旅行
「旅行ですか?」
「はい、海なんですが」
誠とまどかは夏休みの間、一緒に図書館通いを続けていたが、ある日まどかが旅行の提案をしてきた。
図書館近くの木陰のベンチで、 ふたり一緒にお昼の弁当を食べながらの話である。
「友達と一緒に一泊で行く予定なんですが、良かったら師匠も誘おうって話になって」
「友達というと?」
誠の当然の質問に、まどかが困ったような顔をした。
「それが……誰と行くかは、師匠には内緒にして欲しいって言われていて……」
「何故ですか?」
「当日のお楽しみ、だそうです」
何故、内緒にしなくてはいけないのか、誠には見当もつかなかった。
少なくとも、まどかの友達であれば、誠も知っている人達であるはずだが。
「一泊くらいなら、大丈夫だと思いますが」
誠の返事に、まどかはぱっと嬉しそうに笑った。
「良かった! 一緒に行きたかったから、嬉しいです」
「海ですか……、泳ぎに行くのは初めてかも知れません」
「師匠は初めてだらけですね」
「高校生になってからは、驚きの毎日です」
誠の言葉に、ふたりで笑った。
まさか高校生になっただけでこんなに変化があるなんて、誠は想像していなかった。
もちろん、喜ばしい変化ではあるが。
「師匠は泳げますか?」
「はい。得意というほどではないですが、普通に。まどかさんは?」
「私もです」
「まどかさんは得意そうだ」
「少し、得意かな?」
「やっぱり」
「えへへ」
まどかのはにかんだ笑いが、眩しく感じる。
由香里のことがあってから、少し張り詰めすぎていた気もする。
真穂の言葉ではないが、せっかくの高校生活なのだから楽しい思い出も作らなくては、と誠も思う。
誠もしだいに旅行のことが楽しみになってきていた。
真穂はまどかが一緒というだけで、大賛成してくれた。
他にもメンバーが居る、という話をしたら、何だ、という顔をする。
……母よ、あなたは何を望んでいるのですか?
「おみやげはいいから、まどかちゃんの水着姿の写真を撮ってきてね!」
という理由の解らないお願いをされつつ、誠は集合場所の駅へと向かった。
予定時間の30分前についたが、さすがにまだ誰もいない。
改札口前の広い空間で誠はベンチに座り、待っている間は勉強でもしようとノートを開く。
「お待たせしました!」
ノートを開いてすぐに、構内に明るい声が響いた。
聞きなれた心地よい声……まどかだ。
今日は麦わら帽子に、爽やかな色合いのワンピース。
夏らしい出で立ちに、誠も思わず見惚れてしまった。
「やっぱり、いつも早いですね」
「楽しみにしていたので」
「私もです」
まどかも大きめのバッグを横において、誠の隣りに座った。
「まどかさん、せめて何名来るのかだけでも教えてもらえますか?」
今日のメンバーを知らされていない誠が、まどかに尋ねる。
まどかは指折り数えて、答えた。
「私達を入れて8名です」
「けっこうな人数ですね」
「全員集まれてよかったです」
まどかの言葉に、誠がひっかかる。
「全員?」
「はい」
「……全員って?」
「あっ、もう一人来ましたよ!」
まどかが立ち上がって、手を振る。
手を振り返した相手は、凛だった。
まどかの存在を見つけると、凛は小走りに近寄ってきた。
「久しぶりですね! 会えるの、楽しみにしていました!」
「私も!」
ふたりで手を取り合って、きゃっきゃっと騒ぐ。
誠は「えーっと……」と思考を巡らせた。
凛が来るということは、高校1年生のメンバーということか。
そう考えている間に、さらに1名やってきた。
「みなさん、早いですね」
「あっ、薫子さん!」
長い髪をきれいに束ね、日傘を差した、白い肌の薫子が現れた。
誠の頭から血の気が引いた。
このメンバーは、もしかして……。
「あの、まどかさん。もしかして、全員というのは……」
「……ごめんなさい。去年の文化祭の女子接客係メンバーです」
裏切られて欲しかった誠の予想は、残念ながら当たっていた。
誠以外は全員女子。
誠は本気で意識が遠のき、倒れそうになった。
「あの、まどかさん、ごめんなさい。僕、帰ります」
「えっ、師匠……」
ゆっくりと立ち上がった誠だったが、タイミング悪く、更にそこへふたりの女子が現れた。
「まーちゃん!」
「やっほー! 元気?」
麻友と桜だ。
ふたりに両肩をバンバンと叩かれ、誠は悟った。
もう、逃げられない、と。
「ごめんなさい、ちょっと遅れたかしら」
美緒、それに少し遅れて曜子もやって来た。
やはり、あの時の7名だ。
確かにあれ以来、仲の良い付き合いが続いていると聞いていたが。
女の子が7名も集まると、おしゃべりですぐに盛り上がる。
誠はその喧騒にまぎれて、そっと気配を消して帰ろうとした。
「まーちゃん?」
逃げる誠の肩をつかんだのは、やっぱり桜だった。
「逃げたら女装させるわよ」
「……どんな脅し文句ですか」
「私たちはその方が楽しいけれど?」
「……というか、いいんですか? こんな中に男一人」
誠が尋ねると、いつの間にかこちらを見ていたみんなが一様にうなずく。
「凛さんや薫子さんも、いいんですか?」
麻友や桜や曜子は解る。美緒もいいのだろう。
でもこのふたりは、男性に対してむしろ抵抗が強いのでは?
「まーちゃんは大丈夫です。何故か」
「そうですね。私もです」
……何故大丈夫なのか聞いてみたい気もするが、答えを聞くと落ち込みそうなので、誠はそれ以上の質問はしなかった。
「はいはい、疑問はいいから。さあ行くわよ」
「海が私達を呼んでいる!」
抵抗する気力も失った誠は、桜や麻友に引っ張られ、拉致されるように電車に乗り込んだ。




