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乙女ゲームの正統派ヒロイン、いいえ武闘派ヒロインです。  作者: sirosugi
夏休み編

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79 ミサ 夏休み 余興で殿下をぼこぼこにする。

お祭り本番 ここまで盛り上げれば・・・

 ソルベの夏祭りは一年で一番賑やかなものだ。

 早く訪れる冬への備えを終えて、穏やかな冬ごもりを始める前に一年の収穫と成長を祝い、みんなで着飾って、御馳走を食べる。飲めや食べろやな宴のようなものだけど。なんだかんだみんな楽しんでいる。

 そして、今年は。

「すごい、キラキラしてる。」

「あっちには、王都の城があるんだってよ。」

「カレーパンだっけ、これいくらでも食べられそうだ。」

「デザートにはソルベの新作もあるんだってよ。」

 道を歩く領民たちの顔がいつも以上にキラキラしている。物理的にも心情的にも

「ちょっと派手すぎないか?」

 なぜか不満そうな父様だけど、今日は領主が着る礼服でばっちり決めている。

「ええ、祭りを盛り上げなさいと言ったのは父様でしょ。」

 同じような礼服でびしっと決めた私は父様と並んでバルコニーから眼下の街を見ていた。

 色とりどりの氷で作られた彫像が並ぶ広場にはかがり火が焚かれて、その光を反射してキラキラ輝く彫像の中には、ソルベや王都の建物や、オオカミやクマといったリアルを追求した動物からデフォルメして可愛くしたものまで多種多様だ。

 うん、やりすぎた感があるけど、みんな喜んでいるからよし。

「まあ、みんな喜んでいるようでいいじゃないですか。」

 フォロをしてくれる母様は珍しい光景に目を輝かせていた。こういうのは女性の方が受けがいい。

「すごーい。」

「近くいくー。」

 私の腕の中でバタバタしているルネとリッカソは今にも飛び出そうな勢いだ。当然だけど二人も今日はおめかしをしている。

「さあ、挨拶へ行くぞ。」

 促されながら、バルコニーから街の広場へと降りていくのは、私たちソルベ一家だ。

 騎士の礼服に身を包む私とラグと父様。

 母様とファルちゃんは、青を基調としたゆったりした着物にリボンで飾り付けた、ソルベの伝統衣装を身にまとっている。

 母様を父様を、ファルちゃんんをラグがエスコートし、私はルネとリカッソを抱っこしての登場。私が礼服なのは、ドレスだと二人を抱っこできないからだ。別に着たくないってダダをこねたとかじゃないよ。

「おお、お館様だ。」

「ベガ様ー。」

「領主一家に乾杯。」

「ソルベに栄光あれー。」

 私たちの登場に会場は一気に盛り上がり、あちらこちらで乾杯の音頭があがる。

 ああ、いいなー。これぞ私の故郷だ。

 やがて盛り上がりが収まり始めたころ、広場の中心に用意されたステージに上がった父様が手を上げると、広場静寂に包まれる。

「みな、よく集まってくれた。こうしてみなが息災で祭りを行えたことが何よりもうれしい。」

 ソルベの自然は厳しい。だから毎年少なくない死者がでるが、ここ数年はそれがない。兵士の練度が上がり狩りでの負傷者が減ったこと、収穫物の有効な活用法による食事事情の改善。なにより、

「今回の祭りは、ファムアットのご令嬢であるファルベルトにも出席していただいている。知っていると思うが、2年前よりファルベルトが塩の流通を活発化してくれたおかげで、我々の生活はかなり向上した。そして、この度、我が息子であるラグとの正式な婚約が決まった。みな、新たなソルベの仲間を歓迎してほしい。」

