#6 アイツ 全然カッコよくねえな
「おはよう。母さん」
赤い怪獣襲撃の翌日。
高校の制服を着たユウタは、寝ぼけ眼を擦りながらリビングに出た。
キッチンで朝ごはんを作っていたアンヌが、ユウタの方に心配そうな面持ちを向ける。
「おはよう……何だか、すごく眠そうね」
アンヌは火を止めて、ユウタの元へ。
「目も充血してる……体調悪い?」
「違うよ。昨日からすごく眠くて――」
我慢できずに欠伸をしてしまう。
「――多分。昨日変身して巨大化したからだと思うんだ。すごく眠いのと――」
「眠いのと、まだ何かあるのね」
「うん。お腹すいた」
ユウタのお腹が大きな音を立てて空腹を訴える。
「あらあら、健康そうね。じゃあ朝ごはんにしましょう。用意するからホシニャンに朝ごはん用意してあげて」
「はーい」
アンヌがテーブルに出来立ての朝ごはんを置いている間に、ホシニャンのキャットフードを手に持つ。
「ホシニャ〜ン。朝ごはんだよー」
専用の器にキャットフードを注ぐカラカラとした音に反応したのか、もう一人の家族が尻尾を立てて現れた。
同時にユウタの頭の中にテレパシーが流れ込む。
『朝ごはんの音だー!』
「おはよう」
『おっはよう!』
三毛猫ホシニャンは、挨拶もそこそこに一目散に駆け寄ると、器に勢いよく顔を突っ込んでカリカリを頬張る。
「いつも思うけど、ソレって美味しいの?」
『うまうま……うん? うん。とっても美味しいよ。あにぃも食べてみなよ。きっと気にいるよ』
ホシニャンに薦められたキャットフードを見ると、つい生唾を飲み込んでしまう。
(ちょっとだけ、食べてみようかな)
ゆっくりと手を伸ばして一粒掴もうとすると……。
「用意出来たわよ――って何ホシニャンのご飯食べようとしてるの!」
「ワァッ! ごめんなさい!」
曇り空の昨日とは違い、よく晴れた日の午後。
ユウタは学校の屋上にいた。
「ふわぁ〜〜。ねむ」
お昼を食べてお腹は満足したが、中々眠気が取れず、屋上に一人で来ていた。
フワリから『一緒に食べよう』と誘われていたが、眠い自分が一緒にいてもつまらないだろうと考え、一人で食べることにしたのだ。
フェンス越しに見えるのは都市中央にそびえるCEF本部ユグドラシルと、復興していく街並みだ。
昨日怪獣の襲撃で破壊された建築物の修復を担当し、一手に引き受けているのは福福産業だ。
人間の作業員に加え、ヒューマノイドOF-60達が二十四時間作業する事によって、すでに半分ほど工事は完了していた。
欠伸を噛み殺しながら、元どおりに戻っていくビルの姿を見ていると、屋上の扉が開いた。
「おっユウタじゃん」
やってきたのは悪友のソウガだ。
「何してんだよ」
目をこすり、欠伸を我慢しながら答える。
「うん。ちょっと寝てた。ソウガ君は?」
「俺も昼寝」
まるでこの後の授業をサボるような口調でユウタの隣に座る。
相変わらず制服は着崩していて、中のシャツには英字でSharp clawsと書かれていた。
「そういえば昨日どうしたんだよ。はぐれたガキの親探しに行ったまま戻ってこないで。探しに行っても見当たらねえし」
「あっごめん。あの子のお母さん見つけてシェルターに入ったんだけど……ほら人がいっぱいでソウガ君達、見つけらなくて」
ユウタは頭を掻きながら、本当のことを誤魔化す言い訳を口にしていた。
「ふうん。俺はいいけど、フワリが心配してたぞ。せめてメールくらいしとけよ」
今日会った時は、いつもと変わらなかったので昨日の事は全く忘れていた。
「うん。ごめん」
シュンとするユウタを見て、ソウガはそれ以上追求せず、オレンジ色の瞳で復興していく建物を見つめていた。
隣で頭を下げたユウタに話すわけでもなく口を開く。
「昨日の戦い」
ユウタは自分の事と思って顔を上げる。
「怪獣とガーディマンの戦いの事?」
「ああ。アイツ。全然カッコよくねえな」
「えっ?」
「防衛隊……CEFだっけ。アレも不甲斐ないが、あの白銀のヒーロー様は全然戦い方がなってねえよ」
「そんな、必死に頑張ったんだよ!」
自分の事を言われ、つい大きな声を出してしまった。
ユウタの方を見るソウガは目を丸くしている。
