#5 こんなオイシイ動画撮らないで何撮るっていうんだ
ガーディマンは学校の屋上から飛んで、怪獣の暴れる場所へと近づいていた。
(なるべく下は見ない、見ない。前だけ見る)
高所恐怖症をなんとか抑えながら飛んでいると、CEFの超兵器が怪獣に攻撃を開始する。
ブルーストークのリームレーザーによって怪獣は爆炎に包まれながら倒れた。
(倒した?)
自分の出番はないかなと考えていると、突然怪獣の倒れた地点から無数の赤い光が針山のように現れた。
一瞬にして複数のビルが破壊され、ブルーストークのバリヤーを傷つける。
その内の一本がガーディマンに迫ってくる。
「ぅわっ!」
避けることには成功するも、バランスを崩して落下してしまう。
何とか態勢を立て直し、道路を陥没させながら着地に成功した。
「あの怪獣。まだ生きてる」
立ち上がった怪獣は、全身に無数の黄色い眼球のようなものを剥き出しにして、こちらに歩いてくる。
怪獣の方に意識を奪われていると、突然後方から複数の砲撃音。
上を見上げると細い針のような弾丸が怪獣の方に飛んで全弾命中する。
MK-ビルディングのレールガンによる砲撃だ。
怪獣は足を止めると、前習えするように腰に手を当て両手を前に伸ばす。
まっすぐ伸ばした両手の指先には黄色く輝く眼球がある。
それが赤色に変わろうとしている。
レールガンの砲撃を物ともせず、怪獣は両手の指から破壊光線を放った。
光線はまっすぐMK-ビルディングを貫く。
オレンジ色に赤熱した大きな穴が開き、支えを失って崩れ落ちた。
ガーディマンの方まで土煙が迫ってきたので、守らなくてもいいのに咄嗟に顔を守ってしまう。
土埃が晴れると同時に大きな足音が聞こえてきた。
振り返ると、赤い怪獣がこっちに向かって歩いてくるではないか。
怪獣の身体に緑の線が斜めに走って爆発が起きた。
ブルーストークの攻撃だ。
ガーディマンも戦いに加勢しようとすると……。
歩道に人影を見つけてしまった。
(逃げ遅れたのかもしれない)
走って近づいていくと、二十代くらいの茶葉の男性のようだ。
男性は土埃で咳込みながらも、怪獣を見上げ両手を伸ばしている。
どうやら携帯端末で写真か動画を撮っているようだ。
「何してるんですか。怪獣がこっちに来てるんですよ!」
「ほっといてくれ! こんなオイシイ動画撮らないで何撮るっていうんだ」
男性はガーディマンの方を見ずに答えた。
「美味しい動画? とにかく、早く逃げないと危ないです。シェルターへ行きましょう」
「だからほっといてくれよ。お巡り……あれ?」
男性は振り向いて初めて声を掛けてきたのが、ガーディマンだと知ったようだ。
「うおお! ガーディマン? あんたガーディマんだよな?」
男性の急上昇するテンションに驚きながらも、とりあえず頷いた。
「マジかマジか。こりゃ運が向いてきたぞ。なあ、あんた。今からアレと戦うんだろ?」
男性は、ブルーストークの攻撃を受けて足を止めている怪獣の方を指した。
「そうです――」
ガーディマンの言葉を遮る。
「じゃあ早く戦ってくれよ。俺はここから撮って生配信するから」
どうやら男性は動画投稿者のようだ。
かなり必死な様子から、動画を投稿して生計を立てているのかもしれない。
「何言ってるんですか! 早く逃げてください。巻き添えになりますから」
だからといって『動画を撮っていていい』とはならない。
「いいじゃんかよ。あんたと怪獣のバトルの生中継なんて、どこにも出てないんだぞ。
俺の人生最大のチャンスなんだよ。頼むよ。あんたが怪獣倒すところ撮らせてくれよ!」
「でも、危ないですから――」
何度も拒否したせいか、急に男性の態度が変わる。
「はっ、正義の味方さんは一般市民の切実な頼みも聞けないっていうのかよ。そんな奴がヒーローなんてやってるなよ! 大体ダセェんだよ。その格好!」
「なっ!」
