帰り道
ゴンドラから支え合うようにして降りる二人を、スタッフが心配そうに見守ってくれたが、幸いにして声はかけられなかった。
ただ、前後のカップルの、
「あのふたり、キスしたのかな」
「あの様子じゃ、失敗したんじゃない?」
という会話が聞こえてきたのが、少し悲しかった。
キスの壁は、思った以上に高かった。
帰り道、ふたりは声もなく、並んで歩いた。
「まどかさん、御免なさい」
誠が本当に申し訳ない、と言った様子でつぶやいた。
「謝らないでください。今日はとっても楽しかったし、嬉しかったし……その……私にもまだキスは……無理だったかも知れないし……」
まどかの心遣いが、誠には痛かった。
「本当に申し訳ない……」
真穂の「ヘタレ」という言葉が聞こえてくるようだった。
いや、絶対に家で質問されて、そう言われるに違いない。
誠はため息をつきながら、肩を落とした。
ぎゅっ。
まどかが、誠の腕に抱きついてくる。
手を握るのではなく、右の腕全体をまどかが抱きしめるように抱え、頭を寄せてくれていた。
「まどかさん……」
「落ち込まないでください。私は、師匠の笑顔が好きなんです。ねっ?」
「はい」
まどかの優しさが、体に沁みる。
腕からじんわりと温かくなるような気がした。
「そうだ。忘れるところでした」
そう言いながら、まどかは抱えていたバッグから小さな箱を取り出す。
赤い包みに、金色のリボン。ハートのシールが付いた箱を、誠に差し出した。
「はい、バレンタインデーのチョコです」
「僕にですか?」
「はい!」
誠は箱を手に取り、じっと眺めた。
「嬉しいです。有り難う」
「どういたしまして。今年は父と師匠だけです。買ったもので申し訳ないのですが」
「そんなことないです。初めてだし、本当に嬉しいです」
誠はいま開けて食べたい気持ちを押さえて、大事にコートのポケットにしまった。
バレンタインなんて、気にしたこともなかった。
自分には関係の無いものと、考えてもいなかった。
それが、まどかから貰えるだけで、こんなに嬉しく、大切な物になるなんて、誠は思いもよらなかった。
誠は、心がほっと温かくなるのを感じる。
「それを食べて、元気を出してくださいね!」
「はい」
まどかはようやく笑顔になってきた誠の顔を見てほっとした。
「大丈夫です、師匠。失敗しても次がありますから」
「そうですね、次が……」
と言いながら、ふたりはいま交わした言葉の意味を、同時に理解した。
「いや、その、次というのは……えーっと……」
「……倒れそうです……」
「師匠!?」
ゴンドラの中のことを思い出した誠の身体が本当に傾いて、まどかが必死に引っ張って支えた。
やっぱりふたりには、キスはまだまだ超えられない壁だった。




