ありがとう
授業が終わり、帰る時間になる。
ノートや教科書を鞄にしまい、帰ろうとしていた誠のことを、麻友が呼び止めてきた。
「ねえ、誠くん。伝えたいことがあるんだけど、ちょっと時間いい?」
誠としては早く帰りたいばっかりだった。彼女と話すこともない。
「早く帰りたいんだけど……なに?」
「ここでは話しづらいから、ちょっとついて来て」
返事を言う前に、誠は腕をつかまれて引っ張られる。
教室を出る直前、視界の端にまどかの姿を見つけて、胸が痛くなった。
まどかの元気のない横顔が心配で、どうしたのか心配になる。
でも聞くことが出来ない。
誠は麻友に引かれるまま、教室を後にした。
連れてこられたのは、誰もいない理科室だった。
麻友は勝手に中に入り込み、誠の後ろで扉を閉めた。
喧騒が急に遠くになり、不思議な静けさがあたりを包む。
麻友がくるっと振り返り、ひとつ大きな深呼吸をする。
「誠くん」
はっきりとした口調。
いつもより真剣な表情。
彼女にとって大切な事を伝えようとしていることは、誠にも伝わった。
「あなたのことが好きです」
初めて受けた告白。
少し誠の胸が苦しくなった。
「誠くんが如月さんのことを好きなことは知ってる。でも、如月さんも誠くんのことは友達だって言ってた。だから、私と付き合って欲しい。最初は恋心がなくてもいいから」
麻友はそこまで一気に言って、確かめるようにじっと誠の目を見続ける。
すこしだけ、麻友の手が震えていることに、誠も気づいた。
緊張している。
そうか……彼女も、苦しんで、でも勇気を出しているんだ。
好きじゃないことを知っているのに、思いを伝えている。
震えながら。
「……ありがとう」
誠の言葉に、麻友の顔がぱぁっと笑顔になる。
「付き合ってくれるの……?」
誠は顔を横に振った。
「こんな僕に、そんなに緊張して告白してくれて、ありがとう。相手が自分を好きじゃないって解っていても告白する勇気を教えてくれて、ありがとう」
「…………」
「御庄さんとは、友達以上にはなれないと思う。僕は……」
ひとりしかいない。
「まどかさんが好きなんだ」
苦しくても。
麻友はそんな誠のことをじっと見つめていた。
そして、ふぅっ、とため息をつく。
「誠くんなら、そう言うかな……って思ってた。そんな一途なところも好きなんだけどな」
「……ごめん」
「謝らないで、あきらめてないから。今日は思いを伝えたかったの」
「まどかさんが駄目だから、御庄さんと付き合うなんてできないよ」
「私はそれでもいいの」
「…………」
「時間が気持ちを変えてくれることってあると思うの」
「……変わらない思いを信じたい」
麻友がクスッと笑う。
「意外にロマンチストだね。知らなかった」
麻友はゆっくりと誠へ向かって歩き出し、そのまま横を通りすぎて行く。
「時間を取らせてごめん。今日はこれで帰るね。誠くん、また明日」
麻友はそう言って、笑顔を残して、ひとり理科室を出て行ってしまった。
ひとり残された誠は、深い溜息をついて、そして家へ帰るため歩き出した。
まどかは、体調がわるいことを部活の顧問の先生に告げた。
先生や先輩達がまどかの顔色が悪いことを心配してくれると、まどかは精一杯の笑顔を浮かべて、「ごめんなさい」と謝って部活を後にした。
あの昼休みのやりとりから、曜子も話をしてくれなくなった。
全部、自分が悪いのかな。
よく解らない……。
動かない頭、重たい体を感じながら、まどかは駐輪場へ向かってとぼとぼと歩いていた。
そして、誠を見つけた。
「…………」
まどかは足をとめる。
何となく、胸が苦しくなるのを感じていた。
誠が人の気配に気付き、顔を上げる。
まどかと視線が合い、嬉しそうな、ほっとしたような表情をした。
まどかもいつもの誠の様子を見て、こわばっていた気持ちがほぐれ、すこし嬉しい気持ちになる。
まどかは誠のもとへゆっくりと歩き出した。
「帰るところ?」
「うん。まどかさんも?」
「うん」
誠は、すこし恥ずかしそうにしながら、まどかに言葉をかけた。
「一緒に帰りませんか」
誠の言葉に、まどかも、こくん、とうなずいた。




