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勉強の神様は人見知り  作者: 京夜
神様の自信
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自信


 翌日は京都へ移動。

 京都といえば、清水寺。


 広い舞台の上に、たくさんの生徒が集まっていた。

 これほどの広い空間と、たくさんの人を集めて乗せることのできる舞台は、京都でも他に見当たらない。

 歴史のある文化遺産ではあるが、生徒達は高い景色から見える京都の町並みと、「清水の舞台から飛び降りる」という言葉を思い出して下を眺めようとするぐらいで、その価値はなかなか解りそうになかった。


 そんななか、まどかは誠に質問をしてみた。


「清水寺について、何か面白い話はありますか?」

「面白い話ですか?」


 まどかは笑顔でうなずいた。


「そうですね……例えば、これだけの人が乗ってもびくともしませんが、この清水の舞台は400年近く前に建てられていて、しかも釘が使われていません。最近の建物が耐震強度の問題で数十年程度で建てかえられているというのに、木だけで作られたとは信じられない、すごい技術だと思います」


「本当ですね……あと、清水の舞台から飛び降りる、という言葉がありますが、本当に飛び降りた人はいるのですか?」


「けっこういるそうです。最近はもちろんいませんが」

「そうなんですか」


 まどかはそう言って笑った。


「本当に、何でも答えらますね」

「何でも、というわけでは……」

「でも、昨日の話も、私には面白かったです」


 ふたりは並んで歩き始めた。

 舞台からゆっくりと下へ降りて行く。


「でも怖い話は知りません」


 誠のつぶやきに、まどかは笑った。


「師匠は師匠のままでいいのです」

「僕のままで……?」


 昨日の夜も同じことを言われたのだが、誠にはよく理解できなかった。


「だって、話を盛り上げることも、楽しませることも出来なかったのに」


 落ち込んでいる誠とは反対に、まどかは嬉しそうに笑う。


「部屋の人達と仲良くされていましたね」

「はい、いろいろと声をかけてもらえて」

「たくさんの人が部屋にやって来てくれましたね」

「みんな優しいですね」

「そうじゃなくて」


 誠の反応に、まどかは思わず苦笑いする。


 清水の舞台の下にある、水が流れ落ちる音羽の滝を共に歩く。

 水が滴り落ちる音が、耳に心地良く響いた。


「師匠とみんな友達になりたいんです。怖い話が出来なくても、盛り上げられなくても」


 誠はびっくりしてしまった。

 何しろ、今までは友達になりたいという人もいなかった。

 いつも一人だったのに、どうして……。


「見かけが変わったからですか?」

「それも一つだと思います」

「まどかさんと一緒だからですか?」

「それは、どうでしょう」


 誠にはやはり解らない。

 思わず、首をかしげた。


「見かけはきっかけだと思います。そのままの師匠が、いろいろな人の目に入るようになって、興味を持たれているのです。前にも言いましたよね、自信を持ってください」


「……自信は……持てないですよ。なかなか……」


 16年近く持たずに過ごしていたものを、この1年で変えるのは難しい。


「そうですよね……、でも持って欲しいんです」


 境内の石畳を歩く。

 他の生徒達も、互いにグループを組んで互いに話しをしながら歩いていた。


「自信を持つべきなんですか?」

「あの……最近感じたのですが、勉強でも自信が持つことがとても大切と、言っていたような気がするんです」

「ああ、確かに。自信を持つと、理解も記憶も点数も変わってきます」

「人と接するときも、自信を持つことが大切なんです」

「そうなんですか?」


 まどかはうなずく。


「自己評価が低いと、人の思いを受け取り間違えたり、不安になったり、不安にさせたりしてしまうことがあります」


 誠はどきっ、とした。

 思い当たることがある。

 それを伝えるべきかどうかは解らなかったが、誠は伝えることにした。

 自分はコミュニケーションについては初心者で、今は恥ずかしがるよりも、聞くべきだと考えたのだ。


「その、実は不安があります」

「何に対してですか?」


 まどかに問われて、ぐっと息が詰まる。

 決心はしたが、恥ずかしくてなかなか口から出てこない。


「……その……僕には、まどかさんは相応しくないんじゃないか、いつかまどかさんが離れてしまうのじゃないか」


「…………」


「悠太さんの方が似合うんじゃないか……と」


 言ってしまった……。


 言ってから、ここまで言ってしまって本当に良かったのだろうか、と誠は後悔した。

 こんな話をしたことで、まどかの気持ちが離れるかも知れない。

 不安がよぎり、誠の胸がきゅっと苦しくなった。


 そんな誠の手を、まどかは優しく握ってくれた。


 振り向くと、まどかは少し怒ったような、真剣な顔をしていた。


「私を信じてください」


「…………」


「自分を信じてあげてください」


「……はい」


 まどかは握った手を振りながら、恥ずかしそうに言葉を続けた。


「でも、実は私も不安になったことがあります」

「まどかさんが?」

「麻友さんの時とか」

「ああ……」

「他にも、接客係の中でもけっこう人気だったんですよ」


 誠はびっくりした。


「そうなんですか? ……女の子扱いでしたが……」

「そうでしたね」


 まどかはようやく笑ってくれた。

 誠も、やっぱりまどかの笑顔が好きだった。


 ふたりは砂利道をゆっくりと歩く。

 もう少しで、バスが見えてくるはずだった。


「だから、同じ気持なんだって解って嬉しかったです。私は……師匠がいいんです……他の人では駄目なんです」


「僕も……まどかさんじゃないと……」


 誠は思わず、手を強く握り返した。

 不安がゆっくりと消えていき、代わりに胸がどきどきとしてくる。

 


「あーもう、早くキスしちゃいなさいよ」


 突然聞こえてきた声に、まどかと誠はびっくりして、急いで後ろに振り向く。

 そこには曜子がひとり、ふたりのすぐ後ろを歩いていた。


「「…………!!」」


「ここまで話が盛り上がって、そのままバスに乗るつもり? ほら、あそこの小道あたりが良さそうよ。ちょっとキスしてきなさいよ。……誰にも言わないから」


 まどかと誠は一気に顔を赤くした。


「どっ、どこから聞いてた?」


 まどかがどもりながら、曜子に尋ねる。


「ん? 誠が、まどかが悠太に取られるんじゃないかって、不安に思っているあたりから」


 ほぼ全部、聞かれていた……。


「誠もいらない心配をしてるわね。はたから見て、ふたりはラブラブよ。入る隙間もありゃしない」


「いっ、いや、その、誤解です。曜子さん、いつでもお入りください……」


「いやよ、ふたりのいいところを邪魔するのは。はい、先にバスに乗ってるから。ふたりはそっち、そっち」


「あっ、あの……僕は手を握るのが精一杯なので……バスに乗ります」

「私も……」


「あれだけいちゃついてて、キスもまだなの?」


 いやっ、そのっ……。


「曜子っ!」


「はいはい。言い過ぎました。でも、大切な事よ」


 曜子はそうつぶやきながら、ひとりバスに乗り込んだ。

 ふたりは思わず顔を見合わせる。


 恥ずかしいことと思っていたキスが、大切なこと……。


 


「あの、早く入ってくれない?」


 悠太が不機嫌な様子で、ふたりに声をかける。


「あああぁぁぁぁ、ごっ、ごめんなさい」

「さっ、さあ、師匠。入りましょ」


 二人が急いで中に入りこんだ。


 悠太はひとり、ため息をつきながら、後に続いてバスに入っていった。





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