第116話 実力者
「磁化だと……」
キリエは動けなくなった神楽坂へと近づきながら話す。
「そう、鉄に磁石をくっ付けたままにすると、その鉄も磁力を持ち始める現象のこと。私のZONEね。意外と便利なのよ。回数の制限はあれど、それ以外は基本的に制限ないのよねえ。」
「だが、僕は磁石に何て触れてない……いや、まさか!?」
「あっ、気付いた?あんたがぶん回してたサッカーゴールにしがみついた時にサッカーゴールそのものにS極、SⅢを付与した。それを伝播元にして、あんたの鎖からSⅣを体全体に付与させたの。」
「そういうことか...…」
そういうことだったのか。
「でもサッカーゴールを手放したのは良い判断だったわね。この効果、伝播元から離れると一分程度で解除されちゃうんだけど。それだけあれば、時を止めるより先に、あんたをぶっ倒すには十分な時間よねえ?」
キリエはそう言って、神楽坂の眼前まで距離を詰めた。神楽坂の足取りは明らかに重い。鎖を操ろうとすれども、地面へと押さえつけられて身動きすらままならない。
「……なるほど」
神楽坂は息を整えながら、静かに笑った。
「理屈としては単純だが、実戦でここまで洗練させているとは思わなかった。君のZONEは、ただの拘束や押し付けじゃない。相手の行動そのものを縛る。」
キリエは答えず、地面を蹴った。磁力の反発を瞬間的に切り替え、身体を弾丸のように射出すると、次の瞬間には神楽坂の懐へと踏み込んでいた。
「――っ!」
神楽坂は鎖を盾代わりに振るうが、磁力に引っ張られている影響か速度が追いつかず。キリエの拳が鎖の隙間を縫い、神楽坂の腹部へと打ち込まれ神楽坂の身体がわずかに浮いた。キリエはそのまま身体を捻り、肘、膝、蹴りと畳みかけ数十発の攻撃を打ち込む。しかし、神楽坂は余裕の表情だった。
よく見てみると、神楽坂の鎖が数本見えない。そして服が中に棒を入れたように少し盛り上がっている。神楽坂は、自分の体全体に鎖を締め付けさせ体勢を保ちながら、ダメージを軽減していた。さらに鎖を地面に突き立ててアンカーのように体を支えている。衝撃のほとんどは地面へと受け流されていた。傍から見れば、キリエの攻撃は神楽坂には通用していなかった。
それもそうだ。キリエのZONEはあくまで磁力を付与する能力。俺や神楽坂のような肉体系ZONEのように身体能力の向上といった副次的な能力はない。火野先生の下で修業を積んだとしても肉体系以上の身体能力を得ることは厳しい。それをカバーするために体術こそ学んでいるみたいだが、その圧倒的な差は武器でしか補えない。なのにキリエのやつ、なぜここまで来てその両腕の武器を使わない?
時間が来る。神楽坂は余裕の表情でキリエの方を見る。約一分間、ひたすらに攻撃を続けていたキリエの息は上がって、肩を震わせている。
「さあ、そろそろ時間だ。」
「はぁ……はぁ、やっぱり、通用しないか。」
「一つ聞いていいかい?」
「……何よ」
「何でその盾を使わなかったの?」
「え?だって、不公平じゃない?」
「え?」
「私は武器持ちで、あんたは手ぶらな挙句に時間停止も使わない。そんなあんたを一方的に殴ってもスッキリしないっていうか……何よ悪い?」
「悪くはない。むしろそうだな。君は実に──
時が止まった。
キリエたちは動くことなく、木々も揺れ動かない。辺りの風景はモノクロ写真のような薄い灰色に侵された。
この世界で生きている人間は、僕しかいない。衛守桐恵、磁力を付与するZONEを最大限利用し、応用して戦うその様は、紛れもない実力者のそれだった。それ故に惜しい。星谷君と彼女が家族であるという点が非常に惜しい。お友達にはなりたいけど、僕、いや私にとっては最大のライバルになる存在だ。彼女が彼をどこまで知っているのかは、分からないけれど。
それでも、嫉妬してしまう。
なんで、貴方が彼のすぐ近くにいるの?
なんで、私は彼のすぐ近くにいれないの?
