両思い
どのぐらいの時間が過ぎただろう。
ようやくふたりの涙も止まり、気持ちが落ち着いてくる。
何となく恥ずかしくなって、どちらからともなく離れた。
「…………」
恥ずかしくて、お互いに顔を見ることが出来ない。
今頃になって、頬が熱くなるのを感じる。
ふたりは伝えてしまった思いと、とってしまった行動を思い出して、はずかしさのあまりどこか穴にでも入りたい気分だった。
でもその前に、お互いにどうしても確かめておきたいことがある。
「あっ、あの……」
「はい」
誠が先に口を開いた。
「その、僕のこと……好き……って、その……本当ですか?」
まどかが、かぁっ、と耳まで赤くして、こくこく、とうなずいた。
「あっ、あの……私のこと好き……って、その……そういう意味……ですか?」
今度は、誠のほうが耳まで赤くして、うなずいた。
「…………」
えーっと。
……両思い?
「……なっ、なんで僕のことを?」
「……私の方こそ、なんで……」
「いや、もう気づいたら好きになっていて……」
「わっ、私もです……気づいたら……」
ふたりはそれきり黙ってしまった。
お互いにまさか両思いになるとは思っていなかったので、どうしていいのか解らずにいたのだ。
「えーっと、……帰りましょうか」
「……そうですね……」
ふたりは、恥ずかしさのあまり目も合わせられず、言葉も交わせないまま、帰り道を歩いて行く。
ふたりの心はどきどきとしていたが、いつしかふたりとも笑顔が浮かべる。
それまでの沈んだ気持ちが嘘のように、心が軽くなっていることをふたりは感じていた。
いつしかあたりは夕暮れになり、ふたりのことを赤く染めていた。
誠は家についても、しばらくぼーっとしていた。
それをいぶかしげに真穂が眺める。
「誠……何かあったの?」
「えっ、いや! ……別に……」
誠は顔を赤くして視線をそらしたが、真穂はその様子をじっと見つめ、何か考え始める。
「隠しきれない嬉しそうな顔……まどかちゃんに愛の告白をして、うまくいったの?」
ずばりの指摘に、誠の顔が瞬間的に真っ赤になり、声がうわずる。
「なっ、なんで……えっ……」
「本当なの?!」
真穂が驚きのあまり椅子から立ち上がる。
「冗談で言ってみただけなのに……ねえ、本当ならとっても大切なことよ。私の目を見て。真剣に答えて」
真穂が誠の頭をぐいっと回し、無理矢理に目と目を合わせる。
誠は恥ずかしさに逃れたい気持ちで一杯だったが、状況的にそれは出来なかった。
「告白して、うまくいったの?!」
誠はすこし目を泳がせて、「うぅっ」とうなった後に、こくりとうなずいた。
「本当に!?」
「……はい……」
真穂は誠を引き寄せて抱きしめた。
そのいきなりの行動に、誠はビックリして、目を見開く。
「良かった! 本当に良かった……。大学の合格よりも、就職よりも嬉しいわ! よくやった。本当によくやった。よく頑張った……」
真穂が、とんっとんっ、と誠を抱きしめたまま飛びはねる。
その全身で表す嬉しそうな様子に、誠はむしろ戸惑ってしまう。
なぜこんなに嬉しそうなのだろうか。
「まどかちゃんがいい子だから、ふたりが付き合うといいなとは思っていたけど。あんたがヘタレだから心配で」
あー、はい、そうですね。
そこに異論はありません。
「好きになるのも、好きになってもらうのも、大変なことなのよ。それに、とっても、とっても大事なことだから……」
真穂の目にはいつしか、涙が浮かんでいた。
「えっ……あの……涙……」
「……へへっ、あなたのお父さんとのこと、思い出しちゃった」
誠の心がドキッとする。真穂が父親の話をすることは皆無に近い。
誠もあえて聞いてこなかったので、こんなタイミングで話が出るとは思っていなかった。
「あなたのお父さんのことは、またいずれちゃんと話すけど、私も昔は恋したのよ。これでも」
「……ああ……うん」
「わたしの人生にとって、大切な出来事よ。あなたも授かったし…………あっ、まどかちゃんがいくら可愛いからって、早まったことしちゃ駄目よ。子供は結婚してからね」
真穂がどさくさに紛れて、凄いこと言う。
誠は思わず「そんなことしません!!」と即座に否定した。
まだ手だって握ったことがないのに……肩は貸してもらったけど。
真穂は抱いた手をはなし、ゆっくりと離れた。
「誠、おめでとう。付き合ってからもいろいろ大変だけど、これもまた大切な勉強よ。しっかりね。その手を離しちゃ駄目よ」
真穂はウィンクして、笑う。
「僕からは離さないよ……離されるかが心配だけど」
「あはは。そうならないように、頑張りなさい」
真穂は誠の肩を、励ますようにとんとんっと叩く。
「いやぁ、めでたい。ビール飲むわよビール。あんたも付き合いなさい」
「未成年にお酒を勧めないでください」
「相変わらず、固いわね。ひとりで飲んでもつまんないの」
「いつもひとりで飲んでいるでしょ」
「めでたいことは、一緒に祝いたいの……まどかちゃんでも呼んじゃおうかな……」
「……僕で勘弁して下さい」
誠の言葉に真穂は笑った。
一柳家はそうして、久しぶりに明るい夜の時間を過ごしていた。




