EX ファルベルト・ファムアットの幸せな一日
夏祭りの準備と本番のときのファルちゃん視点です。
お義姉様が突拍子もないことをするのに慣れたのはいつからだろうか?
ファルベルトとソルベの縁談ということで私がソルベの地を訪ね、初めてお二人と手合わせをして以来、お義姉様達は私の常識のことごとくを覆してきた。
それなりに自信のあった手合わせでは叩き潰された。自分よりも剣の訓練に打ち込んでいる人に初めてあった。自分よりも楽しそうに戦う人に初めて会った。
そして、心の底か慕う相手ができた。
「ふふふ、似合ってるわよ、ファルちゃん。」
そういうローズ様が着ているのは私と同じソルベの伝統衣装だ。
青を基調としたゆったりとした着物に、リボンで飾り付けをされたふんわりとした衣装はローズ様の美しさを引き立てて、まるで少女のように見せる。
ソルベの家の女性は祭りや行事の際にはこの伝統衣装を着るとのことで、何日前からサイズ合わせをしてもらい、明日のお祭りの前にやっと完成した着物は、私をソルベの人達が歓迎している証であり、これを着ることは私の覚悟の表れでもある。
「お義姉様が着たらきっと似合うんでしょうね?」
ローズさまの白い肌に青が生える。だけど私の褐色気味な肌はどうなんだろう。鏡に映るのは小柄でまだまだ子供な体型の私だ。ラグ様もみんな可愛いと言ってくれる。けどホントのところは。
「いや、あの子がこれを着るのはもっと先だから。」
やれやれと言った感じにため息をつくローズ様。たしかにお義姉様にはまだ特定のお相手がいません。この着物は、特定のお相手がいる人場合か成人した女性が着るものと言われています。
なんだかんだ可愛いものも可愛い服も好きなお義姉様ですけど、礼服や訓練服を着て戦っている姿のりりしさの方が印象に残ってしまいます。
「あの子はあの子で可愛いんだけど。こうして女の子らしいことができるなんて嬉しいわ。ほんと。」
「あ、あの。」
「ふふふ、ファルちゃんはもう私たちの家族よ。三人目の私の可愛い娘。」
にっこりと笑って抱きしめられると涙がこぼれそうになります。この感動は、夏休み直前にラグ様に告白されたとき以来でしょうか。
「でもいいんでしょうか?」
実のところ、私とラグ様のことは手紙でお知らせしていますが、お父様やおじい様には直接伝えていません。ラグ様はそれを気にしてましたけど。うん、私の兄弟もなかなかどうして騒ぎそうです。
「リンゴ君は、意地っ張りだからねー。可愛い娘のこととなれば、なかなか認められないのよ。まあ男親なんてそんなものよ。」
そういえばローズ様もソルベに嫁入りされたときはいろいろあったと噂になっています。なんでも
「文句を言う人はね、ラグが、いやミサがボコボコにするから大丈夫よ。」
「ははは、お義姉様なら嬉々してやりそうです。」
私がソルベに嫁入りすることを一番喜んでくれたのは間違いなくミサお義姉様です。なにせ王都であれだけのことをした上に、ベガ様を物理的に説得したとも聞きます。
「いい、女の子はね、好きなことのために精一杯生きればいいの。愛する人のために全力で生きて、全力で楽しむ。きっとファルちゃんのお母さんもそう言うと思うわ。」
「そうでしょうか?」
いや、確かにごねるリンゴ父様を説得したのは母様でした。
「ふぁーちゃんきれい。」
「きれい。」
「ふふふ、ありがとう。」
小さなルネちゃんとリカッソさんの素直な賞賛に心がほっこりしてしまう。うん、きっとうまくいく。行かなければどうにかすればいい。そう思ったのはきっとお義姉様の影響でしょう。
そんなこんなで衣装合わせや準備で私が城に滞在させていただいた、一日の間に、ミサお義姉様はとんでもないことをしでかしました。
なんとお祭りの会場である広場に無数の氷の彫像を作り出してしまったのです。色水を用意したことで様々な色の彫像はなんとも鮮やかでキラキラしてます。
「ふふふ、すごいでしょ。」
