#26 撃っちゃ駄目!
ガーディマンは歩き去ろうとする老人の前に降り立つと、左掌を見せながら腕を伸ばす。
「返してください」
柔和な表情の老人は一瞬驚いたように全身を震わせるが、それもすぐに収まり首をかしげる。
「何の事でしょう?」
「貴方が女の人からオーパスを盗ったのを見ました」
ガーディマンは左の人差し指でスーツケースを指す。
「そして、その中に入れるのも見ました。返してください」
老人は観念したのか、柔和な表情を崩さぬまま何も言わない。
「さあ、返してくださ――」
「一体どうしたんですか?」
ガーディマンの声が遮られる。
振り向くと二人組の警察官がやってくる。
どうやら騒ぎを聞きつけたようだ。
先輩と思われる壮年の警官がもう一度尋ねる。
「何があったんですか?」
話しかけながらガーディマンの前に立つ二人の警官。
老人には背中を見せたままだ。
「あのスーツケースのおじいさんが、オーパスを盗んだところを見たんです! 本当です!」
「それよりも君の格好は何だい? コスプレかな?」
優しい言葉遣いだが、口調に嘲りが含まれていた。
「僕の格好はコスプレじゃありません。僕は、僕はガーディマン……」
その名を聞いてもう一人の若い警官が反応。
「ああ。この前暴走ロボットが暴れた時に人命救助してた謎の金属生命体。ほらニュースでやってたじゃないですか」
それを聞いた先輩は顎に手を添える。
「確かにニュースで報道されていたが、本物か?」
「本物ですよ。あっ!」
そんな押し問答をしている間に、老人はまるで他人事のように、こちらに背中を向けて人混みに紛れようとしている。
「僕のことより、あのおじいさんを捕まえてください」
二人の警官はどちらもガーディマンの言葉を信用していないようだ。
「それは我々に任せて。君も近くの交番まで来なさい」
どちらかというと、目の前の白銀の金属生命体を不審人物と決めつけた眼差しを向けてくる。
「もう、いいですよ」
話を聞いてくれない彼らに見切りをつけ、ガーディマンは老人を追いかける。
「あっ君、待ちなさい!」
警官達に追われるのも構わず、ガーディマンは人混みの中に入り老人の背中を探す。
(見つけた!)
スーツケースを引いた老人は地下鉄の入り口に向かっているようだ。
「待ってください!」
ガーディマンの声に反応したのか、一瞬止まるも、小走りで駅の入り口へ。
「待て!」
走って追いつき、スーツケースの取っ手を持つ左腕を掴んだ。
「離してくれ」
「嫌です。オーパスを返してください」
「離せ!」
老人は柔和な表情のまま周りが立ちすくむほどの鋭い口調を発しながら、ガーディマンの手を離れようと勢いよく左腕を動かした。
同時に厚めの布が破ける音と、持っていたスーツケースが道路に倒れる音が重なる。
老人は咄嗟に左腕を隠したが、ガーディマンは見逃さなかった。
破れた左の袖から覗く、産毛のない素肌は暗い緑色。
それは地球人の肌としてはありえない色だ。
動揺して動きが止まってしまう。
遅れて追いついた警官達が声を上げる。
「おい。これは何だ?」
先輩が指差した所に後輩がしゃがみこむ。
「これは、オーパス? しかも大量にありますよ」
後輩の警官が手に持ったのは、盗まれた女性リポーターのオーパス。
それが出てきたのは、老人の持っていたスーツケースからだった。
道路に落ちた衝撃で鍵が壊れたのか、蓋が大きく開き、内部が白日の下に晒される。
中には隙間なくライムゼリーのような塊が詰められている。
その中に漂うのは数十、いや百を超える様々なオーパスであった。
動かぬ証拠を見つけ、警官達も重い腰を上げるように老人の方を見上げる。
「ちょっと交番までご同行願いますか?」
警官二人は、ガーディマンよりも老人の方を要注意人物と定める。
老人の方を見据えながら立ち上がり、二人とも右腰のホルスターに両手――左手でロックを解除する為――を伸ばす。
それを見た老人がいち早く反応した。
老人のスーツの腹部が破け、内側から四本の触手が突き出る。
一見すると植物の蔦のような緑の触手は、老人の腹部と繋がっていた。
