如何ですかー」
「はい。大分落ち着きました」
目を覆っていた冷却マスクを外す。
痛みも鎮まり熱も引いてきた。
「これ。ありがとうございます」
アシタにマスクを返すと、スピーカーからハカセの声。
『調子戻ったみたいだな』
「うん」
『あんま連発するなよ。多分強い光の刺激のせいだろうから。まあ必殺技だから一撃必殺だろうけどな!』
「ハカセの言う通りですー」
「大丈夫です。慣れれば少しは楽になると思いますから。今日はもう遅くなったので帰ります」
ユウタはリュックを背負ってアシタにお辞儀すると、CEF本部を後にした。
『今日早朝、福福産業の人工衛星を搭載したロケットが種子島宇宙センターから打ち上げられ、無事に衛星軌道上に到達しました。この衛星はCEFの……』
頭上に掲げられた街頭ビジョンに、ロケットが天に登っていく映像が流れている。
殆どの人がそれを気にせず歩いていく中に、ユウタの姿もあった。
(新しい技も思いついたし、これでまた強いヒーローに一歩近づいたよね……)
自分が強くなった気持ち以上に、ある違和感がユウタの心に突き刺さっていた。
「必殺技、必殺か」
ユウタが気になるのは必殺技という言葉である。
「必殺、僕は殺す為に使う訳じゃない」
フィクションのヒーロー達は必ずと行っていいほど、必殺技を持っている。
どのヒーローも、相手に殺意を向けて放っているようには思えなかった。
でも、自分がヒーローという存在に近づいてから、違和感を感じるようになった。
「殺すって言葉は使いたくないな」
ユウタは頭を下げて考えながらも歩き続ける。
身体は自然と歩いてくる人を避け、見なくても赤信号に反応し歩みを止める。
止まっている間も考え続けた。
(必ず倒す、必倒? うーん違うなぁ。必ず勝つ……必勝、必勝技! これだ!)
閃くと同時に、まるで褒めてくれたように信号が青に変わった。
「必勝技だ。そうだこれなら殺すって文字も入らないし、ヒーローらしい言葉!」
リュックのストラップを掴みながら走る。
その時、ユウタの鼓膜が微かな異変を捉えた。
遥か上から、何かが堪えきれずに落ちたような音。
とても小さかったが、近くに落ちたような気がする。
信号を渡りきってから周りを見るも、他の人は気づいていないようだ。
けれど、音は断続的に続いている。何か起きていることは間違いない。
巡回中の制服警官二人を見つけた。
(大変な事が起きる前に周辺の人を避難させたほうがいいかも)
そう思って警察官に話しかけようと考えても、恥ずかしがり屋が邪魔して中々話しかけられない。
(もしかしたら、僕の気のせいで恥かくだけかもしれない……けれど!)