どや顔なお義姉様は大変かわいらしいのですが、やっていることがすごいです。どうしてクラーケンまで再現しているのでしょう。その横にあるのはタイラントシャークのようですが、どこかデフォルメされて可愛いです。うん、子どもたちが興奮してます。
「きれー。」
「すごーかっこいい。」
ルネちゃんとリカッソちゃんも目をキラキラさせています。これはあとで近くに連れてってあげないとですね。
「みな、よく集まってくれた。こうしてみなが息災で祭りを行えたことが何よりもうれしい。」
と景色に見惚れていたらベガ様の挨拶は始まってしまいました。
「今回の祭りは、ファムアットのご令嬢であるファルベルトにも出席していただいている。知っていると思うが、2年前よりファルベルトが塩の流通を活発化してくれたおかげで、我々の生活はかなり向上した。」
あれ、こんなあいさつだとは知りません。というかなぜ私を見るんですかベガ様。」
「そして、この度、我が息子であるラグとの正式な婚約が決まった。みな、新たなソルベの仲間を歓迎してほしい。」
慌てて頭を下げましたが、もう顔が沸騰しそうです。
「ファルさま―、おめでとうございます」
「ファルちゃーーーん、お幸せにー」
万来の拍手とともに送られる祝福の言葉。ソルベの人達も私を迎えてくれている、その事実はあまりにうれしく。
「あ、ありがとうございます。」
なんとかそう言ったあとで、私は泣いてしまいました。
「あらあら、ファルちゃん、落ち着いて。少し休みましょう。」
しゃがみ込む私をローズ様はそっと支えて、控えのテーブルに誘導してくれた。
「さて、めでたい場面ゆえ、言葉よりも食事を楽しもう。みんな、今日は多いに飲んで、食べてくれ。そして、これから始まる冬を共に乗り越えよう。」
「おおお。」
ローズ様の挨拶が終わり、気を利かせた誰かが持ち寄った楽器が演奏を初め、メイドたちや街の女性たちがテーブルに集まってきた。
「ファルベルト様、改めておめでとうございます。メイド一同、ファル様を歓迎いたします。」
「うーーん、いまさーらーですけど。よろしくお願いいたします。」
最初にその言葉をくれたのはベルカさんとラニーニャさんだ。学園でも一緒に過ごすことも多い彼女たちを筆頭にソルベのメイドさんたちは和やかに私を迎えてくれた。
「ファル様、私たちもソルベについていきますからね。」
「ほかにも候補はいますけど負けません。」
学園から私についてきてくれたファムアットのメイドたちもやる気に溢れている。うん、アナタたち、私の事を放置して研究所に通い詰めてたわよね。野暮だから口には出さないけど、もはや違和感がないわよ。
「あらあら、こんなかわいい子がラグちゃんのお嫁さんになるんですね。」
「ミサ様に負けずお美しいわー。今度うちのお店にもきてねー。」
街のお姉さまがたが私のことを囲んでやいのやいの言っている。ただ誰の声も温かい。
「ミサ様は、まだお相手が?」
「そうなのよ、男友達はできたみたいなんだけど、これって子はいないみたいなの。」
「あの子が嫁に行くとなったら、そりゃすごい男でしょうねー。」
一方でお義姉様の信用の高さよ。うん、私もお義姉様あが誰かとイチャイチャしている姿が想像できません。
「殿下との縁談も速攻で消えたからねー。」
「まあ、初対面でボコボコにしてたらねー。」
そして、殿下とお義姉様の因縁は領民も知るところのようです。
「ファル―、氷みたい。」
「いこー。」
と一通り挨拶が終わったところでルネちゃんとリカッソちゃんはごねだした。
「あらそうね、ファルちゃん、お願いできる。ラグもすぐに来ると思うから。」
「は、はい。」
気を利かせてくれたのかローズ様に促され、私は二人を抱っこしてその場を離れて彫像見学へと行きました。
「ファル、リカッソはこっちに。」
「は、はい。」
さりげなく来て、リカッソちゃんを受け取るラグ様。すてきですわ。
「夏祭りということで、恐れ多くもライオネル殿下が拳闘大会に参加いただけることになったぞー。」
「おおお。」