涙が滲む。男性の言葉が体内に侵入し、ユウタの心を抉る。
どんな攻撃も防いでくれるナノメタルスキンも、悪意ある言葉までは防ぐことは出来なかった。
言葉に詰まったガーディマンに興味を失ったのか、男性は舌打ちしながら暴れる怪獣にオーパスを向ける。
「チッ、俺の邪魔するなよ」
ガーディマンは男性に怒りをぶつけるよりも大事なことがあるのを思い出して、拳を固く握り締めたまま、その場を離れようと足を動かす。
怪獣が、建ち並ぶビルの一部を果物をもぐように掴み取り、空を飛ぶブルーストークに投げつけた。
ブルーストークは軽々と避けるが、投げられた瓦礫が道路に落ち、停車していたエレカが後方宙返りするように吹き飛んだ。
車が動画を撮る男性とガーディマンの方に迫る。
ガーディマンにとって回転する車はとてもゆっくりと見えていて、避けるのは簡単だ。
けれど、首を巡らせる。
男性は車に気づいているようだが、とても避けることは出来なそうだった。
「ああもう!」
ガーディマンは男性の前に立つと両手を伸ばし、迫るエレカを受け止めた。
誰も乗っていないエレカのルーフが衝撃で潰れる。
止めたエレカを下に下ろして振り向くと、男性は尻餅をついていた。
手に持っていたオーパスは路面に落ち、乾いた地面のように液晶にヒビが入っていた。
「あわ、あわわ……」
先程までの威勢は何処へやら、口を大きく開けて目には大粒の涙を浮かべていた。
ガーディマンは、そんな彼に左手を伸ばす。
「立てますか?」
「こ、腰が抜けて立てない……」
男性が伸ばした手を掴んで引っ張って立たせる。
怪我はしていないように見えたが一応確認する。
「走れますか?」
男性は爪先で道路を叩いて頷く。
「だ、大丈夫そうだ」
「じゃあ早く避難しましょう」
「ああ。あっ俺のオーパス〜」
使い物にならなくなったオーパスを拾いながら、男性はガーディマンの後をついていく。
「この辺に……あった」
ガーディマンは地下鉄の入り口の前で立ち止まった。
駅の中にシェルターへの扉があるのだ。
しかし……。
「これじゃ入れないだろ!」
ガーディマンの後ろで叫ぶ男性の言う通り、地下鉄の入り口は頑丈なシャッターで閉じられている。
音と振動が大きくなった。そちらを見ると、怪獣がこちらに歩を進めている。
「今開けるから待っていてください」
ガーディマンはしゃがみこむと、シャッターの縁に両手の指を差し込む。
「非常事態なので、ごめんなさい!」
色々迷惑を掛けることは分かっているので、事前に謝っておきながら、布団をめくるように固く閉じられたシャッターをこじ開けた。
人一人が通れる大きさの穴が出来た。
「早く入って」
「ああ……ってか、そんな事して周りに迷惑かけることにならないか?」
怪獣の足音がまた大きくなった。
「話してる場合じゃないです。早く入って!」
「分かったよ」
地下鉄に入った男性が、振り向いて何か言おうとする前にシャッターを閉めた。
立ち上がって怪獣の方を見上げる。
赤い怪獣はブルーストークの攻撃を何度も食らっているが、全く動じてないように見える。
全身の眼球のような発光器官が黄色に変わっていた。
(さあ、僕も巨大な怪獣と戦うぞ)
自分を奮い立たせ、ガーディマンは全身に力を込める。
(結晶鉱人ガーディマンや父さんのように大きくなるんだ)
身体を走る血管のようなエメラルドのラインが一斉に輝き、それが強くなっていく。
同時に力を込めた全身の細胞、筋肉、骨格、内臓、全てが大きくなる。
五メートル、十メートル、二〇メートル……。
まるで健やかに成長する子供のようにグングンと身長が伸びていく。
成長が止まった時、ガーディマンの視線は二〇階立てのビルと同じ高さになっていた。
赤い怪獣の進軍を止めるために、ガーディマンの身長は百七〇センチから七〇メートルとなった。
(出来た! 大きくなれたぞ!)
