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勉強の神様は人見知り  作者: 京夜
神様と天国
85/123

古文漢文


 期末試験が始まる前、一柳家では恒例の勉強会が行われていた。


「科目としては最後になってしまいましたが、今日は古文と漢文です」

「最初に基礎と総論。その後は科目ごとに別れて、これで最後ですね」

「いや実は、まだ数学や国語は応用がありますし、テスト対策というか技術的、精神的なコツみたいなものもあります」

「奥が深いですね」


 まどかが思わず笑ってしまった。

 誠のは、勉強法を超えて勉強道のようだ。

 ためにはなるが。


「ただ、古文や漢文が何の役に立つかと言われると、難しくて」

「そうなんですか?」

「古き日本を知ることは、日本人の教養として必要かもしれません。絵画や音楽と同じで、時として生きていく力になったり、軸になったりもしますが、古文、特に漢文は……その……」

「生きて行く上で、そう困らない」

「語弊があるかも知れませんが……。ただ、漢文は素晴らしい文化がありますし、今でも勉強になる内容もあります。ひらがなや漢字も漢文から来ていますから、大切ではあるのですが」

「はい」


「今回はテストの点を取る技術的なことだけ。本当の古文や漢文の楽しさを語ると、いくら時間があっても足りませんので」


 誠はそう言いながら、教科書を開いた。


「原則は英語と同じです。意味を理解すること、文法を理解すること。そのために、完璧なノートか教科書を作成して、何度も音読したり、書いたりするのが一番です」


「はい」


「古文や漢文は、センター試験や大学受験を含め、それほど難しい問題は出ません。一度しっかり勉強をしておくのは、点数をとる上ではとても大切です。良いと言われる参考書や問題集をひとつ完璧にするだけでもかなり違うので、やっておくといいでしょう」


「なるほど」


 まどかも誠の言うことをノートに書くことがすっかり定着した。

 それに、前ほど「無理」と思ったり、「できない」とあきらめることも無くなった。


 成績も、今はクラスの中でも5位以内に入りつつある。

 自分でもまさかこれ程に成績が上がるとは思っていなかった。

 ただ、医学部に合格するためには、学年で5位以内に入らないといけないらしい。

 この先の壁を、まどかは厚く感じていた。


「少し古文の楽しさの話をしますと、例えば徒然草」

「はい」

「これは文がとても綺麗なのです。無駄がないというか、音楽のようなというか。とにかく丸暗記をして口ずさんでみると、とても調子が良く口につくことが解ります。素晴らしい文です」

「そうなんですか」

「一説では、大麻のような草を焼いて軽くトリップした状態で聞くと、たまらない文章らしくて、吉田兼好もそうして書いたから徒然草という名前にした、という噂もあります」

「……初耳です」

「あくまで噂ですが。ただ何となく納得できます。それだけ言葉が心地良いのです」

「古文をそんなところで楽しむなんて、知りませんでした」


 まどかの言葉に誠が笑い、説明を続けた。


「枕草子は情緒あふれた内容ですし、源氏物語は恋愛物として今でも通用します。いくつかの楽しみ方があるのです」

「なるほど」

「漢文で言えば、私は論語や老子、司馬遷の史記が好きですね。哲学的にも深いですし、歴史物は小説のように楽しいです。三国志などは、今でも日本中で読まれている書物の一つですね。劉備とか諸葛亮とか、日本の昔の偉人よりも知名度は高いと思います」

「そうですね。たしかに」



 いくつかの具体的な問題を解いて、今日の勉強会は終了した。


 真穂が、そんなふたりにお茶を入れてくれていた。


「ご苦労様。相変わらず、真面目にやっているわね」

「有り難うございます」

「あれから1年経つけど、まどかちゃんもすっかり成長して、頼もしいわ」

「いえ、まだまだです……。でも師匠のお陰で、少しずつ自信がついてきました」


 まどかにそう言われると、誠は恥ずかしそうに頭をかいた。


 真穂は微笑んだが、すぐに真面目な顔をして誠の方を向いた。


「真面目な話だけど、聞いてくれる?」

「僕に?」

「そう」

「なんでしょう」


 誠は、真穂が何を言おうとしているか検討もつかず、首をかしげた。


「夏休みに入ったら、一日、病院を見学してほしいの」

「病院見学?」

「そう」


 なぜ病院見学を……と考えたが、誠ははっと気づいた。


「もしかして……」

「そう。あなたの父親が働いている病院よ」


 誠とまどかの、息を飲む声がした。

 父親に会う、ということだ。


「あの人には、今まで誠の存在は隠していた。だから今回、私が連絡をとって知らせたことで、最初はすごく混乱させてしまった」

「…………」

「でも最後には、誠に会いたい、認知してもいい、と言われた。まだ会いもしないあなたを、あの人は受け入れたの」


 誠にはまだ、言葉を受け入れるだけで精一杯だった。

 まどかが、誠の手を握ってくれた。

 知らないうちに誠の手は震えていたらしい。

 まどかが握ってくれて、誠の手の震えはようやく止まった。


「それで相談して、一日あの人の仕事の様子を見学して、夕食をふたりで食べる。という約束をしました。もちろん、誠は拒否もできるわ」

「…………」

「どうする? 行く、行かない?」

「……行きます」

「そう」


 真穂はほっとしたようにも、残念そうにも見える。


「対外的には、医学部を目指す高校生の一日病院見学ということで、友達の息子さん、ということになっているの。親子だと解っているのは、あの人とあなただけ」

「はい」

「どう受け止めるか。今後をどうするかは、あなたに任せるわ」


 誠はうなずいた。


「あの……」


 まどかが初めて口を開いた。


「私がこんな話を聞いてよかったのでしょうか」


 不安そうにまどかが尋ねる。

 真穂はふっと笑うと、まどかの手を握りながら話し始めた。


「これからはね、楽しいことも苦しいことも、ふたりで乗り越えてほしいの。誠にはまどかちゃんが必要なのよ。手の震えを止めることができたようにね」


「はい」


「有り難う。まとがちゃんがいてくれて、本当によかったわ」


 真穂はいつものようにまどかの頭を撫で、まどかもそれを気持よさそうに受ける。

 いつもの様子に、誠もようやく落ち着くことができた。


「それはいつですか」

「夏休み入ってすぐの月曜日。詳しい場所とか時間は、また紙に書いておくわ」

「はい」

「私は会わないけど、よろしくね」


 誠は、ふかくうなずいた。





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