78 ミサ夏休み お祭りの準備をする。
お祭りの準備は終わらない。
夕飯に出されたカレーパンはみんなに好評で私の意見はそのまま採用となった。
「今日も今日とて、カレーの匂いがすごいねー。」
「もはやネタバレ感がすごいけど。領民には好評みたいだよ。」
城の人間と同様に領民もフットワークが軽い。今日の朝には大量のパン生地が届けられ、余っていた在庫のお肉はほとんど領民の懐かカレー鍋の中にしずんだ。
「ひとまずは安心だけど、やりすぎたかなー。」
「うん、今更だよね。それ。」
相槌をうつラグもあきれ顔だ。まさかこんなカレーの香ばしい香りを漂わせる祭りになるとは思っていなかった。
「ま、まあ今日の午後にはカレーの仕込みも終わるし、この匂いが獣よけになっているらしいから。」
だということだ。カレーは人間は引き付けるのに、獣たちは引き付けない。
獣よけになる上にうまいなんて、なんということだろうか。
「カレーは間違いなく、ソルベで流行るねー。」
「それはそれで複雑だわ。」
そんなことを言いながら私たちが歩いているのはソルベの城下町だ。石造りの簡素な作りの建物が多い中、気の早い屋台や思い思いの飾り付けをした街並みが見えるのだけれど。
「なんか地味よねー。」
「まあ、王都と比べてしまうとね。」
私の意図をラグは正しく理解してうなづいた。毎年のように夏祭りを楽しみ、ともにソルベの発展を見て育った。その上で王都の華やかさや騒がしさには驚かされた。この感覚は私たち姉弟ならではの感覚かもしれない。
素朴で味がある。そうい言えば聞こえはいいけれど、もう少し何かあってもいい。カレーパンも振る舞われるごちそうもおいしい。だけどこれではお祭りというよりは食事会だ。
「もうちょっと何かほしいね。」
「なんか飾りとかほしいね。」
似たような意見が出て私たちは目を合わせてクスクスと笑った。
そういえば、こうして二人で歩くのも久しぶりかもしれない。学園は男女別だし、基本的にはファルちゃんか殿下がいる。ただなんだかんだ二人でいる時間は久しぶりだし、なんだかんだ落ち着くな―。
「てか、ファルちゃんはいいの?」
「いつも一緒ってわけじゃないよ。今日は母様が用があるって連れてかれてた。」
「ああ、なるほど。メイカちゃんもだよ。なんでもお祭り用の衣装のサイズ合わせをしたいんだって。」
「ああ、あれ。姉さんはいいの?」
「私はだいぶ前に決まってたから。帰ってすぐに着せ替え人形にされたのよ。」
領民も私たちも着飾っておいしい物を食べる。焚火を囲んでダンスみたいなことをすることはある。
「王都だと、木に飾り付けをしたり、モニュメントを立てたりするんだね。」
「そうそう、花告げのときとかすごかったよねー。」
花をモチーフにした飾りがキラキラしていたし、なんだかよくわからない像とかもあった。
いや、待て。これいけんじゃね?
