流れ星
夕食は10人程度が入れる畳の個室で、机の上にはそれぞれの席と料理がすでに置かれていた。
刺身の盛り合わせなど、美味しそうな海産物料理に、思わず歓声が上がる。
「美味しそう!」
「早く食べよう! お腹すいた」
手早くご飯を盛りつけて並べると、「いただきます」と声を合わせて食べ始めた。
「あっ、美味しい!」
「ねっ」
食べる口に、話す口。
忙しくも慌ただしい夕食になっていく。
「でもさぁ、私だけじゃなくて、彼氏がいるのって、この中でまどかだけでしょ?」
桜は先程の話をまだ根に持っていたらしい。
桜の言葉にみんながうなずくなか、美緒が涼やかな笑顔で答えた。
「確か、凛ちゃんも彼氏がいたと思うけど?」
「えっ!?」
みんなの視線が一気に凛に集中する。
意外すぎて、誰も想像していなかった。
視線の先の凛はお箸を口にしながら、頬を真っ赤に染めていた。
「美緒さん……何で知っているんですか……」
どよめきが走る。
「本当なんだ」
「意外!」
凛は恥ずかしそうに、顔を伏せる。
「誰? 相手は誰なの?」
桜が身を乗り出して凛に質問したが、凛は恥ずかしがって答えそうにもなかった。
「確か、部活の先輩とか」
「美緒さん!」
どうも話しやすい美緒のところには、いろいろな噂が集まっているらしい。
おっとりしているからと言って侮れない。
「ねっ、ねっ、どちらから声をかけてきたの?」
桜が楽しそうに質問を重ねる。
凛も観念したのか、自分から告白し始めた。
「先輩からです」
「何て言って?」
「……付き合って欲しい、って」
「おぉ、シンプル!」
みんなできゃあ、きゃあと騒ぐ。
誠には今ひとつ、こう言った話で盛り上がる女心というものが理解できなかったが、他の人はこうやってお付き合いを始めているんだ、と感心していた。
「で、付き合ってみてどう?」
「あまり、変わらないです。学年も違うし、部活は今までも一緒だったし」
「デートはするんでしょ?」
「あまり。先輩も受験組だから」
「あー、そうかー」
今ひとつ盛り上がりにかけ、桜も質問するのをやめることにした。
「それでもふたりか……。これだけ美人が揃っているというのに」
「告白はされるけどね」
麻友がぽそっとつぶやくと、桜が苦々しい顔をした。
「私は女の子からしか告白されない」
「やっぱりね」
「なにがやっぱりよ」
桜の言葉に、みんなで笑った。
「まーちゃんならいいけど、まどかとラブラブだしなぁ」
桜の爆弾発言に、誠は思わずお味噌汁をかるく吹き出した。
「それは、本当に好きっていう感情なの? 桜、本当に人を好きになったことある?」
麻友が恋の先輩らしい、なかなか鋭いツッコミをかける。
「あるに決まってるじゃない! ……幼稚園の時だけど……」
「それはカウントに入らないわね」
麻友の冷静な言葉に、一同でうなずく。
桜でも本当の恋愛をしていないことに、誠は驚いた。
自分以外はみんな恋愛を経験しているものだと思っていた誠は、思わず桜を見つめてしまった。
誠の視線に気がついた桜が、嬉しそうににやっと笑う。
「なーに、まーちゃん。私が気になる?」
「いえ、そうじゃなくて」
「即答しない!」
また笑いがはじけた。
「桜さん、魅力的なのに」
「そう! そうでしょう! さすが私のまーちゃん」
「桜さんのものになった覚えはないのですが……」
夕食はそうして、笑いに包まれながら過ぎていった。
夕食が終わるとみんなで砂浜に出て、先ほど購入した花火をやることにした。
夜の砂浜は心地良い海風が吹いていて、過ごしやすい気温になっていた。
桜が満面の笑みで花火を抱え、ホテルで借りたバケツと水を誠が持って歩く。
まどかや曜子達も、久しぶりの花火に笑顔がこぼれていた。
砂浜に出ると周りの明かりが少なくなり、一段とあたりが暗くなる。
漆黒の海はわずかな光に時折きらめき、夜空には幾千もの星がまたたき始めていた。
出歩く人もまばらで、遠くにカップルらしき二人組が歩いたり、地元の人の散歩とおぼしき影が見えるぐらいだった。
「ここらで始めようか!」
待ち切れない桜が、花火を降ろして袋を開け始める。
子供みたいな桜の様子にみんなで笑いながら、配られた花火を手に取っていく。