慌てて言い繕った。
「……と思うよ。ガーディマンって最近現れたヒーローでしょ? だから、まだ戦いに慣れてないんじゃないかなーって
ほら、どんな強いヒーローでも最初はぎこちない動きするじゃん?」
「お前はヒーロー好きだから庇うんだろうが、あんな動きじゃダメだ。戦いの事を知らない素人丸出しだぜ」
正体が見破られなくて安堵すると同時に、ユウタの中で怒りの導火線に火がつく。
「じゃあソウガ君なら、昨日の怪獣と戦って勝てるの?」
(いくら何でも『勝てる』なんて言えない筈)
帰ってきた答えはユウタの想像と違い、同時に導火線の火も消えてしまう。
ソウガは闘犬のような鋭い犬歯を剥き出しにして笑いながら言う。
「ああ。勝てるぜ」
「ど、どうやって」
「ちょっと見せてやるよ。ほらそこに立って怪獣役やれ」
言われて渋々立つと、ソウガは数歩後退。
「昨日の怪獣は全身から光線を撃っていたな」
「うん。まるでハリネズミみたいにね。だから近づけなかっ――」
「いんや、近づける。光線の隙間を縫えばいいんだ!」
ソウガが動く。
地を蹴り、トビウオのように飛び上がると、宙で一回転してユウタの目の前に着地。
ソウガは両手を使って素早くユウタの全身を突く。
その動きは無数の手が一斉に動くかのように早い。
「反撃の隙を与えずに、全身の目ん玉を潰して」
右手で作った手刀の鋭い切っ先がユウタの目前で止まった。
「遠距離攻撃の手段を潰してから確実にトドメを刺す。な、簡単だろ?」
「う、うん」
自身溢れるソウガの人間離れした動きと迫力に、ユウタは屋上の床に腰を落としてしまう。
「悪い。ビックリさせちまったな。ほら」
ソウガの手を借りてユウタは立ち上がる。
「まあ。こんなもんだよ。もしあのヒーローの正体を知ったら言ってやらないとな『もっと鍛えろ。そんなんじゃダセーぜ』ってな」
ソウガはユウタから視線をそらし、耳のピアスに触れた。
「……今大丈夫だ。屋上にいる……ん? 今から会いたい? 放課後まで待てないのかよ」
独り言を言ってるわけではない。ソウガは体内にオーパスのチップを埋め込んでいる。
ピアスはそれを操作するデバイスとなっていた。
恐らく、そのオーパスに着信があったのだろう。
誰かは分からないが、とても親しそうだ。
「……分かった。じゃあ今から教室に向かうから待ってろ」
ソウガはピアスから手を離した。
「誰?」
「ああ。新しい彼女。昨日シェルター出た直後に告白されてな。
放課後デートする約束してたんだが、なんか我慢できなくなったらしい。ちょっくら行ってくる」
ソウガはユウタに背中を見せ、銀の指輪をはめた手を振りながら屋上を後にした。
「もう新しい恋人さんかぁー。羨ましいな」
ユウタがそう呟くと、下の教室から黄色い悲鳴が聞こえてくるのだった。
放課後、無事に一日の授業も終わり眠気も収まったので、真っ直ぐ家には帰らず、CEF本部ユグドラシルへ足を伸ばした。
いつも通り、怪獣守戦記念博物館を通って関係者以外立ち入り禁止の扉の前へ。
立ち止まり、博士から貰った腕時計を翳す。
ロックが外れた。一度辺りを見回し誰も見ていないことを確認してから、扉をあけて中に入る。
人気のない廊下を歩きエレベーターで地下へ下りる。目指すはトレーニングルームだ。
サッカーのコートと同じくらいの面積のトレーニングルームに入ると、既に三人の先客が思い思いのトレーニングを行っていた。
最初にユウタに気づいたのは浅黒い肌にスキンヘッドがよく似合うアツシだ。
「おっ、ホシゾラ君こんにちは。トレーニングに来たのかい?」
穏やかな笑顔で挨拶してくるが、両手に一つずつ持ったダンベルは見るからに重そうで腕に太い血管が浮き出ていた。
(僕には絶対持てないなぁ)
「ちょっと練習したいことがありまして」
「そうか。自らを鍛えるのはいい事だよ」
「ありがとうございます」
「シュ、シュ、シュ、シュ……」
そんな声の出所を探ると、ハンゾウであった。
開いているのか分かりづらい糸目に、どんな隙間も通り抜けられそうな細い身体をめいいっぱい使って懸垂をしている。
身体つきは細いがウェアから覗く筋肉は鍛え上げられ、弱々しさは感じられない。