 言われて頭を下げるファルちゃんの顔はトマトのように真っ赤になっていた。

「ファルさま―、おめでとうございます」

「ファルちゃーーーん、お幸せにー」

 万来の拍手とともに送られる祝福の言葉。それはファルちゃんを優しく包み歓迎する。

「あ、ありがとうございます。」

 ファルちゃんがソルベの一員となった日。私たちはきっとそれを忘れないだろう。

「あらあら、ファルちゃん、落ち着いて。少し休みましょう。」

 感動でしゃがみ込んでしまったファルちゃんをフォローして母様とラグはステージの横に用意されたテーブルへと引っ込んでいく。うん、交流は落ち着いてからでもいいよね。

「さて、めでたい場面ゆえ、言葉よりも食事を楽しもう。みんな、今日は多いに飲んで、食べてくれ。そして、これから始まる冬を共に乗り越えよう。」

「おおお。」

 とイイ感じに父様が占めて挨拶は終わる。気を利かせた誰かが持ち寄った楽器が演奏を初め、メイドたちや街の女性たちがファルちゃんと母様の周りに集まる。

 えっ男どもは? 見せ場ここからだから、そんな場合じゃない。

「拳闘試合の参加者は、ステージに集まれー。飛び入りも歓迎だぞー。」

「よし、もういっちょやるわよ。」

 あらかじめの打ち合わせ通りに私は魔法を発動する。

 広場の各所にあらかじめ設置していた足場から氷のステージをいくつか作る。

「今年は、ミサ様特性ステージだ。腕を振るうなら今だぞー。」 

 野太い声とともにステージに集まった男たちが一斉に雄たけびを上げる。

「野郎ども、姫さんたちにいいところみせるぞー。」

「おおお。」

 高まるボルテージ。うん夏祭りの一番の目玉である拳闘大会の開幕である。


 事の始まりは、祭りでテンションが上がったバカが己の成果を競い合う中で起こった殴り合いだった。

ソルベの厳しい環境で育ってきたからこそ、ソルベの人は基本的に強いし好戦的だ。それが気づけば一年に一回、夏祭りでは拳闘大会が行われる。

 ちなみに兵士長以下、強すぎる判定を受けた兵士たちは参加を自粛している。戦うのは主に若者と暇な老人たちだ。年寄りの部と若者の部。それぞれのトーナメントで勝ちに上がったチャンピオンが特定の誰かに挑むエキシビション。

「じいちゃん、がんばれー。」

「おい、お前が参加するのかよ、まだ早いだろ。」

「ほほほ、今年で最後かのー。」

 うん、みんな元気だ。


 盛り上がる大会。老人の部では街医者のエドリック爺さんが老練な技のキレでチャンピンの最年長記録を更新し、若者の部では、新兵のギラルド君が、泥臭い殴り合いの果てに意地を見せて初チャンピオンとなった。

「ああ、これはだめだな二人ともドクターストップだ。」

 エドリック爺さんは腰痛、ギラルド君はベルトをもって気絶してしまい、エキシビションは延期。

「ちょっとまったーーー。」

 と思ったタイミングであの人は現れた。

「祭りの花がないのは、あまりにつまらない。ならばこの場、このステージを俺に貸してほしい。」

 みんなががっかりしていたタイミングで現れたのは、ライオネル殿下だった。

「殿下、視察間に合ったんだ。」

「おお、今日こそ決着をつけるぞ。ミサ・ソルベ。」

 何言ってんだこの人。それよりも。

「ミサ―、遊びに来たわよー。すごいわね、この飾り、アナタが。」

「マリアンヌ様、お久しぶりです。」

 上着を脱ぎ棄てて宣言をする殿下よりも、大事なのは一緒に現れたマリアンヌ様だ。駆け寄って抱き着けば、相変わらずいい匂いがする。

「お仕事は大丈夫なんですか?」

「ええ、それにソルベ領の視察は陛下からのお願いでもあるの。王城はまだまだ忙しいみたいだけど、私と殿下だけでもってことで送り出されたけど、お祭りに間に合ってよかったわ。」

