天使の戸惑い
翌日になって、麻友の行動がはっきりと変わってきた。
朝の挨拶に始まり、休み時間にも誠に話しかけ、お昼ごはんも一緒に食べようと机を寄せてくる。
誠は困った顔をして断ろうとするが、麻友の強引さに負け続けていた。
周囲も二人の変化に気づき始めるが、誠に嫌われるとノートを貸してくれないかもと心配し、麻友に嫌われるのは怖いと考え、ふたりのことは温かく見守る姿勢で一致していた。
一部に麻友に心を寄せる男子がいたが、むしろ積極的なのが麻友であることは明らかなだったので、傷心して机に突っ伏すにとどまっていた。
まどかが気づいたのは、昼ごはん、机を寄せて食べているふたりを見た時だった。
「あっ……」
まどかは驚きの声を上げて、黙りこんでしまう。
心のなかに湧き上がる感情に、名前をつけてあげることも出来ずに、立ち尽くしてしまった。
嬉しい? 悲しい? びっくり? ……なんだろう……。
解らないまま、とにかくその場はそのまま自分の席に座り、いつものように曜子と食べることにした。
曜子はそんなまどかの様子を見て、言葉をかけてくれた。
「誠と御庄のこと、気になる?」
「えっ……うん」
「大丈夫だから。御庄が勝手に言い寄ってきていて、誠は断りきれずにいるだけだから」
「そうなの?」
「当たり前でしょ」
「だってあんなに可愛い子なのに」
「可愛いかどうかが問題じゃないよ。好きかどうかの問題」
「…………」
私が男の子だったら、あんな可愛い子に言い寄られたら悪い気はないけれど……まどかはそんなことを考えていた。
誠も麻友のことが好きではないにしろ、悪い気はしていないのじゃないかな。だからああして、机を寄せて食べているのではないか……。
「誠をこちらの席に呼ぼうか」
考えている様子のまどかに、曜子が聞いてくる。
まどかはその問に、首を横に振って答えた。
「ううん。ふたりを邪魔しちゃ悪いよ。このままでいい」
「いいの?」
「うん」
「本当に?」
「……なんで?」
「なんでって言われても……」
曜子は困ったような顔をして、まどかの顔を覗き込む。
まどかの真意をはかるようにじっと目を見つめていたが、はあ、っとため息をつくと曜子はお弁当を食べ始めることにした。
「いや、いい。さっ、食べよう」
まどかは曜子が何を言いたかったのか、解らずにいた。
曜子も、まどかが本当に気になっていないのかどうか、解らずにいた。
ただまどか自身も、自分の心の感情が何を伝えようとしているのか、解らずにいたのだが……。
結局、帰りの駐輪場まで麻友は誠について行ったため、まどか達は一言も声をかけられずにいた。
途中、誠と視線が合うこともあったが、すぐに麻友から声をかけられた誠は視線を戻してしまう。
まどかは何となくメールも電話もしづらくて、言葉を交わさない日がそれから数日続いてしまった。
そんなある日の昼休み、まどかは麻友に声をかけられた。
誠が図書室に行ってしまっていて、麻友はひとりきりでいるようだった。
曜子もちょうど教室から出ていて、まどかもひとりで座っていた。
「如月さん、すこし話をしたいんだけど。今いいかな」
「あっ……うん」
「中庭に行かない?」
「うん、いいよ」
ふたりで歩いて中庭に向かう。
学校の中庭は、校庭とは反対側にあるため、人通りが少ない。
昼ごはんの時間も過ぎると、校舎から声は聞こえるものの、あたりに目立った人影も見当たらなかった。
麻友は立ち止まって、まどかの方を向く。
女のまどかでもドキッとするような、意志の強そうなぱっちりとした目が向けられる。
「ねえ、如月さんは誠くんのことどう思っているの?」
いきなりの質問に、まどかは戸惑ってうまく言葉が出ずにいた。
「えっ、その……なんで?」
「好きなの? 恋しているの?」
「……そんな恋なんて……」
まどかの言葉に、麻友はたたみかけるように言葉を重ねる。
「じゃあ、私が誠くんと付き合えるように応援してよ」
「えっ……?」
「だって恋してないんでしょ? 友達なんでしょ? だったらいいじゃない」
「……そう……だけど……」
まどかが言葉を探していると、麻友は笑顔で言った。
「誠くんも、如月さんのこと友達だって言っていたよ」
そう、友達。
携帯を買いに行った時も、店員さんにそう説明していた。
私もそれを聞いて嬉しかったはず……。
「いいよね。如月さん」
強い思いを感じる瞳に押され、まどかはうなずいてしまった。
「……うん……」
返事を聞いた麻友は、にっこりと笑顔を浮かべる。
「良かった。これで安心して誠くんにはっきり『好きだ』って言える」
麻友の「好き」という言葉を聞いて、まどかは胸が痛むのを感じた。
苦しいような、なんとも言えない不快感。
「如月さん、時間をとってくれて有り難う。それじゃあ」
麻友はまどかを残して、教室へ戻っていった。あるいは図書室へ行ったのかも知れない。
まどかは何とも言えない心の重ぐるしさを感じながら、しばらくその場に立ち尽くしていた。




