麻友とのけじめ
翌日、いつものようにまどかは教室でみんなと朝の挨拶を交わしていた。
曜子が現れると、まどかは嬉しそうに挨拶する。
「曜子、おはよう。昨日はありがとうね」
「まどか、おはよう」
曜子は昨日の喜びをまどかに伝えたい様子だったが、他の人にばれないよう、小さく右手の親指を立てて、まどかの健闘をたたえてくれるだけに抑えた。
まどかも、そのあたりは了解して、嬉しそうにうなずく。
ほっとため息をついて間もなく、まどかは教室に誠が入ってくるのを見つける。
瞬間、まどかは緊張して頬を赤く染めた。
誠もまどかに気付き、同じように身体を固めて、顔を赤くしていた。
やや挙動不審気味にうろうろしていたが、まどかの近くに来ると、誠はどもりながら挨拶をしてきた。
「おっ、おはようございましゅ」
「はっ、はい。おはようございまつ」
ふたりとも、どもっているし、噛んでるぞ……曜子が心のなかだけでつっこむ。
そのふたりの変化にまだ誰も気づいていなかったが、少し離れた席の麻友だけはふたりの様子をじっと眺めていた。
誠のことを目で追っていたことで、自然とそのやりとりを見てしまったのだ。
嫌な予感がして、麻友は胸が痛むのを感じる。
誠が近寄り、隣の席に座る。
麻友は気をとりなおして、
「誠くん、おはよう」
と笑顔で挨拶すると、
「おはようございます」
と、誠はいつもと変わらない挨拶を返してくれた。
先程のことが勘違いだったかと思うほどの変わらなさだったが、一方でまどかと自分とのあいだの差に、麻友の気持ちが落ち込んでいく。
わずかな期待を、黒く塗りつぶすような感触だった。
その予感が確定的になったのは、昼休み時間だった。
麻友は、誠から人気のいない場所へ誘われると、
「如月さんとお付き合いすることになりました……だから……御免なさい」
と言われた。
麻友は胸の痛みを隠すように、ため息をつく。
「わかった。約束だから、これ以上はつきまとわない。でも」
「…………」
「はいって言って、自分の気持を変えられるわけじゃないの。私は誠くんを好きでい続ける。迷惑でも、それを無理に変えることは出来ないから」
「……うん。わかった」
麻友は視線を合さずに、
「じゃあ」
と言って、教室へ向かって歩いて行く。
麻友は一度も振り返ることはなかった。
誠は慣れないことに、ふうっとため息をつく。
するとどこからか、パチパチっと拍手の音が聞こえた。
振り返ってみると、近くの校舎の窓から曜子が顔を出し、手を叩いていた。
「えらい。ちゃんと自分でカタをつけたんだ」
よく見ると、その側にはまどかの姿もあった。
まどかは恥ずかしいのか、曜子のそでを引いて隠れようとしている。
どうも、曜子もまどかも心配になって、隠れて誠に付いて来たようだ。
そんなまどかのことを、曜子は手を引っ張って校舎から中庭へみちびき、誠のところへ連れて行く。
曜子に背中を押され、まどかは誠と向かいああう形となった。
「ほら、まどか。ちゃんと頑張った誠に、お礼を言わなくちゃ。ご褒美」
曜子に言われ、恥ずかしそうにまどかはうつむく。
「あの……ちゃんと言ってくれて……ありがとう。安心しました……」
その恥ずかしそうにつぶやく様子が可愛くて、誠は緊張してしまう。
「いや、僕も御庄さんにはっきりしておきたかったから……」
「うん。私が誤解していたこと……納得できました」
曜子が、
「当たり前よ。誠にはまどか以外は必要ないんだから」
と言うと、ふたりはより一層頬を赤く染める。
本当かな……とまどかが上目遣いに誠を見ると、それに気づいた誠は恥ずかしそうに視線をそらし、しばらくして、うん、っとうなずいた。
「うわっ、肯定した。誠、けっこう素直に言えるようになったね……私もすこしは仲間に入れてね」
「あっ、はい。ごめんなさい。もちろんです」
「当たり前よ、いつでも一緒にいてね」
「ただ、キスするときは言ってね、後ろ向くから」
「…………!」「…………!」
しませんっっ。




