#27 だからCEFの一員にはなれません
今日の天気予報は一日晴れと言っていたが、お日様は厚い雲に覆い隠されている。
昨日の銃撃戦の現場を迂回したせいで、いつもより十分ほど遅くバスは目的の停留所に止まった。
そこは怪獣守戦記念博物館前。
降りたのは、リュックを背負ったユウタだけだった。
二日連続で博物館の見学に来たわけではない。
ある返事を返すためだ。
しばらく大樹のようなCEF本部を見上げて動けない。
(ここまで来て帰るなんて選択肢ないぞ。僕)
自分に言い聞かせて、博物館の中へ。
お日様を隠していた雲が微かに動いていた。
昨日と同じように博物館の食堂の関係者以外立ち入り禁止のドアの前で立ち止まる。
自分の携帯端末に昨日送られたメールを確認。
昨日の事件の後、家に帰ってサヤトに今日のことを伝えた。
メールには、来る時間と昨日と同じように食堂から入るようにと記されていた。
学校に登校するのと同じ時間だったので、休みだけど寝坊しないように早く起きてここまで来たのだ。
オーパスを翳してドアのロックを解除し、中に入る。
幸い他の客はいなかったので、コソコソする必要はない。
けれど、秘密の場所に入ると言う事でどこか萎縮するユウタ。
「失礼します」
誰も聞いてないのにそんな言葉を発しながらCEF本部ユグドラシルに足を踏み入れた。
「ううん。まずい」
ユウタは不味いものを食べているわけではない。
オーパスのホログラムに表示されたマップを見て唸っていたのだ。
(こっちを左に行って次を右、いや右に行って左かな?)
サヤトが案内を申し出たが断っていた。
地図とにらめっこしながら一人で歩くこと十分以上。
何とかエレベーターを見つけ、乗り込む。
その時の気分は、ダンジョンRPGで出口を見つけたようなものだった。
指定された時間五分前。
ユウタは、司令室のドアの前で開く距離の手前で再び止まる。
(行くぞ。ちゃんと自分の意思をあの人に伝えるんだ)
深呼吸。
(立ち止まるな。一歩踏み出せ)
左足を踏み出すと、反応してドアが開く。
室内には、こちらに背中を見せる人物が立っている。
「どうぞ」
威厳溢れる声が入室を促す。
「し、失礼します!」
高校入試の面接以上に緊張しながら室内に入った。
司令室の扉が「もう逃げられないぞ」と言いたげに音を立てて閉まる。
ユウタは真ん中まで進むと、力を込めてリュックのストラップを握りしめる。
立ち止まるとCEFの隊長を務めるゲンブが身体ごと振り返り腕を組む。
その姿はまるで玄武岩で作られた堅牢な城塞のようだ。
「昨日の契約書の答えを聞かせてもらおうか」
自分が弱々しい破城槌なのは分かっているがそれでもユウタは引かない。
「はい。これが答えです」
ユウタはリュックから封筒を取り出し、中から上質な紙に印字された契約書を取り出す。
ゲンブが受け取るために手を伸ばす。
ユウタは渡さずに、その場で契約書を開いてみせた。
ゲンブが眉をひそめると、重々しく尋ねる。
「……名前を書いてないようだが、理由を聞かせてくれ」
「……これが答えです」
ゲンブは伸ばした手を下ろす。
「すまない。意味がわからない」
ユウタは、次第に大きくなる心臓の鼓動に負けないように声を張り上げる。
「僕は縛られたくないんです」
ゲンブは表情一つ変えず、黙って先を促すように首を動かす。
「僕は、悪い人が異星人だろうと地球人だろうと関係なく止めますし、助けを求めている人がいたら誰だろうと関係なく助けます。
