表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勉強の神様は人見知り  作者: 京夜
天使の誘惑
95/123

もう一人の天使

 誠の意識は、しばらくしてからゆっくりと覚めていった。

 目を開けて周りを見渡して、誠はすぐに現状を理解した。


 パラソルの木陰にタオルがしかれ、そこで横になっていたらしい。

 きっと、みんなで運んでくれたのだろう。


「あっ、目が覚めた?」


 ゆっくりとした口調の声が、すぐ側で聞こえた。

 振り向いてみると、美緒がすぐ近くに座って、誠のことを見つめている。

 どうやら、ひとり残って見ていてくれていたようだ。


「ごっ、ごめんなさい。迷惑をおかけして」

「ううん。私、あまり泳ぎは得意じゃないし、ゆっくりしたかっただけだから」


 美緒らしい、人に気を使わせない言い訳を聞きながら、誠はいくらかほっとすることができた。

 誠も身体を起こして、座ることにした。

 海のほうを見ると、桜やまどか達が楽しそうに泳いでいるのが見えた。


「誠くんも行く?」

「いえ……念のため、もう少し休んでからにします」

「そうね。その方がいいかも」


 そう言って、くすくすと笑い出した。

 誠も今更になって、倒れた原因の光景を思い出して、顔を赤くした。


「そんなに衝撃的な光景だった?」

「いや、その……」


 美緒の問いに答えられず、誠は慌てた。

 確かに、人生で最大級の衝撃的光景であったことは確かだが、そんなことは言えるはずもない。

 美緒もようやく笑いをおさめて、にこやかに微笑んだ。

 天使のような柔らかい笑顔に、思わず誠は視線を海に戻した。


「…………」


 しばらく沈黙が広がったが、緊張している誠とは違い、美緒は落ち着いていて、どことなく楽しそうにも見える。


 何か話題を、と焦った誠は、麻友の言葉を思い出した。

 美緒はなぜ、誠を呼んでみては、と提案したのだろうか。


「あの、聞いていいですか?」

「なに?」


 美緒が可愛らしく、小首をかしげる。

 その仕草がとても似合っている。

 性格の良さと女の子らしい可愛い顔立ちで、7人の中でも一番もてているのは美緒だった。

 誠もときおり告白されている姿を目撃したことがある。


 誠は胸の鼓動が早くなるのを感じながらも、言葉を続けた。


「その、僕を呼ぼうって言い出したのが、美緒さんと聞いて……」

「あれ……?」


 美緒が意外そうな顔をした。


「もう、知ってるの?」


「あの、麻友さんに聞いて」

「麻友ったら、おしゃべりなんだから」


 美緒がちょっとふくれたような顔つきでつぶやく。

 そして、また沈黙が広がった。


「…………」


 振った話題が悪かっただろうか、と誠が落ち着かずにいたところ、美緒が海を見つめたまま、いつものゆっくりとした口調で話し始めた。


「私、男の人があまり得意ではなくて」

「そっ、そうなんですか?」


 意外な一言だった。

 誰からも好かれ、別け隔てなく人に気を使える美緒に、そんな一面があるとは思っていなかった。


「告白されるのは有り難いことなんだけど、相手の思いが強くて、何となく男性に対して苦手意識が出来てしまって……」


 そこまで聞いて、誠もようやく少し理解できた。

 つまり、もて過ぎの副作用というか、しつこく言い寄られる間に苦手になったということのようだ。

 ある意味で、美緒らしい悩みだ。


「誠くんは、ほら、まどかちゃん一筋でしょ?」


 するっと、そう言われて、誠はまた一気に顔が赤くなるのを感じた。



「いや、その……はい……」


「それもあって、話をしたり、勉強を教えてもらったりして誠くんと仲良くなってても、緊張しないというか」

「あっ、なるほど」


 好きにならないことが美緒と仲良くする秘訣だと、誰が気付くだろうか。

 それで美緒も親しく声をかけてくれていたのだと、誠も納得できた。


「それに」


 美緒がまたくすくすと笑い出した。


「まーちゃんだし」


 美緒はきっと、女装の時の誠を思い出しているに違いない。

 つまり緊張しないのは、男というよりも、女の子として見ているから、という意味か。


 誠は文化祭の時の忘れたい記憶を思い出して、目に見えて落ち込んでしまった。


 美緒がそんな誠の様子を見て、いつもの気遣いの気持ちが出たのか、こんなことを言い出した。



「それでね、気づいたら誠くんのこと、ちょっと好きになっていたの」



 ……なんですと?



