#25 スーデリア星
天の川銀河を遠く離れた所に、月ほどの惑星が存在する。
その名はスーデリア。
スーデリア星には二つの大陸しかない。
真ん中で隔てているのは、まるで切れ込みのように走る海であった。
二つの大陸で最初に国を興したのは、ト・レケとト・ガニュという兄弟である。
二つの大陸は、どちらも繁栄の道を歩み続けた。
しかし、老化のように避けられないある問題に直面した。
今いる人口に対して絶対的に生きていくために必要な全てが不足していく。
それを解決するために東のト・レケと西のト・ガニュは戦争を始めた。
血みどろの争いは、停戦――失った戦略を補充する為――を挟みながら何千年も続き、どちらが先に仕掛けたのか、もはや誰も覚えていない。
ただ先祖の遺した遺言通りに二つの大陸は戦争を続けていた。
一番被害を被ったのは兵士ではなく、一般の市民であった。
企業は爆撃を受け、人手は兵役に駆り出されて仕事は無くなる。
生活必需品も買えなくなったせいで人々は貧困の病に侵される。
ト・レケ大陸に住むピーピーもその一人であった。
彼は兵器を製造する工場に勤めている。
就職した頃は戦争も小康状態で、忙しいが安定した給与をもらっていたので、生活は苦しくなかった。
両親はすでに亡くなり、妹と二人で慎ましいけど、穏やかな生活を送っていた。
しかし停戦が終了した途端、生活は一変する。
ピーピーの妹は徴兵され、前線に行ってしまう。
兵器製造優先の為、ピーピーは兵役に就く事はなく、毎日のように妹の無事を祈っていた。
ある日、妹は生きて帰ってきた。
しかし、戦闘で両足を失い、消えることのない傷跡の残る身体となってしまった彼女に、徴兵以前の明るい面影は残ってなかった。
妹を養う為に、朝から晩まで仕事をし、帰ってきたら出社するまで、心身共に傷ついた彼女の世話をする生活。
妹は消え入りそうな声で、いつも謝っていたが、ピーピーは笑顔を見せて無理してない風を装っていた。
けれど、そんな生活もあっけなく破綻する。
その日も仕事を終え、いつものように妹の世話をしていると、大きな爆発音と地震が起きる。
外を見ると、自分が働く工場の方から、まるで火山の噴火のようは黒煙が上がり、夜空が出血したように赤く染まっていた。
翌朝確認すると、彼の工場は熱で溶けた瓦礫とクレーターしかない。
どうやら、ト・ガニュ軍の新兵器の標的になったらしい。
工場で製造していた兵器と共に、夜勤シフトの工場員は消しとばされてしまった。
自分もいたら確実に死んでいた。
しかし、命が助かったことを幸運だと思ってはいられない。
仕事がなくなった。
それは死刑宣告にも等しいものだった。
毎日のように仕事を探すが、長い戦争で従業員を募集しているところなどなく、働き口は一向に見つからない。
最愛の妹の世話のために兵役に就くこともできず、気づけば貯金は底をついていた。
唯一の家族を、これ以上辛い目に遭わせないために、彼が選んだのは犯罪であった。
スーデリア星の人々は二本の手以外に、腰の所に副碗とも言える四本の細い触手を持っている。
最大で一メートルほどしか伸びないが、対象に気付かれずに素早く動かせる。
先端には蜘蛛の足のように無数の繊毛が生えていて、それが引っかかることで大きなものでも巻き取ることができるのだ。
その触手で犯罪を行う事は重罪で、窃盗を行えば殺人罪より罪が重く家族も裁かれる。
そんなデメリットを補って余りあるメリットがあった。
ピーピーは躊躇わなかった。
仕事を探しに行くと嘘をついて午前中は盗みを働き、夜は妹の世話をする。
最初は露天の商品などの食べ物を盗っていたが、だんだん慣れてくると、人の所持金を狙うようになった。
お金をスる事によって、就職していた時と同じくらいの生活に戻る。
それに味をしめたピーピーの行動は更にエスカレートしていく。
