同じ部屋
誠は走り続け、気づけばホテルの前まで来ていた。
誠は少し息が切れたが、気持ちはだいぶ落ち着いてくる。
まどかはまだ黙って誠の手を握り続け、うつむいていた。
「まどかさん、大丈夫ですか?」
「……はい」
ようやく返事をしてくれて、誠はほっとした。
でも、まだまどかの機嫌が治っているようには見えず、どうしたら良いか解らない誠はうろたえた。
「えっと、まどかさん?」
まどかがようやく顔を上げて、視線を合わせてくれた。
すこし怒っているような、何となく悲しそうな表情。
まどかが誠の瞳を見ながら、一言つぶやいた。
「キスしてください」
……はい?
まどかは誠に向かい合うように身体を起こし、すこし顔を上げ、目を閉じた。
あきらかに、キスを待っている様子だ。
誠の胸の動悸が一気に高鳴る。
観覧車の失敗と緊張を思い出したが、ここでそれを繰り返すわけにはいかない。
誠も意を決して、緊張が高まりながらも、そっと顔を近づける。
まどかの肩に手をかけ、誠も眼を閉じた。
「誠ー、まどかー、大丈夫?」
遠くから曜子の声が聞こえて、ふたりは慌てて離れた。
「あぁぁ! ごめん、邪魔しないって言っていたのに、つい心配になって……」
すぐに事情を察した曜子が近づきながら、申し訳なさそうに謝る。
曜子に続いて、みんなが荷物を持って駆け寄ってきた。
他の人達は気付いていないようだが、ふたりを心配して全員で荷物を引き上げてホテルに戻ってきてくれたようだ。
まどかもそれに気づいて、申し訳なさそうな顔をしたあと、無理に笑顔を作った。
「みんな、ごめんなさい。大丈夫だから。心配かけてごめんね」
まどかが軽く頭を下げると、桜と麻友も申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい。私達が悪かったです。まーちゃんは全く悪くないからね。まどか」
「私もからかっただけだから。ごめんなさい」
ふたりの謝罪に、まどかは横に首を振って笑顔で答えた。
「大丈夫だから。私も怒ってごめんなさい」
誠もつられて頭を下げた。
「僕もごめんなさい」
「あなたが謝るのは、まどかに対して」
曜子が苦笑いをしながらつっこんだ。
誠も慌ててまどかの方に向きなおし、「ごめんなさい」と頭を下げた。
まどかも困ったな、と言う顔をしながら笑ってくれた。
ようやくまどかの笑顔を見ることが出来て、誠はほっとした。
「さっ、みんなでシャワー浴びて着替えましょ」
薫子が、優しくみんなに声をかけてくれた。
それぞれにうなずいて、ホテルの更衣室へ向かうことにした。
シャワーでざっと海水と砂を流して、服に着替えると、それぞれにフロントに集まった。
時間的にも部屋に入れる頃で、桜がフロントで鍵を受け取ってきて、それぞれに声をかけて渡し始めた。
「ふたりずつの部屋でーす。凛と薫子」
「はい」「はーい」
薫子が桜からひとつ鍵を受け取る。
「曜子と美緒」
「「はーい」」
近くにいた、美緒が鍵を受け取った。
「麻友は私とね」
「はいはい」
麻友が桜から、鍵を受け取った。
「まどかぁ」
「はーい」
まどかが近寄って鍵を受け取ろうとしたところ、桜がするっととんでもないことを言い出した。
「と、まーちゃん」
「……え?」「はい?」
桜の手元にはひとつの鍵。
その意味するところは。
「もしかして、同じ部屋、ということですか?」
「8人なんだから、ふたりずつ一部屋」
誠の問に、桜がさも当然といった調子で話し始める。
今ひとつ展開に頭がついて行かなかったが、誠は抵抗を試みた。
「いや、でも、それは」
「私からのささやかな謝罪。これで仲良くなって。お願い」
これは謝罪として受け取っていいのだろうか。
誠が困り果てていると、桜がまたとんでもないことを言い出した。
「まどかちゃんとふたりが嫌なら、私とでもいいよ」
「あっ、私でもいーよ」
麻友が隣で手を挙げる。
さっきの反省はどこへやら、いつもの麻友に戻っていた。
「いやいやいや、そういう問題じゃ」
「私が一緒になろうか?」
美緒が天使のような笑顔で、小さく手を上げている。
気遣いの美緒はどこへ。
誠は本気で、この空気を読んで欲しい、と願った。
予想していない展開に誠の方が慌て、うまく言葉が出なかった。
まどかが誠の腕をぐいっと引っ張った。
「師匠は、私と同じ部屋でいいです」
桜や麻友の言葉に反抗してか、まどかがそう宣言した。
「「おーっ!」」
みんなが嬉しそうに歓声を上げる。
まどかも桜にはめられたことは解っていたが、断ったら本当に桜や麻友や美緒が、誠と同じ部屋になりかねない。
まどかもそれは我慢できなかった。
「師匠、行きましょう」
まどかが恥ずかしそうに、そして怒ったように、誠の腕を引っ張っていく。
「はい」
誠は展開についていけず、まどかに引っ張られるままに、歩き出した。