だからCEFの一員にはなれません」
謝るという選択肢はない。
勿論ゲンブの主張も分かるが、決して自分の考えが間違っているとは思っていない。
それを証明するために、ユウタは契約書をゲンブが見ている前で何度も破って捨てる。
小さな紙片が司令室の床に音もなく落ちた。
ゲンブは肺の中の空気を全て吐き出すほどの長い溜息を吐く。
「それが君の答えだね」
ユウタは頷く。
「はい」
ゲンブが一歩詰め寄る。
思わず身を引いてしまう涙目のユウタ。
ゲンブはしゃがみこむと破れた紙片を全て拾い上げる。
使い物にならなくなった契約書を持ったまま一歩下がる。
「フリッカ。ゴミ箱を」
ユウタの後ろで感情のこもっていない音声が聞こえてくる。
「分かりました」
(ゴミ箱? まさか僕を捨てるとか……)
そんな妄想をしていると、ゲンブのそばの床からゴミ箱が現れた。
何の変哲も無い燃えるゴミ用のゴミ箱。
ゲンブがそこに契約書の残骸を捨てると、下に戻っていく。
「さて、君の気持ちは分かった。それに対する私の返事をしよう」
ゲンブは鍛えられた太い腕を組む。
今までとは打って変わった穏やかな表情でこう告げる。
「ホシゾラユウタ君。君をCEFの特別隊員に任命する」
「ごめんなさい! えっ特別、隊員?」
ユウタは反射的に返事したが、いまいちよく分からない。
「特別隊員って、どういう事ですか?」
「君は君のやり方で平和を守ればいい。それに我々も協力する。力を管理するなんて事もしないから安心してくれ」
「はあ」
「これを渡しておこう。フリッカ出してくれ」
床から現れたのは、デジタル文字盤の腕時計だ。
「ハカセが作ったもので、これは君の時計だ」
「僕の」
何の変哲も無い腕時計を右腕に通す。
不思議そうな顔をするユウタに向けて、ゲンブが説明する。
「ハカセによると、腕時計としての機能は勿論、ユグドラシルへのパスと、護身機能が備わっているそうだ」
何でも本部に入るために必要なパスコードは保安の為、四八時間毎に変わるらしい。
ユウタのパスは今日までしか使えない。
だがこの腕時計なら自動で最新のパスコードを取得してくれるそうだ。
「あの護身機能というのは?」
「それは何者かに襲われた場合に使う。空気の衝撃波で相手を吹き飛ばせるそうだ。詳しくはこれをインストールしてくれ」
ユウタは、詳しく書かれたマニュアル兼盗聴などを防ぐプロテクトをオーパスにインストール。
「これからは自由に本部へ出入りできる。極一部を除いてトレーニングルームや隊員達と会いに来る事も許可しよう」
「あの、格納庫とかは……」
「いいだろう。超兵器の見学も許可する」
「あ、ありがとうございます!」
「さてこの後だが、どうする? よければハカセと一緒に格納庫の見学でもするかな?」
「いえ。この後は予定があるので、今日は失礼しようと思います」
ユウタは頰をポリポリしながらそう言った。
「分かった。これから我々は共に世界を守る仲間だ。何かあったらすぐに連絡してくれ。それと、くれぐれも正体は見破られないように」
「はい。では、失礼します!」
ユウタは大きく頭を下げると、勢いよく司令室を出た。
帰り道も少し迷いながら博物館に着き、そのまま外へ出て小走りでバスに乗り込む。
ふと空を見上げると、今のユウタの心境のように、お日様を覆い隠していた雲は何処かへ去っていた。
(午後からは良い天気になりそう。早く帰ろう!)
