第104話 ぶち壊し抜ける
ガマの渋い顔がわずかに緩む。だがその瞳はすぐに鋭さを取り戻し、星谷の横で戦闘態勢に入った。
「……ほんま、無茶苦茶やであんさんは。でも、そういうとこ嫌いやないわ。」
「だろ?なら行くぞ。」
俺は左の拳を軽く握り、わずかに電気を散らす。右腕の激痛は電気を流してで消しているとはいえ、動かせないのは事実。だが、左だけでも十分。いや、左を主軸に戦うからこそ生まれる読み違えが、あの二人には効く。なんせ、こんな場で自分のZONEを開示しちまうほどに頭が悪いのだから。
「ウホホ……痛みを耐えてるだけで戦えるつもりか?甘ぇウホ。」
「右腕が死んでるくせにイキるんじゃないZOI!さっきの一撃を受けても立てるのは認めるが、次で終わりZOI!」
「終わるのはお前らの方だろうが……!」
星谷は床を蹴り、一気に前に出た。
「……ガマ、行くぞ。」
「任せや!」
二人の間合いに入るまで、あと十数メートル。重力増加の圧力がじわじわと肩を押し、足首にまとわりつき、まるで鎖で全身を引きずられているような鈍い負荷がのしかかってくるが
「……ここで正面突破するほど、俺は脳筋じゃねぇんだよ。」
踏み込むと同時、俺は進行方向から右の教室へと磨りガラスを突き破って入っていく。
「逃げたZOI!?」
「どこに行くウホ!?」
犀牙と黒石の注意が完全に俺へ向いた。この一瞬こそ、ガマの狙い目だった。
「ガマ!!」
「言われんでも分かっとる!!!」
ガマは足を地面に叩きつけ、弾け飛ぶ衝撃で跳躍し、そのままドロップキックを犀牙へとお見舞いすると、犀牙はそのまま衝撃で壁へと叩きつけられ、経年劣化によって強度を失った壁は簡単に瓦解し穴が開いて下へと落ちていく。
ドガァァァァッ!!
「ぐぶへぇ!痛い……お、落ちるZOI!?」
「逃さへん!あんさんには、ここでリタイヤしてもらうで!」
下へと落ちていった犀牙を追いかけて、ガマは下へと降りていく。
「や、やっばり、あの関西弁野郎には犀牙のZONEは効果がないウホ。ここかは、俺が行くウホッ!」
「行かせねえよ。」
犀牙を追うガマを追って黒石は瓦解した壁の方に近づこうとするが背後からかけられる星谷の声が黒石の動き静止させる。
「う、後ろウホッ!?こいつ、どうやってこっちに……はっ!?隣の壁がぶち抜かれているウホ!?もしやこいつ、犀牙が壁に叩きつけられるのと同じタイミングで壁を壊して音を掻き消したウホッ!?」
「わかってんじゃあねえか。」
俺はニヤリと笑った。黒石の顔から血の気が引いていくのが見えて、気分がいい。
「だが、その腕でどうやって壁を壊したウホ……」
「さあな?左腕でやったかもしれねえし、右腕で壊したのかもしれないぜ?」
星谷は右腕を完全に脱力させたまま、左腕のマンティスガントレットを起動させる。
「これでサシだ。さあ、タイマンと行こうか!」
そして、姿勢を低くし潜り込むように黒石に接近する。黒石は星谷を叩き潰そうと右拳を振り下ろすも、星谷はそれを紙一重で回避し、黒石の右腹をガントレットで切り裂き抜ける。
「くっ……こんなの擦り傷ウホ!」
黒石は、受けた斬撃を気にすることなく殴りかかる。ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ。黒石のラッシュは速く、そして鋭い。星谷は、エリクサーのカフェイン摂取による集中力の増加によって一時的に制限可能となったオーバーゾーン状態に入る。黒石のペースに飲まれた星谷は攻めに転じることなく、負傷した体では回避することで精一杯だった。
ラッシュが続いたその一瞬、区切りとばかりに黒石は自信満々に右ストレートを放った。星谷がその見え見えの軌道を避けた時、黒石の左拳が腹へと襲いかかる。通常なら右手で逸らして直撃は避けられたそれをモロに喰らう。
「うっ……!」
強力な打撃を貰ったことで磑亜アーマーは砕ける。パンチの衝撃を逃がすように床に焦げ跡を残すほどに強く踏ん張るが、それでも逃がしきれない衝撃が星谷の口から胃液を吐き出させ、膝を付かせる。
「ウッホホ!入ったウホ!モロ入ったウホ!(やはり、こいつ威勢を張っているだけで、右腕は既に使い物にならない状態。今のパンチを逸らさず食らったのが何よりの証拠!)」
黒石は右腕を4回ほど回して再度、天廻し穿つ賢人を発動させる。黒石のZONEは攻撃するために使う腕や足の関節を回すことで、回した回数だけそのパワーをストックし、それを攻撃する時に一斉に解放させる能力。通常、ゴリラのパンチは素人のパンチの10倍以上。つまり次のパンチの威力は人間の40倍ということになる。
黒石は疲労状態の星谷に向かって走り出し、天廻し穿つ賢人で強化した拳を突き出す。だが、星谷は動かない。下を向きただそこに息をゼェハァと吐きながら体を震わせている。
「これで再起不能……終わりウホッ!!」
だが、拳が当たる直前。
「終わるのはテメェだ!!!」
星谷は飛んだ。黒石から見ればノーモーション。膝を付いた状態から体を一回転させ自分の頭上を通過していく。その状況に黒石は呆気を取られる。そして、星谷がノーモーションで飛ぶのに使用したのは尻尾だった。尻尾を地面に叩きつける、その反動を利用した跳躍で黒石の頭上を通り抜け背後を取った。人体を持ち上げ跳躍させるほどの反動を伴う尻尾を叩きつけられた床は崩れ、階層への穴が開いていく。
星谷からしたらヒヤヒヤが止まらないものだった。まだ見せていない切り札。この尻尾を見せればきっと城ヶ崎に情報が伝わる。それだけは避けなければならなかった。そして、まだ黒石の背が見える。背後を取られた黒石が取る行動。それはまだ使える左腕の射程範囲から身を避けることだった。
そう、やつは左腕の射程範囲外に避ける。よりやつが思う確実な場所へと逃げる。前は論外、左も論外、やつが逃げる先は使えないと思っている右腕のある場所!そして、まんまとやつは右側に避けて来やがった!