ひとつの手持ち花火をライターでつけると、その花火からほとばしる火の流れで互いの花火をつけていった。
「きれい!」
「わあ……」
暗闇に浮かび上がる、いくつもの花火の光に、歓声と感嘆の声が上がる。
白い明るい光から、赤になり、青になり。
シャッーという音をたてるものもあれば、パチパチと弾けるものもある。
煙とともに、火薬の匂いがあたりを漂っていた。
誠は自分でやるよりも、花火を楽しむまどか達を見ていた。
何気ない光景なのに、何故かとても幸せな気持ちに包まれたような感触がして、胸のあたりがくうっと苦しくなる。
この時間がもっと続いて欲しい、と誠は心のなかで祈っていた。
「あっ、流れ星!」
美緒の声が響いた。
誠が見上げた時には消えていたが、しばらくみんなで空を上げていると、またひとつ星が流れた。
「わあ! また!」
みんなで花火の手を止め、空を見上げる。
花火の光が消えると、夜空の星がよりいっそう浮かび上がってきた。
「先生、夜空の講義して!」
麻友が嬉しそうに提案すると、みんなが手を叩いて喜んだ。
誠は一瞬だけ戸惑ったが、面白い話をしようと構えるのではなく、自分らしく知っている知識をそのまま伝えようと、心を落ち着かせて話し始めた。
「そういえば、ペルセウス座流星群の時期ですね」
「ペルセウス座流星群?」
「はい。一年の間にも、流れ星が多くあらわれる時期があって、それぞれに名前がついています。ペルセウス座あたりを中心として流れるのでこの名がついています」
「へえ……」
誠の解説にうなずきながら、みんなで夜空を見上げ続けた。
「ところでみなさん、流れ星って何だと思いますか?」
「何って言うと?」
「なぜ流れ星が起きるのか」
誠が問うと、みんながうーんと悩みだす。
「確か、塵か何かが大気圏に突入して光るとか」
答えたのは曜子だった。
本を読むのが好きな曜子は、誠ほどではないが広い知識を持っているようだ。
「そうですね。数ミリとか数センチ程度の小さな塵……まあ地上に落ちたら隕石ですね……が大気圏に突入して燃えて流れたものが流れ星です。正しくは流星というようですが」
「空のお星様が流れたものじゃないの?」
桜が驚いたように誠に聞いた。
「何光年も先の星が流れたら、あんなに速く流れません。地上からすぐ近くで起きている現象だから、ああして流れるのです」
「あっ、そっか……流れ星なんて見たことがなかったから、本気でそう思っていた……」
「流れ星がたくさん見ることができる時期もありますよ」
誠の説明に、桜がまたびっくりして聞き返してきた。
「本当? いつ」
「今頃です。先ほど話したペルセウス座流星群の時期が今頃で、うまくすれば1分間に1個は流れますよ」
「そっ、そんなに!?」
そう言っている先に、また大きく星が流れた。
「あっ……」
「きれい」
「本当、一瞬だね」
思いもしなかった天体ショーに、感嘆の息をもらす。
美緒がさらに質問をしてきた。
「ねえ、誠くん。なんでこの時期になるとたくさん見られるの?」
「地球は太陽の周りを1年に1回、ぐるっと回りますよね。その軌道上で流星のもととなる塵がたくさんある所があるのです。そこを通る時期にこうして見ることができます」
「あ、なるほど。いつも塵があるわけじゃないんだ」
「はい。彗星って解りますか? 俗に言う、ほうき星というものですが」
「歌で聞いたことある」
美緒が何か鼻歌を歌った。たぶん、そのほうき星と関係のある歌なのだろう。
「惑星の他にも、太陽の周りを回っている小さな天体があるのですが、それが太陽に近づくと一部が燃えて、光の尾を作ります。これが彗星と呼ばれているものです」
だんだんとみんなは静かに空を見つめ、プラネタリウムでナレーターの話を聞くように誠の言葉に耳を傾けた。
「燃えた物が、塵となって軌道上に残ります。その軌道が地球の軌道と重なることがあります。これが流星群となるのです」
「なるほどね……深いわ」
「まーちゃんの話し方は優しくて心地いいけど、夜に聞くと眠くなっちゃう……」
麻友が心地良さそうなあくびをする。
あまり遅くなってもいけないので、みんなで花火の残りをやることにした。
そうして、みんなで大きな打ち上げ花火をやったり、小さな線香花火をしたり。
夏らしい夜をそれぞれに楽しんだのだった。




