英語
年も明け、新学期が始まる。
誠とまどかは、一柳家で久しぶりの勉強会を開いていた。
もちろん、時間のあるときは互いに勉強を進めていたが、文化祭もあったり、年末年始の行事もあったりと、なかなか勉強会を開く時間がとれずにいたのだ。
そんな久しぶりの勉強会は、誠の謝罪から始まった。
「まどかさん、ごめんなさい。勉強を教える、と言いながらなかなか時間がとれなくて」
「いえ、こうして教えてもらえるだけでも有り難いです」
「半年以上たって、ようやく英語なんて、何か申し訳なくて……」
「あっ、今日は英語なんですね」
「はい」
数学、国語、理解、社会とすんでいたが、確かに英語がまだだった。
以前、誠が英語は3年生まですんでいて、会話ぐらいならばできると聞いたことがあったぐらいか。
今日は、その実践方法を教えてくれるらしい。
「といっても、ある意味、目新しいことはないかも知れません。教科書の英文を完璧に理解して、全文憶えることが目標です」
「はい」
去年のまどかだったら目標を聞いた時点で、「できません……」と肩を落としていたが、少しは自信が付いてきたようだ。
落ち着いた受け答えは、少したくましく見える。
「英語の重要性は、今さら説明することもないですね。世界全国で使われていますし、インターネットを通じて、世界の垣根も無くなってきています。仕事も世界を見なくては出来ない世の中になってきています。英語はもはや必須と言っていいでしょう」
誠の説明に、まどかもしっかりうなずく。
確かに、英語が話せる人はまだまだ少ないが、昔よりも必要性が高くなっていることは感じている。
英語が話せて損なことは一つもない。
「僕はこんなふうにやっています」
誠はそう言いながら、ノートを開いた。
左側に英文が書いてあり、英文の下に文法が書いてあったり、上に矢印が書いてあったり、単語が四角で囲まれたりしていた。
そして、右側には、単語の訳が書いてあったり、熟語が書きだしてあったり、例文が書いてあったりした。
「教科書の文を書き出し、この見開きですべての解説を書き込みます。とにかくここを見れば、すべての情報がのっているようにします。それに憶えにくいものは、強調したり、何度か書いたりします」
「あっ、試験の前に見せていただいたノートですね」
まどかの言葉に、誠はうなずく。
「きれいで解りやすいノートです」
「有り難う。でもきれいに書くことが大切ではないのです」
「そうなんですか?」
「何が一番大事だと思いますか?」
まどかは誠のノートを眺めながら、うーん、と考える。
「記憶しやすいことですか?」
誠は驚いた顔をして、まどかを見た。
「いいところをついています。それはとても大切な事です。画像のようにしたり、関連付けをして網目のようにしたり、重要箇所を強調したり、繰り返したり、解りやすく書いたり……すべて記憶につながるための技法ですね」
「あっ……なるほど。今までの記憶方法をノートにも生かしているのですね。でも、じゃあ一番大切なことって……?」
まどかの質問に、誠はうなずいて答える。
「私は、ここにすべての情報を載せることを大切にしています」
「すべての情報?」
「はい。とにかくここを開けば、この英文については完璧に解る、というものです」
「……それが大切なのですか?」
誠はうなずいた。
「これは完璧なものを積み重ねる、繰り返す、という勉強法のもっとも大切なところなのです。実はあとになって読み返しながら、書き足しています」
「ノートを書き足してるんですか?!」
ノートは一度書いたら終わりだと思っていたまどかは、びっくりした。
授業も黒板の板書をしたら、それ以上は書き足さない、綺麗なままの方がいいと思っていたのだが、どうもそうではないらしい。
「新しい知識が加わったとき、もう一度見返して足しています。重要箇所が新たに見えてくることもあります。そうして、その英文について完璧だと自信を持ち、繰り返すことで頭の中に定着させるのです」
「はぁ……深いですね」
「これは、ノートでもいいですし、教科書でもいいです」
「教科書でも?!」
「はい、教科書をきれいに使って、ノートにたくさん書きこむ人もいれば、教科書に付箋や紙を貼り付けて情報を書き足し、とにかく教科書一冊あれば完璧、と何度も繰り返して読んでいる人もいます。どちらも正しいと思います」
はぁ……まどかは、だんだん呆然としてきていた。
「これはどんな本を読むにしても、勉強をするにしても、やってみるとけっこう効果的です。その分、いい教材を選ぶ必要のために十分な時間をかけて検討する必要がありますが。それとノートは完璧なものを書いたら終わりではなく、また別の視点であらたに書きだしてみると、また理解や記憶が深まることもあります」
「何かもう、ノート学、みたいですね」
まどかが思わず、くすりと笑う。
「凝り性ですみません」
誠は恥ずかしそうに、頭をかいた。
「ちなみに……」
「はい」
「単語帳は、僕はあまり好きではありません」
「そうなんですか?」
まどかはまたびっくりした。
単語や歴史の年数などを憶えるのは、あれがもっとも効率的だと思っていた。
「繰り返す、という点ではとても優れた方法なのですが、ふたつ難点があります。ひとつは単語帳を作るという手間がかかる、という点。もう一つが、記憶するには情報を省くより増やしたほうがいい、という点、です」
「省くより、増やしたほうがいいんですか?」
「例えばテレビという単語を憶えるとき、テレビとだけ憶えるより、テレという離れてという言葉と、ビジョンという見るという言葉の合体したもの、離れて見るからテレビジョン……そこからテレビという言葉が生まれた、と情報量が多いほうが忘れづらいのです」
「……初めて知りました。豆知識ですね」
「脳細胞が網目状に知識を増やすことから、たくさんのとっかかりを作った方が記憶しやすい、という基本原理につながります。英単語であれば、文章と共に覚えてしまったほうがいいのです。最近は、そう言った方法を売りにした英単語の本が出てきていて、人気のようです」
「そうなんですか……」
ここまで話したところで、横で見ていた真穂が呆れたようにつぶやいた。
「……あなた達は真面目ね……。ちゃんと高校生らしいお付き合いしてるの?」
「えっ、いや……」
「うっ……」
真穂の言葉に、ふたりで赤くなる。
確かに、互いに告白してからも、毎日は特に変化していなかった。
「デートの一つぐらいしたって、バチは当たらないと思うの。誠がへたれで、デートのひとつも誘ってないんでしょ?」
「…………はい」
まったくの事実に、誠はうなだれるしか無かった。
勉強だと雄弁に語れても、デートはどうしていいか解らないのが現状だった。
「週末にふたりでデートでもしてらっしゃい。遊園地でもどう?」
「あっ、はい、好きです」
まどかが答える、と「あっ、そうなんですか」と誠は初めて知った。
「まどかちゃんが好きなことひとつも知らないなんて……ヘタレすぎる」
「…………」
返す言葉もなかった。
これから勉強します。
ふたりは帰り道、恥ずかしそうにしながらも、デートの約束を交わした。




