ハイタッチ
忘れていたけれど、曜子も接客係だった。
一緒にいなかったのは、衣装が自分持ちだったので、自宅で用意をして学校に来たらしい。
ちょっと変わった可愛らしい制服に、髪をオレンジのリボンで結び、全体的にふわっとさせている。
髪の毛をすこし茶色に染めて、肩から少し下ぐらいで切りそろえ、何となくいつもより幼く見える。
よくは解らないが、はるひ、とかいう小説を原作としたアニメのキャクターらしい。
曜子の言葉を借りると、これは大人し目だが、他の人に合わせてこれに落ち着いたとのこと。
可愛らしくて似合っているとは思う。
時間ギリギリまで慌ただしく用意が進み、それぞれの持場につく。
何とか開門の時間までに準備が済んだ。
いよいよ開始だ。
誠は、胸がどきどきするのを感じる。
男だとバレないだろうか。
馬鹿にされないだろうか。
うまくやれるだろうか。
感じたことのない不安で、緊張する。
ふと見ると宗志が手を上げている。
何かと思ってみていると、
「まーちゃん、ほら、ハイタッチ」
ハイタッチ?
つられるままに手を挙げると、
ぱちんっ
と手を合わせてくる。
それに合わせて、ほかの接客係でも互いにハイタッチを始め、誠の手にも手を合わせてくる。
玲、涼、賢治、洋介、曜子、麻友、桜、美緒、凛、薫子、そして、まどか。
ハイタッチを繰り返すたびに、ひとりではないことを実感する。
緊張がゆっくり和らいでいくのを感じた。
宗志が掛け声を上げた。
「よし、いくぜ!」
それに合わせて、みんなで、
「おーっ!」
と声を上げる。
文化祭が始まりを告げた。
呼び込みのおかげか、それとも朝のねり歩きの効果か、始まりとともにお客さんがひとり、ふたりと入ってくる。
「いらっしゃいませ!」
みんなで明るく挨拶をして、近くにいた人から接客を始める。
お客さんも、それぞれの姿を眺めて、楽しそうだ。
文化祭って、こういうものなんだ。
誠は初めて実感した。
今まではどこか面倒で、こなせばいいものとばかり思っていた。
なぜこんなものがあるのだろう、とさえ思っていた時期もあった。
でも、クラスみんなで役割を決めて、仕事を分担して1つのものを作り上げる楽しさ。
来た人を楽しませようとする気持ち。
明るい挨拶ひとつで笑顔になるお客さん。
なにか楽しい、と感じる。
緊張感が少しずつ、楽しいに変わりつつあった。
「まーちゃん!」
「はっ、はい!」
厨房に呼ばれて、びっくりして声が裏返る。
「これ、2番テーブルのカップルに」
「はい」
うわっ、とうとう役目だ。
誠は緊張しつつ、作られた料理と飲み物をトレイに乗せて、お客さんに持って行く。
お客さんは高校生のカップルらしい。
文化祭の案内を見ながら、どこを見ようかと相談している。
「お待たせしました」
楓から、声はいつもより少しだけ高めにすればいい……高過ぎると不自然だが、少し高いぐらいだと意外に自然な声が出るから、と指導された。
そんなのでいいのだろうか、と不安になったが、お客さんは、
「ありがとう」
と誠の顔を見て、笑顔で受け取ってくれる。
誠は一礼をして、元の場所へ戻っていった。
どうやらおかしくはなかったらしい。
カップルもそのまま、案内を見ながら嬉しそうに話し続けている。
緊張する……。
でも、何とかやっていけそうな自信が少し出てきた。
しだいにお客さんも増えて、慌ただしくなる。
緊張するとか、ばれないかと心配する余裕も無くなり始めた。
まどかや凜のメイド姿や、賢治や洋介の執事姿が、人気があった。
今のはやりなのだろうか?
写真を撮る姿も、ときおり見られる。
曜子は、どうも一部の人達に熱狂的に好かれているようだ。
色々とポーズを取らされていて、喫茶店の趣旨から逸脱しつつあった。
薫子の着物姿は、そこだけがゆっくり時間が過ぎているように感じる。
ていねいにお茶を出され、「ごゆっくり」と薫子が笑顔で声をかけると、お客さんがぽーっと薫子の姿を見で追っていることもある。
宗志はちょっと年上の女生徒に大人気だったが、クールに対応する様子がまた受けているようだ。
桜と美緒は、女子ウケが半端じゃない。黄色い歓声が動作の度に上がっている。
玲と涼は汗をかきながら、むしろ働く方に徹している。
その一生懸命な様子が、また好感が持てるが。
誠もなんとか問題なく、接客をしていた。
今のところ、怪しむ人も見られない。
そう言えば、誠が髪を切ってからの姿をよく知っているのは、クラスメイトぐらいだ。
そのクラスメイトでさえ、最初は解らないのだから、短時間ならバレることもないのだろう。
とはいえ、動作におかしいところはないか、足を開いていないか、手の出し方はおかしくないか、笑顔は作れているか……緊張は続いていた。
そんな時、ときおりみんながハイタッチしてくれる。
みんな優しいな……。
自分もできるだろうか、他の人への気遣いが……。
ひとつ乗り越えたような気がするけれど、人間としてまだまだだな、と思う。
……女装して何を乗り越えたか、自分でも疑問だが。