ユウタは来るときとは違い、明るい笑顔で家に急いだ。
ユウタを見送ったゲンブに向けて、ユグドラシルの管理AIフリッカが話しかける。
「これでよろしかったのですか?」
「と言うと?」
「彼の力は依然として危険なもの。私達で管理したほうがよろしかったのでは? それに軍上層部からもそういう意見が出ています」
「確かに、あの力は使い方を誤れば世界を滅ぼしかねないものだが、彼がそんな事をする可能性は皆無だろう」
「ゼロでは無いのですね」
「ああ。もしそうなったら我々が全力で止める」
「人間というものは、AIの私からすれば理解不能です。もし任せてもらえるなら最適な方法があります」
フリッカはその後に「非人道的ですが」と付け加えた。
「聞くだけ聞こう」
「はい本部地下、もしくは極秘刑務所に拘束し、洗脳して意識を奪います。普段の生活はそこで行わせ、脅威が現れた時のみ外に出して迎撃させる。というものです」
「却下だ。そんな方法は絶対に認めん」
「人間は過ぎた力を恐れ、それを管理する確実な方法を見つけても良心が邪魔をする。やはり私には理解不能です」
「彼と接していれば、いつか分かるようになるかもな」
フリッカは返事しなかった。
「話題は変わりますが、極秘刑務所のヘルから連絡がありました」
ヘルとはニヴルヘイムの管理AIである。
「昨日収監されたスーデリア星人ピーピーが倒れたそうです」
「何? 意識は?」
「意識は取り戻しましたが、全ての記憶が消失。
検査した結果、側頭葉と海馬に致命的なダメージを負っているそうです。回復の見込みはないと」
「原因は何だ」
ゲンブの頭に、ガーディマンの行動が思い起こされる。
ピーピーを止めた際、マルシロスショッカーと呼ばれる光で側頭部を包み込んでいた。
それが関係しているか、確認したのだ。
幸い、その考えは杞憂に終わる。が、それ以上の残酷な現実が明かされる。
「ピーピーの頭部に極小の手術痕を発見しました。恐らく外科手術で記憶を消去する為の機械が埋め込まれたものと推測されます」
「酷い事を。本人は何も覚えていないのか?」
「はい。名前はおろか、自分の犯した犯罪も、直前に供述した家族の事も全て覚えていません」
「黒幕の正体は掴めないか……隊員達を司令室に招集してくれ。今のことを伝える」
「了解。ユウタも呼び戻します」
「いや、彼には伝えなくていい。伝えてもしょうがない」
「了解」
ハンプクシュウゴやピーピーを操るのは一体何者なのか、同一人物なのかも分からない。
眉間の皺が深くなったゲンブは、険しい表情で隊員達を待つことしかできなかった。
桜色のトンネルを走り抜け、自分の住むマンションに帰ってきたユウタ。
勢いよくドアを開けて、放り投げるように靴を脱いでリビングへ。
「ただいま!」
リビングにいたのは三人。
母のアンヌ。
「あら、お帰り」
三毛猫ホシニャン。
『あにぃ、お帰り』
そして隣に住む幼馴染フワリが手を振る。
「おかえりユーくん」
フワリとアンヌは春の陽気に合った服装でユウタを出迎える。
アンヌが話しかけてくる。
「忘れ物はあったの?」
怪獣守戦博物館に行った本当の事情をアンヌもホシニャンも知っているが、フワリがいるので本当の事は言わない。
「うん。もう用事済んだよ」
ホシニャンがユウタの足下に擦り寄ってくる。
『あにぃ。もう用事済んだんでしよ。早く出発しようよ〜』
「そんなくっついたら歩けないよ」
「あらあら。じゃあユウタも帰ってきた事だし、行きましょうかフワリちゃん」
アンヌの声にフワリが返事する。
「はい。ほらホシニャンおいで〜」
立ち上がったフワリがホシニャンを抱き抱えた。
「一緒に行こうねー」
ホシニャンは嬉しそうに鳴き声をあげてフワリの柔らかそうな胸元に収まった。
ちょっと羨ましそうに見ていると、アンヌに声をかけられる。
「ユウタ。手伝って」
「はーい」
テーブルの上にはおにぎりやサンドイッチに、色とりどりのおかずが入った大きなバスケットと、冷えた飲み物が入ったクーラーボックス。
地面にくっついて風に飛ばされないレジャーシート。
それらをアンヌと分担して持つ。
フワリとホシニャンが先に外に出たのを確認したアンヌがこんな質問をしてくる。
「どうだったの?」
「うん。隊長さんが僕のやり方認めてくれて、一緒に平和を護っていこうって言ってくれた。
僕の選択受け入れてもらえたよ」
「そう、良かった」
アンヌはユウタの柔らかな黒髪を撫でると、バスケットを持って外へ。
ユウタも後を追って外へ出る。
そんな彼を、まるで頬を淡く染めた少女のような小さな桜色の花びらが出迎えてくれるのだった。
第3話 完 第4話へ続く。