四本の触手は三角定規のような物を持っている。
右手側の触手二本をガーディマンに、左手側の触手二本は二人の警官に向けた。
触手の持っている三角定規は光線銃。
ボディは金色に輝き、先端の赤いクリスタルから細く赤い光線が伸びている。
赤い光線はレーザーサイトのように、警官二人とガーディマンの胴体に赤い点を作っていた。
老人、いやピーピーは本性を現し、光線銃を構えて威嚇する。
「少しでも変な動きをしてみろ。お前たちの身体に簡単に穴が空くぞ!」
警官達もガーディマンも動けないが、周りの人達も目が釘付けになって動けない。
ガーディマンは、ピーピーの光線銃を持つ触手全てが小さく震えていることに気づく。
「あの、落ちつい――」
何もしないと意思表示する為、両手を上げようとするが、
「動くな!」
ピーピーは唾を飛ばしながら、ガーディマンの頭に狙いをつけた。
注意がガーディマンに逸れたところを見て、後輩警官が、見ているとイライラするほどゆっくりと両手を動かす。
「動くな――」
それは不可抗力だったのかもしれない。
震える触手がトリガーを引き、赤い殺人光線が一直線に若い警官に襲いかかる。
ピーピーはしまったという顔をしていた。
生身では防げない死の光を防ぐ存在がいた。
ガーディマンはピーピーの動きをいち早く察知し、殺人光線と後輩警官の間に飛び込んだのだ。
前でクロスした両手で赤い光線を受け止める。
右腕前腕に当たり、まるで溶接するように赤い火花が散った。
「アチッ!」
熱せられた火箸を押し付けられたような痛みに耐えながら、光線を防ぎ止める。
「何だこいつ?」
光線銃を防ぐ者がいたなんて予想外だったのか、ピーピーは射撃をやめて無防備に背中を見せて逃げ出す。
その素早さは老人の姿からは想像できないほど機敏だった。
ガーディマンは撃たれた右手を摩りながら、その背中に声をかける。
「あっ、待って!」
ピーピーは地下鉄の入り口に逃げようとしたが、丁度上がってきた観光客の団体に阻まれる。
「くそっ」
逃げ道を探して車道に飛び出す。
パトカーとは違う甲高いサイレンの音が聞こえてきた。
こちらに左折してきたのはシルバーハウンドだ。
一般車両の外見を解除した本来の姿で、窓は全て黒塗りになって中は見えない。
フロントバンパーのパトライトを点灯させながら、ぶつかる勢いで迫る。
ピーピーは避けれないと判断。
四丁の光線銃をSUVに向けて引き金を引いた。
シルバーハウンドは避けることもできず、殺人光線がフロントガラスに直撃……、
する寸前、青い亀の甲羅のようなバリヤーが現れて光線を防いだ。
ピーピーは止まらないSUVに走って近づき、ぶつかる寸前でジャンプ。
銀色のルーフを足場にしてもう一度ジャンプ。
道路に着地すると、そのまま車道を走る。
シルバーハウンドはタイヤが擦れるほど強くブレーキを掛けて百八〇度ターン。
しかし、それを逆走と感知した周りのエレカが事故を防ぐ為に緊急停車。
シルバーハウンドは動けなくなってしまった。
ガーディマンは歩道を走りながら、左手の車道を走るピーピーを追いかける。
歩道でこちらを見て立ち止まった人にぶつからないように気をつけながら、車道を逃げるピーピーの方へ。
ピーピーは逆走する形で迫るエレカの脇を避けたり、飛び越えたりして右に曲がった。
右を見ると、ガーディマンが歩道を走って追いかけてくる
四丁の光線銃を歩道に向けた。
ガーディマンはそれを見て慌てて大声を出す。
「みんな伏せて!」
その声に危機感を感じたのか、周りの人が頭を下げる。
直後、赤い光線が発射された。
ガードレールが高熱で溶け、店に飾られていたマネキンの胴体が頭と両足を残して消滅する。
歩道が切り裂かれ、立ち竦む母子に殺人光線が迫る。
「危ない」
ガーディマンは母子の前に飛び出し光線を防ぐ。
振り向いて無事を確認し、
「危ないから伏せていてください」
二人が頭を下げたのを確認してから再び走り出す。
ピーピーは連射し続ける。
ガーディマンは人に当たりそうな光線を全身を使って防いでいく。