「うれしいです。そうだ、ソルベの新作があるんです、此方で食べましょう。」

「あらあら、それは素敵ね。」

 うれしい、マリアンヌ様にもこの自慢の光景を見せたかったのですごくうれしい。

「ちょっと、まてい。」 

 だけど、そんな幸せな時間に殿下が空気を読まずに乗り込んできた。

「お前、この状況でスルーするオマエのほうが空気読めてないからな。」

「「ちっ。」」

「マリアンヌまで舌打ち。ああもう、これだから。」

「いいでしょう、殿、秒殺してやります。」

「やっておしまい、ミサ。」

 まあこの茶番も半分は演技だけどね。

 殿下と拳闘大会で勝負をする約束は去年していたものだ。ファムアットへ旅行に行くことになり流れてしまっていたが、殿下はきっちり覚えていて夏祭りを楽しみにしていたのだ。

「いいですよ、殿下。いい加減白黒つけましょう。」

「ふふふ、王家の威信。見せてやる。」

 この流れはちゃかりと魔法で広場中に届けられていた。そうなると

「おおお。」

「ミサ様のご出陣じゃー。」

「がんばれーミサ様ー。」

「殿下、大人気ないぞー。」

「殿下ーがんばって。」

「マリアンヌ様ー。」

 盛り下がっていたらか、殿下の仕掛けは十分な燃焼力をもって広場を巻き込んだ。

「ごめんね、ミサ。殿下ったらこれが楽しみで仕事を終わらせたのよ。」

「子どもですか、あの人は。」

 申し訳なさそうに、それでいて欠片も心配していないマリアンヌ様に苦笑しながら、私も上着を脱いでステージに上がる。

「夏祭りということで、恐れ多くもライオネル殿下が拳闘大会に参加いただけることになったぞー。」

「おおお。」

「殿下といえば、文武両道にして王国の守護者。その実力の高さは皆が知るところだろう。対するはわれらがソルベの象徴にして最強の姫君。過去になんどとなく殿下の挑戦を正面から打ち破ってきた我らがミサ様だーーーーーーー。」

 ラグのノリノリな説明に広場の視線が一斉にステージに集まる。弟よ嫁さんの相手をしてなさいよ。

「くくく、ラグをはじめベガ殿や関係者に根回しは済ませてあるぞ。」

「ほんと、こういうことは手を抜かないですよねー。」

 なんだかんだ手配上手な殿下だ。マリアンヌ様も手伝っているとはいえ、学園でのあれこれも大きな問題にならないのは殿下の采配によるところが大きい。

「そこまでして、戦いたいですか。どうせ、負けるのに。」

「おまえは、おまえでどこにそんな自信があるんだ。」

「いやだって、ここ私の地元ですよ。拳闘大会は参加こそしてないですけど。」

「武器の差がなければいい勝負になると思うんだが・・・。」

 肝心なところで詰が甘いだよな。

「では、改めて、ルールを説明するぞ。通常の拳闘のルール通り、攻撃をグローブを付けた拳のみ。目や耳などの危険な部位への攻撃は禁止とする。勝敗はダウンから10カウント。時間切れの場合はヒット数による判定だ。」

 なんでもありの殴り合いの場合ケガが洒落にならない。そして拳闘大会はこのルールゆえに、エドリック爺さんのような拳闘達人がいるし、祭りの期間中にトーナメントができる。

「賭けの比率は、1.2と3と5だ。大穴は殿下の勝ちだぞー。」

「おいおい、引き分けで2倍か。殿下がんばれ、最後まで立ってればば大儲けだ。」

 倍率って賭けかい。てか殿下の信用の低さよ。

「ならば、俺は自分の勝利にかけるぞ。」

 そして、あえて自分にかける殿下。うん、ノリノリだ。

「おおっと、これはみんなはどうする。受付はあと10分な。」

 あとで怒られないといいけど。

「じゃあ、準備してきますね。殿下。覚悟の準備をしておいてください。」

「くくく、それはこちらのセリフだ。」

 小物感あふれるマッチョめ。ボコボコにしてやろう。


 10分の準備といってもあらかじめ拳闘を想定して礼服を着ていたので私の準備はグローブをつけるだけだ。半分は賭けの受付のためだろう。

「いくぞ。手加減なんてするなよ。」

「殿下は油断と慢心をしないように。」

 四角いステージで向かい合ってたにらみ合い、グローブを合わせる。試合を始める合図だ。

「行くぞ。」

 開始と同時に突撃する殿下。旅の疲れなぞ微塵も見せない早く思いフットワークから繰り出される拳を上半身の動きでかわして、脇を狙ってカウンターを打ち込む。だが殿下は腕を下げてガードをしてヒットにはならない。

