一目惚れ
清水寺の次は、金閣寺。
質素な銀閣寺と比べて、金箔を使用している金閣寺はやはり迫力がある。
ガイドさんがていねいに説明しているがそれを聞かずに、金閣寺とその金箔を見てはしゃいでいるのが大方の生徒の様子だった。
悠太はまどかを誘って、ふたり並んで歩いていた。
「なあ、やっぱり俺は解らない」
「……? なにが?」
悠太の突然の言葉に、まどかは首をかしげた。
「まどかが、あいつのことを好きな理由」
「あぁ……」
誠のこと。
「どこがいいの」
「どこって……」
あらためて言われると、まどかもどう答えたらいいのか。
良い所はたくさんあるけれど、どこを好きになったかと言われると……。
「……笑顔……かな?」
「笑顔ぉ!? そんなところに!?」
「いや、その……」
自分でもどう答えていいのか。
ただ、誠の笑顔を思い浮かべたら、ちょっとキュンと来たというか……その……。
「あいつの笑い顔なんて、見たこともない」
「あはは、そうかも」
誠は緊張してなかなか笑わない。
笑い顔が素敵なのを知っているのは、まどかのちょっとした優越感だ。
ふたりは砂利道を踏みしめながら、ゆっくりと歩く。
木々の緑が明るく照らされ、心地よい風に揺れていた。
「勉強ぐらいしかないじゃないか」
「そうなんだけど、その勉強に対してがとても尊敬できるし、前向きだし、楽しそうだし」
一緒にいると、こちらまで楽しくなってしまう。
「俺もそうだと思うんだけど」
「そうかもね」
「話も方もうまいし」
「うん」
「話していて、気楽だろ?」
「確かに」
悠太は降参と言ったように、両手を上げる。
「じゃあ、どうして俺じゃなくてあいつなの?」
「それは……」
まどかは立ち止まり、その理由を考えた。
どこで恋に落ちたのだろう。
公園の時は好きだった。
麻友との時も好きだったと思う。
体育祭、科学館……もう気になってる。
携帯電話、図書館……あれ……好きだったかも知れない。
えっ、いつの間に? どこで……?
まどかはふと、初めて誠を見た日。
午後の穏やかな教室のなか、窓からの陽光に照らされた勉強する誠のことを思い出した。
ああ、あの時、私はすでに恋におちていたんだ……。
勉強を教えて欲しいと思った気持ちは本当だけど、彼じゃなければいけない、と感じた理由を、その時は説明できなかった。
直感を信じようと思っただけだ。
それが、まさか一目惚れだったなんて……。
一目惚れから半年近くたって、しかも告白されてから自覚するなんて。
曜子が言っていた意味が今になって解った。
まどかは恥ずかしくなって、顔を赤くした。
「あの……一目惚れだったみたい……」
「はぁ?」
「…………」
「もしかして、今気づいたってこと?」
まどかは顔を赤くしたまま、こくん、とうなずく。
悠太は間をおいて、大きくため息をついた。
「なんだ結局、惚気けられただけか。初めから勝ち目がないのか」
「……ごめん」
「あやまるな。まだあきらめていない」
「…………」
「これであきらめられるような、そんな甘い気持ちじゃないんだ」
悠太は厳しい表情を浮かべ、ふう、と息を吐く。
「ふたりに付け入る隙ができたら、入り込むからな。それにお前が困っていたら、俺はいつだってお前を助ける。今までそうしてきたように」
「……有り難う」
「どういたしまして」
こんなに自分のことを思ってくれる、頼りがいのある幼馴染がいることを、まどかは本当に心から感謝している。
そして、その気持に応えられないことに、あらためて胸が痛んだ。
同情で好きになって欲しいわけでも、愛して欲しいわけでもないことは解っていたが。
まばらになっていた生徒の数がだんだんと増えてくる。
バスが近いことを意味していた。
ふと見ると、誠の姿が見えた。
同じ部屋の男の子達と歩いている。
あっ、笑った。
たわいもない話をしているのか、他の人につられて誠も笑っていた。
その誠の笑顔を見ると、まどかもふわっと幸せな気持ち包まれる。
やっぱり好きなんだな……と、まどかはあらためて感じた。
悠太もそのまどかの表情の変化を見ていた。
それはかつて向けられたことのない笑顔で、選ばれたのは自分ではないことを嫌でも感じる。
「俺は先に行くからな」
悠太は辛くなって、ひとり先にバスへ向かった。
途中で誠とすれ違い、悠太は軽く誠の頭をはたき、そのままバスに乗り込んでしまった。
誠はなんで叩かれたか解らず戸惑って頭をさすり、大成達が心配をして誠に声をかける。
まどかはそんな様子を見て、くすっと笑った。
誠もまどかの存在に気付き、手を振ってきた。
「まどかさーん!」
まどかは「はーい!」と返事をして、誠のもとへと駆けて行った。
一目惚れでした、という思いは秘密にして。




