お化け屋敷と観覧車
「で、ここなの?」
「この怖さなら大丈夫だから」
悠太が代わりに決めたのはお化け屋敷だった。
廃れた病院跡をイメージされた建物で、最近リニューアルされたと聞いている。
人工的に作り上げたものとは解っていても、まどかの足は進まなかった。
「あの……他にしない?」
「俺がジェットコースターに付き合ったんだ。今度はまどかが付き合う番じゃないのか?」
「そんなぁ!」
「さあ、いくぞ!」
まどかの抵抗もむなしく、悠太に手を引っ張られ、ふたりはお化け屋敷に入っていった。
中に一歩入ると、急に外の喧騒が遠くなり、うす暗く、寒くなった。
人工的とは思えない、コンクリートの廃れ具合が、わずかな明かりで浮かび上がっていた。
ときおり先から、悲鳴が聞こえてきていた。
まどかは悠太の腕をぎゅっとつかみ、ほとんど眼を閉じて歩いていた。
「ど、どうなっているの?」
「目を開けて見ればいいじゃないか」
「できないから聞いているの」
「ああ……病室の跡みたいだな……誰か寝ているようだけど」
「やっ、言わないで!」
「どっちだよ……」
がたっっ!
「きゃぁぁぁ!!」
病室のベッドで寝ていた患者が起きた音に、まどかは悲鳴を上げた。
「大丈夫だって、寝ていた人が起きただけだから」
「だから叫んだの! ……目をつぶっていても、想像で怖い……」
悠太は笑った。
これだけ怖がっているまどかの様子をみるのは初めてで、ジェットコースターの仕返しも含めて、ちょっと楽しくなってきていた。
それに、腕に抱きついてきているのは、役得でしか無かった。
「お、今度は手術室か……あっ、誰か切り刻まれている」
「きゃあ! やっ、やめて!!」
その後も、首吊り自殺をしていた死体が、急にこちらを向いて笑い出したり、いきなり天井から死体が落ちてきたりと、ありがちな展開ながら、一つ一つにまどかは驚いてくれた。
外に出ても、まどかは悠太の手につかまり、目を閉じたままだった。
「おい、もう外に出たよ」
「ほっ、本当!?」
「本当だよ」
まどかはゆっくりと目を開け、遊園地の光景が広がっているのを見て、そのまま座り込んでしまった。
「おっ、おい」
「怖かった……」
まどかの目には涙が浮かんでいた。
「俺が側にいたのに、怖がりすぎたよ」
「悠太がいなかったら、そもそも入ることもできないよ……」
「まあ、そうか」
悠太は笑いながら、まどかの手をとって引き上げた。
「これでおあいこだな。まあ、あとは静かなのでいくか」
「うん……」
まどかも、悠太の提案にうなずいた。
途中で昼ごはんをとりながらも、ティーカップやメリーゴーランド、ゴーカートなどにのり、施設内のアトラクションをかなり制覇していた。
時間とともに、ふたりの中のわだかまりも消えていき、楽しい時間を過ごすことが出来ていた。
そして最後はやはり、観覧車に乗ることとなった。
あたりは夕暮れとはいかないが、だいぶ深い青に染まり始めている。
人の波はあるが、いくらか落ち着いた様子になっていた。
ふたりはゴンドラに向かい合う形で座った。
ゆっくりとゴンドラは地上から離れていった。
まどかは外の景色をゆっくり見つめていた。
「きれいな景色だね……」
まどかはつぶやいた。
悠太の返答はなかった。
まどかは不思議に思い、悠太を見ると、口に手を当て何かを耐えているようにも見えた。
「悠太……もしかして高いところが怖いの?」
まどかが嬉しそうに聞いた。
悠太は、頭を横に振った。
「じゃあ、なに? 疲れて気分が悪いの?」
悠太はこれにも頭を横に振った。
「……どうしたの?」
悠太は外を向いたまま、口を開いた。いくぶん顔が赤くなっていた。