そのために酷い痛みが電流のように駆け巡る。
(痛っ、この痛いの何とかならないかな)
ピーピーの放った殺人光線が、こちらを見ていたOF-60の首を溶かし、高さ約五メートルの街路樹に直撃。
真ん中が焼けるように赤熱し、音を立てて折れる。
このまま折れたら、逃げ遅れた人が巻き込まれてしまう。
ガーディマンは両手を使い、倒れる街路樹を支えた。
「早く逃げて」
周りの人が逃げ切れたところで街路樹を下ろす。
葉っぱに塗れながらピーピーの姿を探すと、だいぶ距離が開いてしまっていた。
まだ使いこなせていない背中の 反重力推進機関を起動。
街路樹と同じ高さを飛んで、追い越さないように気をつけながらピーピーの後方につける。
空を飛ぶガーディマンに驚いたピーピーは次の手を考える。
前から迫る一台のバスの前輪に狙いをつけて光線銃を撃った。
タイヤがホイールごと消滅しバランスが崩れる。
火花を散らしながらコントロール不能のバスが歩道へ。
その脇を通ってピーピーは逃げてしまう。
ガーディマンは追いかけず、下をすれ違うバスの背後に着地。
リヤバンパーを両手で掴み、力の限り引っ張る。
両足の裏が道路を大きく削っていく。
バスのタイヤが煙を上げて道路に跡を残し、ゴムの焼ける嫌な臭いが辺りに立ち込めた。
タイヤと道路が擦れる音にかき消されて複数のサイレンの音には気づけなかった。
ガーディマンが止めたお陰で、バスは歩道に乗り上げず、ガードレールに車体をぶつけて停車した。
リヤバンパーから両手を離して振り向くと、ピーピーの動きが止まっていることに気づく。
ピーピーは道路の真ん中で前を睨みつけたまま立ち竦む。
マスクがずれるように歪んだ顔が、回転する赤色灯に照らされていた。
ピーピーとガーディマンのチェイスが通報され、巡回中のパトカー四台が道を塞いだのだ。
警官たちは防弾仕様のドアを盾にし、車内備え付けのサブマシンガンや、ピストルを構えてピーピーに狙いをつける。
上空では警察所属と思われるヘリが旋回し、空からピーピーを監視していた。
警官隊が銃を突きつけたまま動かないのは、ピーピーも四丁の光線銃の銃口を向けているからだ。
一触即発の状態。
赤色灯に照らされた空間が、心臓も止まりそうな緊張感に包まれる。
追いついたガーディマンはピーピーの背中に声をかける。
「武器を捨ててください」
「来るな!」
ピーピーは二丁をガーディマンに向けながら、開いている右手で、柔和な表情のマスクを剥ぎ取る。
出てきたのは毛髪一本もないツルッとした緑色の皮膚だ。
それを見て警官隊にどよめきが走る。
ピーピーは二つの黄色い瞳で前後を睨みながら、光線銃を向け警官隊とガーディマンを威嚇。
これ以上刺激したら、銃撃戦になってしまう。
ガーディマンは掌を見せると、そこで止まった。
「分かりました」
足音が聞こえてくる。見ると大きなカメラや長いマイクを持った集団。
先程インタビューしていたテレビスタッフのようだ。
茶色いボブカットの女性リポーターがマイク片手に現れる。
「リポーターのソクホウカイです。見てください。オーパス窃盗犯と警官隊が対峙しています。
後ろにいるのは、先日街を救った白銀のヒーローです」
その声に驚いたピーピーは反射的に一丁の光線銃をカイに向ける。
悲鳴をあげて固まるカイを守るため、ガーディマンが両手を広げて盾になる。
「撃っちゃ駄目!」
民間人に銃を向けた事が決定的な引き金になった。
本部から射撃命令が出たのだ。
警官隊は射線上に民間人がいない事を確認して引き金に指をかける。
ピーピーはガーディマンの方を見ていて気づいていない。
ガーディマンはトレーニングルームの出来事を思い出し、両足に力を込める。
「『ガーディ……ダッシュ!』」
エメラルドグリーンに輝いた両足を蹴り出した。
まるでスプーンでアイスを掬い取るように、蹴った道路が大きく抉れた。
ピーピーが首を動かす前に、ガーディマンは警官隊の射線に入るが引き金は引かれてしまう。
耳をつんざく銃声と共に放たれた弾丸が迫る中、考える。
(もっと確実に防ぐには……そうだ!)
