ふたりの挨拶
「誠くんとまどか。一言ずつ、挨拶してもらおうかな」
実の言葉に、えっ、と戸惑いながら、誠とまどかは互いに目配せをする。
そして、ここは自分から、と誠が最初に挨拶をすることにした。
「……今日は、こうした誕生日を一緒に祝っていただいて、本当に有り難うございました。誕生日がこんなに嬉しいものなんて、知らずにいました。」
真穂が苦笑いする様子を横目で見ながら、誠は話を続けた。
「もちろん、母には感謝しています。良くしてもらったと思っています。でも、今日の日は忘れ難いです。僕にとって、会ったことのない父より、お二人のほうがよっぽど自分の両親のようです。本当に……本当に、有り難うございました。」
誠は深く一礼した。
芳子も実も嬉しそうに、うなずく。
「まどかさんと出会えて、僕は勉強を教える以上のものを、教えてもらいました。人と触れ合うことの大切さ。友達を作ること。人を愛すること。母が今まで伝えたかった言葉の意味を、この歳になってようやく理解することが出来ました」
真穂が嬉しそうにうなずいた。
「ただまだそうしたことに、ようやく気づいたばかりで、日々の変化に戸惑う気持ちのほうが大きいです。コミュニケーションもやっぱり勉強と練習なんだな、と思い、頑張っていきたいと思っています。そしてこれからは、誰かのために役に立てる自分でありたい、と考えています。今日は、有り難うございました。」
誠が話を終えて一礼すると、みんなから拍手がおきる。
「良かったよ、誠くん。よし、じゃあ次はまどか」
「はい」
まどかも姿勢をただし、話し始めた。
「真穂さん、誠さん」
まどかは一度言葉を区切り、ふたりを見つめる。
そして、深く一礼する。
「今日はいらしていただき、本当に有り難うございました」
しばらく頭を下げ、ゆっくりともどす。
「私にとっても、今日は特別な誕生日となりました。一つ年をとりプレゼントが貰える、とだけ思っていた今までの誕生日とは、今日ははっきりと違う日でした。……大切に、慈しんで、この日を祝ってもらえていることに。そして、こうして普通に誕生日を祝えることの、大切さを教えてもらいました」
誠はいつもと違って、今日はずっと嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
誠の言葉通り、普通の誕生日会を心から喜んでいるのが、まどかにも解った。
こうして誕生日を祝ってもらえることが当たり前ではなかったことを、まどかは初めて知ったのだった。
「誠さんに勉強を教えてもらっています。私は勉強の捉え方が変わっていくのを感じています。勉強の楽しさ、大切さ、やり方。……勉強だけに収まらない、これからの人生にも変化を与えるような基礎を作ってもらっているような気がしています。本当に、感謝しています」
まどかが頭を下げると、誠は恥ずかしそうに頭を下げた。
「なれるかどうか解りませんが、医師になるという夢を実現させて、私も人の役に立てる人間になれれば、と思っています。勉強も頑張りたいと思います。今日は、有り難うございました」
まどかが頭を下げると、みんなが拍手をした。
「うん、まどかの挨拶も今までと変わった。良かったよ。本当にふたりは、いい形で影響を与えているみたいだね。安心したよ」
実が嬉しそうに話し、ふたりはほっとしたように笑顔になった。
「ケーキも切れたわ。さっ、食べましょ!」
芳子が嬉しそうに笑い、切り分けたケーキをそれぞれに配る。
準備よく、紅茶も用意されていた。
「そうだ、プレゼントも用意してある」
そう言って、実は手元から小さな封筒を2つ取り出し、ふたりに渡した。
何だろう、と受け取ったふたりは顔を見合わせる。
「開けてみていいよ」
「はい」
誠とまどかは封筒を開け、中の物を確認した。
中には、図書カードが入っていた。
びっくりしたのは、その金額だった。
2万円分も入っていた。
「えっ! こんなにたくさん……」
実と真穂が、誠のその言葉にうなずく。
「今年は三人から、ふたりへプレゼントだからね。それに、本や文房具ぐらいは、もっと好きに買わせてあげたい、という親心からかな。誠くんは特に、図書館ですませてしまうと聞いている。まどかも最近は本を読むようになって、お小遣いだけでは足りないだろう。今の時期の読書は大切だ。たくさん読んで欲しい」
「お父さん、真穂さん……有り難うございます」
「有り難うございます」
実も真穂も嬉しそうにうなずいた。
「高校生の誕生日プレゼントに図書カードで喜んでくれるなんて。ふたりとも真面目ね。何か信じられないわ」
芳子がため息混じりにつぶやく。
その言葉に、みんなで笑った。
そうして、みんなでケーキを食べた。
ケーキは美味しくて、いつもよりも甘く感じた。
そうして、それぞれにいろんな話で盛り上がり、家族の楽しい会話は夜遅くなるまで途切れることはなかった。




