曜子への報告
まどかはその夜、曜子に電話をしていた。
まだ心は落ち着かなかったが、ふたりを見守ってくれていた曜子にはちゃんと伝えなくては、とまどかは考えていた。
まどかは自室から、曜子へ電話をかけてみる。
夜9時とすこし遅い時間だったが、曜子は数回のコールの後に出てくれた。
「曜子? まどかです」
「うん。私の方からも電話しなくちゃ、と思っていたから良かった……今日はごめんね」
「……えっ?」
こちらから用件を話す前に曜子に謝られてしまい、まどかはすこし戸惑う。
「びっくりして、感情的になっちゃった……つらいのはまどかの方なのにね」
「ううん。いいの。そんなに私のことなのに心配してくれて、……その……ありがとう」
「いや……うん」
お互いに間があく。
まどかは伝える言葉を探しつつ、気持ちを固めた。
「あのね……曜子ちゃん……その……今日の夕方にね」
「うん」
「師匠にね……」
「うん」
まどかはひとつだけ深呼吸をして、言った。
「……告白されました」
「うん……って、ええぇぇぇ!!」
携帯のスピーカーから大音量の叫び声が響き、まどかは思わず携帯を耳から離してしまう。
「告白って、告白?! 誠に好きって言われたの?!」
「……うん」
電話の向こうで、唾をゴクリと飲む音が聞こえた。
「で……まどかは、どう答えたの?」
「えっ……うん……私も好きです……って……」
「好きって言ったの?」
「……うん」
「ぃぃいやったぁぁぁーーー!!!」
携帯のスピーカーが割れそうになる。
まどかはあまりの曜子の声の大きさに呆然としてしまった。
「良かった! 良かった! 御庄のせいでどうなるかと思ったけど……ほっとした」
まどかは、くすっと笑う。
「ありがとう。そんなに喜んでくれるとは思わなかった」
「何かね、ふたりを見ていて、私も嬉しかった。恋っていいな、と思っていた」
「…………」
「でも、ふたりとも鈍感過ぎて、全然自分の気持も、相手の気持にも気づいていないみたいで、不安だった。このまま上手くいかないかも、と思ったら何か悔しくてね……感情的になっちゃった」
「そうだったんだ……本当に私は気がつかなかった」
まどかの素直な気持ちだった。
誰かが自分を好きになることが、どうしても理解できなかったし、誰かを好きになる自分も想像できない。
ここのところの周りと自分の変化は、まどか自身も驚くばかりだ。
「でも、お互いに気づいて良かった。これで初恋同士、恋人になれたわけだ」
「……えっ?」
一瞬の沈黙。
「えっ、て……初恋同士でしょ?」
「そうね、言われてみれば」
「恋人でしょ?」
「恋人……」
まどかは一気に顔を赤くした。
「……今になって気付きました」
「何が?」
「恋人……」
「…………にぶすぎる」
「はい……」
恋人、という慣れない響きに、まどかは恥ずかしくてしょうがない。
お互いに好きであることを確認しただけで精一杯。
これからのことをまったく想像していなかった。
「何をしたらいいんだろう」
「大丈夫。今までやってきたのが、そのまま恋人同士のやりとりだから」
「そうなの?」
「一緒に勉強したり、話したり、電話したり、メールしたり」
「何かこう、恋人って何か他に特別なことしないの?」
曜子がうーんっと考えながら、ぽそっとつぶやく。
「キスとか?」
「…………!!」
まどかが言葉にならない声を上げる。
いえ、キスは想定していませんから!
「だって恋人同士でしょ? 手をつないだり、抱き合ったり、キスしたり」
矢継ぎ早の曜子の言葉に、まどかは一気に顔を赤くして、そのまま自分のベッドへぱたりと倒れ込んだ。
「……無理です」
「なんで?」
「恥ずかしくて……」
「恋人同士の楽しみを……もったいない」
「もったいなくありません」
そんなことしたら、恥ずかしさで死ねそうです。
頭の片隅で想像しただけで、動悸で胸が大変なことになりました。はい。
「まあ、急ぐことはないよ。楽しみにね」
曜子はそう言って、ふふふっ、と笑う。
何かを企んでいそうで、怖い。
「ともあれ、おめでとう。今日はゆっくり眠れそう」
「ありがとう。心配おかけしました」
「どういたしまして。じゃあ、明日ね」
「うん、また明日」
ふたりは互いに電話を切る。
まどかは無事に報告がすみ、曜子の機嫌が治ったことに、安堵の息を漏らす。
でも……。
キスは……無理です……。




