ネコ耳
そして、とうとう文化祭当日。
誠は楓に朝早くから叩きおこされ、シャワーを浴びて、また丁寧に毛を剃られ、朝食を食べるよう言われる。
深い眠りのおかげか、緊張感のためか、体の調子は悪くなかった。
「朝から女の子の気持ちを忘れずに」
と、食べている時も足を広げずに食べるよう指導を受ける。
言われたように足を直すと、楓もうんっとうなずく。
「まーちゃんは姿勢がいいから、それだけでも女の子に見えてくる。いい感じ」
楓が初めて嬉しそうに笑った。
ようやく合格点がもらえたようで嬉しくもあるが、それは男としてどうなのだろう、と考えると落ち込みそうになる。
……今日は考えるのはよそう。
今日だけは自分のため、クラスのみんなのため、頑張るしかない。
トーストを口に運びながら、誠はあらためて決心を固める。
食事を取り、歯を磨くと、昨日と同じ部屋で着替え始める。
修正してもらったブレザーは体にぴったりと合って、なぜか細く、女の子らしい体つきに見えるようになっていた。
化粧をする前から何となく女の子らしく見える自分の姿に、なんとも言えない気持ちになるが、これはみんなの努力の結果なのだと自分を無理やり納得させる。
昨日のように丁寧な化粧が始まる。
耳をすませると、隣の部屋が少しずつ騒がしくなっているのを感じる。
おそらく他のメンバーもやってきて用意を始めているのだろう。
時折、
「わあ、美緒ちゃん。身体、ほっそーい!」
とか、
「まどかちゃん、胸おっきー。触らせて!」
とか聞こえるのは、なるべく意識しないようにした。
想像してはいけない。
壁の向こうで、みんなが着替えているなんて想像をしては………。
………ごめんなさい。
……許してください。
どうしても、頭の中に浮かんでしまいます。
ああぁぁぁ…………。
誠は顔が赤くなるのを感じつつ、楓に気付かれないように平静を装った。
幸い、楓は化粧に集中していて、気付いていないようだった。
誠はほっとして、一度気持ちを落ち着かせる。
楓はとにかく真剣に、特に目と眉を何かしてくれている。
鏡で姿を見たいような、見たくないような。
昨日の周りの反応では、悪くはないようだけど、それはそれで複雑な気持ちだ。
今日は最後に、髪が足された。
後ろ髪を長く見せるように、地毛に混ぜるように付け足したようだ。
そして落ちないように、何か飾りのようなものを頭の上につける。
最後に髪を調整して、ひとつ何か前髪を流した横にも飾りをつけて、どうやら終了したようだ。
「ふう……立ってみて」
誠は楓に言われるまま、立ち上がってみせる。
「ちょっと、ぐるっと回ってみて」
その場で、ぐるっと回転する。
何となく女の子っぽく回ってしまう自分に、何とも言えない気持ちになる。
「うん。これでいい」
楓にようやく笑顔が戻ってきた。
どうやら、まずまず満足できる出来らしい。
楓が隣の部屋の扉を開けて、中の様子を確かめる。
「そちらも準備が終わったみたいだね。まーちゃんに入ってもらうよ」
楓がそう言うと、「はぁーい」という明るい声が重なって響く。
「さっ、中に入って」
誠は楓にうながされ、隣の部屋に入った。
「きやゃぁぁ! かっわいいぃぃ!」
入った途端に、桜か美緒かの叫び声に迎えられた。
それ以後も、女の子達の嬉しそうな声が重なり、響きあい、何を言っているのか解らないほどだった。
かなりよい出来だったらしい。
誠は戸惑いつつも、何となく安堵した。
それよりも……。
誠はまどかの姿を見つけて、びっくりした。
かっ、可愛い…………。
メイドさんの服……というのか、黒色のふんわりとした短めのスカートに、肩下までのきれいな模様の入った黒い服。
白い小さなエプロンのような前掛けをつけて、きれいな足に黒のソックスをはいていた。
そして何故か、頭に小さなネコ耳。
なぜ、ネコ耳……?
なのに誠には、今まで見た中で一番、まどかが可愛く見えた。
たまらない可愛さだった。
ネコ耳をつけた可愛い笑顔。
ソックスをはいた、細くて長い足。
胸も少し強調されていて、服が大きくふくらんでいる。
誠は正座をして拝みたい衝動にかられたが、それは何とか我慢した。
何か女装したあたりから、自分のネジがひとつはずれたのかな……と誠は顔を真っ赤にしてうつむいた。




