81 ミサ 不穏な秋編 ミサ襲われる。
夏休みはを終わり、舞台は、再びの学園へ
楽しい夏休みが終わり、急激に冬へと足を進めるソルベをあとに私たちは学園へと戻ってきた。
「王都は温かいわねー。」
「姉さんだらけすぎ。」
王都のカフェでまったりとしているとラグにそう窘められる。今日は久しぶりに姉弟水入らずでお茶に来ていた。すっかり冬に染まっているであろう故郷と違い、この時期の王都は涼しく過ごしやすい。上着を羽織って飲むお茶とお茶菓子がおいしい。
マリアンヌ様いわく、これが秋の実りというらしい。ようは油断すると太るということだ。
「ファルちゃんはいいの?」
「ファルが実家に帰ってるのを知ってて言ってるよね。」
「ラグも行けばよかったのに。」
「あっちも家族水入らずなんじゃないの?」
いつもなら一緒にいるファルちゃんは実家へ帰っている。ファムアットで行われる年中行事に参加するために二週間ほど里帰りをしている。当初はラグもついていく予定だったけど、なんだかんだあってお留守番をしている。うん、わかるよー、ラグ1人で行ったらリンゴ様に殺されかねない。
「しかし、殿下もマリアンヌ様、それにファス君たちも忙しいなんて珍しいわよねー。」
いつもなら近くにいるメンツも今日はいない。なんならベルカやラニーニャも別邸の用事でいない。
国の4大貴族の一員がそれでいいのかと思わなくもないけど、王都の治安はいいから大丈夫だろう。
「でも、ちょっと気を抜き過ぎじゃない?」
「大丈夫よ、このくらいで油断はしないよ。」
言いながらぐでーとテーブルに突っ伏す私に説得力はないよねー。
そんなこんなでお茶をして、学園の寮へと帰る道すがら近道ということで通る裏通り。
「ラグ?」
「気づいているよ。」
「そう。」
短くやり取りをしながらいつもとは逆の道を歩く。気まぐれに遠回りをすることもあるので珍しいことでもない。
「日が短くなったわねー。」
「そうだね、もう日が暮れそうだ。」
他愛のない話をしながらたどり着いたのはちょっとした空き地だった。そのまま中央まで歩いて
「ねえ、そろそろ出てきてくれない。」
どこからともなく送られ続けていた視線にそう問いかける。
「どんな用か知らないけど、ソルベの私と話せるまたとない機会だと思うけど。」
わざとらしく首をかしげながら、私の視線は物陰からこちらをうかがっている存在をしっかりととらえた。
「子どもとはいえ、ソルベの人間ということか。」
現れたのはひょろりとした黒づくめの男だった。殿下たちよりも頭一つ大きいのにマントで隠された殻がは明らかに細い。そしてなんとも印象の薄い顔の男だった。
「なんというか面白味もない上に、ありきたりな恰好ね。」
「余裕だな。助けでも待っているのか?そんなものは来ないぞ。」
ええ、そうね。今日は珍しいぐらいみんな忙しい。王城も別邸も最近は忙しそうにしている。なんでも貴族の関係者の何人かが行方不明になったとか、汚職が見つかったとかともかく色々だ。ソルベとは違った緊張感、ラグは今さっきまで気づいてなかったようだけど、私は何日も前から気づいていた。
「裏でこそこそとうっとうしいのよ、お友達も合わせてさっさとかかってきなさい。」
あえて無手のまま私は男へと歩みよる。
「くく、こざかしいなソルベの姫は。」
男はマントからナイフを持って私に突撃してくる。こんな見え見えのブラフを。
「ラグ。」
「うん。」
男が地を蹴るタイミングで私は後ろに飛び、魔法で生み出した氷の剣をラグに投げ渡す。
「こっちは任せた。」
言いながら地面に手をついて、バク転をしてその勢いのまま空き地の端っこへ飛ぶ。
「なっ。」
驚く複数の気配に向かって投げつけるのは氷のナイフ。自慢じゃないけど早投げは得意なのよ。
「ぐは。」「ぐえ。」
ただ狙いが甘かったのか仕留めたのは1人で、残りは腕に刺さったり弾かれたりした。
「くそ、一斉にかかれ。なんとしても討ち取れ。」
そして残ったのは4人。なるほどたった6人で私たちをどうにかできると。
ずいぶんとなめられたものだ。
「なっ、なんなんだお前ら。」
「ソルベだよ。」
最初の男はラグによってあっさりと切り捨てられ。
「かかれ。」
「はっ?」
生意気な4人の襲撃者は、そんなことを言って突撃してくる前に足元が凍り付く。
「ねえねえ、ちょっと舐めすぎじゃない?ちゃんと下調べはした、噂話ぐらいは集めなかった?」
いらだつ気持ちのままに1人目を殴り倒す。
「ソルベの戦歴を見なかったの?歴史を学ばなかったの?成績ぐらいは調べないの?」
2人目には氷の槍を突き刺して、両手両足を縫い付ける。
「女だと思ったから?子どもだから?それとも自分たちの実力に自信があった?」
3人目の喉元はぱっくりと切って血を噴出させる。
「私を、ソルベを、この国をなめるな。」
4人目は氷の槌を生み出して頭を叩き潰す。
「ひ、ひいいいいい。」
残っていたラグに切り伏せられた男が女々しい悲鳴を上げる。
「なによ、殺すつもりできて、殺される覚悟もなかったってこと。」
ずかずかと男に近づく。ラグは何も言わずに数歩下がる。顔こそ強張っているけどラグだってソルベの人間だ、この程度で取り乱したりはしない。
まあ、私はブチ切れてるけど。
「準備が足りない、実力が足りない、機転が足りない、知識も足りない、なにより覚悟が足りない。アナタそれでよかったの。」
ラグが切った傷口は凍らせてあるから死ぬことはない。なのに男は蹲って動こうともしない。
「どうしたの、傷口は塞がってるわ。動けるでしょ、動きなさいよ。」
「ひ、ひいい。」
今、私はどんな顔をしているだろうか?きっと怒りくるっているだろう。
「私を殺すつもりだったんじゃないの?それとも誘拐でもしようとしてたの?あなたの目的は誇りはその程度なの?」
私は仕事にも身分にも貴賤を問う気はない。暗殺だろうと裏稼業だろうとスラムでくすぶっていようと、それぞれに事情があり、全部を救いたいとも思っていない。
だけど。
「私に挑んでおいて、この体たらくは許せない。私をなめるな。」
さあ立て、武器をとれ、死ぬ気でかかってこい。
あれ気絶している、しょうがないなー。
「姉さん、そこまで1人は生かしておかないと。」
「あっそうか。」
とどめを刺そうとしたタイミミングでラグの声で我に返る。
「ごめん、ちょっと切れたた。」
「普通に超怖いからね、それ。」
苦笑するラグに私はごめんと頭を下げる。
あまりにがっかりな展開に思った以上に血が上っていたらしい。
「とりあえず、この男は適当に引き渡すとしますか。」
「そうだね、ライ兄さんあたりがうまくやってくれると思うよ。」
「そうね。」
努めて冷静に対応しているラグだけど、足が微妙に震えている。
ほんとごめんね。こんな風にキレるのは何年ぶりだもん。よく耐えてくれてお姉ちゃんうれしいよ。
「大丈夫よ、ラグ。わたしはもう冷静だから。」
ポンポンと昔やったようにやさしくその頭をなでる。
そう、冷静に、この襲撃の黒幕とそこに潜む何かを排除することを私は心に決めたのだった。
盛り上がるという体で、ただ暴れているだけ




