77 ミサ 夏休み 名物を量産する。
カレー祭り
厨房は戦場だった。
「おい、零落草の焙煎とルーの準備はどうなっている。」
「城中で暇な人間をとっつかまえて準備してますけど、鍋がたりません。」
「鍛冶場で借りてこい、最悪煮込めればかまわん。」
飛び交う声と漂うカレーの匂い。そうか城中に匂いが漂っているのはそういうことだったのか。
「これ、逆に獣が近づかないかな?」
「強めのハーブ臭だから大丈夫じゃない?」
冗談半分なラグに答えつつ、厨房に踏み込み、メイドたちが占拠している一角に足を踏み入れる。
「カレースパイスを混ぜてあげてもいいですが、塩とブレンドしたものをかけたほうがおいしいですね。」
「でも鶏肉は、スパイスで味付けしてから揚げたほうがおいしいわよ。」
「まようわー。」
山盛りのカツや唐揚げを食べながら、いろいろと意見交換をしているメイドたち。うん、その背後でげっそりしている料理人はたしか、新人君だったよなー。
「あっミサ様。ど、どのような御用でしょうか。」
とっさに私のところへ来たのは、助けを求めてのことなんだろうけど、ごめん。
「ちょっと作ってほしいものがあるだけど。」
「は、はい。」
がっくりと肩を落とす新人君。がんばれ、君の作るものは必ず名物になるから。
というわけで、新人君に用意させたのは、夕食のために用意されていた発酵済みのパン生地だ。
「これに、ひき肉で作ったカレーを包んで焼くんですか?」
「蒸してもいいかもしれませんけど、水分が心配ですねー。べちゃってなりそうです。」
ファムアットの肉まんの作り方を提案したファルちゃんだけど、あれは生地の作り方から違うらしいしく、今はパンでできないか考える必要がある。
「な、ならもう少し、カレーを煮詰めて水分を飛ばしたものの方がいいかもしれません。」
新人君はそういって鍋から救ったカレーをフライパンで行って水分を飛ばす。
「これを生地で包むと。うーん、丸よりも三角の方がいいかもしれませんね。」
四角に伸ばした生地の真ん中にカレーをのせて、角を追って三角の生地を作る。
「これをオーブンで焼くんですか?」
「うーーん行けそう?」
私の顔に新人君は難しい顔をする。
「加減が難しいですね、オーブンですと中身が焦げてしまう可能性があります。それよりも、オーブンは今使えないんですよ。」
「ああ、そうか夕ご飯が近いもんねー。」
城の中だけでもかなりの人数がいる。それを賄うためにオーブンの使用が計画的なので、思い付きではつかえない。
「なら、あれよ、ドーナツみたいに上げたらどうかしら?」
「「「それだ。」」」
ローちゃんの提案にみんながうなづき、新人君はパン生地に衣をつけてフライヤーに投入する。
「こ、これは。」
数分ほどで、きつね色にあがったパンは明らかにおいしい色と香りをしていた。
「これ、ぜったいうまいやーつ。」
嬉々して熱々のそれを手にとって二つに割ると、中からカレーの圧縮された香りが広がる。
「こ、これは、衣で包まれていたからこそ香りが一気にでてくるわね。」
それぞれにいきわたったのを確認して、口に含むと。
「おいしい。」
みんなが一斉に目を輝かせてパンをガツガツと食べる。
揚げることでパンの表面はカリカリとしつつ、中はふっくらとしていてカレーがしみ込んでうまい。何より手を汚さずに食べられるのがいい。
「そこのフライヤーは中止。今すぐカレーパンを量産するのよ。」
「上げたなら、カレードーナツじゃない?」
「いや、そこはパンで。」
なぜだろう。このカレーパンは、カレーパンでなければならない。そう思った。そして絶対に受けるとわかった。
「ひき肉以外のカレーも試すわよ。」
そもそもひき肉は、肉まんをもとにして考えたものだ。だが、生地で包んで揚げるのなら、多少具が大きくてもいけるはずだ。
「各種カレーをもってきて。」
「ストックのパン生地あるだけもってきて。」
「今日の賄いはこれだー。」
気づけばほかの料理人も集まってきて作業が始まっていた。
「これ、チーズとか混ぜたいわね。」
「日が経って固くなったパンを揚げて食べるのは聞いたことがありましたけど、生地から揚げるとこんなにふっくらとするんですね。焼くよりも技術がいりそうですが、オーブンを使わなくていいから、外でも作れるのがいいな。」
「いっそ、カレーなしでも作ってみるか。」
うん、私関係なく盛り上がってるし、大丈夫かな?