ユウタの姿が見えてないように運動を続けていて、とても声を掛けづらい。
そこでアツシのフォローが入る。
「彼は一度鍛え始めるとすごい集中力で周りが見えなくなるんだ」
「はあ」
ユウタが視線を送っても、ハンゾウは気づく様子なく懸垂を続けていた。
二人の奥でランニングマシンを使っていた人物が運動を止める。
「あっ」
ユウタはその人物を認め、小さく声を漏らす。
運動しても崩れる気配のない七三の髪が特徴的なツトムであった。
ズレていないのに、シルバーフレームのメガネを指で直すと、目を細めてユウタの方を見る。
どこか不機嫌そうだ。
「……こ、こんにちは」
乾いた喉でなんとか挨拶するも、ツトムは目を逸らして歩き出し、ユウタのそばを通ってトレーニングルームを出て行ってしまった。
項垂れるユウタにアツシが声を掛ける。
「気にしない気にしない。彼はいつもしかめっ面なんだよ」
「そうっシュ」
いつのまにか筋トレを終えたハンゾウが話に加わる。
「ツトム殿は何か焦っているように見えるっシュ」
「焦っている? 何にですか」
ユウタの質問にハンゾウは首を傾げた。
「それは本人にしか分からないっシュ」
「さてと、カゲガクレ君。そろそろ仕事に戻りますか」
アツシとハンゾウが同時に腕時計を操作すると、一瞬にしてトレーニングウェアからスーツに変化した。
初めて目の当たりにしたユウタは思わず質問してしまう。
「それって、どうなってるんですか?」
「このスーツは『スカウトスーツ』といってね。戦闘用のスーツとしての機能は勿論、色々な服に形を変えることが出来るんだ」
「それも、ハカセが作ったんですか?」
アツシは首を縦に振って肯定した。
「このスーツは宇宙に一着しかないフルオーダーメイドでね。マスクの形状もハカセが考えたんだよ。僕達のイメージを元にしたとか言ってたね」
アツシの口から、スーツが一着、戦車百台分の値段と聞いて面食らう。
ハンゾウが補足した。
「因みに、拙者の星で採掘した金属シンシュクハガネで作られているっシュ」
「シンシュクハガネ。聞いたことない金属……あれ?」
「どうしたっシュ」
「聞き間違いかもしれませんが、ハンゾウさん『拙者の星で』って言いましたか?」
「言ったっシュ」
ハンゾウは真顔で頷いたが、ユウタにとって無視できる一言ではなかった。
「えっ、つまりハンゾウさんは異星人……」
「いかにも拙者は、ニンジャガ星で生まれ育ったシュ」
驚くユウタと裏腹に、アツシは全く動じていないように見える。
「し、知ってたんですか?」
アツシの方を振り向くも、特に動じている様子はない。
「勿論。彼が入隊した初日に聞かされてるよ。因みに、俺もハカセも地球生まれじゃないんだ」
「ハンゾウさんにアツシさん。ハカセも異星人……じゃあCEFのメンバーは全員他の星から? 」
アツシは右手を振って否定。
「いやいや違うよ。隊長、ショウアイさん、ジキョウ君は地球人」
「驚いたっシュか?」
「いえ。そんな事ないですよ。ただ違和感全くなかったんで、知らされてちょっとビックリしただけです 」
「もう拙者も長く地球にいるっシュ。だから地球の生活の方に慣れてしまっているっシュ」
(確かに、ハンゾウさんとか拙者とか使ってるもんね。って今使ってる人いるのかな? 時代劇でしか聞いたことないよ)
アツシが自分の腕時計を見て声を上げる。
「そろそろ行かないと。ショウアイ君がパトロールから戻ってくる時間だ」
「分かったっシュ」
アツシの方を見て返事したハンゾウが、何か思い出したようにユウタの方を振り返る。
「忘れるとこだったっシュ! ユウタ殿。一つ尋ねたいことがあるっシュ」
「何ですか」
「忍者グッズを売っているお店などは知りませんかっシュ」
「忍者、グッズですか……ごめんなさい。ちょっと分からないです」
その言葉を聞いたハンゾウは、明らかに落ち込んだ様子で肩を落とす。
「そうっシュか。残念っシュ」
「ほら仕事に集中だカゲガクレ君。じゃあなホシゾラ君」
「はい。お仕事頑張ってください」
アツシは落ち込むハンゾウを連れて、トレーニングルームを出て行った。