 今の話から、どう好きにつながるのか解らない誠が、呆然と美緒を見つめてしまった。


 見つめられた方の美緒は、ちょっと恥ずかしげにはにかむ。


「あまり気にしないでね。まどかちゃんに一途な誠くんを、という意味だから」


 つまり、美緒は誠のことを少し好きだけど、誠は美緒のことを好きにならないで欲しい、という意味か。

 誠はすこしだけ落ち着いて、美緒の話の続きを聞いた。


「今まで、こんなに安心して頼れる男の人がいなくて、気になったの。だから、こんな機会にふたりで話をしてみたいな、と思ったんだけど……いきなりばれたか」


 美緒は恥ずかしそうにはにかむ。

 ほとんどの男性が、一目見ただけで恋におちてしまいそうな表情。

 まどかへの気持ちは変わらぬ誠でさえ、胸がドキドキしてしまった。


「まあ、気にしないで、これからもいろいろと話をしてね」

「はっ、はい」

「あっ、気にしてるな。まどかちゃんに言うぞ」

「そっ、それだけは……」


 誠が本気で慌てたので、美緒は声を出して笑った。


「誠くん、尻に敷かれてる?」

「そんなことは……ないと……思うのですが……」

「自信なさそう」

「はい。逆らえないので……」


 誠の言葉に、美緒はまた笑った。


 それにしても、まどかが言っていた「接客係の中でもけっこう人気だったんですよ」という言葉は、嘘では無かったらしい。

 まどかにそう言われたことがあることを伝えると、美緒もうなずいた。


「麻友は、誠くんのこと好きなんだよね? 告白したことがあるって聞いたことがあるし」


 ……噂がどこまで広がっているのか、誠は心配になってきた。


「桜ちゃんも、誠くんのことお気に入りみたいだし」

「遊べるオモチャぐらいに思われているような気が……」

「ああ、そうかもね」


 美緒は笑いながら、誠の言葉を肯定した。


「曜子ちゃんは、好きということではないにしても、男の子の中で一番仲良くしているのは誠くんじゃない? 普通、親友に彼氏ができると離れたりするのに、しょっちゅう3人でいるもんね」


 やっぱり、美緒はよく人のことを見ている。

 誠も深くうなずいた。


「凛と薫子は、呼ぶのが嫌じゃない、というだけでも凄いことだし」

「そうかも知れません」


 ふたりとも、いつも女の子同士で仲良くしていている。

 話すことはあまり無いが、それでも勉強を教えた時を含めて、男子の中では彼女たちと話をする方かも知れない。


 これ以上好きだと言う人が現れたら、誠としてはどうしていいか解らなくなるところだった。

 美緒の告白は意外だったが、あとは想像をこえない範囲であったことで、誠はいくらかほっとした。


 美緒はそんな誠の表情の変化を見ていたのか、こう注意することを忘れなかった。


「誠くんもまどかちゃんも、互いに両思いでラブラブだから誰も声をかけないだけで、ふたりとも凄くもてるんだから、注意してね」


 誰よりももてている美緒に言われるのは、何とも言えない説得力と凄みがある。


「注意と言っても……」


「誠くんが言い寄られても、まどかちゃんを不安にさせるような言動をしないこと。まどかちゃんが言い寄られても、信じてあげること」


 美緒の言葉だけに、正座をして聞きたい、重みのある言葉だった。


「有り難うございます。忘れないよう、気をつけます」


 誠の言葉に、美緒が振り無向いて笑ってくれた。


「それでこそ、私の好きになった誠くんだ」


 可愛らしい笑顔と「好き」の言葉に、誠の頭が殴られたような衝撃を感じた。

 まどかの存在がなかったら、真面目に危なかった。

 人を好きにさせるフェロモンでも出ているのではないか、と誠は真面目に疑いそうになる。


 きれいな人はきれいな人なりに、苦労をしているのだな、ということを漠然と誠は理解したのだった。



 引いては寄せる波の音が耳に心地良く、海からの風が時折ふたりの身体の横を通りすぎていった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