噂の広がり
午前のペースのまま行ってくれるかな、と誠は考えていたが、それは甘かった。
「すごく可愛く女装した男の子がいるらしい」
いつのまにか、学校中にそんな噂が広まっていた。
そのためか、時を追うごとにお客さんが増えてきていた。
最初は、遠巻きにひそひそと指を指しているぐらいだったが、明らかに誠を指名をしてくる人が増えてくる。
呼ばれて行くと、5名ぐらいの女の子の集団がいて、顔を見るなり、
「うっそー! 本当にこの人?」
「きゃあー、かっわいい!」
「噂以上! 信じられない」
と一方的に騒がれて、注文をとることもできない。
途方に暮れて困っていると、桜と麻友がさり気無くフォローしてくれた。
「まーちゃん、あちらでも呼ばれているから、行ってあげて」
「私が代わりにご注文をうかがいます。何になさいますか?」
誠が言われた方向へ行ってみると、別にそちらには用事はなく、ふたりが誠を助けるためにやってくれたことが解った。
誠には、まだまだこうしたやり取りは苦手で、みんなの心遣いが本当に有り難かった。
見ると楓が厨房で手招きしてしていたので、誠は中に入った。
厨房は外からは見えづらくなっていて、中では玲と美緒が休んでいた。
楓にうながされるまま、誠はふたりの横に座る。
「ご苦労様、少し休んで。お化粧も直すから」
「はい」
騒ぎの広がり方についていけず、確かに少し休みが欲しかった。
化粧も汗ですこし崩れてきていたのだろう。
誠は、すべてを楓に任せることにした。
「まーちゃん、はい水」
「あっ、ありがとう」
美緒が笑顔で冷たい水を持ってきてくれた。
一口飲むと、体中に冷たい刺激が広がる。
ほんとうに美味しい。
「美味しい……」
ほっ、とため息をつくと、美緒がクスクスと笑う。
「お疲れ様。まーちゃん、すごい人気だもんね」
誠はその評価を、苦笑いしながら受け止めた。
何故みんなが見に来るのか、誠にはまったく理解できなかった。
可愛くても、女装した男性より、普通の女性のほうがいいと思う。
そして男は男らしい格好の方がいい。
目の前の、美緒や玲のように。
「美緒さんも、玲さんも、人気でしたよ」
それぞれに綺麗だったり、格好良くて、お客さんも喜んでいた。
いまふたりを見て、誠もそれぞれの格好がとても似合っていると思う。
「ありがとう。まーちゃんは、また特別だよ。楓の力も大きいけどね」
言われた楓は、もくもくと誠の化粧を直していた。
誠はまだ自分の姿をちゃんと確認していないが、確かに楓の技術が凄いのだとは思う。
美術部だからなのか、個人的な能力なのかは解らないけれど。
楓自身はほとんど化粧というものをしていないし、髪も放っている感じがする。
でも、いつでも真剣な表情をしている彼女のことを、誠は信頼していた。
「確かに、ここまで変わるとは思っていなかった」
玲が感心してつぶやく。
……ふたりで、あまりまじまじと見ないで欲しい。
「化粧栄えするのかな? ちょっとしたアクセントで凄く変るみたい」
「……化粧栄えしても、今後なんの役にもたちません」
誠の言葉に、美緒と玲が笑う。
「多分、毎年の恒例になると思うよ。覚悟してなさい」
「俺もそう思う」
「……それだけは勘弁して欲しい」
誠の素直な感想に、ふたりはやっぱり笑って、すこし慰めてくれた。
何か、普通に話をしている。
ふたりはクラスでも人気者で、話の輪の中心にいるような人達で。
今までは、そんな彼らと話をすることも無かった。
まだ少し緊張もあるが、こうして普通に話が出来ているのが、誠には何か不思議な気分だった。
そして、何となく嬉しい。
女装も悪いことばかりじゃなかったな、と今は少しだけ思うことが出来る。
「よし、できた。あともう少しだから、頑張って」
楓が笑顔でそう言ってくれる。
「まーちゃん、休憩のところ悪い。指名が来て、帰ってくれない。顔を出してあげてくれるか?」
宗志が申し訳なさそうに、声をかけてくる。
どんな形であれ、誰かのために役に立つのは悪くない。
喜んでくれるのであれば、女装でも、女性の仕草でもしてみましょう。
まずは、応援してくれるクラスの人達のために。
誠は笑顔で厨房を出た。