妹に新しい就職先が見つかったと嘘をつき、スリを繰り返す生活になっていた。
ピーピーは妹にもっと裕福な生活をさせるために新たなターゲットに狙いを定める。
それはスーデリア星にごく一部しかいない富裕層だった。
この星で、毎日三食食べれているのは、企業の重役や軍の将軍だけ。
ほとんどの人が配給に頼っている中、富裕層達は贅沢な暮らしをして、余った食材を躊躇いなく捨てていた。
だから、ピーピーはそこからスる事に決めたのだ。
十分に肥えている彼等から多少くすねたところで罪悪感は感じない。
そう判断したピーピーは早速行動を開始。
護衛の監視を逃れ、街を闊歩する金持ちから高級な貴金属などを掠めとり、闇市で売り捌く。
一度も捕まることなかった彼は、油断していたのだろう。
ある日、最初で最後のミスを犯す。
盗品を売り捌いていた店主に頼まれ、ト・レケ軍の将軍が肌身離さず持っている指輪を盗む事になった。
将軍の邸宅にボディガードに変装して侵入。
本物のボディガードに気付かれないように将軍に近づくと、難なく指輪をスる事に成功。
店主に渡して金をもらった帰り道、ピーピーは楽勝だったなと心の中でほくそ笑んでいた。
しかしその一時間後。買い物を済ませて家路に急いでいた彼は治安部隊に拘束されてしまう。
何故バレたか分からないまま、彼は拷問に近い尋問を受ける。
盗んだ指輪には発信機が仕込まれていて、その中には軍の最重要機密が仕込まれていたのだ。
あの店主は敵軍のスパイだった。
最需要機密を奪うためにピーピーを利用し、自分は雲隠れしたのだ。
置き土産に、店の防犯カメラに指輪を持ってきたピーピーの姿を残して……。
完全に嵌められたとはいえ、盗みを繰り返していたピーピーの言い分が聞き入れられるはずもなく、
碌な裁判もされずに即死刑を宣告されてしまう。
銃殺される直前、彼は宇宙空間にいた。
現れた緑色の二つ星がピーピーを助けたことを話す。
彼にある仕事を頼む為に命を救ったというのだ。
それは地球という星である装置を誰にも見つからず、誰の目にも触れない場所に設置してほしいというものだった。
二つ星は、その地球という星を自分たちの遊び場とする為に支配しようと企んでいるらしい。
その為に必要な装置だった。
半信半疑だったが、成功すれば妹共々地球に移住させ、盗みなどしなくても安定した生活を保障するという。
ピーピーは迷う選択肢などなく、その仕事を引き受け、そのボタンくらいの大きさの謎の装置を受け取った。
地球人と違う容姿を隠す為にまず変装。
平均身長は百六五センチと小さいスーデリア星人の例に漏れずピーピーも身長は低い。
そんな彼にぴったりの姿は、地球の年齢でいうと七〇くらいの老人であった。
初対面でも警戒されない柔和な表情のマスクを被り、汚れのない洒落たスーツを着込む。
そして使ったこともなく、使うつもりのない護身用の光線銃を四丁と特製のスーツケースを持って、ピーピーは地球のスイスに降り立った。
そこでピックポケットショーを見た彼はこう思う。
それくらいで相手を騙せるならこの仕事は落車だな。と。
地球で暮らしていくなら後々必要になるであろう資金を手に入れる為に、個人情報という秘宝が詰まった携帯端末をスりながら、
目的の国、日本の希望市に来たピーピー。
そこでもスりを繰り返し――一回だけとても隙のない男子高校生がいたのに驚きながら――目的の侵略者迎撃部隊CEFの本部へ。
流石に本部内に入れそうにないので見学するふりをして博物館に入館し、そこで頼まれた仕事を済ませた。
近くに子供がいたが、こちらの行動に気づいてなかったので、一礼してその場を後にする。
雇い主の連絡を待ちながら、話しかけてきた女性リポーターからオーパスを盗った。
誰にもバレていない筈だったが……。
彼の行く手を遮ったのは緑の十字状のゴーグルが特徴的な白銀の金属生命体だった。