ガーディマンの視界に映る街並みはまるで特撮のミニチュアのよう。
不思議と七〇メートルの高さから足元を見ても、身体が大きくなっているからか、高所恐怖症の症状は現れなかった。
ガーディマンは怪獣の方をまっすぐ見据え、最初はゆっくりと歩き出す。
巨人となっても動きに違和感は感じられない。
気をつけなければならないのは、車道に止まっている車やガードレールに街路樹。
更に歩道橋や信号など、出来る限り壊さない事に気を取られ下を向いてしまった。
そのせいで怪獣の行動に対処するのが一歩遅れる。
怪獣がウニかヤマアラシのように全方位に破壊光線を発射した。
腕で防御することもできず、胸や手足に光線が当たる。
爆発するように複数の火花が散って、ガーディマンは背中から倒れた。
せっかく気をつけていた車や信号を背中で潰す結果になってしまった。
着信が入りオーパスを起動すると、刀のような鋭い声に叱られてしまう。
『ガーディマン何してるの』
「ごめんなさいサヤ――リィサさん」
まだサヤトのコードネームに慣れない。
「車とか踏み潰すのはまずいかなって」
『そんなこと考えて貴方が怪我したら意味ないわ。車や公共の設備は保障されているから気にしないで』
バサルトの声が割り込んできた。
『急いで立ち上がれ。敵が再度光線を撃ってくるぞ』
「は、はい!」
慌てて起き上がると、怪獣が両手をまっすぐ伸ばし、今にも光線を放とうとしていた。
「『シルド、ウォール!』」
膝立ちの姿勢で、両手の人差し指と中指にリームエネルギーを集中させ、長方形を描くように手を動かす。
目の前に高さ四〇メートル程の、クリアグリーンの壁が作られた。
放たれた光線がシルドウォールに当たる。
ガーディマンの作り出したバリヤーは、MK-ビルディングをなぎ倒した怪獣の光線を難なく受け止め、その力を相殺していく。
腹がへこみ全身の眼球が青くなった怪獣は、驚いたように両掌を見せながら後ろに下がっていく。
また光線を撃たれては叶わない。
ガーディマンは立ち上がると、怪獣と距離を詰めるために走る。
一歩路面を踏みしめるごとに、周囲の建築物が揺れ、エレカがクルクルと宙を舞う。
近づくと、怪獣が右拳で殴りつけてきた。
頭を下げて避け、そのままタックルするように肩からぶつかる。
怪獣が足を擦りながら後ろに下がり、ビルにぶつかって止まる。
背中を殴られたような痛みを感じて怪獣から離れる。
顔を上げると、左拳が迫っていた。
近すぎて反応できず、 顔面に激痛と暗闇が襲う。
殴られて頭がふらつく。
すぐ回復するが、距離が離れてしまった。
無数の青い眼球が黄色に変わっていく。
再び近づき、伸ばされた両手を真正面から受け止める。
握力を全開にして怪獣と力比べ。
負けたのは赤い怪獣の方だった。両手が震えて広がり無防備な胴体を晒す。
怪獣の手から左手を離して握りしめまっすぐ突き出すと、五〇メートルを超える巨体が吹き飛び、後ろのビルを破壊しながら倒れた。
怪獣が起き上がる前に倒すと決意し、左腕にリームエネルギーを集中させる。
心臓から左の二の腕、上腕を通ったエネルギーが左拳に纏められる。
そして叫ぶ。必殺技の名を。
「『ガァーディィィビーームゥ』」
前に突き出した左腕から放たれるのは、エメラルドの光線。
ガーディビームは見事に全長五〇メートルのビルを破壊した。
「あ、ああー!」
一番驚いたのは放った本人だ。
僅かに狙いが逸れたガーディビームは、怪獣のそばに建っていた無傷のビルに命中して大爆発。
瓦礫と土煙が怪獣に降り注ぐ。
怪獣が両手を伸ばした。
指先が赤く輝く。
破壊光線が放たれる寸前、ガーディマンの右頬を後ろから何かが掠めた。
それは槍投げの槍に似ていた。
槍は怪獣の胸部中央に突き刺さり内部で炸裂、爆風が前後から噴き上がった。
胸部に向こう側が見えるほど大きな穴が空いた赤い怪獣は、手を前にかざしたまま仰向けに倒れる。
背中で瓦礫を押しつぶしながら倒れ、指先から放たれる光線のエネルギーが体内に逆流。
自分のエネルギーで体を灼かれて、怪獣は大爆発を起こした。
ガーディマンは後ろを見る。
怪獣にトドメを刺したのは、長い砲身をこちらに向けているヘビィトータスだった。
突きつけられた砲口に『役立たず』と言われているような錯覚を覚えてしまう。
戦いが終わった事で、シェルターから続々と人が出てきた。
人々はガーディマンを見上げ、手を振りながら口々にお礼を言っている。
その中にさっき助けた動画投稿者がこちらにオーパスを向けているのが見えた。
『怪獣の撃破を確認。同時に、浮遊していた未確認飛行物体の反応も消失。作戦終了。全機帰投』
ガーディマンの耳にバサルトの声と隊員達の返事が聞こえてくる。
超兵器達が基地の方に向かっているのを見ていると、リィサから通信が入った。
『お疲れ様。今日はゆっくり休むのよ』
「……はい」
ガーディマンはどこか釈然としない気持ちのまま返事するのだった。