人の命を守る為ユウタは二人の警官に話しかける。
「あ、あの!」
「どうしました?」
四十代くらいの中年警官が応えた。
「えっと、その、変な音がするんです……」
ユウタは頰を掻きながら、話していく。
まどろっこしく感じたのか、もう一人の若い警官が口を挟む。
話しかけてから気づいたが、二人は以前ガーディマンの姿の時に会った事があった。
向こうはもちろん気づいていない。
「もっとハッキリ言ってくれないか?」
強く言われた訳ではないが、ユウタの言葉は途切れてしまう。
「あ、ごめんなさい」
「おい。そんな上から物を言うな。言いたい事も言えなくなっちまう。すまんな。もう一度教えてくれないか」
中年警官によって、ユウタは再び話す事ができた。
「あの、さっきから変な音がするんです。上から小さな石が落ちてくるような、そんな音が」
二人の警官が顔を見合わせた。
「石が落ちてくるねぇ。先輩聞こえますか?」
若い警官は帽子を抑えて辺りを見回す。
「いや。私にも聞こえない。すまないが聞き間違いじゃないのかな?」
ユウタは首を左右に振った。
「聞き間違いとかじゃないんです。本当に聞こえて……あっ!」
ユウタの耳がとらえたのは、まるで雨のように複数の小石が落ちてくる音。
今度はハッキリと聞こえた。音がした方に視線を送る。
昨日、赤い怪獣に破壊されたビルであった。
崩れた外壁は修復工事が行われていたが、そこから無数の欠片が落ちてきているのだ。
「あれだ! あのビルが崩れるかもしれません!」
指差して警官二人に教える。
「確かにあのビルは破損しているが、工事が進んでいるんだ。崩れ落ちるなんて……」
若い警官の言葉がスイッチになったように、破片が土埃と共に落ちた。
それは二人の警官にもハッキリと見えたようだ。
中年の警官が若い警官の方に振り向く。
「まずい。本当に崩れるかもしれない。早く付近の人を避難させるぞ」
「は、はい」
「危ないから、君も避難するんだ」
中年警官はそう言って倒壊直前のビルに走り出し、若い警官も後を追っていく。
「僕も行かないと、どこかいい場所」
ユウタは人目のつかないところを発見し、オーパスを取り出す。
路地裏から眩しい光が生まれた直後、白銀の金属生命体が空へ飛び上がった。
ガーディマンが飛び上がると、件のビルの傷ついたところが大きく崩壊した。
車も潰せそうな大きな瓦礫と一緒に、三人の作業員も落ちていく。
背中のアンチグラヴィティブースターを全開にして、まずは作業員から救助する。
悲鳴をあげたり、手足をばたつかせる彼らを抱き抱え近くのビルの屋上に避難させる。
あまりにも速い速度のせいだろうか、作業員達は何が起きたか分からないような顔をしていた。
ガーディマンはもう一度飛翔し、落ちていく大きな瓦礫の方へ。
瓦礫の下には、逃げ遅れたと思われる数人の姿が見える。
(絶対間に合う!)
ガーディマンは落下する瓦礫の下に潜り込み、両手で支える。
瓦礫は路面から四メートル程の高さで止まった。
「皆さん。瓦礫をそこに置きます。場所を開けてください」
瓦礫の真下にいた人達が蜘蛛の子を散らすように離れていく。
幅五メートルありそうな瓦礫を置く場所が充分に開いたので、ゆっくりと道路に置いた。
バランスを崩さないように、慎重に手を離す。
どうやら大丈夫そうだ。
一息つくと、頭上から金属が擦れる音が、
顔を上げると、鉄骨が滑り落ちていた。
H型の鉄骨が真っ直ぐ落ちてくる。
その先には逃げていく複数の人の姿。
しかも気づいてないのか、全く上を見ていない。
瓦礫から助かって安心してるのだろう。
今から飛んでも間に合わなそうだ。
ここで閃いた。
体内のリームエネルギーを両眼に集中。
十字状のゴーグルが輝く。
「『ガーディィビーーム』」
発射された細長い緑の光線が、落ちる鉄骨に命中。
ユウタが顔を上げると、ガーディビームも上に上がっていき、縦に落ちていく鉄骨が一瞬にして消失した。
「ふう。大丈夫ですか? 怪我してませんか?」
ガーディマンは周りの人達に声をかけていく。
「やるじゃねえか。ヒーローさん」
先程の二人の警官が駆けつけた。若い警官が声を掛けてきた。
「あんたのお陰で誰も怪我してないみたいだ。この前は疑って悪かった」
中年の警官から謝罪の言葉をもらう。以前、偽物と疑ったことを謝っているのだろう。
「気にしないでください」
その時、力を使ったからか、ガーディマンのお腹が盛大に鳴り響いた。
「……じゃ、じゃあ僕はこれで失礼します。後の事お願いします!」
恥ずかしさを誤魔化すために急いで飛び上がり、人目のつかないところで変身を解除。
「怪我人出なくて良かった」
空腹を訴えるお腹を宥めながら、帰路につくユウタであった。