「だめよ、ミサちゃん、どこかでかじ取りをしないと、いつまでも終わらないわよ、これ。」
めっとローちゃんに怒られた。うん、確かに方向を決めないとまずいな。
「はいはい、みんな注目。」
パンパンと手を叩いて、私は厨房中の手を止める。
「とりあえず、お祭りでの振る舞いのメインはこのカレーパンを推していくわ。」
「はい。」
一斉に返事をしたのは調理人たちが、ここにきて終わりが見えたことに希望が見えた。メイドたちは不満そうだけど、今回は我慢してもらおう。
「とりあえず、カレーはお肉抜きで準備、ルーでもスープでもいいから領民分のストックをお願い。手の空いている子たちは、街まで行ってお肉とパン生地を交換するって交渉してきて。」
「なるほど、余りそうなお肉は領民に任せて、僕たちはパンに集中ってことだね。」
いくらお肉が豊富といっても小麦と肉では価値が違う。余るほど収穫できる麦が肉と交換できるとなればこぞって交換してくれるだろう。そもそもふるまいの始まりもソルベ城だけではさばききれないお肉をどうにかするために行われたことが始まりだ。
祭のごちそうとは別にお肉を配り、保存食にするなり自分たちの好みで調理してもらえばいい。あれ、これってなかなかいい考えなのでは?
「すぐに各所に使いをだして、時間がないぞ。ラグ、ファルちゃんと一緒に父様に説明してきて、油も結構使うことになるか。」
「わかった、試食用に何個かもらってくよ。」
ラグとファルちゃんを使いにだして、ひと段落。と思いたいけどまだすることはある。
「串焼きはスパイスで味付けする方向でいくわ。唐揚げは今回は見送り。とりあえず夕飯の班はいつも通りの食事の準備を忘れずに。残った人でカレーと生地の準備を進めて。」
各所に指示をはっきりとだす。でないといつまでもカレーの追及が続いてしまう。
「カレーの味はいかがしましょう。」
「甘めに作っておきなさい。スパイスを追加できるようにすれば大人も満足するでしょ。基本がルネとリカッソ向けに作りなさい。」
私は辛口の方が好みだけど、子どもに刺激物はよくない。なにより最初から辛めの味を知った場合、学園での騒動が起こりそうな気がする。
「了解です。」
「味の追及をしたい気持ちはわかるけど、二日しかないんだから、ここで妥協して、各自やれることをやって、お祭りを楽しむわよ。」
「おお。」
そして厨房が一つになった。新商品開発していたメイドたちは材料を集めに、料理人たちは、各自の担当へと戻っていく。
こうして、ソルベのカレー騒動はひとまずの収束をみせるのだった。
「ミサ様、なんだか領主様みたいです。」
そんな様子にメイカちゃんはそうほめてくれた。
「はは、なんだかんだ、ノリがいい人が多いから私みたいな子どもの意見でも聞いてくれるのよ。」
そして私って一応はソルベの跡継ぎなんだよね。書類仕事とか手伝ってるし。
「普段が、普段だから忘れそうになるけど、ミサちゃんってお嬢様なのよねー。」
ローちゃん、それはひどい。
嬉々していろいろ作るけど、あとのことは考えていないので、苦労するのは城の料理人たち




