修学旅行
修学旅行、当日。
学校に集合し、大型バスに乗り合い、目的地に向かうことになる。
まどかは曜子と隣合わせに座り、ひとりで席に座っていた誠の隣には、なぜか悠太が座って来た。
「隣、いい?」
「はっ、はい」
誠は緊張して体がこわばる。
悠太は相変わらず、自然体で荷物をまとめたりしていた。
意外な組み合わせに、周囲からの視線が集まる。
特に女子は、顔立ちのいいツーショットについつい目線を向けてしまい、嬉しそうに噂を始めていた。
鈍感な誠はそのことに気づかず、慣れている悠太はいつものように流す。
周囲からの注目をよそに、まったく気にしていないように悠太から話し始めた。
「そんなに緊張しないでくれ。あらためて宜しく、武田悠太。悠太でいい」
「……よろしくお願いします。一柳誠です」
緊張しないでくれ、と言われても、誠の緊張は簡単には解けない。
しかし、悠太は気にせず、話を続けた。
「まどかから話は時々聞いている。勉強を教えているんだって?」
「はい……」
「なあ、同い年なんだし、敬語は止められないか?」
「……はい」
いつもと勝手の違うやり取りに、悠太は思わず舌打ちをする。
「なんで、まどかはこんな奴に……」
小さな声で愚痴った悠太の言葉は、誠の耳には届かなかった。
「じゃあ、そのままでいい。こちらも、このままでいかせてもらうけどいいよな?」
「はい」
「よし。じゃあ、お互いに自己紹介だ。俺の方からいくぞ」
自己紹介はさっき終わったのでは……と誠は思ったが、悠太は自分とまどかの過去にいて語り始めた。
「まどかとは幼稚園から一緒だった。家が近かったからな、小さい時から友達だった」
「…………」
「小学校も中学も一緒、何度も同じクラスになったこともある。友達というより、親友というか兄妹というか、とにかく仲が良くてふたりで遊びにもよく出かけた」
自己紹介……だよね?
誠は、悠太が何を伝えようとしているのか、測りかねていた。
「海に行ったり、山に行ったり、家族ぐるみで旅行に行ったこともある」
「いいなあ……」
誠がいくら願っても叶えられない、小さな時のまどかとの時間。
それを知っている悠太のことを、誠は羨ましく感じた。
「お前は知らないまどかのことを、俺は知っている」
「…………」
「……っ、いらないことを言ったな。その、とにかくまどかとは昔からの付き合いなんだ。お前ほどじゃないけど、俺も勉強は得意だし、バスケットボールで賞もとったことがある」
「…………」
「趣味は読書と友達と遊ぶこと。以上、はい、そちらの番」
「……僕?」
悠太がうなずく。
「えーっと……。僕は別の市で産まれたんだけど、すぐにこちらに引っ越して来たみたいで……」
誠はしばらく沈黙する。
「で?」
「何を話せばいいのか解らない」
悠太はこのままでは話が進まないと気付き、自分から質問した。
「趣味は?」
「勉強」
「得意なことは?」
「勉強」
「……思い出は?」
「……勉強」
「お前、それしかないのか?」
「……はい」
言われて、誠も初めて気づいた。
振り返ってみても、勉強以外の思い出がほとんど無い。
あるのかも知れないけれど、記憶に引っかかってこない。
勉強の知識を話すことはできても、何があったかを話すことはできなかった。
「ますます解らない。まどかは何が良くて、お前と付き合ってるんだ?」
「……僕も知りません」
「知りませんって……」
悠太はあきらめたように、ため息をつく。
「ああ、もういい。話を聞けば何か解るかな、と思ったけれど、自分の口からは嫌味しか出てこないし、そちらはそちらで解っていないようだし」
「御免なさい……」
「謝るなって。調子が狂うな……」
悠太は座席を倒して、不貞腐れたようにごろっと横になる。
「俺が悪かった。お前に当たっても仕方が無いのに、気持ちがコントロールしきれない」
「……?」
「いいから、気にするな。旅行中は仲良くやろう。少し寝させてもらう」
「はい」
悠太は目をつぶり、黙ってしまった。
鈍感な誠だったが、何となく悠太の気持ちは理解できた。
まどかとずっと一緒にいたのに、不意に現れた人間に取られたとしたら、どれだけ寂しいか。
誠も、いつかまどかが去っていってしまうのでは、と想像するだけで、ちぎれる程に胸が痛くなる。
悠太もそうなのかも知れない、と誠は思うのだ。
そして、誠に小さな不安がよぎる。
こんな自分よりも、悠太とまどかの方がお似合いなのではないか、という不安が。