「ラグ、広場げ行くわよ。」
「えっなんで。」
思い立ったが吉日。ラグもいるから何とかなるだろう。
(ラグ・ソルベ視点)
姉さん、ミサ・ソルベと二人で過ごす時間は久しぶりだった。学園に入学したのをきっかけに僕はライオネル殿下やファスのような男友達と付き合うことが増えたし、姉さんもファスやマリアンヌ様、あとローちゃんとつるんであれこれしていることが多い。久しぶりの実家でもお互いになんだかんだあって、二人で過ごすのはホント久しぶりだ。
「ちょ、ちょっと待って姉さん。」
何か思いついたとたんに走り出してしまう姉さんのあとを慌てて追う。ああ、この感覚も久しぶりだ。
猪突猛進で、後先を考えずあちらこちらへ行ってしまう姉さんに振り回され、鍛えられた幼少期、そこに殿下が加わり被害者が増えた。ファスと出会ってだいぶ落ち着いたと思っていたけど。学園でも実家でもなんだかんだトラブルに愛されている。
「よし、ラグ。みんなが近づかないようによろしく。」
街の広場にたどり着くや否やそう宣言した姉さんは、こちらの返事を待たずに目を閉じて集中してしまう。これはこちらが逆らわないこと、そしてその意図を理解しているという思い込み、もとい信頼だ。
「ああ、もう。みんな広場から離れて。」
何をするかわからないけど、きっとろくでもないことだ。僕は声を上げて広場を走りながら街の人たちに注意を促す。
「ラグの坊ちゃんじゃないか。どうしたんです?」
「わかんないでも離れたほうがいい。」
言いながら姉さんを指させばみんなが納得顔で離れていく。うん、積み重ねだよねー、信頼って。
「あれー、ミサ様帰ってきてたの?」
「なあなあ、町中に漂っているうまそうなにおいはなんなんだ。」
「ラグ、抱っこして。」
気づけば街の人たちに囲まれていた。姉さんは領内でも人気だけど、危なっかしいからみんなまずは僕の方に来るんだよねー。ああ、これもなんだか懐かしい。
「っ。」
とか思っていたら全身の毛が逆立つような冷たさを感じて、身構えてしまった。町の人達も同様に口を閉じて姉さんを見る。
魔力というものは基本的に目で見ることはできない。風だって水だって、発動した結果になって初めてみることができる。ある程度訓練していれば魔力を感じることができるらしいけど。街の人たちは一般人だ。だがその一般人でも感じられるぐらい、圧倒的な密度の魔力が姉さんを中心に渦巻いていた。
これはやばい?
もともと氷で何かを作ることが得意な姉さんの魔力は異常なほど多いらしい。それが学園に入学して、メイナ様やトリダート先輩との訓練によって操作の技術は向上し、より密度が高い魔法が発動できるようになった。より早く、より強靭な氷の武器は狩り場で大活躍なんだけど。
問題は本人がこの威圧感を自覚してないことなんだよねー。めっちゃ怖い。
ただ、その時間はすぐに終わり、姉さんの目の前に一つの氷の塊が生み出される。
「広がれ。」
それを確認して姉さんが言葉を紡げば氷は植物のように広がり、巨大化していく。
「おおお。」
見ている人間はその幻想的な光景に見惚れるが、完成したものはそれ以上だった。
やや白く曇った氷によってつくられるのは広場の中央を埋め着くほどの大きさの城だった。ソルベの防衛を意識した城とはどこか違う荘厳で装飾的な城。
「って、王城じゃん。」
「いえーい。」
こちらにブイサインをしている姉さんだけど、やっていることはとんでもない。あの人、魔法で王城を再現しちゃったよ。
「まだまだいくよ。」
驚く僕らの前で次に作られたのは、何本もの柱と屋根が特徴的な吹き抜けの建物、あれだ一年前に言ったファムアットの城じゃないか。さらにはソルベの城が生み出される、
「すごーーい。」
驚く大人たちと比べて子供たちの反応は素直なものだった。
「ミサ様、これなあに。」
「これはね、王都とファムアットのお城だよ。」
「すごーい、はいってもいい?」
「ごめーんさすがにそれは危ないから近くでみるだけねー。」
「ぶー。」
「まあ、入れるのはまた今度ね。」
いや、作れるんかい。
「ははは、こいつはすげえ。」
「ミサ様はソルベの申し子ですね。」
やや遅れて大人たちの反応はそんなものだ。とんでもない魔法なんだけど、まあミサ様だしって通じてしまうぐらい、ソルベで姉さんのとんでもなさは有名だ。
「ねえねえ、ミサ様、オオカミとか作れる?」
「おっいいねえ、それなら。」
そして、子どもたちに囲まれてリクエストされるままに氷の彫像を次々作り出していく姉さん。
「ま、待って姉さん。計画的に配置しないとまだ屋台だって経つんだよ。」
慌てて止めに僕は走った。うん、我ながら適応力の高さにびっくりだ。
「それにしても、白か透明なものばかりというのもあれね。」
「だったら色水から作ったらいいじゃない?なんか染料もたくさん作ってたじゃん。」
「さすが、ラグ。いいことに気づくわね。」
そして片棒を担いで街中に彫刻を配置した結果。その日の夜に父様たちにめっちゃ怒られた。
父「お前が止めないでどうするんだ。」
母「ラグ、アナタまで一緒になってどうするんですか?」
執事「ラグ様がいながらどうしてこうなるんですか?」
ラグ「怒られた理由が納得できない。」
さてお祭り本番。ただで終わると思わないことだ。




