表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勉強の神様は人見知り  作者: 京夜
神様と天使の夏休み
32/123

お化け屋敷と観覧車

「で、ここなの?」


「この怖さなら大丈夫だから」


 悠太が代わりに決めたのはお化け屋敷だった。

 廃れた病院跡をイメージされた建物で、最近リニューアルされたと聞いている。

 人工的に作り上げたものとは解っていても、まどかの足は進まなかった。


「あの……他にしない?」


「俺がジェットコースターに付き合ったんだ。今度はまどかが付き合う番じゃないのか?」


「そんなぁ!」


「さあ、いくぞ!」


 まどかの抵抗もむなしく、悠太に手を引っ張られ、ふたりはお化け屋敷に入っていった。


 中に一歩入ると、急に外の喧騒が遠くなり、うす暗く、寒くなった。

 人工的とは思えない、コンクリートの廃れ具合が、わずかな明かりで浮かび上がっていた。

 ときおり先から、悲鳴が聞こえてきていた。

 まどかは悠太の腕をぎゅっとつかみ、ほとんど眼を閉じて歩いていた。


「ど、どうなっているの?」


「目を開けて見ればいいじゃないか」


「できないから聞いているの」


「ああ……病室の跡みたいだな……誰か寝ているようだけど」


「やっ、言わないで!」


「どっちだよ……」


 がたっっ!


「きゃぁぁぁ!!」


 病室のベッドで寝ていた患者が起きた音に、まどかは悲鳴を上げた。


「大丈夫だって、寝ていた人が起きただけだから」


「だから叫んだの! ……目をつぶっていても、想像で怖い……」


 悠太は笑った。

 これだけ怖がっているまどかの様子をみるのは初めてで、ジェットコースターの仕返しも含めて、ちょっと楽しくなってきていた。

 それに、腕に抱きついてきているのは、役得でしか無かった。


「お、今度は手術室か……あっ、誰か切り刻まれている」


「きゃあ! やっ、やめて!!」


 その後も、首吊り自殺をしていた死体が、急にこちらを向いて笑い出したり、いきなり天井から死体が落ちてきたりと、ありがちな展開ながら、一つ一つにまどかは驚いてくれた。

 外に出ても、まどかは悠太の手につかまり、目を閉じたままだった。


「おい、もう外に出たよ」


「ほっ、本当!?」


「本当だよ」


 まどかはゆっくりと目を開け、遊園地の光景が広がっているのを見て、そのまま座り込んでしまった。


「おっ、おい」


「怖かった……」


 まどかの目には涙が浮かんでいた。


「俺が側にいたのに、怖がりすぎたよ」


「悠太がいなかったら、そもそも入ることもできないよ……」


「まあ、そうか」


 悠太は笑いながら、まどかの手をとって引き上げた。


「これでおあいこだな。まあ、あとは静かなのでいくか」


「うん……」


 まどかも、悠太の提案にうなずいた。


 途中で昼ごはんをとりながらも、ティーカップやメリーゴーランド、ゴーカートなどにのり、施設内のアトラクションをかなり制覇していた。

 時間とともに、ふたりの中のわだかまりも消えていき、楽しい時間を過ごすことが出来ていた。


 そして最後はやはり、観覧車に乗ることとなった。

 あたりは夕暮れとはいかないが、だいぶ深い青に染まり始めている。

 人の波はあるが、いくらか落ち着いた様子になっていた。


 ふたりはゴンドラに向かい合う形で座った。

 ゆっくりとゴンドラは地上から離れていった。

 