「殿下といえば、文武両道にして王国の守護者。その実力の高さは皆が知るところだろう。対するはわれらがソルベの象徴にして最強の姫君。過去になんどとなく殿下の挑戦を正面から打ち破ってきた我らがミサ様だーーーーーーー。」
いや、なにやってるですか、殿下、ラグ様。
「ほんと男って。」
いつの間にか私の横でリカッソちゃんを抱っこしているマリアンヌ様もあきれ顔です。
彫像や拳闘大会を見学し、おいしいご飯を食べてゴキゲンな様子だったタイミングで乱入してきた殿下は、公衆の面前でお義姉様に試合を申し込み。すったもんだあって、試合の準備が整っています。
「ラグ君は殿下のお願いを断れないからねー。ごめんなさい。」
「あっいえ、大丈夫です。」
私に謝られても、いやこれは、恥ずかしいです。
「ねーねーがんばれー。」
「ばれー。」
ルネちゃんとリカッソちゃんも上機嫌で声援を送っています。わりとショッキングな光景も多い拳闘大会でもこの二人は超ゴキゲンです。
「では、改めて、ルールを説明するぞ。通常の拳闘のルール通り、攻撃をグローブを付けた拳のみ。目や耳などの危険な部位への攻撃は禁止とする。勝敗はダウンから10カウント。時間切れの場合はヒット数による判定だ。」
ノリノリでルールの説明をするラグ様も楽しそうだ。うん、正直にいうと私もワクワクしている。
お義姉様の実力は殿下や私の及ぶところではない。でも殿下はなんだかんだルールや作戦で毎回いい勝負な雰囲気を作るのがうまい。
今回の場合は、武器の使用がない点。そして攻撃方法が限られることでお義姉様の圧倒的な機動力を封じつつ、殿下の体格の良さで有利に持っていくつもりなんだろう。
「ファル、アナタから見てこの試合どう思う?」
「正直に言っていいですか?」
「いいわよ。それにのって賭けるわ。」
マリアンヌ様、殿下への心配とかリスペクトがないんだよねー。
「それでもめげないところが可愛いのよ。」
うふふと笑うマリアンヌ様。私に聞きながらも結果が分かっているのだろう。
「たぶんですけど、殿下がノックアウトされて終わります。」
「私もそう思うわ。」
「おー。」「すごー。」
その場にいたほぼ全員がその結論に至る。
実力差とかそういうもの以前に、ルネちゃんとリカッソちゃんの前でお義姉様が盛り上がりとかを考えるわけがない。おそらく。
「瞬殺だったわね。」
「瞬殺でした。」
試合の内容は、序盤こそ有利に見えた殿下でしたけど、一通りの攻防のあとから始まったお義姉様のラッシュにより宙を舞って、ステージに落ちた。
「来年は女子の部とか作ってもいいかもね。」
「いや、いいんですかマリアンヌ様、殿下ボコボコですよ。」
「いい薬だわ。あの人はほんと懲りないから。」
「「すやー。」」
あっルネちゃんとリカッソちゃんが寝ちゃいそうです。
「ファル、マリアンヌ様二人をありがとう。」
「こっちで預かります。」
そして何事もなかったかのようにラグ様とお義姉様がやってきて両手を前にだします。
「ええ、大丈夫よ、せっかくだしお城まで私が運ぶわ。」
「マリアンヌ様、ずるいです。」
「ラグ様、せっかくなので私も。」
「ファル、それはずるいよ。」
だって可愛いんですもの、この子たち。
「お義姉様、お疲れ様です。すばらしい試合でした。」
しっかりとルネちゃんを抱きしめながら私はお義姉様をねぎらった。
「うん、殿下の作戦負けだから、あんまり。拳闘で受けに回るのは負け筋だし。」
「ですよね。やっぱり避けないと。」
「ふふふ、ファルちゃんとならいい勝負になりそう。」
「いいですねー。明日にでも。」
試合を見て、うずうずしていたのがお義姉様にはばれてました。
殿下のような足を止めた打ち合いでなくお互いに動き回る戦い方なら私にも勝ち目があるかもしれない。
「あなたたちは、ケガしないように気をつけなさいよ。」
呆れるマリアンヌ様、ひょいひょいとリカッソを奪おうとするお義姉様から避けてるアナタも割と。
尊敬できる人達に、自分に正直に生きても大丈夫な場所。何より、愛しい人とその家族。それに包まれた一日を私はきっと忘れないだろう。
さて、夏休みはまだまだ続く。