増大する嫉妬心は、私の判断を鈍らせる。ここで殺した方がライバルが減っていいかもしれない。そう頭に過るけども、過去のトラウマがそれを否定する。
「君のいう通り、僕は確かに君に嫉妬しているとも。だからって軽率に死んで欲しいわけではない。だから、掠める程度で許してあげる。僕のZONEは、その些細で大きな願い応えて進化したからね。」
時間が止まった世界で私は彼女に話しかける。
「……」
もちろん返事はない。ここは止まった世界。私以外の動植物の動き、物理法則がほんの12秒停止する世界。私は彼女を気絶させるため、勝利と断罪の鎖を彼女の方へと動かす。
しかし、鎖が彼女へと届く前に彼女の盾へと引き寄せられた。
そうだった、私の勝利ト断罪ノ刻で時間が止まっている状態というのはあくまで、その状況を写真で取ったようなもの。そこにある熱は熱であり続け、光は光としてあり続ける。磁力も同様だ。それ自体が力場を発生し続けている。
時間が止まっても磁力は止まらない。
止まった世界でも、貴方は私のことを離さない。
わかった。なら、貴方がやろうとしたように、私も素手で貴方に止めを刺す。
一歩、また一歩と貴方に近づき、首元を狙って腕を振り上げる。
そして時は動き出す。
──面白いね。」
次の瞬間には神楽坂はキリエへと手刀をしていた。キリエは反応できず、その場に倒れ込む。だが、まだキリエは多少意識が残っているのか、神楽坂の方を向き、悔しそうな表情で話しかける。
「神楽坂……あんた……」
「勘違いしないでね。僕は君に対して焦りを感じたから勝利ト断罪ノ刻を使った訳じゃない。君を対等な場所に立たせるために使ったんだ。君は勝利ト断罪ノ刻を使うに値する実力者だ。」
そう言って神楽坂は鎖でキリエをすくい上げて、お姫様抱っこする。確かにキリエはよくやった。あの舐めプ状態だった神楽坂相手に一時の本気を出させるほどに善戦していた。ZONEの差異が無ければおそらくキリエは拮抗かそれ以上の実力を秘めていたかもしれないな。
「……え?ちょ、ちょっとあんた何してんのよ!?」
「僕は戦いには勝ったけど、君との勝負には僕は負けたんだ。安全圏ぐらいまでは運んであげるようと思ってね。」
「余計なお節介……」
「そう?ならここで落としてあげてもいいんだよ?」
「お願いします……」
「聞こえないな?」
「運んでくださいお願いします!」
「よくできました。」
屈辱的な顔を浮かべるキリエと、そのキリエの顔を見て爽やかな笑みを浮かべて歩く神楽坂。さっきまでの戦いが嘘みたいに収まっちまった。俺は神楽坂がキリエを安全圏へと置くのを遠目から見ながら、拳を握り締め、運動場の中心に立った。
安全圏から戻って来た神楽坂は、憐みか、それとも失望か。どちらにせよ、癇に障るような顔で俺へと話しかけてきた。
「君と戦うのは、一体いつぶりだろうね?まさか、一匹狼の君が群れるようになるなんて、どんな心境の変化かな?まさか、臆病になったのかな?僕としては一人で戦う君の姿が好きだったんだけどね。昔の彼を思い出せて。」
「違うな、俺は臆病になったわけじゃねえ。それに、誰かの面影を感じてたようなら忠告だ。俺は別に誰かを真似たりしてるわけじゃねえ。感傷に浸りてえなら、旗を置いて戦場から抜けろ。」
「相変わらず、冷たいね。わかってるさ、そんなこと。だが、数回戦った仲だからわかる。君は以前より餓えていない。満たされた状態にいる……違うかい?」
その問いは的を得ていた。
「確かに、今の俺は餓えちゃいねえ。昔のオレは、この狩高で行われているイベントで大暴れすることで、知名度を稼ぎ、警備バイトやらで雇ってもらおうとしていた。夢を捨て、生活費と学費のためにバイトをして碌に授業も出てなかった。クラスメイトからの印象は最悪だったろうな。」
小っ恥ずかしさからか、俺は自然と空を見上げて続ける。
「だがな、星谷が狩高に来てから少しづつ変わった。あいつは、俺の居場所を作ってくれた。そしてクラスメイトは、俺のことを受け入れてくれた。その日からだった、俺の心の餓えが満たされていったのは。」
「ふーん。でも、それって君の弱体化に繋がるんじゃないかな?満たされるということは餓えが消えること。君は、前に僕と戦った時に「餓えが俺を強くする」と言っていた。今の満たされている君では、僕を倒すことはできないんじゃないかな?」
俺は自分の拳を見て、神楽坂に返す。
「お前が言うように今の俺は満たされている。以前のように強くはないかもしれねえ。だが、満たされた今、俺には新たな……いや、再び呼び起こされた餓えがある。」
「その餓えってなんだい?」
「それは夢。ハンターになるっていう夢への餓えだ。なんのために狩高に入ったのかいつしか忘れていた。そして、その餓えがまた俺を強くする。」
「なるほど、君の餓えは続くわけだ。」
「そうだ。その餓えを満たすため、俺の心を満たしてくれた星谷とこのクラスのみんなのためにも、俺はお前を倒す!」
「強欲、いや、君して言えば暴食か。その膨れ上がった餓えと渇きで一体僕とどれだけやれるかな!」
「さあな、やってみなきゃわかんねえ!」
今黒条家の設定とかを洗い直してるんだけど楽しすぎてヤバイ。