 まどかは外の景色をゆっくり見つめていた。


「きれいな景色だね……」


 まどかはつぶやいた。

 悠太の返答はなかった。

 まどかは不思議に思い、悠太を見ると、口に手を当て何かを耐えているようにも見えた。


「悠太……もしかして高いところが怖いの?」


 まどかが嬉しそうに聞いた。

 悠太は、頭を横に振った。


「じゃあ、なに? 疲れて気分が悪いの?」


 悠太はこれにも頭を横に振った。


「……どうしたの?」


 悠太は外を向いたまま、口を開いた。いくぶん顔が赤くなっていた。


「……キスしたい気持ちを我慢している」


「えっ……」


 まどかは想像していなかった言葉にあわて、混乱した。

 悠太が目を伏せ、手を前に出した。


「いいから、解っている。お前にはその気がないことは。無理にしたら傷つけることも解っているから、我慢している。気にしないでくれ」


 まどかは何かを言おうと言葉を探したが、見つからなかった。

 ただじっと、我慢する悠太を見つめるしか無かった。


 確かに今日は楽しい時間だった。しかし、まどかはキスをすることを予想も想像もしていなかった。

 そこがふたりの、はっきりとした差だった。

 まどかの心のなかで悠太は、大切な幼なじみから出ることはなかった。

 それが申し訳なく感じる。

 しかしだからといって、同情してキスをすることも、横に座って寄り添うことも、謝罪することも、まどかにはできなかった。


 ゴンドラがゆっくりと上にあがり、頂上についた。

 ふたりは黙ったまま、互いに違う方向を見ていた。


 下を見ると、楽しげに歩く人達がたくさん歩いているのが見える。

 遠くを見ると太陽がゆっくりと夕焼けをつくろうとしていた。

 そして、その光がちかくの海を照らし、きらきらと輝かせていた。


 結局ふたりはその後も何も語らず、観覧車を降りた。


 再び見えない何かが二人の間にできてしまい、帰りの電車もバスも、いくつかの会話だけでほとんど話すことはなかった。


 悠太はまどかを家の前まで送った。

 いずれにせよ、悠太も家もすぐ目と鼻の先ではあったが。


 まどかは悠太にお礼を言った。


「悠太、ありがとう。今日は楽しかった」


「……俺の方こそ楽しかった。最後は気まずくしてしまったことはゴメン」


「…………」


「でも、気持ちは変わっていないから」


 悠太ははっきりとまどかに伝えた。

 しかし、まどかは返答することができなかった。


「それじゃあな」


 悠太はそう言って、歩き始めた。

 まどかは悠太の姿が見えなくなるまで、見続けていた。



 その夜、まどかはベッドの上で倒れるように横になった。

 疲れたのに、まだ睡魔は訪れていなかった。

 すこしためらった後、まどかは曜子に電話した。

 まるで電話を待っていたかのように、曜子はすぐに出た。


「……どうだった?」


 いつもと比べて、曜子の口調は優しかった。


「楽しかった。……でも気持ちに応えることはできなかった」


「そっか……」


 ふたりはしばらく沈黙した。


「ぐすっ……」


 電話口でまどかはすすり泣いた。


「なっ、泣いてるの?」


「だって……ぐす……気持ちには応えられないし……元に戻りたいし……戻れないし……ぐす」


「そっか……」


 まどかが泣き止むまで、曜子はしばらく待ってくれた。


「まどかは悪くないんだよ。気持ちはどうしようもないんだから。武田だって同情で付き合って欲しいとは思っていないだろうし」


「うん。解ってる」


 まどかは涙を止めるように、深い溜息をついた。


「恋をするって、どんな気持ちなんだろう」


 まどかの素直な今の気持ちだった。


「私に聞かないでくれ。私も二次元の恋しか知らないから」


「二次元?」


「小説の中とか、テレビの中とか」


 まどかが少し笑った。


「私よりはすすんでいるかも」


「でも、相談相手としてはどうかと思うよ」


 曜子もつられて笑った。

 まどかもようやく落ち着いてきた。


「でも曜子が聞いてくれて助かった。一人では抱えきれなかったから」


「どういたしまして。このぐらいなら、いつでもいいよ」


「うん、ありがとう。すこし眠くなってきた。おやすみ」


「おやすみ。お疲れ様」


 通話が切れた。

 部屋の電気を消し、まどかは温かさの残る携帯を感じながら、ベッドに横になった。

 しばらくは、今日の出来事が頭をめぐったが、やがて深い眠りについた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