「……キスしたい気持ちを我慢している」
「えっ……」
まどかは想像していなかった言葉にあわて、混乱した。
悠太が目を伏せ、手を前に出した。
「いいから、解っている。お前にはその気がないことは。無理にしたら傷つけることも解っているから、我慢している。気にしないでくれ」
まどかは何かを言おうと言葉を探したが、見つからなかった。
ただじっと、我慢する悠太を見つめるしか無かった。
確かに今日は楽しい時間だった。しかし、まどかはキスをすることを予想も想像もしていなかった。
そこがふたりの、はっきりとした差だった。
まどかの心のなかで悠太は、大切な幼なじみから出ることはなかった。
それが申し訳なく感じる。
しかしだからといって、同情してキスをすることも、横に座って寄り添うことも、謝罪することも、まどかにはできなかった。
ゴンドラがゆっくりと上にあがり、頂上についた。
ふたりは黙ったまま、互いに違う方向を見ていた。
下を見ると、楽しげに歩く人達がたくさん歩いているのが見える。
遠くを見ると太陽がゆっくりと夕焼けをつくろうとしていた。
そして、その光がちかくの海を照らし、きらきらと輝かせていた。
結局ふたりはその後も何も語らず、観覧車を降りた。
再び見えない何かが二人の間にできてしまい、帰りの電車もバスも、いくつかの会話だけでほとんど話すことはなかった。
悠太はまどかを家の前まで送った。
いずれにせよ、悠太も家もすぐ目と鼻の先ではあったが。
まどかは悠太にお礼を言った。
「悠太、ありがとう。今日は楽しかった」
「……俺の方こそ楽しかった。最後は気まずくしてしまったことはゴメン」
「…………」
「でも、気持ちは変わっていないから」
悠太ははっきりとまどかに伝えた。
しかし、まどかは返答することができなかった。
「それじゃあな」
悠太はそう言って、歩き始めた。
まどかは悠太の姿が見えなくなるまで、見続けていた。
その夜、まどかはベッドの上で倒れるように横になった。
疲れたのに、まだ睡魔は訪れていなかった。
すこしためらった後、まどかは曜子に電話した。
まるで電話を待っていたかのように、曜子はすぐに出た。
「……どうだった?」
いつもと比べて、曜子の口調は優しかった。
「楽しかった。……でも気持ちに応えることはできなかった」
「そっか……」
ふたりはしばらく沈黙した。
「ぐすっ……」
電話口でまどかはすすり泣いた。
「なっ、泣いてるの?」
「だって……ぐす……気持ちには応えられないし……元に戻りたいし……戻れないし……ぐす」
「そっか……」
まどかが泣き止むまで、曜子はしばらく待ってくれた。
「まどかは悪くないんだよ。気持ちはどうしようもないんだから。武田だって同情で付き合って欲しいとは思っていないだろうし」
「うん。解ってる」
まどかは涙を止めるように、深い溜息をついた。
「恋をするって、どんな気持ちなんだろう」
まどかの素直な今の気持ちだった。
「私に聞かないでくれ。私も二次元の恋しか知らないから」
「二次元?」
「小説の中とか、テレビの中とか」
まどかが少し笑った。
「私よりはすすんでいるかも」
「でも、相談相手としてはどうかと思うよ」
曜子もつられて笑った。
まどかもようやく落ち着いてきた。
「でも曜子が聞いてくれて助かった。一人では抱えきれなかったから」
「どういたしまして。このぐらいなら、いつでもいいよ」
「うん、ありがとう。すこし眠くなってきた。おやすみ」
「おやすみ。お疲れ様」
通話が切れた。
部屋の電気を消し、まどかは温かさの残る携帯を感じながら、ベッドに横になった。
しばらくは、今日の出来事が頭をめぐったが、やがて深い眠りについた。