「やはり経験はあるんだな。」

「口閉じてないと舌噛みますよ。」

 遠慮なくワンツーからの腹を狙ったコンボと叩き込む。これもガードされる。

 様子見なんてなんてことはしない。早く済ませてルネとリカッソが眠ってしまう前にマリアンヌ様と合わせてあげないといけないからだ。

 殿下の周囲を回りながら、蝶のように舞い、ハチのようにさす。老練なテクニックと若さと体力に任せた必殺の舞。だが殿下はその場で回りながら、その軽い打撃のことごとくに対応していく。

 拳闘のルールでは、グローブの打撃しか使えない、ゆえにグローブという目立つ場所に集中していればいい分対応がしやすい。それでも私の動きに反応できる殿下もなかなかどうしてやりこんでいるらしい。

「いいぞー、ミサ様やってしまえー。」

「殿下、攻めろー、体格差なら有利だぞー。」

 ギャラリーが盛り上がる中、私は一度足を止めて、殿下を観察すると改めて殿下の成長を自覚する。この一年で身長がぐっとのび、顔も陛下に似た大人びたものになっている。対して私の慎重はあまり変わっていないのでまるで大人と子どものような体格差だ。

 ゆえに私は足を使って翻弄するのに対して、殿下は足を止めて最低限の動きでの迎撃で対応できる。体重さ、リーチの差は私の方が不利。

 とか思っているとわりと鋭い攻撃が飛んでくる。攻撃範囲に飛び込むのは危険。

「とか思ってますよねー。」

 にやりと笑って私はゆらりと正面から殿下に近づく。

「馬鹿に。」

 殿下の大砲のような一撃を上体をそらして躱す。

「それはもう覚えた。」

 だが殿下はそのそれた上体を狙って追撃の拳を放つ。ただそれは分かっている。

「はあ?」

 ギャラリーが驚く中、私の身体は限界まで後ろに倒れてそれを交わす。

「なっ。」

 ちなみにだが、背中から倒れた場合はその時点でKO扱いとなる。だから、これは非常にj危険な回避だけど、指の力と体幹の操作で倒れることはなく復帰する。

 そしてこの珍妙な回避術は不意を打つだけじゃなく、全身のバネを連動させる動き。つまり

「うごは。」

 復帰の勢いに乗せた両手は片方はガードされるが、もう一つは深々と殿下の腹部に突き刺さる。

 顔を狙われるととっさにそっちにガードが集中してしまうんだよねー。だから油断したお腹にささる。 

「ありえねえ、なんであの体勢で転ばないんだよ。」

「魔法か、魔法なのか?」

 ギャラリーがまた驚いているけど、そんな暇はない。お腹への一撃で動きが止まった殿下に私は更に追撃をおこなう。

「オラオラオラオラ。」

 腹を中心に全身をねらった漫然なく容赦ない連撃。

 体格さなんぞ吹き飛ばす。鍛えた日々は伊達じゃない。

「ちょ、ちょっと殿下、浮いてるぞ。」

「地に足がついてない。」

 それは数十秒ほど。殿下の足は確かに浮いていた。

「ぐは。」

 そして最後は白目をむいて殿下はステージに沈む。

「おおおおおおお。」

 勝ち名乗りを揚げる私には万来の拍手。

「今回も私の勝ちですね。」

 にっこりと微笑みかけるけど殿下には届いていない。

 まあ、これも初めてじゃないから、殿下側のお付きの人達がひっそり殿下を回収はしていた。





 

領民「殿下、また負けてるぞー。」

領民「殿下―がんばれー。」

領民「賭けにならないぞー。」


ファルちゃん視点でのお祭り準備は次回です。

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