思い出すのはシルバーハウンドのバリヤー。
ユウタは両手の人差し指と中指を伸ばし、そこに体内のリームエネルギーを集中させる。
頭上で両手の指を合わせ、長方形を作るように手を動かしてしゃがみこむ。
出来上がったのは幅百七〇センチ、高さ二メートル程の緑色の壁だ。
「『シルドウォール』」
ガーディマンが作り上げたシルドウォールが、放たれた弾丸を全て受け止める。
受け止めた衝撃で波紋が出来た。
勢いを失った弾は、シルドウォールの中を気持ちよさそうに漂う。
その光景を見た警官も、リポーターのカイも、ピーピーさえも、その光景に一瞬見惚れてしまった。
シルドウォールを解除すると、弾丸が道路に落ちていく。
同時にみんな現実に戻った。
ガーディマンは立ち上がってピーピーの方は振り向き一歩近づく。
ピーピーは顔を引きつらせながら、一歩下がった。
「もう止めましょう」
ガーディマンが掌を見せながら近づくと、ピーピーは震えながら全ての光線銃を突きつける。
赤いレーザーサイトにポイントされても、内心の動揺を気付かれないように更にもう一歩。
「武器を捨て――」
ガーディマンの左頬を殺人光線が掠めた。
周りから悲鳴が聞こえてくる。
だが、当のガーディマンは動じた様子を見せず声を掛け続ける。
「銃を捨ててください。こんな事は無意味です。さあ」
「うるさい。私は、私は捕まるわけにはいかないんだ」
再び四丁の銃が突きつけられた。
ガーディマンはそんな事よりも、ピーピーの言葉に何かを感じる。
(もしかしたら何か理由があるのかも知れない)
尚更、これ以上傷つけてはいけない。悪意を取り除きたい。そう考えたガーディマンの両掌が輝く。
ピーピーは驚いた様子だが、その光を見ても銃を撃つことはなかった。
掌で銀河のように螺旋を描く光は、優しく母性溢れる撫子色。
誰もが黙り、一部始終を見守っている。
ガーディマンはゆっくりと両腕を動かし、ピーピーの側頭部を掴むように触れる。
「『マルシロス、ショッカー』」
撫子色の光がピーピーに吸い込まれると、険しい表情が一転穏やかな顔になった。
光線銃が道路に落ち、膝から力が抜けたように身体が崩れ落ちる。
ガーディマンは、完全に戦意喪失したピーピーから手を離す。
警官達は危険は去ったと判断し、ピストルをホルスターにしまって近づいてくる。
すると再び甲高いサイレンが迫る。
シルバーハウンドが遅れて停車し、ドアが開いてサヤトとアツシが降車。
一瞬誰か分からなかった。
スーツ姿ではないからだ。
二人とも身体のラインにぴったり合った漆黒のボディスーツを身に纏っている。
正体を隠すためか、二人とも特徴的なマスクを装着していた。
サヤトは以前も見た狐のようなマスクを、アツシはゴリラのようなマスクを装着している。
腰にピストルのような物を提げた狐マスクのサヤトがガーディマンに声をかける。
「協力感謝するわ。ガーディマン」
ゴリラマスクのアツシは、重厚なガントレットを付けた右手を伸ばして、近づいてくる警官隊を制す。
「容疑者はこちらで引き取る。君達はここでお引き取り願えるかな」
警官達は逡巡していたようだが、本部と確認をとって納得したのか、アツシに敬礼して引き下がる。
それを見たアツシも敬礼を返す。
「はい。ご苦労様」
サヤトはガーディマンに近づくとピーピーを立たせる。
「サヤ――」
ガーディマンが言い終える前にサヤトの人差し指が口元に添えられた。
「ここではリィサで」
「は、はいリィサさん」
ピーピーを引き取ったリィサは手錠をかけると、そのまま後部座席に座らせる。
「行きましょうドーラ」
「了解」
ドーラと呼ばれたアツシがガーディマンの左肩に右手を置く。
「後で連絡するから。今日はこのまま帰るってことでいいかな?」
ガーディマンは頷く。
ドーラは納得したように頷き、シルバーハウンドに乗り込んだ。
そのままガーディマンを残して走り去った。
「ああっ、行っちゃった。謎に包まれたCEFのメンバーにお話聞きたかったのに〜。でも!」
リポーターのカイが次に狙いをつけたのは、佇む白銀のヒーローだった。
マイクをガーディマンに向ける。
「あの、貴方は一体何者ですか? CEFとどのような関係が? 貴方は地球人なのですか?」
機関銃のような質問の勢いに仰け反りながらも、ガーディマンはその場から離れようとする。
「何も話せないんです。ごめんなさい」
アンチグラビティブースターを起動して、背中から緑の粒子を振りまきながら飛び上がる。
「待ってください。せめて名前だけでも教えてください!」
カイは上空に浮かぶガーディマンにマイクを向けた。
「僕は、僕の名前はガーディマンです」
名乗って恥ずかしくなりながら、ガーディマンは車でも追いつけない速さでその場を離れるのだった。