「パンチの打ち方を教えてやるよ──」
「ウホッ!?!?!?」
右腕を構え、床を蹴り箭疾歩で距離を縮めその加速を上乗せした拳をやつの腹にぶち込む。
「──パージボルト30%・雷翔拳!!」
「ぐぶウホッ!?!?」
俺の雷翔拳が腹に捩じ込まれた黒石は蹌踉めながら後退し、俺が通るためにぶち抜いた壁の穴へに引っ掛かりピクリとも動かなくなる。俺は息を吐いて、右腕をだらりと下げた。激痛が遅れて襲ってくるが、もう大丈夫だ。
「ふぅ……危なかった。」
同時刻、二階の壁を突き破り、犀牙の巨体が勢いよく垂直落下する。犀牙のZONE:重核を担う犀は自身を中心に半径10mの重力を増加させる。その増加量は1メートルごとに増加し、最大10倍もの重力圏を持つ。だが、それは犀牙のZONEの弱点でもある。こういった自由落下状態に入ると、ZONEの効果を切ったとしても地面に着くまで効果が持続してしまう。
重力が10倍になると、通常1メートルから落下した時の衝撃が10メートルから落ちた時と同じ衝撃となる。学校の二階から一階までの高さは約3メートル。現在落下中の犀牙はその10倍、300メートルから落ちた時と同じ衝撃を受けることになるのだ。
ズドォォォォォォン!!!
コンクリートと土が爆発し、直径三メートルのクレーターが瞬時に開き、衝撃波が放射状に広がって古いベンチをひっくり返し、近くの錆びた鉄棒をねじ曲げる。土煙と草の破片が舞い上がり、太陽を隠すほどに視界を塞いだ。その煙の中で、犀牙がゆっくりと立ち上がる。
「ダーハハハ!!ワシは、まだまだやれるZOI!」
星谷との戦いで蹂躙され、ZONEを進化させた犀牙の耐久力はクリーチャー並みに強化されていた。この程度なら、無傷……
「やっぱり、少し足が痛むZOI……」
「そないに痛むなら、ワイが感じなくしたろうかッ!」
ガマが二階から飛び降り、犀牙の目の前に着地する。
「ここまで追ってきたか……問答無用の衝撃の発生、それが貴様のZONEであり、ワシのZONEが通用しないことも同時に理解したZOI。だが、ワシはまだまだ戦うZOI。」
「負けは必然、己が必殺技さえも通用せえへん。そないまで理解しとるのに、あんさんはなぜ諦めんのや?」
「そんなの決まっているZOI。ブラックアウト……いや、城ヶ崎さんのためだZOI!」
「城ヶ崎のためやと……?あんさんらのボスの城ヶ崎は、随分と部下を乱暴に使っとるみたいやのに、反骨精神とかは持たへんのか?それとも、洗脳にでもかかっとるんか?」
「バカなことを言うでないZOI!城ヶ崎さんは、ワシらのことを大切に思ってくれているZOI!」
「理解できへんな。」
「貴様らには到底理解することができないZOI。いや、理解などされんでいいZOI。これはブラックアウト創立当時から変わらんことZOI。例えどれだけの数の敵を相手をしようと、どんなに不利な状況でも、城ヶ崎さんのために動く。それがワシらブラックアウト!だから、ワシは諦めないZOI!!!」
「ただの暴走族かと思っとったが、その並外れた城ヶ崎への思いは本物やな。せやけど、ワイも星谷はんたちのためにも譲れへんものがあるんや。こっからは意地と意地のぶつかり合い、槍なんか使わへん、拳で語り合おうや。」
廻天とかドンキーのNBとか言っちゃあいけねえ




