怖い話
しかし、嵐は向こうからやってきた。
ドアがコンコンと叩かれる。
「はい、どうぞ」
大成が応えるとドアが開くと、そこには桜が立っていた。
「はぁーい、まーちゃん!」
「さっ、桜さん!」
部屋員一同がどよめいた。
なにしろ桜といえば女子生徒の中でも抜群のスタイルときれいな顔立ち。
それを鼻にかけない親しみやすい性格から、男女ともに人気が高い。
そんな桜が訪れてきたのだから、驚かないはずがない。
驚きはそれだけではなかった。
「まどかと曜子も連れてきたよ!」
「えぇっっ!」
曜子が「はぁい!」と手を振る。その後ろに、恥ずかしそうにまどかが付いて来ていた。
しかもそれだけではなく、あと3名知らない女子生徒も一緒だった。
部屋があっという間に12名となり、手狭になるかと思ったら、男達が机や椅子や布団をさっと片付け始め、あっという間にスペースを作り出した。
「さっ、どうぞ!」
大成の案内で、互いに開いたスペースに座る。
誠は呆然と立ち尽くしていたが、ひとり立っていることに気づいて、慌てて座った。
「何よ、まーちゃん。せっかく私が連れてきてあげたのに、嬉しくないの?」
桜がふくれっ面で、誠に問いかける。
誠がすぐに答えられずにいると、真のほうが代わりに答える。
「いやいや、有り難うございます。まーちゃんも来て欲しい、って言っていたので」
その言葉に、まどかの頬が赤くなる。
いやいや、拒否します、っていいました! ……会いたかったけど。
「ほらほら、感謝しなさい」
なぜか誠の隣りに座る桜が、誠の頭がガシガシと撫でる。
いつもながら、桜には逆らえない。
「……有り難うございます」
「よろしい」
桜は満足気だ。
どうして……?
話が一段落したところで、大成が話し始めた。
「大体は解るけれど、念のため簡単にそれぞれ自己紹介しませんか?」
「うん、いいね。じゃあ言いだしっぺから時計回りで」
大成と桜。このあたりが、話の引っ張り役のようだ。
誠が解らなかったのは、女の子3名。
同じ部屋の子達らしい。
明るく元気そうな、茜。
メガネをかけて大人しそうな、秀子。
可愛らしい顔立ちの、音々(ねね)。
三人の名前と様子は、簡単に言うとそんな感じだった。
「まーちゃん、ノートに書かない」
いつものようにノートに書いている誠の頭を、桜が軽くはたく。
「こう言うのは、聞きながら、話しながら憶えるの」
「……はい」
「さて、自己紹介も終わったところで」
桜が嬉しそうに話を続ける。
「修学旅行の夜といえば……」
「夜といえば?」
大成が合いの手を入れつつ、桜の言葉を待つ。
「怖い話でしょ!」
「そうなんですか?!」
「いやいや、違うでしょ」
「いや、いいかも」
桜の発言に波紋が広がるが、結局桜の意見に反対を言うことのできる人がおらず、順番で怖い話をすることになった。
怖い話の苦手なまどかは曜子にしがみつき、音々も茜の袖を握っていた。
一番手は大成だった。
「これは僕がタイに家族旅行で行ったときの事なんだけど」
そう、彼は話し始めた。
彼は、海岸近くのホテル宿泊していた。
きれいなところで、暑い日差しに澄んだ空気が広がる、開放的な空間だった。
昼はプールで家族とともに遊び、夕食をいっぱい食べて楽しい一日を過ごし、夜は二人部屋を兄弟で使って、シャワーを浴びて眠りについた。
疲れていた大成はベッドで早々と眠りについたのだが、夜中に不思議な音で目が醒めてしまった。
ざっ ざっ ざっ ざっ
何の音だろう、と身体を起こして耳をすませてみる。
壁の向こうから、その音は聞こえてきているようだった。
おかしい。
壁の向こうは両親の部屋で、聞こえている音は、砂利道を歩くたくさんの足音に聞こえる。
外からの音が反響して聞こえているのかと思ったが、窓は閉じているし、他は静かだった。
ざっ ざっ ざっ ざっ
音はしだいに大きくなってくる。
すぐ近くまで来ている音だ。
どことなく気配まで感じて、大成は怖くなってベッドにもぐりこんだ。
ざっ!
足音がとまる。
壁のすぐ横で止まったような気配がする。
音は無くなったくせに、気配だけが目をつぶっている大成にも、嫌というほど感じる。
いる、何かがいる。
壁の向こう……じゃない……ベッドの下だ。
下から見られている。
やめてくれよ……。
大成は泣きたい気持ちで、布団にくるまった。
しかし、気配はいつまでたっても無くならない。
寝よう! とにかく朝になれば。
と思うが、目が冴えてしまって、1秒が1分にも1時間にも感じる。
ええい、もう。霊なんかいない! 気配も気のせいだ。
耐え切れなくなった、大成はベッドの下を覗いて、何も無いことを確認することにした。
下を見るのは、勇気がいる。
何もないに決まっているが、気配だけは感じる。
何かが息を潜めているような気配が。
えぇい! 見てしまえ!
大成は思い切って布団をはがし、ベッドの下を覗き込む。
……ベッドの下にはなぜか、包帯をまとった日本兵が横たわっていた。
しかも、ばっちり目があってしまった。
「うわぁぁぁ!」
大成は思わず叫び声を上げてしまった。
その声にすぐに近くにいた弟も起きてきて、「どうした!」と声をかけてくる。
「べ、ベッドの下に、誰か人が……」
「えっ……?」
弟は半信半疑で、ベッドの下を覗き込む。
しばらく覗き込んでいたが、頭をかしげながら顔を上げた。
「なんで人が寝てるの?」
「うわぁぁ!」
大成は弟の手をとって、隣の両親の部屋に逃げ込んだ。
びっくりした両親は、大成から事情を聞くと、何はともあれ今夜はこのままここで寝なさい、と一緒の布団で眠るように言われた。
恐怖ですぐには眠れなかったが、やがて疲れからか強い眠気が襲ってきて、深い眠りにつくことができた。
翌日にホテルの人に事情を話したら、どうもこのあたりの海岸は昔戦場になったこともあったようで、時折そうした霊を見たという人がいるらしい。
こればかりはどうしようもない、とホテルの人も困っている様子で、何はともあれ部屋を変えてくれることで対応してくれた。
さいわいそれ以後は霊を見かけなかったが、大成はしばらくひとりで眠るのが怖くなってしまったのだった。




